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二、三羽――十二、三羽(に、さんば――じゅうに、さんば)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:15:28 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 牛乳屋ちちやが露地へ入れば驚き、酒屋の小僧が「今日こんちは」を叫べば逃げ、大工が来たと見ればすくみ、屋根屋が来ればひそみ、畳屋たたみやが来ても寄りつかない。
 いつかは、何かの新聞で、東海道の何某なにがしは雀うちの老手である。並木づたいに御油ごゆから赤坂あかさかまでく間に、雀のもの約一千を下らないと言うのを見て戦慄せんりつした。
 空気銃を取って、日曜の朝、ここの露地口に立つ、狩猟服の若い紳士たちは、失礼ながら、犬ころしに見える。
 去年の暮にも、隣家りんかの少年が空気銃を求め得て高く捧げて歩行あるいた。隣家の少年では防ぎがたい。おつかいものは、ただ煎餅せんべいの袋だけれども、雀のために、うちの小母おばさんが折入おりいって頼んだ。
 親たちが笑って、
「お宅の雀をねらえば、銃を没収すると言う約条やくじょうずみです。」
 かつて、北越、倶利伽羅くりからを汽車で通った時、峠の駅の屋根に、車のとどろくにも驚かず、雀の日光に浴しつつ、屋根を自在に、といの宿に出入ではいりするのを見て、谷にさきのこった撫子なでしこにも、火牛かぎゅう修羅しゅらちまたを忘れた。――古戦場を忘れたのがいのではない。忘れさせたのが雀なのである。
 モウパッサンが普仏ふふつ戦争を題材にした一篇の読みだしは、「巴里パリイは包囲されて飢えつつもだえている。屋根の上に雀も少くなり、下水のごみも少くなった。」と言うのではなかったか。
 雪の時は――見馴れぬ花の、それとは違って、天地を包む雪であるから、もしこれに恐れたとなると、雀のためには、大地震以上の天変である。東京のは早く消えるからいものの、五日十日積るのにはどうするだろう。半歳はんさい雪にもるる国もある。
 或時あるときも、また雪のために一日かたちを見せないから、……真個ほんとうの事だが案じていると、次の朝の事である。ツィ――と寂しそうに鳴いて、目白鳥めじろただ一羽、雪をかついで、くれないに咲いた一輪、寒椿かんつばきの花に来て、ちらちらと羽も尾も白くしながら枝をくぐった。
 炬燵こたつから見ていると、しばらくすると、雀が一羽、パッと来て、おなじ枝に、花の上下うえしたを、一所いっしょに廻った。続いて三羽五羽、一斉いっときに皆来た。御飯おまんまはすぐくちばしの下にある。パッパ、チイチイもろきおいに歓喜の声を上げて、踊りながら、飛びながら、ついばむと、今度は目白鳥が中へまじった。雀同志は、突合つつきあって、先を争って狂っても、その目白鳥にはおとなしく優しかった。そして目白鳥は、欲しそうに、不思議そうに、雀のいいながめていた。
 私は何故なぜか涙ぐんだ。
 優しい目白鳥は、花の蜜に恵まれよう。――親のない雀は、うつくしく愛らしい小鳥に、教えられ、導かれて、雪の不安を忘れたのである。
 それにつけても、親雀は何処どこく。――

 ――去年七月の末であった。……余り暑いので、に返って、こうどうも、おお暑いでめげては不可いけない。小児こどもの時は、日盛ひざかり蜻蛉とんぼを釣ったと、炎天につかる気で、そのまま日盛ひざかりを散歩した。
 その気のついでに、……何となく、そこいら屋敷町の垣根を探して(ごんごんごま)が見たかったのである。この名からして小児こどもい。――私は大好きだ。スズメノエンドウ、スズメウリ、スズメノヒエ、姫百合ひめゆり姫萩ひめはぎ姫紫苑ひめしおん姫菊ひめぎく※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)ろうたけたとなえに対して、スズメの名のつく一列の雑草の中に、このごんごんごまを、私はひそかに「スズメの蝋燭ろうそく」と称して、内々贔屓ひいきでいる。
 分けて、盂蘭盆うらぼんのその月は、墓詣はかもうでの田舎道、寺つづきの草垣に、線香を片手に、このスズメの蝋燭、ごんごんごまを摘んだ思出の可懐なつかしさがある。
 しかもそのくせ、卑怯ひきょうにも片陰かたかげを拾い拾い小さなやしろ境内けいだいだの、心当こころあたりの、やしきの垣根をのぞいたが、前年の生垣も煉瓦にかわったのが多い。――清水谷しみずだにの奥まで掃除が届く。――梅雨つゆの頃は、闇黒くらがりに月の影がさしたほど、あっちこっちに目に着いた紫陽花あじさいも、この二、三年こっちもう少い。――荷車のあとには芽ぐんでも、自動車のわだちの下には生えまいから、いまは車前草おんばこさえ直ぐには見ようたってに合わない。
 で、何処どこでも、あの、珊瑚さんご木乃伊みいらにしたような、ごんごんごまは見当らなかった。――ないものねだりで、なおほしい、歩行あるくうちに汗を流した。
 場所は言うまい。が、向うに森が見えて、樹の茂った坂がある。……私が覚えてからも、むかし道中の茶屋旅籠はたごのような、中庭を行抜ゆきぬけに、土間へ腰を掛けさせる天麩羅茶漬てんぷらちゃづけの店があった。――その坂をりかかる片側に、坂なりに落込おちこんだ空溝からみぞの広いのがあって、道には破朽やぶれくちたさくってある。その空溝を隔てた、むぐらをそのまま斜違はすかいにおり藪垣やぶがきを、むこう裏からって、茂って、またたとえば、瑪瑙めのうで刻んだ、ささがにのようなスズメの蝋燭が見つかった。
 つかまえて支えて、乗出のりだしても、溝に隔てられて手が届かなかった。
 ステッキ掻寄かきよせようとするが、すべる。――がさがさとっていると、目の下の枝折戸しおりどから――こんなところに出入口があったかと思う――葎戸むぐらどの扉を明けて、円々まるまると肥った、でっぷりもの仰向あおむいて出た。きびらの洗いざらし、漆紋うるしもんげたのをたが、肥っておおきいから、手足も腹もぬっと露出むきでて、ちゃんちゃんをはおったように見える、たくましい肥大漢でっぷりものがらに似合わず、おだやかな、柔和な声して、
「何か、おとしものでもなされたか、拾ってあげましょうかな。」
 と言った。四十くらいの年配である。
 私は一応挨拶あいさつをして、わけを言わなければならなかった。
「ははあ、ごんごんごま、……お薬用やくようか、何か禁厭まじないにでもなりますので?」
 とにかく、路傍みちばただし、ほこりがしている。裏の崖境がけざかいには、清浄きれいなのが沢山あるから、御休息かたがた。で、ものの言いぶりと人のいい顔色かおつきが、気をかせなければ、遠慮もさせなかった。
ちょう午睡時ひるねどき徒然とぜんでおります。」
 導かるるまま、折戸おりどを入ると、そんなに広いと言うではないが、谷間の一軒家と言った形で、三方が高台の森、林に包まれた、ゆっくりした荒れた庭で、むこうに座敷の、えんが涼しく、油蝉あぶらぜみの中に閑寂しずかに見えた。私はちょっと其処そこへ掛けて、会釈で済ますつもりだったが、古畳で暑くるしい、せめてのおもてなしと、竹のずんどぎり花活はないけを持って、庭へ出直すと台所の前あたり、井戸があって、撥釣瓶はねつるべの、釣瓶つるべが、虚空へ飛んで猿のようにねていた。かたわら青芒あおすすき一叢ひとむら生茂おいしげり、桔梗ききょう早咲はやざきの花が二、三輪、ただ初々ういういしく咲いたのを、つぼみと一枝、三筋ばかり青芒を取添とりそえて、竹筒たけづつに挿して、のっしりとした腰つきで、井戸から撥釣瓶はねつるべでざぶりと汲上くみあげ、片手の水差みずさしに汲んで、桔梗にそそいで、胸はだかりにげたところは、腹まで毛だらけだったが、とこへ据えて、円い手で、枝ぶりをちょっとめた形は、悠揚ゆうようとして、そして軽い手際てぎわで、きちんときまった。掛物かけものも何も見えぬ。が、ただその桔梗の一輪が紫の星の照らすようにすわったのである。この待遇のために、私は、えんを座敷へ進まなければならなかった。
麁茶そちゃを一つ献じましょう。何事も御覧の通りの侘住居わびずまいで。……あの、茶道具を、これへな。」
 と言うと、次のの――がけの草のすぐ覗く――竹簀子たけすのこ濡縁ぬれえんに、むこうむきに端居はしいして……いま私の入った時、一度ていねいに、お時誼じぎをしたまま、うしろ姿で、ちらりと赤い小さなもの、年紀としごろで勿論もちろんお手玉ではない、糠袋ぬかぶくろか何ぞせっせとっていた。……島田髷しまだ艶々つやつやしい、きゃしゃな、色白いろじろな女が立って手伝って、――肥大漢でっぷりものと二人して、やがて焜炉こんろを縁側へ。……たきつけを入れて、炭をいで、土瓶どびんを掛けて、茶盆を並べて、それから、扇子おおぎではたはたと焜炉の火口ひぐちあおぎはじめた。
「あれに沢山たくさんございます、あの、茂りましたところに。」
「滝でも落ちそうな崖です――こんな町中に、あろうとは思われません。御閑静で実に結構です。霧がいたように見えますのは。」
烏瓜からすうりでございます。下闇したやみで暗がりでありますから、日中から、一杯咲きます。――あすこは、いくらでも、ごんごんごまがございますでな。貴方あなたは何とかおっしゃいましたな、スズメの蝋燭ろうそく。」
 これよりして、私は、茶の煮えると言うもの、およそこのへんしるした雀の可愛さをここで話したのである。時々微笑ほほえんでは振向ふりむいて聞く。娘か、若い妻か、あるいはおもいものか。世に美しい女のさまに、一つはうかうかさそわれて、気の発奮はずんだ事は言うまでもない。
 さて幾度か、茶をかえた。
「これを御縁に。」
「勿論かさねまして、頃日このごろに。――では、失礼。」
「ああ、しばらく。……これは、貴方あなた、おめしものが。」
 ……心着こころづくと、おめしものも気恥きはずかしい、浴衣ゆかただが、うしろのぬいめが、しかも、したたかほころびていたのである。
「ここもとは茅屋あばらやでも、田舎道ではありませんじゃ。尻端折しりばしょり……飛んでもない。……ああ、あんた、ちょっとつくろっておあげ申せ。」
「はい。」
 すぐに美人が、手の針は、まつげにこぼれて、目に見えぬが、糸は優しく、皓歯しらはにスッと含まれた。
「あなた……」
「ああ、これ、あかい糸で縫えるものかな。」
「あれ――おほほほ。」
 私がのっそりと突立つッたったすそへ、女の脊筋せすじまつわったようになって、右に左に、肩をくねると、居勝手いがってが悪く、白い指がちらちら乱れる。
「恐縮です、何ともどうも。」
「こう三人と言うもの附着くッついたのでは、第一わしがこの肥体ずうたいじゃ。お暑さがたまらんわい。衣服きものをお脱ぎなさって。……ささ、それが早い。――御遠慮があってはならぬ――が、お身に合いそうな着替きがえはなしじゃ。……これは、一つ、亭主が素裸すはだか相成あいなりましょう。それならばお心安い。」
 きびらをいで、すっぱりと脱ぎはなした。畚褌もっこふどし肥大裸体でっぷりはだかで、
「それ、貴方あなた。……お脱ぎなすって。」
 と毛むくじゃらの大胡座おおあぐらを掻く。
 呆気あっけに取られてたちすくむと、
「おお、これ、あんた、あんたもものを脱ぎなさい。みな裸体はだかじゃ。そうすればお客人の遠慮がのうなる。……ははははは、それが何より。さ、脱ぎなさい脱ぎなさい。」
 串戯じょうだんにしてもと、私は吃驚びっくりして、ことばも出ぬのに、女はすぐに幅狭はばぜまな帯を解いた。膝へ手繰たぐると、そでを両方へ引落ひきおとして、雪を分けるように、するりと脱ぐ。……はだおおうたよりふっくりと肉を置いて、脊筋せすじをすんなりと、撫肩なでがたして、白い脇をちちのぞいた。それでも、脱ぎかけた浴衣ゆかたをなお膝に半ばはさんだのを、おっ、とうと、あれ、と言うに、亭主がずるずると引いて取った。
「はははは。」
 と笑いながら。
 既にして、朱鷺色ときいろ布一重ぬのひとえである。
 私も脱いだ。汗は垂々たらたらと落ちた。が、はばかりながらふんどしは白い。一輪の桔梗ききょうの紫の影にえて、女はうるおえる玉のようであった。
 その手が糸をいて、針をあやつったのである。
 縫えると、帯をしめると、私は胸を折るようにして、前のめりに木戸口へ駈出かけだした。挨拶は済ましたが、咄嗟とっさのその早さに、でっぷりものと女は、きもの引掛ひっかける間もなかったろう……あの裸体はだかのまま、井戸の前を、青すすきに、白くれて、人の姿のあやしいちょうに似て、すっと出た。
 その光景は、地獄か、極楽か、覚束おぼつかない。
「あなた……雀さんに、よろしく。」
 と女が莞爾にっこりして言った。
 坂を駈上かけあがって、ほっと呼吸いきいた。が、しばらく茫然としてたたずんだ。――電車の音はあとさきに聞えながら、方角が分らなかった。直下の炎天に目さえくらむばかりだったのである。
 時に――目の下の森につつまれた谷の中から、いっセイして、高らかにしょうの笛が雲の峯に響いた。
 ……話の中に、稽古けいこの弟子も帰ったと言った。――あの主人は、簫を吹くのであるか。……そういえば、余りと言えば見馴れない風俗ふうだから、見た目をさえ疑うけれども、肥大漢でっぷりものは、はじめから、裸体はだかになってまで、烏帽子えぼしのようなものをチョンと頭にのせていた。

「奇人だ。」
「いや、……崖下がけしたのあの谷には、魔窟があると言う。……その種々いろいろの意味で。……何しろ十年ばかり前には、暴風雨あらしに崖くずれがあって、大分、人が死んだところだから。」――
 とある友だちは私に言った。
 炎暑、極熱のための疲労つかれには、みめよき女房のおもて赤馬あかうまの顔に見えたと言う、むかし武士さむらいの話がある。……しもが枝に咲くように、汗――が幻を描いたのかも知れない。が、何故なぜか、私は、……実を言えば、雀の宿にともなわれたような思いがするのである。
 かさねてと思う、日をかさねて一月ひとつきにたらず、九月一日いちにちのあの大地震であった。
「雀たちは……雀たちは……」
 火を避けて野宿しつつ、炎の中に飛ぶ炎の、小鳥の形を、真夜半まよなかかけて案じたが、家に帰ると、転げ落ちたまま底に水を残して、南天なんてんの根に、ひびもらずに残った手水鉢ちょうずばちのふちに、一羽、ちょんと伝っていて、顔を見て、チイと鳴いた。
 後に、そっと、谷の家をのぞきに行った。近づくと胸はとどろいた。が、ただ焼原やけはらであった。
 私は夢かとも思う。いや、雀の宿の気がする。……あの大漢おおおとこのまる顔に、口許くちもとのちょぼんとしたのを思え。の毛で胡粉ごふんいたような女のはだの、どこか、あぎとの下あたりに、黒いあざはなかったか、うつむいた島田髷しまだの影のように――
 おかしな事は、その時んで来たごんごんごまは、いつどうしたか定かには覚えないのに、秋雨あきさめの草に生えて、塀を伝っていたのである。
「どうだい、雀。」
 知らぬ顔して、何にも言わないで、南天燭なんてんの葉に日の当る、小庭に、雀はちょん、ちょんと遊んでいる。





底本:「鏡花短篇集」川村二郎編、岩波文庫、岩波書店
   1987(昭和62)年9月16日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二七卷」岩波書店
   1942(昭和17)年10月
入力:砂場清隆
校正:松永正敏
2000年8月30日公開
2005年12月2日修正
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