打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

鴉片を喫む美少年(あへんをのむびしょうねん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 6:11:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语




 僕は入口で金を払い、中へ入って一つの寝台へ上った。そうしてすぐ横わり、先ず煙燈エントへ火を点じ、それから煙千子エンチェンズを取り上げた。それから煙筒エンコに入れている液へ――つまり一回分の鴉片液なのだが、その中へ煙千子を入れ、鴉片液を煙千子の先へ着け、それを煙燈の火にかざした。つまり鴉片を煉り出したのだ。
 寝台は二人寝になっているのだ。寝台の三方は板壁で、一方だけが開いていて、そこには垂布たれぎぬがかけてあるのだ。すなわち一つの独立した、小さい部屋を形成しているのさ。
 隣りの部屋も、その隣りの部屋も、その隣りの部屋もそうなっているのさ。
 どの部屋も客で一杯らしかった。
 何という奇怪なことなんだろう!
 政府が鴉片を輸入させまいとして――すなわち支那の人間に、鴉片を喫煙させまいとして、ほとんど一国の運命を賭して、世界の強大国英吉利イギリスを相手に、大戦争をしているのに、肝心の支那の人間は、風馬牛視して鴉片を喫っている。鴉片窟はここばかりにあるのでなく、上海だけにも数十軒あり、その他上流や中流の家には、その設備が出来ているのだよ。
 そんなにも鴉片は美味なものなのか? 勿論! しかしそれについては、僕は何事も云うまいと思う。僕が故国へ帰って行かない理由の、その半分はこの国に居れば、鴉片を喫うことが出来るけれど、日本へ帰ったら喫うことが出来ない。――と云うことにあるということだけを、書き記すだけに止めて置こう。
 やっと鴉片を煉り終えて、煙斗へ詰めてしまった時、一人の少年が垂布をかかげて、僕の部屋へ入って来た。
 僕の部屋と云ったところでこの部屋へは、誰であろうともう一人だけは、自由に入ることが出来るのさ。
 で、その少年はこんな場合の、習慣としている挨拶の、
大人たいじん、私もお仲間になります」
 こういう意味の挨拶をして、同じ寝台の向こう側に寝、ゆっくりと鴉片を煉り出したものだ。
 僕はすっかり驚いてしまった。
 と云うのはその少年の顔と四肢とが、――つまり容貌と、姿勢すがたとが、余りに整って美しかったからさ。
 友よ、全くこの国には、人間界の生き物というより、天界の神童と云ったような、美にして気高い少年が、往々にしてあるのだよ。
 勿論同じように素晴らしい天界の天女と云ったような、美にして気高い少女もあるがね。
 僕は無駄な形容なんか、この際使おうとは思わない。
 僕はただこう云おう。――
「僕は同性恋愛者ではない。しかし実のところその時ばかりは、その少年を見た時ばかりは、忽然としてかなり烈しい、同性恋愛者になってしまった程、その少年は美しく、そうして魅惑的で肉感的だった」と。
 その少年がそれだったのだ。この物語の主人公だったのだ。
 名は? さよう、宋思芳そうしはんと云ったよ。
(云う迄もなく後から聞いたんだがね)
 宋思芳は鴉片を煉り出した。
 ところがどうだろう、その煉り方だが、問題にもならず下手なのさ。
 君には当然解るまいと思うが、鴉片の煉り方はむずかしく、上手に煉ると飴のようになるが、下手に煉るとバサバサして、それこそ苔のようになってしまって、鴉片の性質を失ってしまい、そうして煙斗へ詰めることが出来ず、従って喫うことが出来ないのだ。
 少年の煉り方がそうだったのさ。で、幾度煉り直しても、苔のようになってしまったのさ。
 僕は思わず吹き出してしまった。
 僕はまだ鴉片を喫っていなかった。喫うのを忘れてその少年の美と、その美しい少年の、不器用極まる鴉片の煉り方とに、先刻から見入って居ったのさ。
「僕、煉ってあげましょうか」
 とうとう僕はこう云った。
「有難う、どうぞお願いします」
 そう云った少年の声の美しさ、そう云った少年の声の優しさ、又もや僕は恍惚うっとりとしてしまった。
 僕はそれからその少年のために、鴉片を煉りながら話しかけた。


「これ迄喫ったことはないのですか?」
「鴉片を喫うのは今日がはじめてです」
「なるほどそれでは煉れないはずだ。……がそれなら鴉片なんか喫わない方がいいのですがね」
「こんな大戦争を起こす程にも、みんな喫いたがる鴉片なのですから、私も喫いたいと思いましてね」
「そう、誰もがそう云ったような、誘惑を感じて喫いはじめ、喫ってその味を知ったが最後、みすみす廃人となるのを承知で、死ぬまで喫うのが鴉片ですよ。……全く御国の人達と来ては、鴉片中毒患者ばかりです」
「御国の人? 御国の人ですって? ……では貴郎あなたは外人なのですか?」
(しまった!)と僕は思ったよ。
 とうとう化けの皮を現わしてしまった。
 友よ! 僕はね、八年もの間、この支那の国に住んでいるので、言葉も風俗も何も彼も、すっかり支那人になりきることが出来、誰にも滅多に疑われなかったのに、自分からこの日は底を割ってしまい「お国の人」なんて云ってしまったのさ。
 これには自分ながら愛想を尽かしたが、たとい身分をなのったところで、害になることもなかったので、
「実は僕は日本人なのです」
 こう云ってから漂流したことや、ずっとそのまま支那にとどまり、支那人生活をしていることなどを、すっかりあけすけに話したものさ。
「日本の武士?」と宋思芳は、ひどく好奇心に煽られたように云い、それからそれといろいろのことを――日本の武士は任侠的で、人に頼まれるとどんなことでも、引き受けるというが本当かとか、日本の武士は剣道に達していて、強いというが本当かとか、そんなことを質問した。
 で、僕はみんな本当だと、そう云って宋思芳に答えてやった。
 宋思芳はひどく考え込んだが、
「英国のやり口をどう思いますか?」と訊いた。
「勿論正当のやり口ではないね」
 こう僕は答えてやった。
「グレーという英国人をご存じですか?」
「司令官ゴフの甥にあたる、参謀長のグレーのことなら、戦争以来耳にしています」
「大変もない怪物でしてね、あの男一人を殺しさえしたら、こう迄も清国は負けないのですよ。大胆で勇敢で智謀があって、まだ壮年で好色淫蕩で、女惚れさえするのです。でもエリオットとは仲が悪いのです」
 そう宋思芳少年は云った。
「エリオットはどっちのエリオットなのです?」
 そう僕は訊いて見た。
「水師提督の方のエリオットです」
 水師提督エリオットは、この上海の英国領事の、もう一人のエリオットの親戚なのだが、鴉片戦争が始まるや否や、印度及び喜望峰の兵、一万五千人を引率し、軍艦二十六隻をひきい、大砲百四十門を携え、定海じょうかい湾、舟山しゅうさん島、乍浦チャプー寧波ニンポー等を占領し、更に司令官ゴフと計り、海陸共同して進撃し、呉淞ウースンを取り、上海を奪い、その上海を根拠とし、揚子江を堂々溯り、鎮江チンチャンを略せんとしている人間なのさ。
 グレーというのは英軍切っての、謂うところの花形で、毀誉褒貶いろいろあるが、人物であることは疑いなく、この男の参謀戦略によって、英軍は連戦連勝し、清国は連戦連敗しているのさ。
 僕達二人は鴉片を喫わず、永いことそんなような話をした。
 その翌夜も翌々夜も、僕達二人は同じ鴉片窟で逢った。
 宋思芳はだんだん鴉片を煉るに慣れ、追々鴉片の醍醐の味に、沈湎ちんめんするように思われた。
 僕はしばしば宋思芳に向かって、どういう素性の人間なのか、どこにどんな家に住んでいるのか、家族にどういう人達があるかと、そんなことを訊いて見たが、彼はいつもうまく逃げて、話をしようとはしなかった。
 ところが次第に変な調子になった。
 と言うのは宋思芳が僕に対して、思慕の情愛を示し出したのさ。
 女が男を恋するような情を。
 僕は同性恋愛者ではない。が、宋思芳が前に云った通りの、世にも珍しい美少年だったので、そういう彼のそういう情愛が、僕には不自然に感ぜられなかった。

上一页  [1] [2] [3] [4]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口