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枯野抄(かれのしょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-15 15:43:52  点击:  切换到繁體中文


 その惻々(そくそく)として悲しい声の中に、菩提樹の念珠を手頸にかけた丈艸は、元の如く静に席へ返つて、あとには其角や去来と向ひあつてゐる、支考が枕もとへ進みよつた。が、この皮肉屋を以て知られた東花坊には周囲の感情に誘ひこまれて、徒(いたづら)に涙を落すやうな繊弱な神経はなかつたらしい。彼は何時もの通り浅黒い顔に、何時もの通り人を莫迦(ばか)にしたやうな容子を浮べて、更に又何時もの通り妙に横風に構へながら、無造作に師匠の唇へ水を塗つた。しかし彼と雖(いへど)もこの場合、勿論多少の感慨があつた事は争はれない。「野ざらしを心に風のしむ身かな」――師匠は四五日前に、「かねては草を敷き、土を枕にして死ぬ自分と思つたが、かう云ふ美しい蒲団の上で、往生の素懐を遂げる事が出来るのは、何よりも悦ばしい」と繰返して自分たちに、礼を云はれた事がある。が、実は枯野のただ中も、この花屋の裏座敷も、大した相違がある訳ではない。現にかうして口をしめしてゐる自分にしても、三四日前までは、師匠に辞世の句がないのを気にかけてゐた。それから昨日は、師匠の発句(ほつく)を滅後に一集する計画を立ててゐた。最後に今日は、たつた今まで、刻々臨終に近づいて行く師匠を、どこかその経過に興味でもあるやうな、観察的な眼で眺めてゐた。もう一歩進めて皮肉に考へれば、事によるとその眺め方の背後には、他日自分の筆によつて書かるべき終焉記(しゆうえんき)の一節さへ、予想されてゐなかつたとは云へない。して見れば師匠の命終(めいしゆう)に侍しながら、自分の頭を支配してゐるものは、他門への名聞(みやうもん)、門弟たちの利害、或は又自分一身の興味打算――皆直接垂死の師匠とは、関係のない事ばかりである。だから師匠はやはり発句の中で、屡(しばしば)予想を逞(たくまし)くした通り、限りない人生の枯野の中で、野ざらしになつたと云つて差支へない。自分たち門弟は皆師匠の最後を悼(いた)まずに、師匠を失つた自分たち自身を悼んでゐる。枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失つた自分たち自身を歎いてゐる。が、それを道徳的に非難して見た所で、本来薄情に出来上つた自分たち人間をどうしよう。――かう云ふ厭世的な感慨に沈みながら、しかもそれに沈み得る事を得意にしてゐた支考は、師匠の唇をしめし終つて、羽根楊子を元の湯呑へ返すと、涙に咽(むせ)んでゐる門弟たちを、嘲(あざけ)るやうにじろりと見廻して、徐(おもむろ)に又自分の席へ立ち戻つた。人の好い去来の如きは、始からその冷然とした態度に中(あ)てられて、さつきの不安を今更のやうに又新にしたが、独り其角が妙に擽(くすぐ)つたい顔をしてゐたのは、どこまでも白眼(はくがん)で押し通さうとする東花坊のこの性行上の習気を、小うるさく感じてゐたらしい。
 支考に続いて惟然坊(ゐねんばう)が、墨染の法衣(ころも)の裾をもそりと畳へひきながら、小さく這ひ出した時分には、芭蕉の断末魔も既にもう、弾指(だんし)の間に迫つたのであらう。顔の色は前よりも更に血の気を失つて、水に濡れた唇の間からも、時々忘れたやうに息が洩れなくなる。と思ふと又、思ひ出したやうにぎくりと喉が大きく動いて、力のない空気が通ひ始める。しかもその喉の奥の方で、かすかに二三度痰(たん)が鳴つた。呼吸も次第に静になるらしい。その時羽根楊子の白い先を、将(まさ)にその唇へ当てようとしてゐた惟然坊は、急に死別の悲しさとは縁のない、或る恐怖に襲はれ始めた。それは師匠の次に死ぬものは、この自分ではあるまいかと云ふ、殆(ほとんど)無理由に近い恐怖である。が、無理由であればあるだけに、一度(ひとたび)この恐怖に襲はれ出すと、我慢にも抵抗のしやうがない。元来彼は死と云ふと、病的に驚悸(きやうき)する種類の人間で、昔からよく自分の死ぬ事を考へると、風流の行脚(あんぎや)をしてゐる時でも、総身に汗の流れるやうな不気味な恐しさを経験した。従つて又、自分以外の人間が、死んだと云ふ事を耳にすると、まあ自分が死ぬのではなくつてよかつたと、安心したやうな心もちになる。と同時に又、もし自分が死ぬのだつたらどうだらうと、反対の不安をも感じる事がある。これはやはり芭蕉の場合も例外には洩れないで、始(はじめ)まだ彼の臨終がこれ程切迫してゐない中は、――障子に冬晴の日がさして、園女(そのじよ)の贈つた水仙が、清らかな匂を流すやうになると、一同師匠の枕もとに集つて、病間を慰める句作などをした時分は、さう云ふ明暗二通りの心もちの間を、その時次第で徘徊(はいくわい)してゐた。が、次第にその終焉(しゆうえん)が近づいて来ると――忘れもしない初時雨(はつしぐれ)の日に、自ら好んだ梨の実さへ、師匠の食べられない容子を見て、心配さうに木節が首を傾けた、あの頃から安心は追々不安にまきこまれて、最後にはその不安さへ、今度死ぬのは自分かも知れないと云ふ険悪な恐怖の影を、うすら寒く心の上にひろげるやうになつたのである。だから彼は枕もとへ坐つて、刻銘に師匠の唇をしめしてゐる間中、この恐怖に祟(たた)られて、殆末期(ほとんどまつご)の芭蕉の顔を正視する事が出来なかつたらしい。いや、一度は正視したかとも思はれるが、丁度その時芭蕉の喉の中では、痰のつまる音がかすかに聞えたので、折角の彼の勇気も、途中で挫折してしまつたのであらう。「師匠の次に死ぬものは、事によると自分かも知れない」――絶えずかう云ふ予感めいた声を、耳の底に聞いてゐた惟然坊は、小さな体をすくませながら、自分の席へ返つた後も、無愛想な顔を一層無愛想にして、なる可く誰の顔も見ないやうに、上眼ばかり使つてゐた。
 続いて乙州、正秀、之道、木節と、病床を囲んでゐた門人たちは、順々に師匠の唇を沾(うるほ)した。が、その間に芭蕉の呼吸は、一息毎に細くなつて、数さへ次第に減じて行く。喉も、もう今では動かない。うす痘痕(いも)の浮んでゐる、どこか蝋(らふ)のやうな小さい顔、遥な空間を見据ゑてゐる、光の褪(あ)せた瞳の色、さうして頤(おとがひ)にのびてゐる、銀のやうな白い鬚(ひげ)――それが皆人情の冷さに凍(い)てついて、やがて赴くべき寂光土を、ぢつと夢みてゐるやうに思はれる。するとこの時、去来の後の席に、黙然と頭(かうべ)を垂れてゐた丈艸は、あの老実な禅客の丈艸は、芭蕉の呼吸のかすかになるのに従つて、限りない悲しみと、さうして又限りない安らかな心もちとが、徐(おもむろ)に心の中へ流れこんで来るのを感じ出した。悲しみは元より説明を費すまでもない。が、その安らかな心もちは、恰(あたか)も明方の寒い光が次第に暗(やみ)の中にひろがるやうな、不思議に朗(ほがらか)な心もちである。しかもそれは刻々に、あらゆる雑念を溺らし去つて、果ては涙そのものさへも、毫(がう)も心を刺す痛みのない、清らかな悲しみに化してしまふ。彼は師匠の魂が虚夢の生死を超越して、常住涅槃(じやうぢゆうねはん)の宝土に還つたのを喜んででもゐるのであらうか。いや、これは彼自身にも、肯定の出来ない理由であつた。それならば――ああ、誰か徒(いたづら)に※(「足へん+諮のつくり」、第4水準2-89-41)※(「足へん+阻のつくり」、第4水準2-89-28)(しそ)逡巡して、己を欺くの愚を敢(あへ)てしよう。丈艸のこの安らかな心もちは、久しく芭蕉の人格的圧力の桎梏(しつこく)に、空しく屈してゐた彼の自由な精神が、その本来の力を以て、漸(やうや)く手足を伸ばさうとする、解放の喜びだつたのである。彼はこの恍惚(くわうこつ)たる悲しい喜びの中に、菩提樹(ぼだいじゆ)の念珠をつまぐりながら、周囲にすすりなく門弟たちも、眼底を払つて去つた如く、唇頭(しんとう)にかすかな笑(ゑみ)を浮べて、恭々(うやうや)しく、臨終の芭蕉に礼拝した。――
 かうして、古今に倫(りん)を絶した俳諧の大宗匠、芭蕉庵松尾桃青(たうせい)は、「悲歎かぎりなき」門弟たちに囲まれた儘、溘然(かふぜん)として属※(「糸+廣」、第3水準1-90-23)(しよくくわう)に就いたのである。

(大正七年九月)




 



底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年6月1日公開
2004年2月26日修正
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