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仇討姉妹笠(かたきうちきょうだいがさ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 7:22:30 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


恋人が盗賊とは

あたぼうよ、ご家来でさあ……もっとも最初はなは松浦様のご舎弟、主馬之進しゅめのしん様のご家来として、馬込の里の荏原えばら屋敷で……」
喋舌しゃべるな!」と叱るように一喝したのは、刀を杖のように突きながら、ノッソリと立ち上った頼母であった。
「お喋舌り坊主めが、何だベラベラと」
 それから主税のそばへ行った。
「主税」と頼母は横柄の態度で、主税を上から見下ろしたが、
其方そちの恋女腰元八重、いましめられてこの屋敷に居ること、さぞ其方には不思議であろうな。……その理由明かしてとらせる! お館にての頻々たる盗難、……その盗人こそ八重であったからじゃ!」
「…………」
 主税は無言で頼母を見上げた。余り意外のことを云われたので、その言葉の意味が受け取れず、で、呆然としたのであった。
「代々の将軍家より当田安家に対し下し賜わった名器什宝を、盗み出した盗人こそ、そこに居る腰元八重なのじゃ!」
 驚かない主税をもどかしがるように、頼母は言葉に力をめて云った。
「…………」
 しかし、依然として主税は無言のまま、頼母の顔を見上げていた。
 と、静かに主税の顔へ、ヒヤリとするような凄い笑いが浮かんだ。
(この姦物め、何を云うか! そのような出鱈目を云うことによって、こっちの心を惑わすのであろう。フフン、その手に乗るものか)
 こう思ったからである。
「主税!」と頼母は吼えるように喚いた。しかし、今度は反対あべこべに、訓すような諄々とした口調で云った。
「女猿廻しより得たと申して、今朝其方そち隠語の紙片と独楽とを、わしの許まで持って参り、お館の中に女の内通者あって、女猿廻しと連絡をとり、隠語の紙をつてとして、お館内の名器什宝を、盗み出すに相違ござりませぬ。隠語の文字女文字にござりますと、確かこのように申したのう。そこでわしはこの旨お館に申し、更に奥方様のお手を借り、大奥の腰元全部の手蹟を、残るところなく調べたのだ。するとどうじゃ、八重めの文字が、隠語の文字と同じではないか。そこで八重めを窮命したところ、盗人に相違ござりませぬと、素直に白状いたしおったわ」
「嘘だ!」と悲痛の主税の声が、腹の底から絞るように出た。
「八重が、八重殿が、盗人などと! 嘘だ! 信じぬ! 嘘だ嘘だ!」
 しかし見る見る主税の顔から、血の気が消えて鉛色となった。
(もしや!)という疑惑からのことであろう。
 そうして彼の眼――主税の眼は、頼母から離れて隣の部屋の、お八重の方へ移って行った。
「あッはッはッ、そう思うであろう。……恋女の八重が館の盗人! これは信じたくはあるまいよ。……が、事実は事実なのでのう、信じまいとしても駄目なのじゃ。……念のため八重自身の口から、盗人の事実を語らせてやろう」
 勘兵衛の方へ顔を向けると、
「その猿轡はずしてやれ」と頼母は冷然とした声で云った。
 つと勘兵衛の手が伸びた時には、お八重の口は自由になっていた。
「八重殿!」と、それを見るや山岸主税は、ジリジリ[#「ジリジリ」は底本では「ヂリヂリ」]とそっちへ膝を進め、
「よもや、八重殿! 八重殿が※(感嘆符疑問符、1-8-78)
「山岸様!」とお八重は叫んだ。倒れていた体を起き返らせ、主税の方へ胸を差し出し、髪のふりかかった蒼白の顔を、苦痛に歪めて主税の方へ向け、歯ぎしるような声でお八重は叫んだ。
「深い事情はござりまするが、お館の数々の器類を、盗み出しましたはこのわたくし、この八重めにござります!」
 その次の瞬間には彼女の体は、前のめりに倒れていた。そこから烈しい泣き声が起こった。畳へ食いついて泣き出したのである。
 主税の全身に顫えが起こった。そうして彼の体も前のめりに倒れた。背の肉が波のように蜒っている。恋人八重が盗人とは! これが彼を男泣きに泣かせたのらしい。
 そういう二人を左見右見とみこうみしながら、頼母は酸味ある微笑をしたが、やがて提げていた刀のこじりで主税の肩をコツコツと突き、
「八重が盗人であるということ、これで其方そちにもわかったであろうな。……八重めはお館の命により、明朝打ち首に致すはずじゃ。……が、主税、よく聞くがよい、其方の持っておる淀屋の独楽を、わしの手へ渡すということであれば、八重の命はわしが助けてやる。そうして此処から逃がしてやる。勿論、その後は二人して夫婦になろうとそれは自由じゃ」
 ここで頼母は言葉を切り、また二人をじろり見て、
「それともあくまで強情を張って、淀屋の独楽を渡さぬとなら、この場において其方そのほうを殺し、明朝八重を打ち首にする。……主税、強情は張らぬがよいぞ。独楽の在り場所を云うがよい」

極重悪木の由来

 この頃戸外そとの往来を、植木師の一隊が通っていた。そうして老人と美少年と、女猿廻しのお葉とが、その後を尾行つけて歩いていた。
 と、静かに三人は足を止めた。
 行手に大名屋敷の土塀が見え、裏門らしい大門が見え、その前へ植木師の一隊が、植木を積んだ車を囲み、月光の中に黒く固まり、動かずに佇んだからであった。
 大名屋敷は田安家であった。
 と、白い髪を肩の辺りで揺るがせ、白い髯を胸の辺りで顫わせ、深い感情を抑え切れないような声で「飛加藤とびかとうの亜流」という老人は云った。
「数日前に『極重悪木』を、彼ら田安家へ植え込んで、腰元を数人殺したそうだが、今夜も田安家へ植え込もうとしておる。……彼、東海林自得斎しょうじじとくさいめ、よくよく田安家に怨みがあると見える!」
「お爺さん」とお葉は恐ろしそうに訊いた。
「極重悪木と仰有おっしゃるのは? 東海林自得斎と仰有るのは?」
わしたちの祖師様とはいつの場合でも、反対の立場に立っている、世にも恐ろしい恐ろしい男、それが東海林自得斎なのだよ。その男も私達の祖師様のように、三十年もの間一本の木を、苦心惨憺して育てたのだよ。それが極重悪木なのだ。触った生物を殺す木なのだ。来る道々按摩を殺し、仲間を殺したその木なのだ。あそこにいる植木師たちの植木の中に、その木が一本雑っているのだよ」
「その東海林自得斎という男、何をしてどこに居りますの?」
「日本一大きな植木師として、秩父山中に住んでいるのだよ。幾個いくつかの山、幾個かの谷、沢や平野を買い占めてのう。幾万本、いや幾十万本の木を、とりこにして置いて育てているのだよ。そうして大名衆や旗本衆や、大金持の人々から、大口の注文を承わっては、即座に数十本であろうと数百本であろうと、どのような珍木異木であろうと、注文通り納めているのだよ」
「そういう大きな植木師をしながら、人を殺す恐ろしい毒の木を、東海林自得斎は育てて居りますのね」
「いいや、今では数を殖やしているのさ。三十年もの間研究して極重悪木を作り上げたのだから、今ではその数を殖やしているのだよ。……憎いと思う人々の屋敷へ植え込んで、そこの人を根絶しにするためにな」
「その恐ろしい木が、極重悪木が、田安家へ植えこまれたと仰有るのね! 今夜も植えこまれると仰有るのね! まあ、こうしてはいられない! お八重様があぶない、お八重様のお命が!」
 お葉は夢中のように歩き出した。

 田安家の横手の土塀の前へ、女猿廻しのお葉が現われたのは、それから間もなくのことであった。
 土塀の上を蔽うようにして、植込の松や楓や桜が、林のように枝葉を繁らせ、その上に月がかかっていて、その光が枝葉の間を通して、お葉の体へ光の飛白かすりや、光の縞を織っている。そのお葉は背中に藤八とうはちと名付ける、可愛らしい小猿の眠ったのを背負い、顔を上向けて土塀の上を、思案しいしい眺めていた。
「飛加藤の亜流」という老人と別れて、一人此処へ来たお葉なのであった。でも何のために此処へ来て、何をしようとするのであろう。

意外な邂合

「藤八よ」とお葉は云って、背中の小猿を揺り起こした。
「さあこれを持って木へ登って、木の枝へしっかり巻きつけておくれ」
 腰に挟んでいた一丈八尺の紐を、お葉は取って小猿へ渡した。と直ぐに小猿が土塀を駆け上り、植込の松の木へ飛び付いた姿が、黒く軽快に月光に見えた。でも直ぐに小猿は飛び返って来た。紐が松の枝から土塀を越して、お葉の手にまで延びている。間もなくその紐を手頼りにし、藤八猿を肩にしたまま、塀を乗り越えるお葉の姿が、これも軽快に月光に見えた。
 紐を手繰たぐって腰へ挿み、藤八猿を肩にしたまま、お葉は田安家の土塀の内側の、植込の根元に身をかがめ、じっと四辺あたりを見廻した。それにしてもお葉は何と思って、田安家のお庭へなど潜入したのであろう? 自分の加担者の腰元お八重へ、極重悪木という恐ろしい木の、植え込まれたことを告げ知らせ、その木へ決して触わらぬようにと、注意をしたいためからであった。
(お八重様の居り場所どこかしら?)
 お葉は眼を四方へ配った。
 三卿の筆頭であるところの、田安中納言家のお屋敷であった。客殿、本殿、脇本殿、離亭はなれ、厩舎、望楼ものみ台、そういう建物が厳しく、あるいは高くあるいは低く、木立の上に聳え木立の中に沈み、月光に光ったり陰影かげに暗まされたりして、宏大な地域を占領している。
(奥方様付きのお腰元ゆえ、大奥におでとは思うけれど、その大奥がどこにあるやら?)
 といっていつ迄も植込の中などに、身を隠していることも出来なかったので、
(建物の方へ忍んで行ってみよう)
 で、彼女は植込を出て、本殿らしい建物の方へ、物の陰を辿って歩いて行った。
 この構内の一画に、泉水や築山や石橋などで、形成かたちづくられている庭園があったが、その庭園の石橋の袂へ、忽然と一人の女が現われたのは、それから間もなくのことであった。女は? 浪速なにわあやめであった。鼠小紋の小袖に小柳襦子の帯、お高祖頭巾をかむったあやめであった。
 それにしてもあやめはほんの先刻さっきまで、女猿廻しお葉として、老人主従と連れ立ってい、そうしてつい今しがた同じ姿で、土塀を乗り越えてこの構内へ、潜入をしたはずだのに、今見れば町家の女房風の、浪速あやめとしてここにいるとは?
 短かい短かい時間の間に、あるいは女猿廻しお葉となり、あるいは曲独楽使いのあやめとなる! この女の本性は何なのであろう?
 正体不可解の浪速あやめは、石橋の袖に佇みながら、頭巾と肩とをわけても鮮かに、月の光に曝しながら、正面に見えている建物の方を、まじろぎもせず眺めていたが、やがてその方へ歩き出した。
 と、築山の裾を巡った。
 とたんに彼女は「あッ」と叫んで、居縮んだように佇んだ。同時に彼女の正面からも、同じような「あッ」という声が聞こえた。見ればそこにも女がいて、あやめの顔を見詰めながら、居縮んだように立っている。それは女猿廻しのお葉であった。
 おお、では二人のこの女は、別々の女であるのだろうか! そうとしか思われない。
 それにしても何と二人の女は、その顔立から肉付から、年恰好から同一おんなじなのであろう! そうして何とこの二人は、経歴から目的から同一なのであろう! 二人の女の関係はどうなのであろう?
 お茶の水で主税を助けたあやめは、辻駕籠を雇って主税を乗せて彼の屋敷へまで送ってやった。
 でも彼女は心配だったので、見え隠れに駕籠の後をつけて、彼の屋敷の前まで来た。と五人の覆面武士が現われ、主税を手籠めにして担いで逃げた。
(一大事!)と彼女は思い、その一団の後を追った。が、この構内へ入り込んだ時には、その一団はどこへ行ったものか、姿がみえなくなっていた。
(どうあろうと主税様をお助けしなければ)
 そこで、あやめは主税を探しにかかった。
 その結果がこうなったのである。

双生児の姉妹

「まあお前は妹!」
「お姉様あねえさまか!」
 あやめとそうしてお葉の口から、こういう声のほとばしったのは、それから間もなくのことであり、その次の瞬間には二人の女は、抱き合ったままで地に坐っていた。
 お高祖頭巾をかむった町女房風のあやめと、猿廻し姿のお葉とが、搦み合うようにして抱き合って、頬と頬とをピッタリ付けて、烈しい感情の昂奮から、忍び泣きの音を洩らしている姿は、美しくもあれば妖しくもあった。
 築山の裾に茂っているのは、満開の花をつけた連翹れんぎょうくさむらで、黄色いその花は月光に化かされ、卯の花のように白く見えていたが、それが二人の女を蔽うように、背後うしろの方から冠さっていた。
「お葉や! おおおおその姿は! ……猿廻しのその姿は! ……別れてから経った日数は十年! ……その間中わたしは雨につけ風につけ、一日としてお前のことを、思い出さなかったことはなかったのに! ……高麗郡こまごおりの高麗家と並び称され、関東での旧家と尊ばれている、荏原えばら郡の荏原屋敷の娘が、猿廻しにおちぶれたとは! ……話しておくれ、その後のことを! 話しておくれ、お前の身の上を!」
 妹お葉の背へ両手を廻し、それで抱きしめ抱きしめながら、喘ぐようにあやめは云うのであった。
「お姉様、あやめお姉様!」と、姉の胸の上へ顔を埋め、しゃくりあげながらお葉は云った。
「十年前に……お姉様が……不意に家出をなされてからというもの……わたしは、毎日、まアどんなに、お帰りなさる日をお待ちしたことか! ……いつまでお待ちしてもお帰りにならない。……そのうちだんだんわたしにしましても、お家にいることが苦痛になり……それでとうとう同じ年の、十二月の雪の日に、お姉様と同じように家出をし……」
「おお、まアそれではお前も家出を……」
「それからの憂艱難と申しましたら……世間知らずの身の上が祟って……誘拐かどわかされたり売られたり……そのあげくがこんな身分に……」
「お葉や、わたしも、そうだった。今のわたしの身分といったら、曲独楽使いの太夫なのだよ! ……荏原屋敷の娘、双生児ふたごのお嬢様と、自分から云ってはなんだけれど、可愛らしいのと幸福なのとで、人に羨まれたわたしたち二人が、揃いも揃って街の芸人に!」
 泉水で鯉が跳ねたのであろう、鞭で打ったような水音がした。
 高くぬきんでて白蓮の花が、――夜だから花弁をふくよかに閉じて、宝珠かのように咲いていたが、そこから甘い惑わすような匂いが、双生児の姉妹きょうだいの悲しい思いを、慰めるように香って来ていた。
「お葉や」とやがてあやめは云った。
「わたし決心をしたのだよ。一生の大事を遂げようとねえ」
「お姉様」とお葉も云った。
「わたしも、わたしも、そうなのです! 一生の大事を遂げようと、決心したのでございます!」
「わたし、主馬之進しゅめのしんを殺すつもりなのだよ! お父様を殺し、お母様をたぶらかし、荏原屋敷を乗っ取って、わたしたち二人を家出させた、極悪人の主馬之進をねえ」
「お姉様」とお葉は云って、ヒタとあやめの顔を見詰め、
「わたしは、主馬之進をそそのかして、そういう悪事を行なわせた、主馬之進の兄にあたる、田安家の奥家老、松浦頼母まつうらたのもを殺そうと、心掛けておるのでございます!」
「え※(感嘆符疑問符、1-8-78)」とあやめは仰天したように、
「お葉や、一体、それは一体! ……」
「おお、お姉様お姉様、あなたはご存知ないのです。……お姉様よりも六七ヶ月後に、家出をいたしたこのお葉ばかりが、知っていることなのでございます。……その六七ヶ月の間中、わたしは主馬之進という人間の素性を、懸命に探ったのでございます。その間幾度となく立派な武士さむらいが、微行して屋敷へ参りまして、主馬之進と密談いたしましたり、主馬之進と一緒に屋敷内を、そここことなく探したりしました。探った結果その武士こそ、主馬之進の実の兄の、田安家の奥家老、松浦頼母だと知りました」
「知らなかった、わたしは! まるで知らなかった! ……でもどうしてそんな立派な、田安中納言様の奥家老が、実の弟を荏原屋敷へ入れたり、自身微行して訪ねて行ったり?」
「慾からですお姉様、慾からです! ……それも大きな慾から! ……」

荏原屋敷の秘密

 どこから話したらよかろうかと、思案するかのようにお葉は黙って、あやめの顔を見守った。
 姉妹きょうだい二人が抱き合った時、お葉の肩から飛び下りた小猿は――藤八猿は築山の頂きに、赤いちゃんちゃんこを着て置物のように坐り、姉妹の姿を見下ろしている。
「高麗郡の高麗家と同じように、荏原郡の荏原屋敷が、天智天皇様のご治世に、高麗の国から移住して来た人々の、その首領おかしらを先祖にして、今日まで連綿と続いて来た、そういう屋敷だということは、お姉様あねえさまもご存知でございますわねえ」とやがてお葉はしんみりと、囁くような声で語り出した。
「その移住して来た人々が、高麗の国から持って来た宝を、荏原屋敷で保管して、代々伝えたということも、お姉様にはご存知ですわねえ。……でも、その宝物は長い年月の間に、持ち出されて使い果たされ、尋常の人間の智慧ぐらいでは、絶対に発見することの出来ない、宝物の隠匿かくし場所ばかりが、今も荏原屋敷のどこかにあるという、そういうこともお姉様には、伝説として聞いて知っていますわねえ。……ところが……」と云って来てあやめの両手を、お葉はひしと握りしめ、一層声を落として云った。
「ところが今から百五十年前、元禄年間に大財産が、その隠匿所へこっそりと、仕舞い込まれたということですの」
「まあ」とあやめも唾を呑み、握られている手を握り返したが、
「どういう財産? どういう素性の?」
浪速なにわの豪商淀屋辰五郎が、闕所けっしょになる前に家財の大半を、こっそり隠したということですが、その財産だということですの」
「まあ淀屋の? 淀辰のねえ」
「それをどうして知ったものか、松浦頼母が知りまして、美貌の弟の主馬之進しゅめのしんを進め、わたし達のご両親に接近させ、そのあげくにお父様を、あのような手段で非業に死なせ、お母様をたぶらかし、わたし達の家へ入婿になり……」
「おおなるほどそうなのかえ、そうして財産の隠匿場所を……」
「そうなのですそうなのです、時々やって来る頼母と一緒に、主馬之進めはその隠匿場所を……」
発見みつけだそうとしているのだねえ。……そう聞いてみれば松浦頼母めが、お父様のかたきの元兇なのだねえ。……ああそれでやっとわたしにはわかった。何でお前がこのような所へ、こんな田安様のお屋敷内へ、忍び込んで来たのかと不思議だったが、では頼母を殺そうとして……」
「いいえお姉様わたしはそれ前に、ここのお腰元のお八重様のお命を……それよりお姉様こそどうしてここへ?」
「ここのご家臣の山岸主税様の、お命をお助けいたそうとねえ……」
 こうして姉妹きょうだい各自めいめいの目的を――この夜この屋敷内へ忍び込んだ、その目的を話し出したが、この頃主税とお八重とは、どんな有様であるのであろう?

崩折れる美女

 主税ちからとお八重やえとは依然として、松浦頼母たのもの屋敷の部屋に、縄目の恥辱を受けながら、二人だけで向かい合っていた。
「独楽を渡して配下になるか、それとも拒んで殺されるか? 即答することも困難であろう。しばらく二人だけで考えるがよい」
 こう云って頼母が配下を引き連れ、主屋の方へ立ち去ったので、二人だけとなってしまったのである。
 一基の燭台には今にも消えそうに、蝋燭の火がともってい、その光の穂を巡りながら、小さい蛾が二つ飛んでいる。
 顔に乱れた髪をかけ、その顔色を蒼白にし、衣紋を崩した主税の体は、その燭台の背後うしろにあった。そうして彼の空洞うつろのような眼は、飛んでいる蛾に向けられていた。
(もともと偶然手に入った独楽だ。頼母にくれてやってもよい。莫大な金高であろうとも、淀屋の財産など欲しいとは思わぬ。……しかしこのように武士たる自分を、恥かしめ、虐み、威嚇した頼母の、配下などには断じてなれない。と云って独楽を渡した上、頼母の配下にならなければ、自分ばかりかお八重の命をさえ、頼母は取ると云っている。残忍酷薄の彼のことだ、取ると云ったら取るだろう。……命を取られてたまるものか?)
 無心に蛾の方へ眼を向けたまま、こう主税は思っていた。
 一つの蛾が朱筆の穂のような火先ほさきに、素早く嘗められて畳の上へ落ちた。死んだと見えて動かなかった。
(ではやっぱり頼母の意志に従い、淀屋の独楽を渡した上、彼の配下になる以外には、他に手段はないではないか)
 逆流する血の気を※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみの辺りへ感じた。しかし努力して冷静になった。
(そうだ独楽を渡した上、あなた様の配下になりますると、偽りの誓言を先ず立てて、ともかくも命を助かろう。その余のことはそれからで出来る)
 何よりも命を保たなければと、主税はそれを思うのであった。
(それにしてもお八重が盗人とは! お館の宝物の数々を盗んだ、その盗人がお八重だとは!)
 これを思うと彼は発狂しそうであった。
(恋人が盗人とは! それも尋常の盗人ではない、お館を破滅に導こうとする、獅子身中の虫のような盗人なのだ!)
 見るに忍びないというような眼付をして、主税は隣室の方へ眼をやった。
 そこにお八重が突っ伏していた。
 こっちの部屋から流れこんで行く燈光ひかりで、その部屋はぼっと明るかったが、その底に濃紫こむらさき斑點しみかのように、お八重は突っ伏して泣いていた。
 泣き声は聞こえてはこなかったが、畳の上へ両袖を重ね、その袖の上へ額を押しつけ、片頬を主税の方へわずかに見せ、その白いふっくりした艶かしい片頬を、かすかではあるが規則正しく、上下に揺すって動かしているので、しゃくりあげていることが窺われた。
 それは可憐で痛々しくて、叱られて泣いている子供のような、あどけなさをさえ感じさせる姿であった。
(あの子が、お八重が、何で盗人であろう!)
 そういう姿を眼に入れるや、主税は猛然とそう思った。
(これは何かの間違いなのだ!)
「お八重殿」としわがれた声で、主税は嘆願でもするように云った。
「真実を……どうぞ、本当のことを……お話し下され、お話し下され! ……盗人などと……嘘でござろうのう」
 狂わしい心持で返事を待った。
 と、お八重は顔を上げた。
 宵闇の中へ夕顔の花が、不意に一輪だけ咲いたように、上げたお八重の顔は蒼白かった。
「山岸様!」と、その顔は云った。
「八重は死にます! ……殺して下さりませ! ……八重は盗人でござります! ……深い事情がありまして……あるお方に頼まれまして……お館の数々のお宝物を、盗んだに相違ござりませぬ。……貴郎あなた様のお手にかかりまして、もし死ねましたら八重は本望! ……悲しいは愛想を尽かされますこと! ……死にたい! 殺して下さりませ!」
 花が不意に散ったように、お八重の顔は沈んで袖の上へ消えた。
 泣き声が細い糸のように引かれた。
(そうか、やっぱり盗人なのか)
 主税は首を膝へ垂れた。
(深い事情があるといった。そうだろう! その事情は?)
 泣き声はなおも断続して聞こえた。
(事情によっては許されもするが……)
(あるお方に頼まれたという。何者だろう、頼んだものは?)
「ここを出たい!」と声に出して、主税は思わずそう叫んだ。
 縄を千切って、お八重を助け出して、ここを出たい! ここを出たい!
 無効むだと知りながら又主税は、満身に力を籠めて体を揺すった。
 しかし、縄は切れようともしない。
 時がだんだん経って行く。
 廊下に向いて立てられてある襖が、向う側から開いたのは、それから間もなくのことであった。
(来たな、頼母め!)と主税は睨んだ。
 しかるに、部屋の中へ入って来たのは、赤いちゃんちゃんこを着た小猿であった。
「猿!」と主税は思わず叫んだ。
 途端に、小猿は飛びかかって来た。
「こやつ!」
 しかし藤八猿は、主税の体にかかっている縄を、その鋭い歯で食い切り出した。
 どこからともなく口笛の音が、猿の所業を鼓舞するかのように、幽かに幽かに聞こえてきた。

第二の独楽の文字

 この頃主屋の一室では、覚兵衛や勘兵衛を相手にして、松浦頼母たのもが話していた。四辺あたりには杯盤が置き並べてあり、酒肴などがとり散らされていた。
「これに現われて来る文字というものが、まことにもって訳のわからないものでな、ざっとまアこんな具合なのだ」
 云い云い頼母は握っていた独楽を、畳の上で捻って廻した。幾台か立ててある燭台から、華やかな燈光ひのひかりが射し出ていて、この部屋は美しく明るかったが、その燈光ひかりに照らされながら、森々と廻っている独楽の面へ、白く文字が現われた。
「屋の財宝は」という五つの文字であった。
「屋の字の上へ淀という字を入れれば、淀屋の財宝はという意味になって、これはまアまア解るにしても、その後に出る文字が解らないのだ」
 頼母はまた手を延ばし独楽を捻った。烈しく廻る独楽の面へは、「代々」という二つの文字と「守護す」という三つの文字と「見る日は南うしろ北」という、九つの文字とが現われた。
「この意味はまったく解らないのう?」
 頼母の声は当惑していた。
「が、主税めの持っている独楽を奪い、それへ現われ出る文字と合わせたら、これらの文字の意味は解るものと思う。どっちみち淀屋の財宝についての、在場所を示したものに相違ないのだからのう」
「その主税めもうそろそろ、決心した頃かと存ぜられます」と飛田林覚兵衛とんだばやしかくべえが追従笑いをしながら云った。
「誰もが命は惜しいもので。独楽は渡さぬ、配下にもならぬなどと、彼とてよもや申しますまい」
「そりゃアもう云うまでもないことで」とつづいて勘兵衛が合槌を打った。
「ましてや独楽を献上し、お殿様の配下になりさえすれば、お八重様という美しいお腰元と、夫婦になれるというのですからねえ。……が、そうなるとお殿様の方は?」と頼母の方へ厭な眼を向け、
「そうなりまするとお殿様の方は、お八重様をご断念なされるので?」
「またお喋舌しゃべりか」と苦笑いをし、頼母はジロリ[#「ジロリ」は底本では「ヂロリ」]と勘兵衛を睨んだ。
「性懲りもなく又ベラベラと」
「これは、えへ、えッヘッヘッ」
 勘兵衛は亀のように首を縮めた。
 覆面をしていた五人の浪人も、今は頭巾を脱ぎすてて、遥か末座に居並んで、つつましく酒を飲んでいる。
(八重! くれるには惜しい女さ)
 ふと頼母はこう思った。
(が、独楽には換えられぬ。……それに主税というような、敵ながら立派な若い武士を、味方にすることが出来るのなら、女一人ぐらい何の惜しむものか)
 その主税が主謀者となり、鷲見与四郎すみよしろうといったような、血の気の多い正義派の武士たちが、どうやら一致団結して、以前から頼母の遣り口に対し――田安お館への施政に対し、反対しようとしていることを、頼母は薄々感付いていた。その主謀者の主税に恩を売り、八重を女房に持たせることによって、味方につけることが出来るのなら、こんな好都合なことはないと、そう頼母は思うのであった。
「誰か参って主税と八重の様子を、それとなく見て参れ」
 浪人たちの方へ頼母は云った。
 二人の浪人が立ち上り、ふすまをあけて部屋から出た。
覚兵衛かくべえ勘兵衛かんべえも飲むがよい」
「は」
「頂戴」
「さあさあ飲め」
 賑かに盃が廻り出した。
 たちまち烈しい足音が、廊下の方から聞こえてきたが、出て行った二人の浪人の中、坂本というのが走り帰って来た。
「一大事! 一大事でござりまする……主税め縄を切り八重を助け……部屋を脱け出し庭の方へ! ……本庄殿は主税に斬られ! ……拙者も一太刀、左の肩を!」
 見ればなるほどその浪人の肩から、胸の方へ血が流れ出ていた。
「行け!」と頼母は吼えるように叫び、猛然として躍り上った。
「主税を捕らえろ! 八重を捕らえろ! ……手に余らば斬って捨ろ!」
 一同一斉に部屋を走り出た。

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