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仇討姉妹笠(かたきうちきょうだいがさ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 7:22:30 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


解けた独楽の秘密

「やあおのれは!」と主税は叫んだ。
「両国橋で逢った浪人者!」
「そうよ」と浪人も即座に答えた。
「貴殿が手に入れた淀屋の独楽を、譲り受けようと掛け合った者よ。……隠すにもあたらぬなのってやろう、浪速なにわの浪人飛田林覚兵衛とんだばやしかくべえ! ……さてその時拙者は申した、貴殿の命をあやめても、淀屋の独楽を拙者が取ると! ……その期が今こそめぐって来たのじゃ!」
「淀屋の独楽とは? 淀屋の独楽とは?」
「どうせおのれは死んで行く奴、秘密を教えても大事あるまい、そこで秘密を教えてやる。……浪速の豪商淀屋辰五郎、百万にも余る巨富を積み、栄耀栄華を極めたが、元禄年間かみのお咎めを受け、家財一切を没収されたこと、汝といえども伝え聞いていよう。……しかるに辰五郎、事の起こる前、ひそかに家財の大半を分け、絶対秘密の場所へ隠し、その隠し場所を三個みっつの独楽へ……とここまで申したら、万事推量出来るであろう。……汝が手に入れたあの独楽こそ、淀屋の独楽の一つなのじゃ。……今後汝によって三つの独楽を、それからそれと手に入れられ、独楽に記されてある隠語を解かれ、淀屋の巨財の隠し場所を知られ、巨財を汝に探し出されては、長年その独楽の行方を尋ね、淀屋の巨財を手に入れようと、苦心いたしおる我らにとっては、一大事とも一大事! そこで汝をこの場において殺し、汝の屋敷に潜入し、独楽をこっちへ奪い取るのだ!」
 二本の刀を交叉させ、鍔と鍔とを迫り合わせ、顔と顔とをひたと付けながら、覚兵衛はそう云うとグーッと押した。
 それをやんわりと受けながら、主税は二歩ばかり後へ下った。
 すると今度は山岸主税が、押手に出でてジリジリ[#「ジリジリ」は底本では「ヂリヂリ」]と進んだ。
 二人の眼と眼とは暗い中で、さながら燠のように燃えている。
 鍔迫り合いの危険さは、体の放れる一刹那にあった。遅れれば斬られ、はやまれば突かれる。さりとて焦躁あせれば息切れを起こして、結局斃されてしまうのであった。
 いぜんとして二人は迫り合っている。
 そういう二人を中へ囲んで、飛田林覚兵衛の一味の者は、抜身を構え位い取りをし、隙があったら躍り込み、主税を討って取ろうものと、気息を呑んで機を待っていた。
 と、あらかじめの計画だったらしい、
「やれ」と大音に叫ぶと共に、覚兵衛は烈しい体あたりをくれ、くれると同時に引く水のように、サーッと自身後へ引き、すぐに飜然と横へ飛んだ。
 主税は体あたりあてられて、思わずタジタジ[#「タジタジ」は底本では「タヂタヂ」]と後へ下ったが、踏み止まろうとした一瞬間に、相手に後へ引かれたため、体が延び足が進み、あたかも覚兵衛を追うかのように、覚兵衛の一味の屯している中へ、一文字に突き入った。
「しめた!」
「斬れ!」
「火に入る夏の虫!」
「わッはッはッ、斬れ、斬れ、斬れ!」
 嘲笑あざけり罵声ののしり憎悪にくしみの声の中に、縦横に上下に走る稲妻! それかのように十数本の白刃が、主税の周囲まわりで閃いた。
 二声ばかり悲鳴が起こった。
 バラバラと囲みが解けて散った。
 乱れた髪、乱れた衣裳、敵の返り血を浴びて紅斑々! そういう姿の山岸主税は、血刀高々と頭上に捧げ、樫の木かのように立っている。
 が、彼の足許には、死骸が二つころがっていた。
 一人を取り囲んで十数人が、斬ろう突こうとしたところで、味方同士が邪魔となって、斬ることも突くことも出来ないものである。
 そこを狙って敵二人まで、主税は討って取ったらしい。
 地団太踏んで口惜しがったのは、飛田林覚兵衛であった。
「云い甲斐ない方々!」と杉の老木が、桶ほどの太さに立っている、その根元に突立ちながら、
「相手は一人、鬼神であろうと、討って取るに何の手間暇! ……もう一度引っつつんで斬り立てなされ! ……見られい彼奴きゃつめ心身疲れ、人心地とてない有様! 今が機会じゃ、ソレ斬り立てられい!」
 覚兵衛の言葉は事実であった。
 先刻さっきよりの乱闘に肉体からだ精神こころ疲労つかれ果てたらしい山岸主税は、立ってはいたが右へ左へ、ヒョロヒョロ、ヒョロヒョロとよろめいて、今にも仆れそうに見受けられた。

愛する人を

「そうだ!」「やれ!」と覚兵衛の一味が、さながら逆浪の寄せるように、主税ちからを目掛けて寄せた時、遥かあなたの木間から、薄赤い一点の火の光が、鬼火のように不意に現われて、こなたへユラユラと寄って来た。
「南無三宝! 方々待たれい! 火の光が見える、何者か来る! 目つけられては一大事! 残念ながら一まず引こう! 味方の死人負傷者ておいを片付け、退散々々方々退散」と杉の根元にいる覚兵衛が、狼狽した声でそう叫んだ。
 いかにも訓練が行き届いていた。その声に応じて十数人の、飛田林覚兵衛の一味達は、仆れている死人や負傷者を抱え、林を分け藪を巡り、いずこへともなく走り去った。
 で、その後には気味の悪いような、静寂しずけさばかりがこの境地に残った。
 常磐木ときわぎ――杉や松や柏や、榎、桧などの間に立ち雑って、仄白い花を咲かせていた桜の花がひとしきり、花弁はなびらを瀧のように零したのは、逃げて行く際に覚兵衛の一味が、それらの木々にぶつかったからであろう。
 と、俄然主税の体が、刀をしっかりと握ったまま腐木くちきのように地に仆れた。斬られて死んで斃れたのではなかった。
 心身まったく疲労つかれ果て、気絶をして仆れたのである。
 そういう主税の仆れている体へ、降りかかっているのは落花であり、そういう主税の方へ寄って来るのは薄赤い燈の光であった。
 そうして薄赤いその燈の光は、昨夜御用地の林の中で、老人と少年と女猿廻しとが、かかげていたところの龕燈の火と、全く同じ光であった。その龕燈の燈が近づいて来る。ではあの老人と少年と、女猿廻しとがその燈と共に、近付いて来るものと解さなければならない。
 でもにわかにその龕燈の燈は、大藪の辺りから横に逸れ、やがて大藪の陰へかくれ、ふたたび姿を現わさなかった。
 そこで又この境地はひっそりとなり、鋭い切先の一所を、ギラギラ月光に光らせた抜身を、いまだにしっかり握っている主税が、干鱈のように仆れているばかりであった。
 時がだんだんに経って行った。
 やがて、主税は気絶から覚めた。
 誰か自分を呼んでいるようである。
 そうして、自分の後脳の下に、暖かい柔らかい枕があった。
 主税はぼんやり眼を開けて見た。
 自分の顔のすぐの真上に、自分の顔へ蔽いかぶさるように、星のような眼と、高い鼻と、薄くはあるが大型の口と、そういう道具の女の顔が、周囲まわりを黒の楕円形で仕切って、浮いているのが見て取られた。
 お高祖頭巾で顔を包んだ、浪速なにわあやめの顔であった。
あやめがどうしてこんな所に?)
 気力は恢復してはいなかったが、意識は返っていた主税はこう思って、口に出してそれを云おうとした。
 でも言葉は出せなかった。それ程に衰弱しているのであった。眼を開けていることも出来なくなった。そこで彼は眼を閉じた。
 そう、主税に膝枕をさせ、介抱している女はあやめであった。鼠小紋の小袖に小柳繻子の帯、紫の半襟というその風俗は、女太夫というよりも、町家の若女房という風であり、お高祖頭巾で顔を包んでいるので、謎を持った秘密の女めいても見えた。
「山岸様、山岸主税様! お気が付かれたそうな、まア嬉しい! 山岸様々々々!」とあやめはいかにも嬉しそうに、自分の顔を主税の顔へ近づけ、情熱的の声で云った。
「それに致しましても何てわたしは、申し訳のないこといたしましたことか! どうぞお許しなすって下さいまし。……ほんの妾の悪戯いたずら[#ルビの「いたずら」は底本では「いたづら」]心から、差しあげた独楽が原因となって、こんな恐ろしいことになるなんて。……それはあの独楽には何か秘密が、――深い秘密のあるということは、妾にも感づいてはおりましたが、でもそのためにあなた様へ、あの独楽を上げたのではごさいません。……ほんの妾の出来心から。……それもあなた様がお可愛らしかったから。……まあ厭な、なんて妾は……」
 これがもし昼間であろうものなら、彼女の頬に赤味が注し、恥らいでその眼が潤んだことを、見てとることが出来たであろう。

勘兵衛や武士を殺した者は?

 あやめがあの独楽を手に入れたのは、浪速高津なにわこうづ[#ルビの「なにわこうづ」は底本では「なにわこうず」]の古物商からであった。それも孕独楽はらみごま一揃いとして、普通に買入れたのに過ぎなかった。その親独楽も十個の子独楽も、名工四国太夫の製作にかかわる、名品であるということは、彼女にもよくわかっていた。そうして子独楽の中の一個ひとつだけが、廻すとその面へ文字を現わすことをも彼女はよく解っていた。
 すると、或日一人の武士が、飛田林覚兵衛とんだばやしかくべえなのりながら、彼女の許へ訪ねて来て、孕独楽を譲ってくれるようにと云った。しかしあやめは商売道具だから、独楽は譲れないと断った。すると覚兵衛は子独楽の一つ、文字を現わす子独楽を譲ってくれるようにと云い、莫大な金高を切り出した。それであやめはその子独楽が、尋常の品でないことを知った。それにその子独楽一つだけを譲れば、孕独楽は後家独楽になってしまう。そこであやめは断った。
 しかし、覚兵衛は断念しないで、その後もあやめを付け廻し、或いは嚇し或いは透かし[#「透かし」はママ]て、その子独楽を手中に入れようとした。それがあやめの疳に障り、感情的にその子独楽を、覚兵衛には譲るまいと決心した。と同時にその子独楽が、あやめには荷厄介の物に思われて来た。その中あやめは縁があって、江戸の両国へ出ることになった。
 そこで浪速から江戸へ来た。するとどうだろう飛田林覚兵衛も、江戸へ追っかけて来たではないか。
 こうして昨日きのうの昼席となった。
 舞台で孕独楽を使っていると、間近の桟敷で美貌の若武士が――すなわち山岸主税なのであるが、熱心に芸当を見物していた。ところが同じその桟敷に、飛田林覚兵衛もいて、いかにも子独楽が欲しそうに、眼を据えて見物していた。
(可愛らしいお方)と主税に対しては思い、(小面憎い奴)と覚兵衛に対しては感じ、この二つの心持から、あやめ悪戯いたずら[#ルビの「いたずら」は底本では「いたづら」]をしてしまったのである。即ち舞台から例の小独楽を、見事に覚兵衛の眼を掠め、主税の袖の中へ投げ込んだのである。
(孕独楽が後家独楽になろうとままよ、わたしにはあんな子独楽用はない。……これで本当にサバサバしてしまった)
 あやめはそう思ったことであった。
 そうして彼女は今日の昼席から、定席へも出演ないことに決心し、宿所やどをさえ出て行方を眩ましてしまった。それは彼女にとっては一生の大事業を、決行することに心を定め、その準備に取りかかったからであった。
 でも彼女は夕方になった時、職場が恋しくなって来た。そこでこっそり出かけて行った。ところが裏木戸の辺りまで行って見ると、太夫元の勘兵衛と山岸主税とが、自分のことについて話しているではないか。そこで、彼女はそば空店あきだなの中へ、素早く入って身を忍ばせ、二人の話を立聞きした。その中に勘兵衛が無礼の仕打ちを、主税に対してとろうとした。
(どうで勘兵衛は遅かれ早かれ、妾が手にかけて殺さなければ、虫の納まらない奴なのだから、いっそ此処で殺してしまおう)
 あやめは心をそう定めた。
 で、手練の独楽の紐を――麻と絹糸と女の髪の毛とで、蛇のように強い弾力性を持たせて、独特に作った独楽の紐を、雨戸の隙から繰り出して、勘兵衛の首へ巻き付けて、締めて他愛なく殺してしまった。
(これで妾の一生の大事業の、一つだけを片付けたというものさ)
 もっと苦しめて殺してやれなかったことに、心外さこそは覚えたが、殺したことには満足を感じ、彼女は紐を手繰り寄せ、懐中ふところへ納めて様子をうかがった。
 すると小屋から人が出て来るらしく、主税が急いで立ち去った。
 そこであやめも空店から走り出し、主税の後を追っかけた。
 主税が自分を両国広小路の、独楽の定席へ訪ねて来たのは、自分が主税の袖へ投げ込んだ独楽の、秘密を聞きたかったに相違ないと、そうあやめは思ったので、主税に逢ってそれを話そうと、さてこそ主税を追っかけたのであったが、愛を感じている相手だっただけに、突然近付いて話しかけることが、彼女のような女にも面伏せであり、そこでただ彼女は主税の行く方へ、後から従いて行くばかりであった。そのあげく、お茶の水のここへ来た。その結果がこの有様となった。
「山岸様!」とあやめは呼んで、膝の上に乗っている主税の顔へ、また自分の顔を近付けて行った。
「大藪の中から紐を繰り出し、お侍さんの一人を絞め殺しましたのは、このあやめでございます。……わたしの差し上げた独楽のことか