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赤外線男(せきがいせんおとこ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-25 5:51:43 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 帆村探偵をぜた係官の一行が、深山理学士の研究室を訪ねたのは、新しい赤外線テレヴィジョン装置が出来上ったというの日の夕刻のことだった。折角せっかく作った一台は、無惨むざんにも赤外線男の破壊するところとなり、学士も助手の白丘しらおかダリアも大いに失望したが、そのすじの希望もあって、二人はさらに設計をやり直し、新しい装置を昼夜兼行ちゅうやけんこうで組立てたのだった。白丘ダリアは、この事件以来というものは、住居じゅうきょにしている伯父おじ黒河内子爵くろこうちししゃくのところへ帰ってゆくことをやめ、深山研究室の中にベッドを一つ置き、学士と共に寝起きすることとなった。ろくに睡眠時間もとらないで、この組立に急いだ結果、四日という短い日数にっすうのうちに、新しい第二装置ができあがった。しかし学士はあの事件以来、何とはなく大変疲れているようであった。その一方、白丘ダリアは益々ますます健康に輝きくびから胸へかけての曲線といい、腰から下の飛び出したような肉塊にくかいといい、まるで張りきった太い腸詰ちょうづめ連想れんそうさせる程だった。従って第二装置の素晴らしい進行速度も、ダリアの精力せいりょくに負うところが多かった。
 研究室のドアをコツコツと叩くと、直ぐにこたえがあった。入口が奥へ開かれると、そこへ顔を出したのは、頭に一杯繃帯ほうたいをして、大きな黒眼鏡をかけた若い女だった。先登せんとうに立っていた課長は、
(これは部屋が違ったかナ)
 と思った位だった。
「さあ、皆さんどうぞ」
 そういう声は、まぎれもなく白丘ダリアに違いなかった。どうしてこんな繃帯をしているのだろう。それに黒眼鏡くろめがねなんか掛けて……と不思議に思った。
 一行中の新顔しんがおである帆村探偵が、深山みやま理学士と白丘ダリアとに、ず紹介された。
「いや、ダリアさんですか、始めまして」と帆村は慇懃いんぎんに挨拶をして「その繃帯はどうしたんです」とたずねた。
 課長はこの場の様子を見て、いつもながら帆村の手廻しのよいのにあきれ顔だった。
「これですか」少女はちょっと暗い顔をしたが「すこしばかり怪我けがをしたんですの。繃帯をしていますので大変にみえますけれど、それほどでもないのです」
「どうして怪我をしたんですか」
「いいえ、アノ一昨晩いっさくばん、この部屋で寝ていますと、水素乾燥用の硫酸りゅうさんの壜が破裂をしたのです。その拍子ひょうしに、たなが落ちて、上にっていたものが墜落ついらくして来て、頭を切ったのです」
「そりゃ大変でしたネ。眼にも飛んで来たわけですか」
「何しろ疲れていたもので、ぐ起きようと思っても起き上れないのです。先生は直ぐ駈けつけて下さいましたけれど、あたくしが、愚図愚図ぐずぐずしているうちに、頭髪かみについていた硫酸らしいものが眼の中へ流れこんだのです。直ぐ洗ったんですが、大変痛んで、左の眼は殆んど見えなくなり、右の眼も大変弱っています」
 ダリアは黒眼鏡をはずして見たが、左眼さがんはまるででたように白くなり、そうでないところは真赤に充血していた。右の眼はやや充血じゅうけつしている位でまず無事な方であった。
「全く危いところでしたよ。連日れんじつの努力で、もう身体も頭脳あたまも疲れ切っているのです。神経ばかり、たかぶりましてネ」と理学士もそばへよって来て述懐じゅっかいした。彼の眼の色も、そういえば尋常じんじょうでないように見えた。
「もすこしで、どうかなるところでしたわ。そうだったら、今日は実験を御覧に入れられませんでしたでしょう」
 ダリアはひとごとのように云った。
 一同は此の室に何だかただならぬ妖気ようきただよっているような気がした。
「じゃ、いよいよ働かせて見ます」と深山学士は立ち上った。「白丘さん。カーテンを閉めてすっかり暗室あんしつにしてたまえ」
「はい、かしこまりました」
 ダリアは割合わりあいに元気に窓のところに歩みよっては、パタンパタンと蝶番式ちょうつがいしきにとりつけてある雨戸あまどを合わせてピチンとがねろし、その内側に二重の黒カーテンを引いていった。窓という窓がすっかり閉ってしまうと、室内には桃色のネオンとうが一つ、薄ボンヤリと器械の上を照らしていた。すみによっていた幾野捜査課長、雁金検事、中河予審判事、帆村探偵、それから本庁の警部一名と刑事が二名、もう一人、事件の最初に出て来た警察署の熊岡警官と、これだけの人間がの下へゾロゾロと集ってきた。
「これは君、暗いネ」課長はすこし暗さを気にしていた。
「何だか、頭の上からおさえられるようだ」そういったのは白髪はくはつの多い中河予審判事だった。
「このネオンとうも消します。そうしないとうまく見えないのです」深山が云った。「しかしスウィッチは、ここにありますから、仰有おっしゃって下されば、いつでもけます」
「待ってくれ、待ってくれ」と雁金検事が悲鳴ひめいに近い声をあげた。「どこに誰がいるやら判らないじゃないか。よオし、諸君はとりあえずこっちに立っていて呉れ給え。僕たちは、この椅子に腰をかけていることにしよう」
 幹部だけが、スクリーンを包囲ほういして、椅子に席をとった。
「いいですか」
「いいよ」
 パッとネオン灯は消えた。すると一尺四角ばかりのスクリーンの上に、朧気おぼろげな映像があらわれた。
「馬鹿に暗いネ」と課長が云った。
「ピントがはずれているのです。増幅器ぞうふくきもまだうまいところへ調整がいっていません。直ぐ直ってきますよ」
 なるほど映像はすこし明瞭度めいりょうどを加えた。テニスコートの棒くいや審判台らしいものが見える。そこへ人影らしいものが。
「人間が通っているぞ」課長が叫んだ。「早く肉眼で運動場を見せ給え」
「これは、こっちのレンズからおのぞき遊ばして……」捜査課長の耳許みみもとでダリアの声がした。
ッ」と課長はあわてたが「いやなるほど、よく見えます。――なあーンだ、例の用務員が本当に通ってやがる」
 まず赤外線男ではなかったので安心した。
「このあたりのところですから、さあ誰方どなたも変りあってスクリーンを覗いて下さい」理学士が器械から離れながら云った。
「さあ順番に見ようじゃないか」検事が後の方から声をあげた。
 ゴトリゴトリと靴音がして、スクリーンの前に観察者が入れ代っているようだった。
「どうも赤外線写真というものは、色の具合が、死人の世界を覗いているようだな」判事さんがつぶやきながらている。
 そのとき真暗まっくらだった室内へ、急に煌々こうこうたる白光はっこうがさし込んだ。
ッ!」
「どッどうしたんだ」理学士が叫んだ。
 一つの窓のカーテンが、サーッとまくられたのだった。皆の眼は、このまぶしい光に会ってクラクラとした。
「いいえ、何でもないのです。失礼しました」と、窓のところでダリアの声がした。
「困るじゃないか」深山は云った。
「アノちょっと何だか、あたしの身体になんだかさわりましたのよ。吃驚びっくりして、窓をあけたんですの」
「ああ、もう出たかッ――」
「赤外線男!」
「窓を皆、明けろッ!」
 そのとき白丘ダリアはほがらかな声で云った。
「いいえ、大丈夫ですわ。カーテンを明けてみましたら、帆村さんのおしりでしたわ。ホホホ」
「なあーンだ」
 一座はホッと溜息ためいきをついた。
「じゃ早くカーテンを下ろしなさい」
みません」
 カーテンはパタリと下りた。元の暗闇が帰って来たけれど、皆の網膜もうまくには白光が深くみこんでいて、闇黒あんこくがぼんやり薄明るく感じた。スクリーンの前では雁金検事が、しきりに眼をしばたたいていた。
 ウームというような低いうなり声が聞えたと思った。ドタリ……と、大きな林檎りんごの箱をたおしたような音が、それに続いて起った。
 素破すわ、異変だ!
「どッどうした」
「まッ窓だ窓だ窓だッ」
「ランプ、ランプ、ランプ!」
 さーッと、窓から白光はっこうが流れこんだ。ネオン灯もいつの間にか点いた。
「キャーッ」とわめいてカーテンにすがりついたのは、窓のところへ駈けよったばかりの白丘ダリアだった。床の上には、幾野捜査課長が土のような顔色をし、両眼りょうがんきだし、口を大きく開けて仆れていた。
 もう赤外線テレヴィジョンも何もなかった。窓という窓は明け放された。室内の一同の顔には生色せいしょくがなかった。
「赤外線男!」
「ああ、あいつの仕業しわざだ」
 いまにも自分の身体に、赤外線男の猿臂えんぴ[#ルビの「えんぴ」は底本では「えんび」]がムズとれはしないかと思うと、恐ろしい戦慄せんりつが電気のように全身を走った。眼に見えない敵! そいつをどう防げばいいのだ。どうして魔手ましゅからのがれればいいのだ。
 そのとき帆村探偵は、一人進み出て、捜査課長をかかえ起した。課長の頭は、ガックリ前へ垂れた。
ッ、こりゃ非道ひどい!」
 帆村はつぶやいた。幾野課長のくびうしろに一本の銀鍼ぎんばりがプスリと刺さっていた。
 一同はれにかえると、赤外線男のことを鳥渡ちょっと忘れて、課長の死骸しがいの周囲に駈けあつまった。
延髄えんずいを一ときにやられている……」
「太いはりだッ」
「指紋を消さないように、手帛ハンケチでもかぶせて抜けッ」
「これは抜けますまい」と帆村が云った。
 なるほど、力の強い刑事が引張っても抜けなかった。鍼に筋肉がからみついてしまったものらしい。
「一体これは、どうしてしらべようか」判事が当惑とうわくの色をアリアリと現わして云った。
「どうも、相手が悪い」と検事が呟いた。
「赤外線男はそれとして置いて、普通の事件どおり、この部屋の中にいる者は、すっかり取調べることにして下さい」と帆村が云った。
 そこで係官が代りあって係官自身と、帆村、深山理学士、白丘ダリアとを調べてみたが、別にあやしい点は何一つ発見されなかった。
 結局、赤外線男の仕業ということが裏書うらがきされたようなものだった。流石さすがの帆村探偵も手も足も出せなかった。

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