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奇遇(きぐう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/15 15:51:51 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 芥川龍之介全集4
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1987(昭和62)年1月27日
入力に使用: 1993(平成5)年12月25日第6刷
校正に使用: 1996(平成8)年7月15日第8刷

底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

編輯者(へんしゅうしゃ) 支那(シナ)へ旅行するそうですね。南ですか? 北ですか?
小説家 南から北へ周(めぐ)るつもりです。
編輯者 準備はもう出来たのですか?
小説家 大抵(たいてい)出来ました。ただ読む筈だった紀行や地誌なぞが、未だに読み切れないのに弱っています。
編輯者 (気がなさそうに)そんな本が何冊もあるのですか?
小説家 存外ありますよ。日本人が書いたのでは、七十八日遊記、支那文明記、支那漫遊記、支那仏教遺物、支那風俗、支那人気質、燕山楚水(えんざんそすい)、蘇浙小観(そせつしょうかん)、北清(ほくしん)見聞録、長江(ちょうこう)十年、観光紀游、征塵録(せいじんろく)、満洲、巴蜀(はしょく)、湖南(こなん)、漢口(かんこう)、支那風韻記(しなふういんき)、支那――
編輯者 それをみんな読んだのですか?
小説家 何、まだ一冊も読まないのです。それから支那人が書いた本では、大清一統志(たいしんいっとうし)、燕都遊覧志(えんとゆうらんし)、長安客話(ちょうあんかくわ)、帝京(ていきょう)――
編輯者 いや、もう本の名は沢山です。
小説家 まだ西洋人が書いた本は、一冊も云わなかったと思いますが、――
編輯者 西洋人の書いた支那の本なぞには、どうせ碌(ろく)な物はないでしょう。それより小説は出発前(まえ)に、きっと書いて貰えるでしょうね。
小説家 (急に悄気(しょげ)る)さあ、とにかくその前には、書き上げるつもりでいるのですが、――
編輯者 一体何時(いつ)出発する予定ですか?
小説家 実は今日(きょう)出発する予定なのです。
編輯者 (驚いたように)今日ですか?
小説家 ええ、五時の急行に乗る筈なのです。
編輯者 するともう出発前には、半時間しかないじゃありませんか?
小説家 まあそう云う勘定(かんじょう)です。
編輯者 (腹を立てたように)では小説はどうなるのですか?
小説家 (いよいよ悄気(しょげ)る)僕もどうなるかと思っているのです。
編輯者 どうもそう無責任では困りますなあ。しかし何しろ半時間ばかりでは、急に書いても貰えないでしょうし、………
小説家 そうですね。ウェデキンドの芝居だと、この半時間ばかりの間(あいだ)にも、不遇の音楽家が飛びこんで来たり、どこかの奥さんが自殺したり、いろいろな事件が起るのですが、――御待ちなさいよ。事によると机の抽斗(ひきだし)に、まだ何か発表しない原稿があるかも知れません。
編輯者 そうすると非常に好都合ですが――
小説家 (机の抽斗を探しながら)論文ではいけないでしょうね。
編輯者 何と云う論文ですか?
小説家 「文芸に及ぼすジャアナリズムの害毒」と云うのです。
編輯者 そんな論文はいけません。
小説家 これはどうですか? まあ、体裁の上では小品(しょうひん)ですが、――
編輯者 「奇遇(きぐう)」と云う題ですね。どんな事を書いたのですか?
小説家 ちょいと読んで見ましょうか? 二十分ばかりかかれば読めますから、――

       ×          ×          ×

 至順(しじゅん)年間の事である。長江(ちょうこう)に臨んだ古金陵(こきんりょう)の地に、王生(おうせい)と云う青年があった。生れつき才力が豊な上に、容貌(ようぼう)もまた美しい。何でも奇俊(きしゅん)王家郎(おうかろう)と称されたと云うから、その風采(ふうさい)想うべしである。しかも年は二十(はたち)になったが、妻はまだ娶(めと)っていない。家は門地(もんち)も正しいし、親譲りの資産も相当にある。詩酒の風流を恣(ほしいまま)にするには、こんな都合(つごう)の好(い)い身分はない。
 実際また王生は、仲の好(い)い友人の趙生(ちょうせい)と一しょに、自由な生活を送っていた。戯(ぎ)を聴(き)きに行く事もある。博(はく)を打って暮らす事もある。あるいはまた一晩中、秦淮(しんわい)あたりの酒家(しゅか)の卓子(たくし)に、酒を飲み明かすことなぞもある。そう云う時には落着いた王生が、花磁盞(かじさん)を前にうっとりと、どこかの歌の声に聞き入っていると、陽気な趙生は酢蟹(すがに)を肴に、金華酒(きんかしゅ)の満(まん)を引きながら、盛んに妓品(ぎひん)なぞを論じ立てるのである。
 その王生がどう云う訳か、去年の秋以来忘れたように、ばったり痛飲を試みなくなった。いや、痛飲ばかりではない。吃喝嫖賭(きっかつひょうと)の道楽にも、全然遠のいてしまったのである。趙生を始め大勢の友人たちは、勿論この変化を不思議に思った。王生ももう道楽には、飽きたのかも知れないと云うものがある。いや、どこかに可愛い女が、出来たのだろうと云うものもある。が、肝腎(かんじん)の王生自身は、何度その訳を尋ねられても、ただ微笑を洩らすばかりで、何がどうしたとも返事をしない。
 そんな事が一年ほど続いた後(のち)、ある日趙生が久しぶりに、王生の家を訪れると、彼は昨夜(ゆうべ)作ったと云って、元※(「禾+槇のつくり」、第3水準1-89-46)体(げんしんたい)の会真詩(かいしんし)三十韻(さんじゅういん)を出して見せた。詩は花やかな対句(ついく)の中に、絶えず嗟嘆(さたん)の意が洩らしてある。恋をしている青年でもなければ、こう云う詩はたとい一行(いちぎょう)でも、書く事が出来ないに違いない。趙生は詩稿を王生に返すと、狡猾(こうかつ)そうにちらりと相手を見ながら、
「君の鶯鶯(おうおう)はどこにいるのだ。」と云った。
「僕の鶯鶯(おうおう)? そんなものがあるものか。」
「嘘をつき給え。論より証拠はその指環じゃないか。」
 なるほど趙生(ちょうせい)が指さした几(つくえ)の上には、紫金碧甸(しこんへきでん)の指環が一つ、読みさした本の上に転がっている。指環の主は勿論男ではない。が、王生(おうせい)はそれを取り上げると、ちょいと顔を暗くしたが、しかし存外平然と、徐(おもむ)ろにこんな話をし出した。
「僕の鶯鶯なぞと云うものはない。が、僕の恋をしている女はある。僕が去年の秋以来、君たちと太白(たいはく)を挙げなくなったのは、確かにその女が出来たからだ。しかしその女と僕との関係は、君たちが想像しているような、ありふれた才子の情事ではない。こう云ったばかりでは何の事だか、勿論君にはのみこめないだろう。いや、のみこめないばかりなら好(い)いが、あるいは万事が嘘のような疑いを抱きたくなるかも知れない。それでは僕も不本意だから、この際君に一切の事情をすっかり打ち明けてしまおうと思う。退屈でもどうか一通り、その女の話を聞いてくれ給え。
「僕は君が知っている通り、松江(しょうこう)に田を持っている。そうして毎年秋になると、一年の年貢(ねんぐ)を取り立てるために、僕自身あそこへ下(くだ)って行く。所がちょうど去年の秋、やはり松江へ下った帰りに、舟が渭塘(いとう)のほとりまで来ると、柳や槐(えんじゅ)に囲まれながら、酒旗(しゅき)を出した家が一軒見える。朱塗りの欄干(らんかん)が画(えが)いたように、折れ曲っている容子(ようす)なぞでは、中々大きな構えらしい。そのまた欄干の続いた外には、紅い芙蓉(ふよう)が何十株(なんじっかぶ)も、川の水に影を落している。僕は喉(のど)が渇(かわ)いていたから、早速その酒旗の出ている家へ、舟をつけろと云いつけたものだ。
「さてそこへ上(あが)って見ると、案(あん)の定(じょう)家も手広ければ、主(あるじ)の翁(おきな)も卑しくない。その上酒は竹葉青(ちくようせい)、肴(さかな)は鱸(すずき)に蟹(かに)と云うのだから、僕の満足は察してくれ給え。実際僕は久しぶりに、旅愁(りょしゅう)も何も忘れながら、陶然(とうぜん)と盃(さかずき)を口にしていた。その内にふと気がつくと、誰(たれ)か一人幕の陰から、時々こちらを覗(のぞ)くものがある。が、僕はそちらを見るが早いか、すぐに幕の後(うしろ)へ隠れてしまう。そうして僕が眼を外(そ)らせば、じっとまたこちらを見つめている。何だか翡翠(ひすい)の簪(かんざし)や金の耳環(みみわ)が幕の間(あいだ)に、ちらめくような気がするが、確かにそうかどうか判然しない。現に一度なぞは玉のような顔が、ちらりとそこに見えたように思う。が、急にふり返ると、やはりただ幕ばかりが、懶(ものう)そうにだらりと下(さが)っている。そんな事を繰(く)り返している内に、僕はだんだん酒を飲むのが、妙につまらなくなって来たから、何枚かの銭(ぜに)を抛(ほう)り出すと、※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々(そうそう)また舟へ帰って来た。
「ところがその晩舟の中に、独りうとうとと眠っていると、僕は夢にもう一度、あの酒旗の出ている家(うち)へ行った。昼来た時には知らなかったが、家(うち)には門が何重(なんじゅう)もある、その門を皆通り抜けた、一番奥まった家(いえ)の後(うしろ)に、小さな綉閣(しゅうかく)が一軒見える。その前には見事な葡萄棚(ぶどうだな)があり、葡萄棚の下には石を畳(たた)んだ、一丈ばかりの泉水がある。僕はその池のほとりへ来た時、水の中の金魚が月の光に、はっきり数えられたのも覚えている。池の左右に植わっているのは、二株(ふたかぶ)とも垂糸檜(すいしかい)に違いない。それからまた墻(しょう)に寄せては、翠柏(すいはく)の屏(へい)が結んである。その下にあるのは天工のように、石を積んだ築山(つきやま)である。築山の草はことごとく金糸線綉※(「土へん+敦」、第3水準1-15-63)(きんしせんしゅうとん)の属(ぞく)ばかりだから、この頃のうそ寒(さむ)にも凋(しお)れていない。窓の間には彫花(ちょうか)の籠(かご)に、緑色の鸚鵡(おうむ)が飼ってある。その鸚鵡が僕を見ると、「今晩は」と云ったのも忘れられない。軒の下には宙に吊(つ)った、小さな木鶴(もっかく)の一双(ひとつが)いが、煙の立つ線香を啣(くわ)えている。窓の中を覗いて見ると、几(つくえ)の上の古銅瓶(こどうへい)に、孔雀(くじゃく)の尾が何本も挿(さ)してある。その側にある筆硯類(ひっけんるい)は、いずれも清楚(せいそ)と云うほかはない。と思うとまた人を待つように、碧玉の簫(しょう)などもかかっている。壁には四幅(しふく)の金花箋(きんかせん)を貼って、その上に詩が題してある。詩体はどうも蘇東坡(そとうば)の四時(しじ)の詞(し)に傚(なら)ったものらしい。書は確かに趙松雪(ちょうしょうせつ)を学んだと思う筆法である。その詩も一々覚えているが、今は披露(ひろう)する必要もあるまい。それより君に聞いて貰いたいのは、そう云う月明りの部屋の中に、たった一人坐っていた、玉人(ぎょくじん)のような女の事だ。僕はその女を見た時ほど、女の美しさを感じた事はない。」
「有美(ゆうび)閨房秀(けいぼうのしゅう) 天人(てんじん)謫降来(たくこうしきたる)かね。」
 趙生(ちょうせい)は微笑しながら、さっき王生(おうせい)が見せた会真詩(かいしんし)の冒頭の二句を口ずさんだ。
「まあ、そんなものだ。」
 話したいと云った癖に、王生はそう答えたぎり、いつまでも口を噤(つぐ)んでいる。趙生はとうとう待兼ねたように、そっと王生の膝を突いた。
「それからどうしたのだ?」
「それから一しょに話をした。」
「話をしてから?」
「女が玉簫(ぎょくしょう)を吹いて聞かせた。曲(きょく)は落梅風(らくばいふう)だったと思うが、――」
「それぎりかい?」
「それがすむとまた話をした。」
「それから?」
「それから急に眼がさめた。眼がさめて見るとさっきの通り、僕は舟の中に眠っている。艙(そう)の外は見渡す限り、茫々とした月夜(つきよ)の水ばかりだ。その時の寂しさは話した所が、天下にわかるものは一人もあるまい。

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