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徳川氏時代の平民的理想(とくがわしじだいのへいみんてきりそう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-31 10:58:16 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     (第二)

 老人はいにしへを恋ひ、壮年は己れの時におごる、恋ふるものは恋ふべきのあと透明にして而して後に恋ふるにあらず、傲る者は傲るべき理の照々たるが故に傲るにあらず。彼は「時」にあざむかれ尽くして古時いにしへを思ひ、これは「時」に弄せらるゝを知らずして空望を懸く。気ち骨かたきものすら多くは「時」の潮流に巻かれて、五十年の星霜急箭きふせんの飛ぶが如くに過ぐ。
 然れども社界の裡面には常に愀々しう/\の声あり、不遇の不平となり、薄命の歎声となり、憤懣心の慨辞となりて、噴火口端の地底より異様の響の聞ゆる如くに、吾人の耳朶じだを襲ふを聴く。まことや人間社界ありてより以来、ヂスコンテンションと呼べる黒雲の天の一方にかゝらぬ時はあらざるなり。
 およそ社界の組織、封建制度ほど不権衡なるものはあらず、而して徳川氏の封建制度極めて完成したるものなりし事を知らば、社界の一方にヂスコンテンションの黒雲も亦た彼の如くに広大なりしものあらざりしを見るべし。その不平の黒雲の尤も多く宿るところは、尤も深く人間の霊性を備へたる高尚なる平民の上にあり。阿諛佞弁あゆねいべんをもて長上に拝服するは小人の極めて為し易きところにして、高潔なる性格ある者に取りて極めて難しとするところなり。もし今よりして当時の平民の心裡の実情を描けば、あはれ彼等は蠖蟄くわくちつの苦を甘んずるにあらざれば、放縦豪蕩にして以て一生を韜晦たうくわいし去るよりほかはなかりしなり。一種の虚無思想、彼等の心性上に広大なる城郭を造りて、彼等をして己れの霊活なる高尚の趣味を自殺せしめ、希望なく生命なき理想境に陥歿し入らしめたり。
 天知子、其の平生深く自信する精神的義侠の霊骨を其鋭利なる筆尖ひつせんほとばしらしめて曰く、社界の不平均を整ふる非常手腕として侠客なるものは自然に世に出でたるなりと、た曰く、反動激発せる火花の如きものは侠客の性なりと。天知君の侠客論精緻を極めたれば、我が為めに其の性質を論評すべき余地を余さず、我は唯だ我が分に甘んじて、文学的に、徳川氏時代に平民者流の理想となりし侠と粋とが如何いかなる者なるべきやを、観察するの栄を得む。
 わが徳川時代平民の理想を査察せんとするは、我邦わがくにの生命を知らんとの切望あればなり。山沢を漫渉まんせふして、渓澗けいかんの炎暑の候にもれざるを見る時に、我は地底の水脈の苟且ゆるかせにすべからざるを思ふ、社界の外面に顕はれたる思想上の現象に注ぐ眼光は、すべからく地下に鑿下さくかして幾多の土層以下に流るゝ大江を徹視せん事を要す、徳川氏の興亡ははなはだしく留意すべきにあらず、然も徳川氏三百年を流るゝ地底の大江我が眼前に横たはる時、我は是を観察するを楽しむ、誰れか知らむ、徳川氏時代に流れたる地下の大江は、明治の政治的革新にてしがらみむべきものにあらざるを。
 我が観察せんと欲する大江は、其上流に於ては一線なりしかども、末に至りて二派を為せり。而して其湿ほすところはナイル河の埃及エヂプトに於けるが如くに、我邦の平民社界を覆へり。
 われ常におもへらく、至粋しすゐは極致の翼にして、天地に充満する一種の精気なり。唯だ至粋をむかへて之を或境地にむるは人間の業にして、時代なる者は常に其の択取たくしゆしたる至粋を歴史の明鏡に写し出すなり。至粋はおのづから落つるところを撰まず、三保の松原に羽衣を脱ぎたる天人は漁郎の為に天衣を惜みたりしも、なほ駿河遊びの舞の曲を世に伝へけり。彼は撰まず、然れども彼のくだりて世に入るや、塵芥ぢんかい委積ゐせきするところを好まざるなり。否、塵芥は至粋をとゞむるのちからなきなり、漁郎天人の至美を悟らずして、いたづらに天衣の燦爛さんらんたるををしむ、こゝに於てか天人に五衰の悲痛あり。至粋の降るところ、臨むところ、時代之を受けて其時代の理想を造り、その時代を代表するもの之を己が理想の中心となす。自由を熱望する時代には至粋は自由の気となりて、ウィリヤム・テルの如き代表者の上に不朽なる気禀きひんをあらはし、忠節にれる時代には楠公なんこうの如き、はた岳飛、張巡の徒の如き、忠義の精気にちたる歴史的の人物を生ずるに至るなり。ピユリタンの興らんとする時に、至粋は彼等朴直なる田舎漢の上に望みて、千載歴史上の奇観をなし、独逸ドイツに起りたる宗教改革の気運の漸くルーテルが硬直誠実なる大思想に熟せんとするや、至粋はたゞちに入つてルーテルの声に一種の霊妙なる威力を備へたり。
 至粋は時代を作る者にあらず、時代こそ至粋を招きてみづから助くるものなれ。豪傑英雄はことに至粋のインスピレイションをうくる者にてあれど、シイザルはシイザルにて、拿翁ナポレオンは拿翁たるが如く、至粋を享くる量は同じくとも、其英雄たるの質は本然に一任するのみ。
 時代も亦たかくの如し、時代には継承したる本然の性質あり、之に臨める至粋の入つて理想となるは、其本然の質を変ふるものにあらず。族制々度の国には族制々度の理想あり、立憲政躰の国には立憲政躰の理想あり、し支那の如き族制に起りたる国に自由の精気をもとめ、英米の如き立憲国に忠孝の精気を求めなば、人は唯だ其愚を笑はんのみ。
 シドニイ、スペンサーの輩は好んで其理想する所に従ひてシバルリイ(侠勇)をうたへり。然れどもウオーヅオルス、バイロン輩の時に至りては是を為さず、時代既に異なれば至粋も亦た異なれり、同じく理想を旨とするものにして其詩眼の及ぶところ、其詩骨の成るところ、各自趣向を異にす。頃者このごろ我文学界は侠勇を好愛する戯曲的詩人の起るありて、世は双手を挙げて歓迎すなる趣きあり、侠勇をうたふの時代、未だ過ぎ去らざるか、そもそも他の理想未だ渾沌こんとんたる創造前にありて、未だ何の形をも成さゞるの故か、借問す、没却理想の論陣をきながら理想詩人、ドラマチストにさきだちて出でんと預言し玉ひし逍遙子は、如何なる理想の活如来いきによらいをや待つらむ。
 徳川氏の時代に平民の上に臨みし至粋は、如何なる理想となりてあらはれしや。我は前に言へりし如く、二個の潮流あるを認むるなり。その源頭に立ちて見る時には一大江なり、其末流の岸に立ちて望めば二流に分れたり。普通の用語に従ひて、我は其一をと呼び、他をと呼ばむ。
 いづれの時代にも預言者あり、大預言者あり、小預言者あり、其宗教に、其思想に、彼等は代表者となり、嚮導者きやうだうしやとなるなり、彼等は己れの「時」を代表すると共に、己れの「時」を継ぐべき他の「時」を嚮導するなり。イザヤは其慷慨凛凄りんせいなる舌を其「時」によりて得たり、而して其義奮猛烈なる精神をもて、次ぎの「時」の民を率ゐたり、カアライルの批評的眼光を以てうかゞへば、預言者は其精神を死骨と共に棺中に埋めず、巍然ぎぜんとして他の「時」に霊活し、無声無言の舌を以て一世を号令するものなり。古昔いにしへの預言者は近世ちかごろに望むべからず、近世きんせいの預言者は文字の人なりと言へる、己れみづから一預言者なるカアライルの言を信ずることを得ば、我は徳川氏時代に於ける預言者を其思想界の文士に求めざるを得ず。然り、何れの時代にも或一種の預言者あることを疑はざれば、我は文士をもつて最も勢力ある預言者と見るの他なきなり。巣林子戯曲ありてより、浮世を難波なにはの潟に、心中するものゝ数多くなり、西鶴一流の浮世好色小説の流布るふしてより、社界の風儀はおほい紊乱びんらんせる事、識者の共に認むる所なり。いざ、是等平民社界の預言者に就きて、その至粋を招きて理想となしたる跡を尋ねて見む。
 今代きんだいの難波文学はわづかに吾妻の花に反応する仇なる面影に過ぎざれども、徳川氏の初代に於て大に気焔を吐きたるものは、彼にてありし。江戸に芭蕉起りて幽玄なる禅道の妙機をひらきて、主として平民を済度さいどしつゝありし間に、難波には近松巣林子出でゝ艶麗なる情筆をふるひて、一世の趣味を風靡ふうびしたり、次いで西鶴、其磧きせきの一流立ちて、艶道の魔風くまなく四方に吹きまはれり。こゝに至りて難波の理想と江戸の理想と、其文学上に現はれたるところを以て断ずれば、各自特種の気禀を備へて、容易に踪跡そうせきし得べきあとを印せり。のちに難波に起れる文士の多数と、後に江戸に起れる文士の多数とを取りて※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)するに、同じく混和すべからざる異色を帯びしこと一点の疑を挿むべからず。不知庵主人が評して不朽の戯曲家と言ひたる巣林子をもて、仮に江戸に生れしめばいかならむ、深く儒家の道徳に観得するところありて、加ふるに己れの自家の理想を以てしたる馬琴をして、難波に生れしめばいかならむ。われは両家其位地を顛動てんどうすべしとは信ぜざれども、必らず其産出の上に奇異の現象を生じたりしことを疑はず。難波にては豊公の余威全く民衆の脳漿なうしやうを離れずして、徳川氏の武威深く其精神に貫かず。従つて当時の難波の潟に湧きたるうしほの迹を問へば、寧ろ武勇の精神を遺却して、他に柔弱なる一種の精気の漸く成熟し来れるを見るべし。ひとり一時の境遇にてしかくなりしにあらで、関西の気質と関東の気質とはおのづから異るところなり、むべなるかな、侠勇を好みし京伝、馬琴の徒の関西に出でずして関東に起り、門左、西鶴等の関東に生れずして大坂に現れたるや。奇なるかな一は侠勇を尊び、一は艶美をたふとびて、各自特異の旗幟きしてたるや。その始めは、共に至粋の宿れるなり、だ一は之を侠勇に形成し、一は之を艶美(所謂粋)に形成したるの別あるのみ。
 右は難波と江戸との理想の異色を観察したるのみ、元より侠と言へば江戸に限り、粋と言へば難波に限るにあらず、われはこゝに預言者の声を吟味し、その代表する「時」を言ひたるに過ぎず。

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