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売色鴨南蛮(ばいしょくかもなんばん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:18:16 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       七

「こっちは、びきを泣かせてやれか。」
 と黄八丈が骨牌ふだめくると、黒縮緬の坊さんが、あかい裏を翻然ひらりかえして、
「餓鬼め。」
 と投げた。
「うふ、うふ、うふ。」と平四郎の忍び笑が、歯茎をれて声に出る。
「うふふ、うふふ、うふふふふふ。」
「何じゃい。」と片手に猪口ちょくを取りながら、黒天鵝絨くろびろうど蒲団ふとんの上に、萩、菖蒲あやめ、桜、牡丹ぼたんの合戦を、どろんとした目で見据えていた、大島揃おおしまぞろい大胡坐おおあぐらの熊沢が、ぎょろりと平四郎を見向いて言うと、笑いの虫は蕃椒とうがらしを食ったように、赤くなるまでかっ競勢きおって、
「うはははは、うふふ、うふふ。うふふ。えッ、いや、あ、あ、チ、あははははは、はッはッはッはッ、テ、ウ、えッ、えッ、えッ、えへへ、うふふ、あはあはあは、あは、あはははははは、あはははは。」
「馬鹿な。」
 と唇を横舐よこなめずって、熊沢がぬっと突出した猪口に、酌をしようとして、銅壺どうこから抜きかけた銚子ちょうしの手を留め、お千さんが、
「どうしたの。」
「おほほ、や、お尋ねでは恐入るが、あはは、テ、えッ。えへ、えへへ、う、う、ちえッ、たまらない。あッはッはッはッ。」
「魔がしたようだ。」
 甘谷があきれてつぶやく、……と寂然しんとなる。
 寂寞しんとなると、わらいばかりが、
「ちゃはははは、う、はは、うふ、へへ、ははは、えへへへへ、えッへ、へへ、あははは、うは、うは、うはは。どッこい、ええ、チ、ちゃはは、エ、はははは、ははははは、うッ、うッ、えへッへッへッ。」
 と横のめりに平四郎、煙管の雁首がんくび脾腹ひばらつついて、身悶みもだえして、
「くッ、苦しい……うッ、うッ、うッふふふ、チ、うッ、うううう苦しい。ああ、切ない、あはははは、あはッはッはッ、おお、コ、こいつは、あはは、ちゃはは、テ、チ、たッたッ堪らん。ははは。」
 と込上げ揉立もみたて、真赤まっかになった、七てんとう息継いきつぎに、つぎざましの茶を取って、がぶりと遣ると、
「わッ。」とせて、灰吹をつかんだが間に合わず、火入の灰へぷッと吐くと、むらむらと灰かぐら。
「ああ、あの、障子を一枚開けていな。」
 と黒縮緬の袖で払って出家が言った。
 宗吉は針のむしろを飛上るように、そのもう一枚、肘懸窓ひじかけまどの障子を開けると、さっと出る灰の吹雪は、すッと蒼空あおぞらに渡って、はるかに品川の海に消えた。が、蔵前の煙突も、十二階も、睫毛まつげ一眸ひとめの北のかた、目の下、一雪崩ひとなだれがけになって、崕下の、ごみごみした屋根を隔てて、日南ひなたの煎餅屋の小さな店が、油障子も覗かれる。
 トななめに、がッくりとくぼんで暗い、崕と石垣の間の、遠く明神の裏の石段に続くのが、大蜈蚣おおむかでのように胸前むなさきうねって、突当りにきば噛合かみあうごとき、小さな黒塀の忍びがえしの下に、どぶから這上はいあがったうじの、醜い汚い筋をぶるぶると震わせながら、めるような形が、歴然ありありと、自分おのが瞳に映った時、宗吉はもはや蒼白まっさおになった。
 ここからられたに相違ない。
 と思う平四郎は、よだれと一所に、濡らした膝を、手巾ハンケチで横撫でしつつ、
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。」……大歎息おおためいきとともに尻をいたなごりのわらいが、更に、がらがらがらと雷の鳴返すごとく少年の耳を打つ!……
「おせんをめしあがれな。」
 目の下の崕が切立きったてだったら、宗吉は、お千さんのその声とともに、さかしまに落ちてその場で五体を微塵みじんにしたろう。
 うみの親を可懐なつかしむまで、眉の一片ひとひらかばってくれた、その人ばかりに恥かしい。……
「ちょっと、うちまで。」
 と息を呑んで言った――宅とは露路のその長屋で。
 宗吉は、しかし、その長屋の前さえ、遁隠にげかくれするように素通りして、明神の境内のあなたこなた、人目のすきの隅々に立って、うえさえ忘れて、半日を泣いて泣きくらした。
 星も曇った暗きに、
「おかみさん――床屋へ剃刀を持って参りましょう。ついでがございますから……」
 宗吉はわざと格子戸をそれて、蚯蚓みみずの這うように台所から、そっと妾宅へおとずれて、家主の手から剃刀を取った。
 を隔てた座敷に、あでやかな影が気勢けはいに映って、香水のかおりは、つとはしりもとにも薫った。が、寂寞ひっそりしていた。
 露路の長屋の赤いあかりに、珍しく、大入道やら、五分刈やら、中にも小皿で禿かむろなる影法師が動いて、ひそひそと声の漏れるのが、目を忍び、はばかる出入りには、宗吉のために、むしろ僥倖さいわいだったのである。

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