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染吉の朱盆(そめきちのしゅぼん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/2 7:46:58 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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二 これが四回も続いたのである。 で、その結果はどうなったか? 手代風の男が四人殺され、朱塗の盆が四枚がところ、 ![]() 「恋すてふ、我名はまだき、立ちにけり、人しれずこそ」 となったのである。 令嬢の名は縫様、以来お縫様憂鬱になった。 四枚の朱盆を前へ並べ、こんな独言をいうようになった。 「ああもう一枚ほしいものだ。そうするとすっかり揃うのに。――恋すてふ我名はまだき立ちにけり人知れずこそ……足りないわねえ。『思ひそめしが』ともう一句、それを記した盆がほしい。それにしても、どうして私の屋敷へ、こんなにも立派な四枚の盆を、誰が何のために投げ込んだのだろう? ――そうしてあの男は何者だろう? 盆の有無しを確めに来ては、持っても行かずに行ってしまう。不思議な眼つきで私を見る」 もう一枚の盆に対する、執着の念が深くなった。 そこで、とうとう蒔絵師を呼んだ。 「こんな朱盆ははじめてみます。この朱色は無類です。どんな顔料を使いましたやら。塗も蒔も同じ手です。これも素晴らしゅうございます。私など真似も出来ません。だが作り手は知れています。日本に蒔絵師は沢山あっても、これ程の物を作る者は、染吉のほかにはございません。……ああ染吉でございますか? 谷中の奥に住んでおります。大変な変人でございましてね、自分で作った品物を、人手に渡すのを惜がるのです。で、仲々手に入りません。どんな大金を積んだところで、気に向かないと作りませんので、珍重されておりますよ。だが染吉の作にしても、これは飛切り上等の方で、一代の傑作と申されましょう。……ええと年はまだ若く、二十八の独身者で、それに これが蒔絵師の挨拶であった。 「ああそれではあの男だ」お縫様は直に感付いた。 「朱盆の有無しを確めに来たあの男が染吉だ」 そこでお縫様いったものである。 「どんなお望みにでも応じます。『思ひそめしが』と六文字を入れた、[#「、」は底本では「。」]この盆と対の朱塗の盆を、ぜひともおつくり下さいますよう、その名人の染吉さんに、あなたからお頼みして下さいまし」 翌日蒔絵師はやって来たが、返辞は意外なものであった。 「こう染吉は申しました。『そのお嬢様のお頼みがなくとも、私の方からお作りし、そのお嬢様へ差上げようと、この日頃苦心しているのですが、とても望みは遂げられますまい。まあ見て下さい。この体を! すっかり痩せて衰えて、骨と皮ばかりになりました。実は私はその盆と一しょに、心を捧げようと思っていたので。ああそうです、お嬢様へ……思いそめしが! 思いそめしが!』……お嬢様どうやら染吉は死んでしまいそうでございますよ」 果して名工染吉は、その後間もなく死んでしまい、お縫様も間もなくなくなってしまった[#「なくなってしまった」は底本では「なくってしまった」]。なくなる間際までお縫様は、最後の盆をほしがった。で、口癖のようにいったそうである。 「思いそめしが、思いそめしが」 「ね、兄貴、話といえば、ざっとこういったものなのさ」 話し終えた 「成る程[#「成る程」は底本では「成る程。」]」といったのは岡八である。 「大して面白い話でもないな」 「どうしてだい、面白いじゃァないか」 「古いありきたりの因果物語りさ」 「そうばかりもいわれないよ、 「おおお縫様の屋敷跡か」 「そっくりそのまま残っているのさ」 「住人がないとかいったっけね」 「草茫々たる化物屋敷さ」 「根岸附近だとかいったっけね」 「そうだよ」と半九郎うなずいた。それからまたも変に皮肉に、盗むような笑いを浮かべたが、 「どうだい兄貴、謎が解けるかね?」 それには返辞をしなかったが、 「十年前の話なんだな?」 「安政二年の物語りさ」 三 岡八というのは 「一つの事件をあばこうとしたら、渦中へ飛び込んじゃいけないよ。いつも傍から見るんだなあ。渦の中へ一緒に巻き込まれようなものなら、渦を見ることが出来ないからなあ。ほんとに岡目八目さ」 これがこの男の口癖である。その本名は綱吉といい、非常に腕っこきの岡引であった。 一つ二つ例を挙げてみよう。 一人の女が訴え出た。 「夫が家出をして帰りません」と。 数日たって女の隣人が、井戸に死人があると訴え出た。 その女も走って行った。井戸を覗くと叫んだものである。「私の夫でございます」 そこで岡八が一喝した。 「人殺しは手前だ! ――ふん縛れ!」 果してその 「岡目で見りゃァ 或家でかんざしを盗まれた。戸外から入り込んだ形跡はない。二人の下女が疑わしかった。そこで岡八、青麦を二本、二人の下女へやったものである。 「正直者の麦はそのままだが、不正直者の麦は長くなる。明日の朝までに一寸が所な」 翌日調べると一本の麦は自若、一人の下女の持っていた麦が、一寸がところ摘切られてあった。 「そいつが詰り盗人だったんで、下女なんてものは無知なもので、そんな甘手にさえひっかかりますよ。ほんとに延びると考えて、一寸がところ摘んだんでさあ」 さてその岡八だが、最近に至って、一つの難事件にぶつかってしまった。 いい若者が無暗とさらわれ、十数日たつと送り返されて来る。その時はすっかり衰弱している。どうしたと尋ねても真相をいわない。そうして、おまけに、いうのである。 「ああもう一度あそこへ行きたい」 そうして間もなく死んでしまうのである。 時世は慶応元年で、尊王 「さらわれた先をいわないというのが、何より 全く見当がつかなかった。 で、この日頃ムシャクシャしていた。 そんな気も知らずに半九郎奴、十年前の古事件、お縫様屋敷の物語りを、面白くもなく、しゃべり立て謎を解いて見ろというのである。 「で、何かい」と岡八はいった。「その古々しい因果物語りが、はやり出したというのかい?」 「ああそうだよ」と半九郎。「銭湯へ行っても髪結床へ行っても、 「で、何かい」と、また岡八「四人までも切った侍が、其まま解らずに消えたのが、面妖だっていうのかい?」 「それからどうして染吉が、燈心の火が消えるように、衰死したかが不思議だというのさ」 「 「そうチョロッかに片付るなら、辻切の方だって片がつく、切りっぱなしで消えたんだとね。……だがそれだけでは済むまいぜ、俺等の商売からいく時はね」 「十年前の出来事じゃァねえか」 「ところがお前そうじゃァないんだ、俺等の仲間で競争的に、その謎解きにかかっているのさ」 「へえ、そいつァ物好きだなあ」岡八一寸眼を見張った。「初耳だよ、そんな話は」 「お前は一人で高くとまり、俺等とあんまりつきあわないからさ」 「それにしても暇の連中だなあ、この小忙しい浮世によ」 「そこで連中はいっているのさ。岡八兄貴なら解けるだろう。もし又こいつが解けねえようなら、岡八なんかとはいわせねえとね」 「えらく皆に憎まれたものだな」岡八ニヤリと笑ったが、どうしたものか膝を打った。それからヒョイと ![]() 「え、本当か! そいつァ豪勢だ!」 「しかも、きっと今日明日の中にな」
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