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右門捕物帖(うもんとりものちょう)17 へび使い小町

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:25:04 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 右門捕物帖(二)
出版社: 春陽文庫、春陽堂書店
初版発行日: 1982(昭和57)年9月15日
入力に使用: 1982(昭和57)年9月15日新装第1刷
校正に使用: 1999(平成11)年4月20日新装第6刷

 

右門捕物帖

へび使い小町

佐々木味津三




     1

 ――ひきつづき第十七番てがらに移ります。
 前回の七化け騒動がそもそも端を発しましたところは品川でしたが、今回はその反対の両国河岸がし。しかも、事件の勃発ぼっぱつした日がまたえりにえって七月の七日。七日と申しますと、だれしも想起するものは今も昔ながらに伝わっているあのたなばた祭りです。土地土地、国々の風俗習慣によって、同じたなばた祭りもその祭り方に多少の相違があるようですが、この当時、すなわち徳川お三代ごろの江戸上流階級において、すこぶる盛んに用いられた方法は、王朝ながらの優雅をそのまま伝えたたんざく流し――俗にたなばた流しと称する催しでした。もっとも、こののち万治元年に至りまして花火がくふうされ、さらに享保十八年に至りまして、今もなお盛大に行なわれているあの川開きが催されるようになりましてからは、めめしい貴族的なたなばた流しよりも、むやみとパンパンはぜる花火のほうが江戸っ子の唐竹からたけ気性にずっとかないましたものか、年一年と花火にお株を奪われまして、ただいまではまったくその面影すらもとどめていないようですが、名人右門存生の当時は、すこぶるこのたんざく流しが隆盛をきわめたもので、夏場の両国河岸を色どる唯一の催し物でした。文字からしてたんざく流しというくらいですから、むろん、たんざくを流すのが遊びの眼目ですが、しかしその流すたんざくなるものが尋常普通の品ではないので、仙骨せんこつを帯びだしたご老体は風流韻事の感懐を託したみそひと文字、血のけの多いあで人たちはいわずと知れた恋歌。お時世がお時世ですから、むろんのことに歌の一つもよもうというほどの者は、いずれもみな上つ方ばかりです。したがって、座用の舟なぞも金には糸めをつけぬぜいたくな屋形船で、おあつらえどおりに涼しげなすだれを囲い、みやびたぼんぼりのざしがちらちらと川風にゆらめく陰で付き添いのお腰元が蒔絵硯まきえすずりを介添え申し上げると、深窓玉なす佳人がぽっとほおを染めながら、紅筆とって恋歌を書きしたためる。そのたんざくを葉笹はざさに結わいつけてあかり燈籠とうろうを添えながら水に流してやると、二、三町下った川下に前髪立ちの振りそで若衆が待ち構えていて、われ先にと拾いあげる、それから舟を上へこがして、拾った恋歌を目あてに、思いのたけをこめた返歌を流して贈る――一口にいうとただそれだけの遊びですが、これにたずさわる人々が、粒よりの風流人ばかりですので、優雅も優雅なら、情趣ふぜいの夏らしい点からいっても、なかなか評判とった催し物でした。
 ことに、七日のよいがまたうってつけのたなばた晴れで、加うるに式部小町とあだ名をされた上野山下の国学者神宮清臣かんみやきよおみ先生の愛女まなむすめ琴女ことめが、その夜のたんざく流しに三国一の花婿選みをするという評判でしたから、物見高いはいつの世も同じ江戸っ子のつねです。たなばた流しのなにものであることすらもわからない無風流人までが、涼みがてらと小町娘をかいま見るためにわいわい押しかけまして、まだ日の暮れきらないうちから、両国河岸は身動きもならないほどの人出でした。水上もまた同様で、見物客を満載した伝馬船てんませんが約二十そう、それらの間をおもいおもいな趣向にいろどった屋形船が、千姿万態の娘たちをひとりずつすだれの奥にちらつかさせて、銀河きらめく暗夜の下を右に左に縫っていく情景は、見るからに涼味万斛ばんこく広重ひろしげ北斎がこの時代に存生していたにしても、とうていこのすがすがしい景趣ふぜいは描破できまいと思われるほどの涼しさでした。
 かかるところへ、わけても涼しげな飾りつけで、奥宮戸のあたりからゆらりゆらりと流してきた一艘は、これぞ今宵こよいのぴか一、才色兼ね備わっているところから、式部小町と評判されたあで人琴女ことめが座用の屋形船です。遠くてよくはわからないが、年のころならまず十七、八歳、面長中肉江戸型の美貌びぼうはまことに輝くばかりで、そばに控えた父先生の神宮清臣、ひとひざ下がって介添え役の小童こわらべ。おりから青空高らかにのぞいた七日の月の光をあびて、金波銀波を水面に散らしながら、静々と下ってまいりましたので、両側土手のわいわい連が、見たとてどうにもなるわけではないのに、ひと目でもひとより近くかいま見ようと、互いに互いを押しのけながら、どっといちじにざわめきたちました。いっしょに川下の若衆屋形が、われこそ三国一の花婿的を射止めようと、これまた等しく色めきたったのはむろんのことです。
 と見て、佳人琴女が、恥じらい恥じらい紅筆を取りあげた様子でしたが、やがてさらさらと書き流したは一枚のたんざく――
「おッ。そらそら、流すぞ! 流すぞ!」
 つづいてまたさらさらと一枚。
「みろみろッ。若衆船がひしめき合って前に出てきたぞ」
 いうまに、すらすらとまた一枚――
 あとを追うようにまた一枚――
 そして、五枚、七枚、八枚、十枚――
 拾ってこれに最も巧みに恋歌を返した者が、式部小町をわが手にすることができるというんですから、三十艘のうえももやっていた若衆船が、われがちにときそいたったのは当然なことです。
 だが、そのせつな!――、まことに人の世の吉凶禍福はあざなえるなわのごときものでした。たんざくを書き終えて流すまではなんらの異状も見せなかったのに、そもいったいどうしたというのでありましたろうぞ! 式部小町の座乗していた屋形船が、波もないのに突如左右へゆらゆらと揺れ動いたかと思われましたが、底からいちじに水でもが吹きあげてまいりましたものか、あッと思った間にぶくぶくと、吸われるごとく水中にめりこみました。時も時なら、おりもおりでしたから、思わぬ珍事出来しゅったいに風流優雅の絵模様を浮かべたたえていた水上は、たちまち混乱騒擾そうじょう阿修羅あしゅら地獄にさまを変えたのは当然――
「火だッ、火だッ。早くたいまつ燃やせッ」
「どっちだッ、どっちだッ、姿が見えねえじゃねえかッ」
「こっちだッ、こっちだッ。ひとり抱き上げたから、早くなわを投げろッ」
 響き合わせて、土手の上も喧々囂々けんけんごうごうと声から声がつづきました。
「あがったな、だれだッ、だれだッ。先生か、お嬢さまかッ。姿は見えねえかッ」
「髪のぐあいが小町らしいぞッ」
「違うッ、違うッ。おやじらしいぞッ」
 と――わめき叫んでいる群集のうしろから、そのとき、突如聞いたような声が起こりました。
「じゃまだッ、じゃまだッ。道をあけろッ。通れねえじゃねえかッ」
 いっしょに見たような顔が、にょっきりと現われましたので、よくよく見定めると、聞いたも道理、見たようなのも道理、声の主、姿の主はだれならぬ、われらのあいきょう男伝六でした。つづいてそのわきの下をくぐりぬけながら、まめまめしく飛び出したのは、のどかなお公卿くげさまの善光寺たつでした。だのに、すこぶる不思議、ふたりの太刀たち持ち露払いが姿を見せた以上は、当然そのあとに名人右門が、あの秀麗かぎりない面にゆうぜんとあごをなでなで立ち現われるだろうと思われたのに、どうしたことかその姿がないのです。いつまでたっても見えないのです。
 けれども、ふたりの者には来ない理由がよくわかっているとみえて、必死に人込みを押し分けながら、岸べまで駆け降りていった様子でしたが、伝六が例の調子で、ガンガンとどなりながらいいました。
伝馬てんまッ、伝馬ッ。やい! そこの伝馬ッ。何をまごまごしてるんだッ。早くこっちへつけねえかッ」
「べらぼうめッ。おうへいな口ききゃがるねえ! おめえたちやじうまを乗せるためにこいでいる伝馬じゃねえや! こっちへつけろが聞いてあきれらあ!」
「なんだとッ。やじうまたあ何をぬかしゃがるんでえ! 八丁堀はっちょうぼりの伝六親方を知らねえかッ」
 まことに伝六の名声広大とも広大――といいたいが、実は八丁堀といった啖呵たんかがものをいったとみえまして、通りすがりの伝馬船が倉皇そうこうとしながら舳先へさきを岸へ向けましたので、ふたりはひらりと便乗――まだ混乱のままでいる現場へこがしていってみると、しかるにこれがすこぶる奇態です。屋形がぶくぶくとやりだすと同時に、乗り合わせていた船頭はいうまでもないこと、もよりの舟からもいっせいに舟子かこどもがおどり込んで必死と水へもぐり、必死と流れを追って、三方五方から時を移さず救助を開始いたしましたのに、父先生の神宮清臣と介添え役の小童こわらべはすぐに揚げられましたが、どうしたことか、式部小町の琴女だけは、流れたものか沈んだものか、いまだに行くえ不明であることがわかりましたものでしたから、うろたえて促したのは善光寺辰でした。
「こりゃいけねえ! な、おい伝六あにい! どうやらおれたちだけじゃ手に負えねえようだから、早くだんなに知らそうじゃねえか!」
「待てッ、待てッ、そう騒ぐなよ」
「だって、何かいわくがありそうだから、おれたちがまごまごするより、早いところだんなの耳へ入れたほうがいいじゃねえか」
「うるせえな。おれがついているじゃねえか!」
 いいもいったり、きりもきったり、名人得意の啖呵たんかをすっかり口まねしながら、そこにぽっかりとまた浮かび上がって、黒々とさかしまに大きな腹を見せたままでいる屋形船をじっと見透かしていましたが、と――たまには伝六の目もさえるときがあるとみえて、おどろいたもののごとくに、言い叫びました。
「なるほど、こりゃまごまごしていられねえや! 船の底にくりぬいたでけえ穴があるぞッ。ちくしょうめ、ふざけたまねをやりやがって、どいつか沈めやがったなッ。おいこら、船頭! 早く岸へ帰せッ」
 飛び移るや同時でしりからげになると、事重大とばかりに、人波をけちらしながらいちもくさんでした。



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