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源おじ(げんおじ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-26 8:55:02  点击:  切换到繁體中文


 源叔父はたもとをさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つつまみて紀州の前に突きだせば、乞食はふところよりわんをだしてこれを受けぬ。与えしものも言葉なく受けしものも言葉なく、互いにれしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそのまま行き過ぎて後振向きもせず、源叔父はその後影うしろかげかどをめぐりて見えずなるまで目送みおくりつ、大空仰げば降るともなしに降りくるは雪の二片三片ふたひらみひらなり、今一度乞食のゆきしかたを見て太き嘆息ためいきせり。小供らは笑を忍びてひじつつきあえど翁は知らず。
 源叔父家に帰りしは夕暮なりし。彼が家の窓は道に向かえど開かれしことなく、さなきだにくらきを燈つけず、の前に坐り指太き両手を顔に当て、首を垂れて嘆息つきたり。炉には枯枝一つかみくべあり。細き枝に蝋燭ろうそくほのおほどの火燃え移りてかわるがわる消えつ燃えつす。燃ゆる時は一間ひとまのうちしばらくあかし。翁の影太く壁に映りて動き、すすけし壁に浮かびいずるは錦絵にしきえなり。幸助五六歳のころ妻の百合が里帰りして貰いきしその時りつけしまま十年ととせ余の月日ち今は薄墨うすずみ塗りしようなり、今宵こよいは風なく波音聞こえず。家をめぐりてさらさらと私語ささやくごとき物音を翁は耳そばだてて聴きぬ。こはみぞれの音なり。源叔父はしばしこのさびしきを聞入りしが、太息ためいきして家内やうちを見まわしぬ。
 豆洋燈らんぷつけて戸外そといずれば寒さ骨にむばかり、冬の夜寒むに櫓こぐをつらしとも思わぬ身ながらあわだつを覚えき。山黒く海暗し。火影ほかげ及ぶかぎりは雪片せっぺんきらめきてつるが見ゆ。地は堅く氷れり。この時若き男二人もの語りつつ城下のかたより来しが、燈持ちてかどに立てるおきなを見て、源叔父よ今宵の寒さはいかにという。翁は、さなりとのみ答えて目は城下の方に向かえり。
 やや行き過ぎて若者の一人、いつもながら源叔父の今宵の様はいかに、若き女あの顔を見なばそのまま気絶やせんとささやけば相手は、明朝あすあさあの松が枝に翁の足のさがれるを見出みいださんもしれずという、二人は身の毛のよだつを覚えて振向けば翁が門にはもはや燈火ともしび見えざりき。
 夜はけたり。雪は霙と変わり霙は雪となり降りつ止みつす。灘山なだやまを月はなれて雲の海に光を包めば、古城市はさながら乾ける墓原はかはらのごとし。山々のふもとには村あり、村々の奥には墓あり、墓はこの時め、人はこの時眠り、夢の世界にて故人あいまみえ泣きつ笑いつす。影のごとき人今しも広辻を横ぎりて小橋の上をゆけり。橋のたもとに眠りし犬くびをあげてその後影を見たれどえず。あわれこの人墓よりや脱けでし。たれに遇いれと語らんとてかくはさまよう。彼は紀州なり。
 源叔父の独子ひとりご幸助海におぼれてせし同じ年の秋、一人の女乞食日向ひゅうがかたより迷いきて佐伯の町に足をとどめぬ。ともないしは八歳やっつばかりの男子おのこなり。母はこの子を連れて家々の門に立てば、貰い物多く、ここの人の慈悲めぐみ深きは他国にて見ざりしほどなれば、子のために行末よしやと思いはかりけん、次の年の春、母は子を残していずれにか影を隠したり。太宰府だざいふもうでし人帰りきての話に、かの女乞食にたるが襤褸ぼろ着し、力士すもうとりに伴いて鳥居のわきに袖乞そでごいするを見しという。人々皆な思いあたる節なりといえり。町の者母の無情つれなきを憎み残されし子をいや増してあわれがりぬ。かくて母のはかりごとあたりしとみえし。あらず、村々には寺あれど人々の慈悲めぐみには限あり。不憫ふびんなりとは語りあえど、まじめに引取りて末永く育てんというものなく、時には庭先の掃除など命じ人らしく扱うものありしかど、永くは続かず。初めはわらべ母を慕いて泣きぬ、人人物与えて慰めたり。童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲じひは童をして母を忘れしめたるのみ。物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、ぬすみすともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食のさかいに落としつくし人情の世界のそとに葬りし結果はひとつなりき。
 たわむれにいろは教うればいろはを覚え、戯れに読本とくほん教うればその一節二節を暗誦し、小供らの歌聞きてまた歌い、笑い語り戯れて、世の常の子と変わらざりき。げに変わらずみえたり。生国を紀州きしゅうなりと童のいうがままに「紀州」と呼びなされて、はては佐伯町附属の品物のように取扱われつ、まちに遊ぶ子はこの童とともに育ちぬ。かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙すいえん棚引たなびき親子あり夫婦あり兄弟きょうだいあり朋友ほうゆうあり涙ある世界に同居せりと思える、彼はいつしか無人むにんの島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。
 彼に物与えても礼言わずなりぬ。笑わずなりぬ。彼のいかりしを見んはかたく彼の泣くを見んはたやすからず、彼は恨みも喜びもせず。ただ動き、ただ歩み、ただ食らう。食らう時かたわらよりうまきやと問えばアクセントなき言葉にてうましと答うその声は地の底にて響くがごとし。戯れに棒振りあげて彼の頭上にかざせば、笑うごとき面持おももちしてゆるやかに歩みを運ぶさまは主人に叱られし犬の尾振りつつ逃ぐるに似て異なり、彼はけっしてこびを人にささげず。世の常の乞食見て憐れと思う心もて彼を憐れというは至らず。浮世の波に漂うておぼるる人を憐れとみる眼には彼を見出さんことかたかるべし、彼は波の底をうものなれば。
 紀州が小橋をかなたに渡りてより間もなく広辻に来かかりてあたりを見廻すものあり。手には小さき舷燈げんとうげたり。舷燈の光す口をかなたこなたとめぐらすごとに、薄く積みし雪の上を末広がりし火影走りて雪は美しくきらめき、辻を囲める家々の暗き軒下を丸き火影ほかげ飛びぬ。この時本町ほんまちかたより突如とつじょと現われしは巡査なり。ずかずかと歩み寄りて何者ぞと声かけ、ともしびをかかげてこなたの顔を照らしぬ。丸き目、深きしわ、太き鼻、たくましき舟子ふなこなり。
「源叔父ならずや」、巡査はあきれしさまなり。
「さなり」、しわがれし声にて答う。
「夜けて何者をか捜す」
「紀州を見たまわざりしか」
「紀州に何の用ありてか」
今夜こよいはあまりに寒ければ家に伴わんと思いはべり」
「されど彼の寝床は犬も知らざるべし、みずから風ひかぬがよし」
 なさけある巡査は行きさりぬ。
 源叔父は嘆息ためいきつきつつ小橋の上まで来しが、火影落ちしところに足跡あり。今踏みしようなり。紀州ならで誰かこの雪を跣足すあしのまま歩まんや。おきなは小走りに足跡向きしかたへとせぬ。

     下

 源叔父が紀州をその家に引取りたりということ知れわたり、伝えききし人初めはまこととせず次に呆れはては笑わぬものなかりき。この二人が差向いにて夕餉ゆうげにつくさまこそ見たけれなど滑稽芝居見まほしき心にてあざける者もありき。近ごろはあるかなきかに思われし源叔父またもや人のうわさにのぼるようになりつ。
 雪の夜より七日なのか余り経ちぬ。夕日影あざやかに照り四国地遠く波の上に浮かびて見ゆ。鶴見崎のあたり真帆片帆まほかたほ白し。川口のには千鳥飛べり。源叔父は五人の客乗せてともづな解かんとす、三人の若者駈けきたりて乗りこめば舟には人満ちたり。島にかえる娘二人は姉妹はらかららしく、頭に手拭てぬぐいかぶり手に小さき包み持ちぬ。残り五人は浦人なり、後れて乗りこみし若者二人のほかの三人みたりとしより夫婦とつれ小児こどもなり。人々は町のことのみ語りあえり。芝居のことを若者の一人語りいでし時、このたびのは衣裳いしょうも格別に美しきよし島にはいまだ見物せしものすくなけれど噂のみはいと高しと姉なる娘いう。いなさまでならず、ただ去年のものにはすこしくまされりとうち消すようにいうは老婦おうななり。俳優やくしゃのうちに久米五郎くめごろうとてまれなる美男まじれりちょう噂島の娘らが間に高しとききぬ、いかにと若者姉妹はらからに向かっていえば二人は顔赤らめ、老婦おうなは大声に笑いぬ。源叔父はこぎつつまなこを遠きかたにのみそそぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳そらみみに聞き、一言もまじえず。
「紀州を家に伴えりと聞きぬ、まことにや」若者の一人、何をか思いいでて問う。
「さなり」翁は見向きもせで答えぬ。
「乞食の子を家に入れしは何ゆえぞしがたしと怪しむものすくなからず、独りはあまりに淋しければにや」
「さなり」
「紀州ならずとも、ともに住むほどの子島にも浦にも求めんにはかならずあるべきに」
「げにしかり」と老婦おうな口を入れて源叔父の顔を見上げぬ。源叔父はもの案じ顔にてしばし答えず。西の山ふところより真直に立ちのぼる煙の末の夕日に輝きて真青まさおなるをみつめしようなり。
「紀州は親も兄弟も家もなきわらべなり、我は妻も子もなきおきななり。我彼の父とならば、彼我の子となりなん、ともに幸いならずや」独語ひとりごとのようにいうを人々心のうちにて驚きぬ、この翁がかく滑らかに語りいでしを今まで聞きしことなければ。
「げに月日経つことの早さよ、源叔父。ゆり殿が赤児きて磯辺に立てるをしは、われには昨日きのうのようなる心地す」老婦おうなは嘆息つきて、
「幸助殿今無事ならば何歳いくつぞ」と問う。
「紀州よりは二ツ三ツ上なるべし」さりげなく答えぬ。
「紀州のとしほどすいしがたきはあらず、あかにて歳もうもれはてしとおぼゆ、十にやはた十八にや」
 人々の笑う声しばし止まざりき。
「われもよくは知らず、十六七とかいえり。うみの母ならでさだかに知るものあらんや、哀れとおぼさずや」翁はとしより夫婦が連れし七歳ななつばかりの孫とも思わるるを見かえりつついえり。その声さえ震えるに、人々気の毒がりて笑うことを止めつ。
「げに親子の情二人が間におこらば源叔父が行末いくすえ楽しかるべし。紀州とても人の子なり、源叔父の帰り遅しとかどに待つようなりなば涙流すものは源叔父のみかは」つまなる老人おきな取繕とりつくろいげにいうも真意なきにあらず。
「さなり、げにその時はうれしかるべし」といらえし源叔父が言葉には喜びちたり。
「紀州連れてこのたびの芝居見る心はなきか」かくいいし若者は源叔父あざけらんとにはあらで、島の娘の笑い顔見たきなり。姉妹はらからは源叔父に気兼きがねして微笑ほほえみしのみ。老婦おうなふなばたたたき、そはきわめておもしろからんと笑いぬ。
阿波十郎兵衛あわのじゅうろべえなど見せて我子泣かすもえきなからん」源叔父は真顔にていう。
「我子とはぞ」老婦おうなは素知らぬ顔にて問いつ、
「幸助殿はかしこにておぼれしと聞きしに」振り向いて妙見みょうけんの山影黒きあたりをしぬ、人々皆かなたを見たり。
「我子とは紀州のことなり」源叔父はしばしこぐ手を止めて彦岳ひこだけかたを見やり、顔赤らめていい放ちぬ。怒りとも悲しみとも恥ともはた喜びともいいわけがたきこころむねきつ。足を舷端ふなばたにかけに力加えしとみるや、声高らかに歌いいでぬ。
 海も山も絶えて久しくこの声を聞かざりき。うたう翁も久しくこの声を聞かざりき。夕凪ゆうなぎ海面うみづらをわたりてこの声の脈ゆるやかに波紋を描きつつ消えゆくとぞみえし。波紋はなぎさを打てり。山彦やまびこはかすかにこたえせり。翁は久しくこの応えをきかざりき。三十年前の我、長き眠りよりめて山のかなたより今の我を呼ぶならずや。
 としより夫婦は声も節も昔のごとしとめ、年若き四人は噂にたがわざりけりと聴きほれぬ。源叔父は七人の客わが舟にあるを忘れはてたり。

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