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路上(ろじょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 6:15:37  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集3
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年12月1日
入力に使用: 1996(平成8)年4月1日第8刷
校正に使用: 1997(平成9)年4月15日第9刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

     一

 午砲どんを打つと同時に、ほとんど人影の見えなくなった大学の図書館としょかんは、三十分つか経たない内に、もうどこの机を見ても、荒方あらかたは閲覧人でまってしまった。
 机に向っているのは大抵たいてい大学生で、中には年輩のはかま羽織や背広も、二三人は交っていたらしい。それが広い空間を規則正しくふさいだ向うには、壁にめこんだ時計の下に、うす暗い書庫の入口が見えた。そうしてその入口の両側には、見上げるような大書棚おおしょだなが、何段となく古ぼけた背皮を並べて、まるで学問の守備でもしているとりでのような感を与えていた。
 が、それだけの人間が控えているのにもかかわらず、図書館の中はひっそりしていた。と云うよりもむしろそれだけの人間がいて、始めて感じられるような一種の沈黙が支配していた。書物の頁をひるがえす音、ペンを紙に走らせる音、それからまれせきをする音――それらの音さえこの沈黙に圧迫されて、空気の波動がまだ天井まで伝わらない内に、そのまま途中で消えてしまうような心もちがした。
 俊助しゅんすけはこう云う図書館の窓際の席に腰を下して、さっきから細かい活字の上に丹念たんねんな眼をさらしていた。彼は色の浅黒い、体格のがっしりした青年だった。が、彼が文科の学生だと云う事は、制服の襟にあるLの字で、問うまでもなく明かだった。
 彼の頭の上には高い窓があって、その窓の外には茂ったしいの葉が、わずかに空の色をかせた。空は絶えず雲のかげさえぎられて、春先のうららかな日の光も、滅多めったにさしては来なかった。さしてもまた大抵は、風にそよいでいる椎の葉が、朦朧もうろうたる影を書物の上へ落すか落さない内に消えてしまった。その書物の上には、色鉛筆の赤い線が、何本もぎょうの下に引いてあった。そうしてそれが時の移ると共に、次第に頁から頁へ移って行った。……
 十二時半、一時、一時二十分――書庫の上の時計の針は、休みなく確かに動いて行った。するとかれこれ二時かとも思う時分、図書館の扉口とぐちに近い、目録カタログはこの並んでいる所へ、小倉こくらの袴に黒木綿くろもめん紋附もんつきをひっかけた、背の低い角帽が一人、無精ぶしょうらしく懐手ふところでをしながら、ふらりと外からはいって来た。これはその懐からだらしなくはみ出したノオト・ブックの署名によると、やはり文科の学生で、大井篤夫おおいあつおと云う男らしかった。
 彼はそこにたたずんだまま、しばらくはただあたりの机をめつけたように物色していたが、やがて向うの窓を洩れる大幅おおはば薄日うすびの光の中に、余念なく書物をはぐっている俊助の姿が目にはいると、早速さっそくその椅子いすうしろへ歩み寄って、「おい」と小さな声をかけた。俊助は驚いたように顔を挙げて、相手の方を振返ったが、たちまち浅黒いほおに微笑を浮べて「やあ」と簡単な挨拶をした。と、大井も角帽をかぶったなり、ちょいとあごでこの挨拶に答えながら、妙に脂下やにさがった、傲岸ごうがんな調子で、
今朝けさ郁文堂いくぶんどうで野村さんに会ったら、君に言伝ことづてを頼まれた。別に差支えがなかったら、三時までに『はち』の二階へ来てくれと云うんだが。」

        二

「そうか。そりゃ難有ありがとう。」
 俊助しゅんすけはこう云いながら、小さな金時計を出して見た。すると大井おおい内懐うちぶところから手を出して剃痕そりあとの青いあごで廻しながら、じろりとその時計を見て、
「すばらしい物を持っているな。おまけに女持ちらしいじゃないか。」
「これか。こりゃ母の形見だ。」
 俊助はちょいと顔をしかめながら、無造作むぞうさに時計をポッケットへ返すと、おもむろたくましい体を起して、机の上にちらかっていた色鉛筆やナイフを片づけ出した。そのあいだに大井は俊助の読みかけた書物を取上げて、い加減に所々ところどころ開けて見ながら、
「ふん Marius the Epicurean か。」と、冷笑するような声を出したが、やがて生欠伸なまあくびを一つみ殺すと、
「俊助ズィ・エピキュリアンの近況はどうだい。」
「いや、一向ふるわなくって困っている。」
「そう謙遜するなよ。女持ちの金時計をぶら下げているだけでも、僕より遥に振っているからな。」
 大井は書物をほうり出して、また両手を懐へ突こみながら、貧乏ゆすりをし始めたが、その内に俊助が外套がいとうへ手を通し出すと、急に思い出したような調子で、
「おい、君は『しろ同人どうじんの音楽会の切符を売りつけられたか。」と真顔まがおになって問いかけた。
『城』と言うのは、四五人の文科の学生が「芸術の為の芸術」を標榜ひょうぼうして、この頃発行し始めた同人雑誌の名前である。その連中の主催する音楽会が近々築地つきじ精養軒せいようけんで開かれると云う事は、法文科の掲示場けいじばに貼ってある広告で、俊助も兼ね兼ね承知していた。
「いや、仕合せとまだ売りつけられない。」
 俊助は正直にこう答えながら、書物を外套のわきの下へはさむと、時代のついた角帽をかぶって、大井と一しょに席を離れた。と、大井も歩きながら、狡猾こうかつそうに眼を働かせて、
「そうか、僕はもう君なんぞはとうに売りつけられたと思っていた。じゃこの際是非一枚買ってやってくれ。僕は勿論『城』同人じゃないんだが、あすこの藤沢ふじさわに売りつけかた委託いたくされて、実は大いに困却しているんだ。」
 不意打を食った俊助は、買うとか買わないとか答える前に、苦笑くしょうしずにはいられなかった。が、大井は黒木綿の紋附のたもとから、『城』同人のマアクのある、洒落しゃれた切符を二枚出すと、それをまるで花札はなふだのように持って見せて、
「一等が三円で、二等が二円だ。おい、どっちにする? 一等か。二等か。」
「どっちも真平まっぴらだ。」
「いかん。いかん。金時計の手前に対しても、一枚だけは買う義務がある。」
 二人はこんな押問答を繰返しながら、閲覧人でまっている机の間を通りぬけて、とうとう吹きさらしの玄関へ出た。するとちょうどそこへ、真赤な土耳其トルコ帽をかぶった、せぎすな大学生が一人、金釦きんボタンの制服に短い外套を引っかけて、勢いよく外からはいって来た。それが出合頭であいがしらに大井と顔を合せると、女のような優しい声で、しかもまた不自然なくらい慇懃いんぎんに、
今日こんにちは。大井さん。」と、声をかけた。

        三

「やあ、失敬。」
 大井おおい下駄箱げたばこの前に立止ると、相不変あいかわらず図太い声を出した。が、そのあいだ俊助しゅんすけに逃げられまいと思ったのか、剃痕そりあとの青いあご横柄おうへい土耳其帽トルコぼうをしゃくって見せて、
「君はまだこの先生を知らなかったかな。仏文の藤沢慧ふじさわさとし君。『城』同人どうじんの大将株で、この間ボオドレエル詩抄と云う飜訳を出した人だ。――こっちは英文の安田俊助やすだしゅんすけ君。」と、手もなく二人を紹介してしまった。
 そこで俊助もむを得ず、曖昧あいまいな微笑を浮べながら、角帽を脱いで黙礼した。が、藤沢は、俊助の世慣れない態度とは打って変った、いかにも如才じょさいない調子で、
御噂おうわさ予々かねがね大井さんから、何かと承わって居りました。やはり御創作をなさいますそうで。その内に面白い物が出来ましたら、『城』の方へ頂きますから、どうかいつでも御遠慮なく。」
 俊助はまた微笑したまま、「いや」とか「いいえ」とかい加減な返事をするよりほかはなかった。すると今まで皮肉な眼で二人を見比べていた大井が、例の切符を土耳其帽トルコぼうに見せると、
「今、大いに『城』同人へ御忠勤をぬきんでている所なんだ。」と、自慢がましい吹聴ふいちょうをした。
「ああ、そう。」
 藤沢は気味の悪いほど愛嬌あいきょうのある眼で、ちょいと俊助と切符とを見比べたが、すぐその眼を大井へ返して、
「じゃ一等の切符を一枚差上げてくれ給え。――失礼ですけれども、切符の御心配はいりませんから、聴きにいらして下さいませんか。」
 俊助は当惑とうわくそうな顔をして、何度もひらに辞退しようとした。が、藤沢はやはり愛想よく笑いながら、「御迷惑でもどうか」を繰返して、容易に出した切符を引込めなかった。のみならず、その笑のうしろからは、万一断られた場合には感じそうな不快さえ露骨にかせて見せた。
「じゃ頂戴して置きます。」
 俊助はとうとうを折って、渋々その切符を受取りながら、ない声で礼を云った。
「どうぞ。当夜は清水昌一しみずしょういちさんの独唱ソロもある筈になっていますから、是非大井さんとでもいらしって下さい。――君は清水さんを知っていたかしら。」
 藤沢はそれでも満足そうに華奢きゃしゃな両手をみ合せて、優しくこう大井へ問いかけると、なぜかさっきから妙な顔をして、二人の問答を聞いていた大井は、さも冗談じゃないと云うように、鼻から大きく息を抜いて、また元の懐手ふところでに返りながら、
「勿論知らん。音楽家と犬とは昔から僕にゃ禁物きんもつだ。」
「そう、そう、君は犬が大嫌いだったっけ。ゲエテも犬が嫌いだったと云うから、天才は皆そうなのかも知れない。」
 土耳其帽トルコぼうは俊助の賛成を求める心算つもりか、わざとらしく声高こわだかに笑って見せた。が、俊助は下を向いたまま、まるでその癇高かんだかい笑い声が聞えないような風をしていたが、やがてあの時代のついた角帽のひさしへ手をかけると、二人の顔を等分に眺めながら、
「じゃ僕は失敬しよう。いずれまた。」と、取ってつけたような挨拶あいさつをして、※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)そうそう石段を下りて行った。

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