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源おじ(げんおじ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-26 8:55:02  点击:  切换到繁體中文


 娘二人を島に揚げし後は若者ら寒しとて毛布けっとかぶり足を縮めてしぬ。としより夫婦は孫に菓子与えなどし、家の事どもひそひそと語りあえり。浦に着きしころは日落ちて夕煙村をめ浦を包みつ。帰舟かえりは客なかりき。醍醐だいごの入江の口をいずる時彦岳嵐ひこだけあらし※(「さんずい+参」、第4水準2-78-61)み、かえりみれば大白たいはくの光さざなみくだけ、こなたには大入島おおにゅうじまの火影はやきらめきそめぬ。静かに櫓こぐ翁の影黒く水に映れり。へさき軽く浮かべば舟底たたく水音、あわれ何をかささやく。人の眠もよおさまなるこの水音を源叔父は聞くともなく聞きてさまざまの楽しきことのみ思いつづけ、悲しきこと、気がかりのこと、胸に浮かぶ時は櫓握る手に力入れて頭振りたり。物を追いやるようなり。
 家には待つものあり、彼はの前に坐りて居眠いねむりてやおらん、乞食せし時に比べて我家のうちの楽しさあたたかさに心け、思うこともなく燈火ともしびうち見やりてやおらん、わが帰るを待たで夕餉ゆうげおえしか、櫓こぐすべ教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉すくなく絶えずもの思わしげなるはこれまでのならいなるべし、月日経たば肉づきて頬赤らむ時もあらん、されどされど。源叔父はかしらを振りぬ。否々いないな彼も人の子なり、我子なり、吾に習いて巧みにうたい出る彼が声こそ聞かまほしけれ、少女おとめ一人乗せて月夜に舟こぐこともあらば彼も人の子なりその少女ふたたび見たきこころ起こさでやむべき、われにそのこころぬく眼ありかならずよそには見じ。
 波止場に入りし時、翁は夢みるごときまなざしして問屋といや燈火ともしび、影長く水にゆらぐを見たり。舟つなぎおわれば臥席ござきてわきに抱き櫓を肩にして岸にのぼりぬ。日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはりてあたりを見廻わしぬ。
「我子よ今帰りしぞ」と呼び櫓置くべきところに櫓置きて内に入りぬ。家内やうち暗し。
「こはいかに、わが子よ今帰りぬ、早くともしびけずや」せきとしてこたえなし。
「紀州紀州」竈馬こおろぎのふつづかにくあるのみ。
 翁は狼狽あわてて懐中ふところよりまっち取りだし、一摺ひとすりすれば一間のうちにわかにあかくなりつ、人らしきもの見えず、しばししてまた暗し。陰森いんしんの気床下ゆかしたより起こりて翁が懐に入りぬ。手早く豆洋燈まめらんぷに火を移しあたりを見廻わすまなざしにぶく、耳そばだてて「我子よ」と呼びし声しわがれて呼吸も迫りぬとおぼし。
 炉には灰白く冷え夕餉たべしあとだになし。家内捜すまでもなく、ただ一間のうちを翁はゆるやかに見廻わしぬ。すすけし壁の四隅は光届きかねつ心ありて見れば、人あるに似たり。源叔父は顔を両手に埋め深き嘆息ためいきせり。この時もしやと思うこと胸をきしに、つとてば大粒の涙流れて煩をつたうを拭わんとはせず、柱に掛けし舷燈げんとうに火を移していそがわしく家を出で、城下の方指して走りぬ。
 蟹田がんだなる鍛冶かじ夜業よなべの火花闇に散る前を行過ぎんとして立ちどまり、日暮のころ紀州この前を通らざりしかと問えば、気つかざりしとつち持てる若者の一人答えていぶかしげなる顔す。こは夜業を妨げぬと笑面えがお作りつ、また急ぎゆけり。右ははた、左はつつみの上を一列に老松並ぶ真直の道をなかば来たりし時、行先をゆくものあり。急ぎて燈火ともしびさし向くるに後姿紀州にまぎれなし。彼は両手を懐にし、身を前に屈めて歩めり。
「紀州ならずや」呼びかけてその肩に手を掛けつ、
「独りいずこに行かんとはする」怒り、はた喜び、はた悲しみ、はた限りなき失望をただこの一言に包みしようなり。紀州は源叔父が顔見て驚きし様もなく、道ゆく人を門に立ちて心なく見やるごとき様にてうち守りぬ。翁はあきれてしばし言葉なし。
「寒からずや、早く帰れ我子」いいつつ紀州の手取りて連れ帰りぬ。みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉ゆうげは戸棚に調ととのえおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎あやにくに嘆息もらすは翁なり。
 家に帰るや、炉に火を盛にきてそのわきに紀州を坐らせ、戸棚よりぜん取り出だして自身おのれは食らわず紀州にのみたべさす。紀州は翁のいうがままに翁のものまで食いつくしぬ。その間源叔父はおりおり紀州の顔見ては眼閉じ嘆息せり。たべおわりなば火にあたれといいて、うまかりしかと問う紀州は眠気なるまなこにて翁が顔を見てかすかにうなずきしのみ。源叔父はこのさま見るや、眠くば寝よとやさしくいい、みずから床敷きて布団ふとんかけてやりなどす。紀州のいねし後、翁は一人炉の前に坐り、眼を閉じて動かず。炉の火燃えつきんとすれども柴くべず、五十年の永き年月を潮風にのみさらせし顔には赤き焔の影おぼつかなくただよえり。頬をつたいてきらめくものは涙なるかも。屋根を渡る風の音す、かどに立てる松のこずえうそぶきて過ぎぬ。
 翌朝つぎのあさ早く起きいでて源叔父は紀州に朝飯たべさせ自分おのれは頭重く口かわきて堪えがたしと水のみ飲みて何も食わざりき。しばししてこの熱を見よと紀州の手取りて我ひたいに触れしめ、すこし風邪かぜひきしようなりと、ついに床のべてうちしぬ。源叔父のみてするは稀なることなり。
明日あすえん、ここに来たれ、物語して聞かすべし」しいてうちえみ、紀州を枕辺まくらべに坐らせて、といきつくづくいろいろの物語して聞かしぬ。そなたはふかちょう恐ろしき魚見しことなからんなど七ツ八ツの児に語るがごとし。ややありて。
「母親恋しくは思わずや」紀州の顔見つつ問いぬ。この問を紀州のしかねしようなれば。
「永く我家にいよ、我をそなたの父と思え、――」
 なおいいがんとして苦しげに息す。
明後日あさっての夜は芝居見に連れゆくべし。外題げだい阿波十郎兵衛あわのじゅうろべえなるよしききぬ。そなたに見せなば親恋しと思う心かならず起こらん、そのときわれを父と思え、そなたの父はわれなり」
 かくて源叔父は昔見し芝居の筋を語りいで、巡礼謡じゅんれいうたをかすかなる声にてうたい聞かせつ、あわれと思わずやといいてみずから泣きぬ。紀州には何事も解しかぬさまなり。
「よしよし、話のみにては解しがたし、目に見なばそなたもかならず泣かん」いいおわりて苦しげなる息、ほときたり。語り疲れてしばしまどろみぬ。目さめて枕辺を見しに紀州あらざりき。紀州よ我子よと呼びつつ走りゆくほどに顔のなかばを朱に染めし女乞食こじきいずこよりか現われて紀州は我子なりといいしが見るうちに年若き眼に変わりぬ。ゆりならずや幸助をいかにせしぞ、わが眠りし間に幸助いずれにか逃げせたり、来たれ来たれ来たれともに捜せよ、見よ幸助は芥溜ごみためのなかより大根の切片きれ掘りだすぞと大声あげて泣けば、うしろより我子よというは母なり。母は舞台見ずやとゆびさしたまう。舞台には蝋燭ろうそくの光まなこを射るばかり輝きたり。母が眼のふち赤らめて泣きたまうをいぶかしく思いつ、自分おのれは菓子のみ食いてついに母の膝に小さき頭せそのまま眠入りぬ。母親ゆり起こしたまう心地して夢破れたり。源叔父はつむりをあげて、
「我子よ今恐ろしき夢みたり」いいつつ枕辺を見たり。紀州いざりき。
「わが子よ」しわがれし声にて呼びぬ。答なし。窓を吹く風の音あやしく鳴りぬ。夢なるかうつつなるか。おきな布団ふとんはねのけ、つとちあがりて、紀州よ我子よと呼びし時、くらみてそのまま布団の上に倒れつ、千尋ちひろの底に落入りて波わが頭上に砕けしように覚えぬ。
 その日源叔父は布団かぶりしまま起出でず、何も食わず、頭を布団の外にすらいださざりき。朝より吹きそめし風しだいに荒らく磯打つ浪の音すごし。今日は浦人も城下に出でず、城下よりしまへ渡る者もなければ渡舟おろし頼みに来る者もなし。夜に入りて波ますます狂い波止場の崩れしかと怪しまるる音せり。
 朝まだき、東の空ようやく白みしころ、人々皆起きいでて合羽かっぱを着、灯燈ちょうちんつけ舷燈たずさえなどして波止場に集まりぬ。波止場は事なかりき。風落ちたれど波なお高く沖はらいとどろくようなる音し磯打つ波砕けて飛沫しぶき雨のごとし。人々荒跡を見廻るうち小舟一そう岩の上に打上げられてなかば砕けしまま残れるを見出しぬ。
たれの舟ぞ」問屋といや主人あるじらしき男問う。
「源叔父の舟にまぎれなし」若者の一人答えぬ。人々顔見あわして言葉なし。
れにてもよし源叔父呼びきたらずや」
「われ行かん」若者は舷燈を地に置きて走りゆきぬ。十歩の先すでに見るべし。道に差出でし松がより怪しき物さがれり。きも太き若者はずかずかと寄りて眼定めて見たり。くびれるは源叔父なりき。
 桂港かつらみなとにほど近き山ふところに小さき墓地ありて東に向かいぬ。源叔父の妻ゆり独子ひとりご幸助の墓みなこの処にあり。「池田源太郎之墓」と書きし墓標またここに建てられぬ。幸助を中にして三つの墓並び、冬の夜はみぞれ降ることもあれど、都なる年若き教師は源叔父今もなお一人さみしく磯辺に暮し妻子つまこの事思いて泣きつつありとひとえに哀れがりぬ。
 紀州は同じく紀州なり、町のものよりは佐伯さいき附属の品としらるること前のごとく、墓より脱け出でし人のようにこの古城市の夜半よわにさまようこと前のごとし。ある人彼に向かいて、源叔父は縊れて死にたりと告げしに、彼はただその人の顔をうちまもりしのみ。





底本:「日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集」集英社
   1967(昭和42)年9月7日初版
   1972(昭和47)年9月10日9版
底本の親本:「国木田独歩全集」学習研究社
入力:j.utiyama
校正:八巻美恵
1998年10月21日公開
2004年6月6日修正
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