打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

美しい村(うつくしいむら)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/25 15:31:30 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


天の※(「さんずい+景+頁」、第3水準1-87-32)気(こうき)の薄明(うすあかり)に優(やさ)しく会釈(えしゃく)をしようとして、
命の脈が又(また)新しく活溌(かっぱつ)に打っている。
こら。下界。お前はゆうべも職を曠(むなしゅ)うしなかった。
そしてけさ疲(つかれ)が直って、己(おれ)の足の下で息をしている。
もう快楽を以(もっ)て己を取り巻きはじめる。
断(た)えず最高の存在へと志ざして、
力強い決心を働かせているなあ。

                  ファウスト第二部


[#改丁]



   序曲

六月十日 K…村にて

 御無沙汰(ごぶさた)をいたしました。今月の初めから僕(ぼく)は当地に滞在(たいざい)しております。前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、やっと今度、その宿望がかなった訣(わけ)です。まだ誰(だれ)も来ていないので、淋(さび)しいことはそりあ淋しいけれど、毎日、気持のよい朝夕を送っています。
 しかし淋しいとは言っても、三年前でしたか、僕が病気をして十月ごろまでずっと一人で滞在していたことがありましたね、あの時のような山の中の秋ぐちの淋しさとはまるで違(ちが)うように思えます。あのときは籐(とう)のステッキにすがるようにして、宿屋の裏の山径(やまみち)などへ散歩に行くと、一日毎(ごと)に、そこいらを埋(うず)めている落葉の量が増える一方で、それらの落葉の間からはときどき無気味な色をした茸(きのこ)がちらりと覗(のぞ)いていたり、或(あるい)はその上を赤腹(あのなんだか人を莫迦(ばか)にしたような小鳥です)なんぞがいかにも横着そうに飛びまわっているきりで、ほとんど人気(ひとけ)は無いのですが、それでいて何だかそこら中に、人々の立去った跡(あと)にいつまでも漂(ただよ)っている一種のにおいのようなもの、――ことにその年の夏が一きわ花やかで美しかっただけ、それだけその季節の過ぎてからの何とも言えぬ佗(わ)びしさのようなものが、いわば凋落(ちょうらく)の感じのようなものが、僕自身が病後だったせいか、一層ひしひしと感じられてならなかったのですが、(――もっとも西洋人はまだかなり残っていたようです。ごく稀(まれ)にそんな山径で行き逢(あ)いますと、なんだか病(や)み上がりの僕の方を胡散(うさん)くさそうに見て通り過ぎましたが、それは僕に人なつかしい思いをさせるよりも、かえってへんな佗びしさをつのらせました……)――そんな侘びしさがこの六月の高原にはまるで無いことが何よりも僕は好きです。どんな人気のない山径を歩いていても、一草一木ことごとく生き生きとして、もうすっかり夏の用意ができ、その季節の来るのを待っているばかりだと言った感じがみなぎっています。山鶯(やまうぐいす)だの、閑古鳥(かんこどり)だのの元気よく囀(さえず)ることといったら! すこし僕は考えごとがあるんだから黙(だま)っていてくれないかなあ、と癇癪(かんしゃく)を起したくなる位です。
 西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概(たいがい)閉(とざ)されています。その閉されているのをいいことにして、それにすこし山の上の方だと誰ひとりそこいらを通りすぎるものもないので、僕は気に入った恰好(かっこう)の別荘があるのを見つけると、構わずその庭園の中へはいって行って、そこのヴェランダに腰(こし)を下ろし、煙草(たばこ)などをふかしながら、ぼんやり二三時間考えごとをしたりします。たとえば、木の皮葺(かわぶ)きのバンガロオ、雑草の生(お)い茂(しげ)った庭、藤棚(ふじだな)(その花がいま丁度見事に咲(さ)いています)のあるヴェランダ、そこから一帯に見下ろせる樅(もみ)や落葉松(からまつ)の林、その林の向うに見えるアルプスの山々、そういったものを背景にして、一篇(ぺん)の小説を構想したりなんかしているんです。なかなか好い気持です。ただ、すこしぼんやりしていると、まだ生れたての小さな蚋(ぶよ)が僕の足を襲(おそ)ったり、毛虫が僕の帽子(ぼうし)に落ちて来たりするので閉口です。しかし、そういうものも僕には自然の僕に対する敵意のようなものとしては考えられません。むしろ自然が僕に対してうるさいほどの好意を持っているような気さえします。僕の足もとになど、よく小さな葉っぱが海苔巻(のりまき)のように巻かれたまま落ちていますが、そのなかには芋虫(いもむし)の幼虫が包まれているんだと思うと、ちょっとぞっとします。けれども、こんな海苔巻のようなものが夏になると、あの透明(とうめい)な翅(はね)をした蛾(が)になるのかと想像すると、なんだか可愛(かわい)らしい気もしないことはありません。
 どこへ行っても野薔薇(のばら)がまだ小さな硬(かた)い白い蕾(つぼみ)をつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。これがこれから咲き乱れて、いいにおいをさせて、それからそれが散るころ、やっと避暑客(ひしょきゃく)たちが入り込(こ)んでくることでしょう。こういう夏場だけ人の集まってくる高原の、その季節に先立って花をさかせ、そしてその美しい花を誰にも見られずに散って行ってしまうさまざまな花(たとえばこれから咲こうとする野薔薇もそうだし、どこへ行っても今を盛(さか)りに咲いている躑躅(つつじ)もそうですが)――そういう人馴(ひとな)れない、いかにも野生の花らしい花を、これから僕ひとりきりで思う存分に愛玩(あいがん)しようという気持は(何故(なぜ)なら村の人々はいま夏場の用意に忙(いそが)しくて、そんな花なぞを見てはいられませんから)何ともいえずに爽(さわ)やかで幸福です。どうぞ、都会にいたたまれないでこんな田舎暮(いなかぐ)らしをするようなことになっている僕を不幸だとばかりお考えなさらないで下さい。
 あなた方は何時頃(いつごろ)こちらへいらっしゃいますか? 僕はほとんど毎日のようにあなたの別荘の前を通ります。通りすがりにちょっとお庭へはいってあちらこちらを歩きまわることもあります。昔(むかし)はあんなに草深かったのに、すっかり見ちがえる位、綺麗(きれい)な芝生(しばふ)になってしまいましたね。それに白い柵(さく)などをおつくりになったりして。……何んだかあなたの別荘のお庭へはいっても、まるで他(ほか)の別荘の庭へはいっているような気がします。人に見つけられはしないかと、心臓がどきどきして来てなりません。どうしてこんな風にお変えになってしまったのか、本当におうらめしく思います。ただ、あなたと其処(そこ)でよくお話したことのあるヴェランダだけは、そっくり昔のままですけれど……
 ああ、また、僕はなんだか悲しそうな様子をしてしまった。しかし、僕は本当はそんなに悲しくはないんですよ。だって僕は、あなた方さえ知らないような生の愉悦(ゆえつ)を、こんな山の中で人知れず味(あじわ)っているんですもの。でも一体、何時ごろあなた方はこちらへいらっしゃるのかしら? あなた方とはじめて知り合いになったこの土地で、あなた方ともう見知らない人同志のように顔を合せたりするのは、大へんつらいから、僕はあなた方のいらっしゃる前に、この村を出発しようかと思います。どうぞその日の来るまで僕にも此処(ここ)にいることを、そしてときどき誰も見ていないとき、あなたの別荘のお庭をぶらつくことをお許し下さい。
 またしても、何と悲しそうな様子をするんだ! もう、止(よ)します。しかし、もうすこし書かせて下さい。でも、何を書いたものかしら? 僕のいま起居しているのはこの宿屋の奥(おく)の離(はな)れです。御存知(ごぞんじ)でしょう? あそこを一人で占領(せんりょう)しています。縁側(えんがわ)から見上げると、丁度、母屋(おもや)の藤棚が真向うに見えます。さっきもいったように、その花がいま咲き切っているんです。が、もう盛りもすぎたと見え、今日あたりは、風もないのにぽたぽたと散りこぼれています。その花に群がる蜜蜂(みつばち)といったら大したものです。ぶんぶんぶんぶん唸(うな)っています。この手紙を書きながら、ちょっと筆を休めて、何を書こうかなと思って、その藤の花を見上げながらぼんやりしていると、なんだか自分の頭の中の混乱と、その蜜蜂のうなりとが、ごっちゃになって、そのぶんぶんいっているのが自分の頭の中ではないかしら、とそんな気がしてくる位です。僕の机の上には、マダム・ド・ラファイエットの「クレエヴ公爵(こうしゃく)夫人」が読みかけのまんま頁(ページ)をひらいています。はじめてこのフランスの古い小説をしみじみ読んでいますが、そのお蔭(かげ)でだいぶ僕も今日このごろの自分の妙(みょう)に切迫(せっぱく)した気持から救われているような気がしています。この小説についてはあなたに一番その読後感をお書きしたいし、また黙ってもいたい。二三年前、あなたに無理矢理にお読ませした、ラジイゲの「舞踏会(ぶとうかい)」は、この小説をお手本にしたと言われている位ですから、まあ、あれに大へん似ています。しかし「舞踏会」のときは、まだあんなにこだわらずに、その本をお貸しが出来たけれど、そしてそれをお読みになってもあなたは何もおっしゃらなかったし、僕もそれについては何もお訊(き)きしなかったが、それでも或(あ)る気持はお互(たが)いに通じ合っていたようでしたけれど、いま僕は、あの時のようにこだわらずに、この小説の読後感をあなたにお書きできるかしら?
 第一、この手紙にしたって、筆をとりながら、果してあなたに出せるものやら、出せそうもないものやら、心の中では躊躇(ためら)っているのです。恐(おそ)らく出さずにしまうかも知れません。……こんなことを考え出したら、もうこの手紙を書き続ける気がしなくなりました。もう筆を置きます。出すか出さないか分りませんけれど、ともかくも左様(さよう)なら。


[#改ページ]



   美しい村

     或は 小遁走曲(フウグ)

 或る小高い丘(おか)の頂きにあるお天狗(てんぐ)様のところまで登ってみようと思って、私は、去年の落葉ですっかり地肌(じはだ)の見えないほど埋まっているやや急な山径(やまみち)をガサガサと音させながら上って行ったが、だんだんその落葉の量が増して行って、私の靴(くつ)がその中に気味悪いくらい深く入るようになり、腐(くさ)った葉の湿(しめ)り気(け)がその靴のなかまで滲(し)み込んで来そうに思えたので、私はよっぽどそのまま引っ返そうかと思った時分になって、雑木林(ぞうきばやし)の中からその見棄(みす)てられた家が不意に私の目の前に立ち現れたのであった。そうしてその窓がすっかり釘(くぎ)づけになっていて、その庭なんぞもすっかり荒(あ)れ果て、いまにも壊(こわ)れそうな木戸が半ば開かれたままになっているのを認めると、私は子供らしい好奇心(こうきしん)で一ぱいになりながらその庭の中へずかずかと這入(はい)って行った。
 そうして一めんに生い茂った雑草を踏(ふ)み分けて行くうちに、この家のこうした光景は、数年前、最後にこれを見た時とそれが少しも変っていないような気がした。が、それが私の奇妙な錯覚(さっかく)であることを、やがて私のうちに蘇(よみがえ)って来たその頃の記憶(きおく)が明瞭(めいりょう)にさせた。今はこんなにも雑草が生い茂って殆(ほと)んど周囲の雑木林と区別がつかない位にまでなってしまっているこの庭も、その頃は、もっと庭らしく小綺麗になっていたことを、漸(ようや)く私は思い出したのである。そうしてつい今しがたの私の奇妙な錯覚は、その時から既(すで)に経過してしまった数年の間、若(も)しそれがそのままに打棄(うっちゃ)られてあったならば、恐らくはこんな具合(ぐあい)にもなっているであろうに……という私の感じの方が、その当時の記憶が私に蘇るよりも先きに、私に到着したからにちがいなかった。しかし、私のそういう性急(せっかち)な印象が必ずしも贋(にせ)ではなかったことを、まるでそれ自身裏書きでもするかのように、私のまわりには、この庭を一面に掩(おお)うて草木が生い茂るがままに生い茂っているのであった。
 そこのヴェランダにはじめて立った私は、錯雑した樅(もみ)の枝を透して、すぐ自分の眼下に、高原全帯が大きな円を描(えが)きながら、そしてここかしこに赤い屋根だの草屋根だのを散らばらせながら、横(よこた)わっているのを見下ろすことが出来た。そうしてその高原の尽(つ)きるあたりから、又(また)、他のいくつもの丘が私に直面しながら緩(ゆる)やかに起伏(きふく)していた。それらの丘のさらに向うには、遠くの中央アルプスらしい山脈が青空に幽(かす)かに爪(つめ)でつけたような線を引いていた。そしてそれが私のきざきざな地平線をなしているのだった。
 夏毎(ごと)にこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望(ちょうぼう)を楽しむために、私は屡(しばしば)、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、その度(たび)毎に、この最後の家の前を通り過ぎながら、そこに毎夏のようにいつも同じ二人の老嬢(ろうじょう)が住まっているのを何んとなく気づかわしげに見やっては、その二人暮らしに私はひそかに心をそそられたものだった。――だが、あれはひょっとすると私自身の悲しみを通してばかり見ていたせいかも知れないぞ?(と私は考えるのだった。)何故って、私がこの丘へ登りに来た時は、いつも私に何か悲しいことがあって、それを肉体の疲労(ひろう)と取り換(か)えたいためだったからな。真白(まっしろ)な名札(なふだ)が立って、それには MISS のついた苗字(みょうじ)が二つ書いてあったっけ。……そう、その一方が確か MISS SEYMORE という名前だったのを私は今でも覚えている。が、もう一方のは忘れた。そうしてその老嬢たちそのものも、その一方だけは、あの銀色の毛髪(もうはつ)をして、何となく子供子供した顔をしていた方だけは、今でも私の眼にはっきりと浮(うか)んでくるけれど、もう一方のはどうしても思い出せない。昔から自分の気に入った型(タイプ)の人物にしか関心しようとしない自分の習癖(しゅうへき)が、(この頃ではどうもそれが自分の作家としての大きな才能の欠陥(けっかん)のように思われてならないのだけれど、)この老嬢たちにも知(し)らず識(し)らずの裡(うち)に働いていたものと見える。
 ……この数年間というもの、この高原、この私の少年時の幸福な思い出と言えばその殆んど全部が此処(ここ)に結びつけられているような高原から、私を引き離していた私の孤独(こどく)な病院生活、その間に起ったさまざまな出来事、忘れがたい人々との心にもない別離(べつり)、その間の私の完全な無為(むい)。……そして、その長い間放擲(ほうてき)していた私の仕事を再び取り上げるために、一人きりにはなりたいし、そうかと言ってあんまり知らない田舎(いなか)へなぞ行ったら淋しくてしようがあるまいからと言った、例の私の不決断な性分(しょうぶん)から、この土地ならそのすべてのものが私にさまざまな思い出を語ってくれるだろうし、そして今時分ならまだ誰にも知った人には会わないだろうしと思って、こんな季節はずれの六月の月を選んで、この高原へわざわざ私はやって来たのであった。が、数日前にこの土地へ到着してから私の見聞きする、あたかも私のそういう長い不在を具象(ぐしょう)するような、この高原に於(お)けるさまざまな思いがけない変化、それにつけても今更(いまさら)のように蘇って来る、この土地ではじめて知り合いになった或る女友達との最近の悲しい別離。……
 そんな物思いに耽(ふけ)りながら、私はぼんやり煙草(たばこ)を吹かしたまま、ほとんど私の真正面の丘の上に聳(そび)えている、西洋人が「巨人(きょじん)の椅子(いす)」という綽名(あだな)をつけているところの大きな岩、それだけがあらゆる風化作用から逃(のが)れて昔からそっくりそのままに残っているかに見える、どっしりと落着いた岩を、いつまでも見まもっていた。
 私はやがて再び枯葉(かれは)をガサガサと音させながら、山径を村の方へと下りて行った。その山径に沿うて、落葉松(からまつ)などの間にちらほらと見える幾(いく)つかのバンガロオも大概はまだ同じような紅殻板(べにがらいた)を釘づけにされたままだった。ときおり人夫等がその庭の中で草むしりをしていた。彼等(かれら)の中には熊手(くまで)を動かしていた手を休めて私の方を胡散臭(うさんくさ)そうに見送る者もあった。私はそういう気づまりな視線から逃れるために何度も道もないようなところへ踏(ふ)み込んだ。しかしそれは昔私の大好きだった水車場のほとりを目ざして進んでいた私の方向をどうにかこうにか誤らせないでいた。しかし其処(そこ)まで出ることは出られたが、数年前まで其処にごとごとと音立てながら廻(まわ)っていた古い水車はもう跡方(あとかた)もなくなっていた。それよりももっと悲しい気持になって私の見出(みいだ)したのは、その水車場近くの落葉松を背にした一つのヴィラだった。私の屡しば訪(おとず)れたところのそのヴィラは、数年前に最後に私の見た時とはすっかり打って変っていた。以前はただ小さな灌木(かんぼく)の茂みで無雑作(むぞうさ)に縁(ふち)どられていたその庭園は、今は白い柵できちんと区限(くぎ)られていた。私はふと何故(なぜ)だか分らずにその滑(なめ)らかそうな柵をいじくろうとして手をさし伸(の)べたが、それにはちょっと触(ふ)れただけであった。そのとき私の帽子の上になんだか雨滴のようなものがぽたりと落ちて来たから。そこでその宙に浮いた手を私はそのまま帽子の上に持って行った。それは小さな桜(さくら)の実であった。私がひょいと頭を持ち上げた途端に、そこには、丁度私の頭上に枝(えだ)を大きく拡(ひろ)げながら、それがあんまり高いので却(かえ)って私に気づかれずにいた、それだけが私にとっては昔馴染(なじみ)の桜の老樹が見上げられた。
 やがて向うの灌木の中から背の高い若い外国婦人が乳母車(うばぐるま)を押しながら私の方へ近づいて来るのを私は認めた。私はちっともその人に見覚えがないように思った。私がその道ばたの大きな桜の木に身を寄せて道をあけていると、乳母車の中から亜麻色(あまいろ)の毛髪をした女の児(こ)が私の顔を見てにっこりとした。私もつい釣(つ)り込まれて、にっこりとした。が、乳母車を押していたその若い母は私の方へは見向きもしないで、私の前を通り過ぎて行った。それを見送っているうち、ふとその鋭(するど)い横顔から何んだか自分も見たことがあるらしいその女の若い娘(むすめ)だった頃の面影(おもかげ)が透(す)かしのように浮んで来そうになった。
 私はその白い柵のあるヴィラを離れた。私の帽子の上に不意に落ちて来た桜の実が私のうちに形づくり、拡げかけていた悲しい感情の波紋(はもん)を、今しがたの気づまりな出会(であい)がすっかり掻(か)き乱してしまったのを好い機会にして。
 私は村はずれの宿屋に帰って来た。私がその宿屋に滞在(たいざい)する度にいつも私にあてがわれる離れの一室。同じように黒ずんだ壁(かべ)、同じような窓枠(まどわく)、その古い額縁(がくぶち)の中にはいって来る同じような庭、同じような植込み、……ただそれらの植込みに私の知っている花や私の知らない花が簇(むら)がり咲いているのが私には見馴(みな)れなかった。それはそれでまた私を侘(わ)びしがらせた。母屋(おもや)の藤棚(ふじだな)から、風の吹くごとに私のところまでその花の匂(におい)がして来た。その藤棚の下では村の子供たちが輪になって遊んでいた。私はその子供たちの中に昔よく遊んでやったことのある宿屋の子供がいるのを認めた。そのうちに他(ほか)の子供たちは去った。そしてその子供だけがまだ地面に跼(こご)んだまま一人で何かして遊んでいた。私はその子の名前を呼んだ。その子はしかし私の方を振(ふ)り向こうともしなかった。それほど自分の遊びに夢中(むちゅう)になっているように見えた。私がもう一度その名前を呼ぶと、やっとその子はうす汚(よご)れた顔を上げながら私に言った。「太郎ちゃんは何処(どこ)にいるか知らないよ」――私はその時初めてその小さな子供は私の呼んだ男の子の弟であるのに気がついたのだ。しかし何という同じような顔、同じような眼差(まなざし)、同じような声。……暫(しば)らくしてから「次郎! 次郎!」と呼びながら、一人の、ずっと大きな、見知らない男の子が庭へ這入(はい)って来るのを私は見た。ようやく私になついて私の方へ近づいて来そうになったその小さな弟は、それを聞くと急いでその方へ駈(か)けて行ってしまった。私の方では、その大きな見知らないような男の子が昔私と遊んだことのある子供であるのを漸(や)っと認め出していた。しかし、その生意気ざかりの男の子は小さな弟を連れ去りながら、私の方をば振り向こうともしなかった。

     ※(アステリズム、1-12-94)

 私は毎日のように、そのどんな隅々(すみずみ)までもよく知っている筈(はず)だった村のさまざまな方へ散歩をしに行った。しかし何処へ行っても、何物かが附加(つけくわ)えられ、何物かが欠けているように私には見えた。その癖(くせ)、どの道の上でも、私の見たことのない新しい別荘の蔭(かげ)に、一むれの灌木が、私の忘れていた少年時の一部分のように、私を待ち伏(ぶ)せていた。そうしてそれらの一むれの灌木そっくりにこんがらかったまま、それらの少年時の愉(たの)しい思い出も、悲しい思い出も私に蘇って来るのだった。私はそれらの思い出に、或(あるい)は胸をしめつけられたり、或は胸をふくらませたりしながら歩いていた。私は突然(とつぜん)立ち止まる。自分があんまり村の遠くまで来すぎてしまっているのに気がついて。――そんなみちみち私の出遇(であ)うのは、ごく稀(まれ)には散歩中の西洋人たちもいたが、大概(たいがい)、枯枝を背負(せお)ってくる老人だとか蕨(わらび)とりの帰りらしい籃(かご)を腕(うで)にぶらさげた娘たちばかりだった。それ等のものはしかし、私にとってはその村の風景のなかに完全に雑(まじ)り込んで見えるので、少しも私のそういう思い出を邪魔(じゃま)しなかった。もっとも時たま、或る時は私があんまり子供らしい思い出し笑いをしているのを見て、すれちがいざまいきなり私に声をかけて私を愕(おどろ)かせたり、又或る時は向うから私に微笑(ほほえ)みかけようとして私の悲しげな顔を見てそれを途中で止(や)めてしまうようなこともあるにはあったが……。
 そんな風に思い出に導かれるままに、村をそんな遠くの方まで知らず識(し)らず歩いて来てしまった私は、今更のように自分も健康になったものだなあ、と思った。私はそういう長い散歩によって一層生き生きした呼吸をしている自分自身を見出した。それにこの土地に滞在してからまだ一週間かそこいらにしかならないけれど、この高原の初夏の気候が早くも私の肉体の上にも精神の上にも或る影響(えいきょう)を与(あた)え出していることは否(いな)めなかった。夏はもう何処にでも見つけられるが、それでいてまだ何処という的(あて)もないでいると言ったような自然の中を、こうしてさ迷いながら、あちこちの灌木の枝には注意さえすれば無数の莟(つぼみ)が認められ、それ等はやがて咲(さ)き出すだろうが、しかしそれ等は真夏の季節(シイズン)の来ない前に散ってしまうような種類の花ばかりなので、それ等の咲き揃(そろ)うのを楽しむのは私一人(ひとり)だけであろうと言う想像なんかをしていると、それはこんな淋(さび)しい田舎暮(いなかぐら)しのような高価な犠牲(ぎせい)を払(はら)うだけの値(あたい)は十分にあると言っていいほどな、人知れぬ悦楽(えつらく)のように思われてくるのだった。そうして私はいつしか「田園交響曲(でんえんこうきょうきょく)」の第一楽章が人々に与える快(こころよ)い感動に似たもので心を一ぱいにさせていた。そうして都会にいた頃(ころ)の私はあんまり自分のぼんやりした不幸を誇張(こちょう)し過ぎて考えていたのではないかと疑い出したほどだった。こんなことなら何もあんなにまで苦しまなくともよかったのだと私は思いもした。そうして最近私を苦しめていた恋愛(れんあい)事件をそっくりそのままに書いてみたら、その苦しみそのものにも気に入るだろうし、私にはまだよく解(わか)らずにいる相手の気持もいくらか明瞭(はっきり)しはしないかと思って、却(かえ)ってそういう私自身の不幸をあてにして仕事をしに来た私は、ために困惑(こんわく)したほどであった。私はてんでもうそんなものを取り上げてみようという気持すらなくなってしまったのだ。で、私は仕事の方はそのまま打棄(うっちゃ)らかして、毎日のように散歩ばかりしていた。そうして私は私の散歩区域を日毎(ひごと)に拡げて行った。

 或る日私がそんな散歩から帰って釆ると、庭掃除(にわそうじ)をしていた宿の爺(じい)やに呼び止められた。
「細木さんはいつ頃こちらへお見えになります?」
「さあ、僕(ぼく)、知らないけれど……」
 それは私が何日頃この地を出発するかを聞いたのと同じことであるのに爺やは気づきようがなかったのだ。
「去年お帰りになるとき」と爺やは思い出したように言った。「庭へ羊歯(しだ)を植えて置くようにと言われたんですが、何処へ植えろとおっしゃったんだか、すっかり忘れてしまいましたもんで……」
「羊歯をね」私は鸚鵡(おうむ)がえしに言った。それから私は例の白い柵(さく)に取り囲まれたヴィラを頭に浮べながら、「あの白い柵はいつ出来たの?」と訊(き)いた。
「あれですか……あれは一昨年でした」
「一昨年ね……」
 私はそれっきり黙(だま)っていた。爺やのいじくっている植木の一つへ目をやりながら。それからやっとそれに白い花らしいものの咲いているのに気がつきながら訊いた。
「それは何の花だい?」
「これはシャクナゲです」
「シャクナゲ? ふうん、そう言えば、じいやさん、このへんの野薔薇(のばら)はいつごろ咲くの?」
「今月の末から、まあ、来月の初めにかけてでしょうな」
「そうかい、まだ大ぶあるんだね。――一体、どのへんが多いんだい?」
「さあ……あのレエノルズさんの病院の向うなんか……」
「ああ、じゃ、あそこかな、あの絵葉書にあった奴(やつ)は。……」

[1] [2] [3] [4] [5]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口