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染吉の朱盆(そめきちのしゅぼん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/2 7:46:58 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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九 命を助けられた岡引の岡八、家へ帰って正気づくと、 「もう一度あそこへ行って見てえものだ」 真ッ先にこういったものである。 それから又もトロトロと眠った。 すっかり元気が恢復すると、またノッケにいったものである。 「支那の古事にあるっていうが、ありゃァ日本の で、それから話し出した。 「半九、お前にゃァ何んといっていいか、半分はお礼、半分は怨みだ。……俺等お前の話を聞くと、ピシッと心に響いたことがあった。染吉の朱盆の真紅の色と、染吉の衰死という奴さ! ……こいつァ紅毛人の話だが、或る画家がいい色を出すため、自分の体から血を取って、絵具がわりに使ったというが、ははあそれでは染吉という男も、朱盆にそいつを使ったかもしれねえ。朱盆がマア、それはそれとして、俺の手掛ている難事件、いい若い者が姿をかくし、帰って来ると衰死してしまう、こいつに宛てはめたらどうだろうとな? どこかに悪い奴が屯していて、人間の生血を、絞るんじゃァないかな? ……で俺は出かけたってものさ。染吉の朱盆を手に入れてみよう、そうしてそいつを蘭医にでも頼んで、血が雑っているか雑っていないか、真ッ先に調べて貰うことにしよう。朱盆さて古道具屋へ行ってみたが、思うように手に入らねえ。数が少なくて高いんだ。ところがどうだろう凄いような美人が、俺等の邪魔でもするように、先廻りをして買い占めるじゃァねえかそうだよ染吉の朱盆をな、こいつ怪しいと思ったので俺等ドンドン後をつけてみた。すると今度はその女が植甚の店先へ立つじゃァねえか! 知っているだろうが卸問屋だ。うん有名な錦絵のな。ところが一枚死絵があった。それが[#「あった。それが」は底本では「あったそれが」]素晴らしい出来栄なのだ。わけても[#「出来栄なのだ。わけても」は底本では「出来栄なのだわけても」]紫色が素晴らしかった。解った[#「素晴らしかった。解った」は底本では「素晴らしかった解った」]と俺は手を拍とうとしたよ! あの紫色は血で描いたものだ! 血という奴ァはじめは赤い。それから[#「赤い。それから」は底本では「赤いそれから」] だが半九郎 「だがね、兄貴、俺等の話した、あのお縫様屋敷の因果物語りはね……」 「作り話だというのだろう」 「へえ、そいつを知っていたのかえ?」 「あんまり辻褄があっているからさ」 一〇 それから岡八嘲るように、ニヤニヤ笑いながらいい出した。 「巧んだ事件というやつは、例えどんなにコンガラガッていても、どこかで辻褄が合うものだ。作り話だって同じだァね。だがあの話は面白かった。旨く辻褄を合わせて見せよう。第一に辻斬の侍だが、ありゃァ将軍家ご連枝の、若殿様と見立てるんだなあ。新刀試しをしたことにするさ。お縫様屋敷のあの辺は、人家がなくて寂しくて、そんなことをするにはいい場所だ。捕方の連中に囲まれた時ポンと胸のあたりを打ったというから、こいつを大いに役たたせよう。葵の御紋があったとするのさ。満月の晩だからよく解らあ。で、捕方の面々ども、手が出せなくて『へー』と平伏……これだけで片がつくじゃァねえか。……切りたおされた手代だが、染吉の朱盆を持っていたとするさ。つまり主人のいいつけで、染吉の所から持って来たのさ。追っかけて来た職人は、当然染吉とするんだなあ。染吉という男名人気質で、自作にひどく愛着を持ち、人に渡すのを厭やがったというから、取り返しに来たと見立てるがいい、手代がそこにたおれている、朱盆をちゃんと持っている、で『しめた!』と叫んだことにするさ。取り返した嬉しさに飛び上がった途端、ヒョイと盆が手から放れ、お縫様屋敷へ飛び込んだとするさ。で『しまった!』と叫んだことにするさ。その時はじめて気がつくと手代の野郎殺されている。で一散に逃げたとするさ。盆に未練がある所から、お縫様屋敷へ取りに行ったが、あんまりお縫様が奇麗だったので、くれる気になって置いて来たとするさ。こいつを四回繰返させるんだあね。武士の辻斬り以前の通りさ、盆の取り返し、以前の通りを、ただし二回目からは、染吉をして、わざと屋敷へ投げ込ませたことにするさ。ああそうだよ、朱盆をな。で『しまった!』とはいわなかったことにするさ。なぜ投げ込んだ? いうまでもないや、恋の心を通わせるためさ。『恋すてふ』というあの歌だが、偶然蒔絵したと解するんだなあ。百人一首を蒔絵にする、有勝のことで不思議はないや。だが染吉はその偶然を、旨く利用したものと解するんだなあ。しかし最後の一枚になって、すっかりへこたれてしまったのは、……こいつだけは二通りに解釈出来る。恋病で衰死をし、製造することが[#「製造することが」は底本では「製造するこことが」]出来なかったと、こう解釈をしてもいいし、もし染吉の作った朱盆に、ひょっと人の血が また笑ったものである。 「お縫様の死はどうするね?」半九郎 「ある大店の娘御が、 「その話はそれでよいとして、お前のぶつかったその女、凄いほどの美人だということだが、どうして染吉の朱盆ばかりを、そうも買あつめたものだろう?」 「ああ、そいつか、その女がいったよ、『ねえ岡八さん、何も私は、あなたの邪魔をしようとして、染吉の朱盆を集めたんじゃァないよ。どうしたら立派な赤い色を、死絵の中へ出すことが出来るか、その参考に江戸中を廻って染吉の、盆を集めたってものさ。そいつにお前さんが引っかかったのは、少ォしばっかり間抜けだねえ』と。いやはやどうも、これには参った」 「だがオイ」と岡八またいった。「お前の話しがお縫様屋敷の話、みんながみんな嘘でもあるめえ」 「うん」と半九郎苦笑をし「今辻斬がはやるから、辻斬の武士を一枚入れ、染吉の朱盆が値を呼んだというからそこで、そいつを早速取り入れ、お縫様屋敷の物語りを、チョッピリ加えてデッチ上げたってものさ」 「お縫様屋敷の真相は?」 「お縫様という美人がいた。人を恋して死んでしまった。今に執念が残っている。ただこれだけさ、何があるものか」 「だが、よかったよ、お前の話、俺に難事件を片付させてくれた」 「兄貴を担ごうと思ったんだが、まるでアベコベに利用されてしまった」 「どんな話にだって暗示はあるなあ。だがお前にも厄介になった。有難かった、一杯飲もう」 底本:「妖異全集」桃源社 1975(昭和50)年9月25日発行 初出:「サンデー毎日」毎日新聞社 1927(昭和2)年1月 ※「くらしっく時代小説10 国枝史郎集」リブリオ出版 1998(平成10)年3月20日初版1刷発行を参照し、底本の数カ所に現れる「」中の「」はすべて『』に統一し、促音が「つ」「ツ」、拗音が「や」と大振りにつくられている箇所はすべて小振りの「っ」「ッ」「ゃ」に統一しました。 ※その他、「」や句点(。)の欠け、明らかに誤植と思われる箇所は上記テキストに基づいて修正し、入力者注を付しておきました。 ※「いわれませんよ」主人例によって」は底本では「主人」の前で改行し、「主人例によって」の段落が天付きになっていましたが、「くらしっく時代小説10 国枝史郎集」にならって改行を取りました。 ※底本には以下に挙げるように誤植が疑われる箇所がありましたが、「くらしっく時代小説10 国枝史郎集」でも同様で正しい形を判定することに困難を感じたので底本通りとし、ママ注記を付けました。 ○たじろいた所:「たじろいだ」の誤植か。 ※「綺麗」と「奇麗」の混在は底本通りにしました。 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:ロクス・ソルス 校正:門田裕志、小林繁雄 2004年12月13日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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