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煙管(きせる)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-15 15:54:31  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集1
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年9月24日
入力に使用: 1995(平成7)年10月5日第13刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

    一

 加州(かしゅう)石川郡(ごおり)金沢城の城主、前田斉広(なりひろ)は、参覲中(さんきんちゅう)、江戸城の本丸(ほんまる)へ登城(とじょう)する毎に、必ず愛用の煙管(きせる)を持って行った。当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛(すみよしやしちべえ)の手に成った、金無垢地(きんむくじ)に、剣梅鉢(けんうめばち)の紋(もん)ぢらしと云う、数寄(すき)を凝(こ)らした煙管(きせる)である。
 前田家は、幕府の制度によると、五世(ごせ)、加賀守綱紀(かがのかみつなのり)以来、大廊下詰(おおろうかづめ)で、席次は、世々尾紀水三家(びきすいさんけ)の次を占めている。勿論、裕福な事も、当時の大小名の中で、肩を比べる者は、ほとんど、一人もない。だから、その当主たる斉広が、金無垢(きんむく)の煙管を持つと云う事は、寧(むし)ろ身分相当の装飾品を持つのに過ぎないのである。
 しかし斉広は、その煙管を持っている事を甚(はなは)だ、得意に感じていた。もっとも断って置くが、彼の得意は決して、煙管そのものを、どんな意味ででも、愛翫(あいがん)したからではない。彼はそう云う煙管を日常口にし得る彼自身の勢力が、他の諸侯に比して、優越な所以(ゆえん)を悦んだのである。つまり、彼は、加州百万石が金無垢の煙管になって、どこへでも、持って行けるのが、得意だった――と云っても差支(さしつか)えない。
 そう云う次第だから、斉広は、登城している間中、殆どその煙管を離した事がない。人と話しをしている時は勿論、独りでいる時でも、彼はそれを懐中から出して、鷹揚(おうよう)に口に啣(くわ)えながら、長崎煙草(ながさきたばこ)か何かの匂いの高い煙りを、必ず悠々とくゆらせている。
 勿論この得意な心もちは、煙管なり、それによって代表される百万石なりを、人に見せびらかすほど、増長慢(ぞうちょうまん)な性質のものではなかったかも知れない。が、彼自身が見せびらかさないまでも、殿中(でんちゅう)の注意は、明かに、その煙管に集注されている観があった。そうして、その集注されていると云う事を意識するのが斉広にとっては、かなり愉快な感じを与えた。――現に彼には、同席の大名に、あまりお煙管が見事だからちょいと拝見させて頂きたいと、云われた後(あと)では、のみなれた煙草の煙までがいつもより、一層快く、舌を刺戟(しげき)するような気さえ、したのである。

        二

 斉広(なりひろ)の持っている、金無垢(きんむく)の煙管(きせる)に、眼を駭(おどろ)かした連中の中で、最もそれを話題にする事を好んだのは所謂(いわゆる)、お坊主(ぼうず)の階級である。彼等はよるとさわると、鼻をつき合せて、この「加賀の煙管」を材料に得意の饒舌(じょうぜつ)を闘わせた。
「さすがは、大名道具だて。」
「同じ道具でも、ああ云う物は、つぶしが利(き)きやす。」
「質(しち)に置いたら、何両貸す事かの。」
「貴公じゃあるまいし、誰が質になんぞ、置くものか。」
 ざっと、こんな調子である。
 するとある日、彼等の五六人が、円(まる)い頭をならべて、一服やりながら、例の如く煙管の噂(うわさ)をしていると、そこへ、偶然、御数寄屋坊主(おすきやぼうず)の河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)が、やって来た。――後年(こうねん)「天保六歌仙(てんぽうろっかせん)」の中の、主な rol※(サーカムフレックスアクセント付きE小文字) をつとめる事になった男である。
「ふんまた煙管か。」
 河内山は、一座の坊主を、尻眼にかけて、空嘯(そらうそぶ)いた。
「彫(ほり)と云い、地金(じがね)と云い、見事な物さ。銀の煙管さえ持たぬこちとらには見るも眼の毒……」
 調子にのって弁じていた了哲(りょうてつ)と云う坊主が、ふと気がついて見ると、宗俊は、いつの間にか彼の煙管入れをひきよせて、その中から煙草をつめては、悠然と煙を輪にふいている。
「おい、おい、それは貴公の煙草入れじゃないぜ。」
「いいって事よ。」
 宗俊は、了哲の方を見むきもせずに、また煙草をつめた。そうして、それを吸ってしまうと、生(なま)あくびを一つしながら、煙草入れをそこへ抛(ほう)り出して、
「ええ、悪い煙草だ。煙管ごのみが、聞いてあきれるぜ。」
 了哲は慌てて、煙草入れをしまった。
「なに、金無垢(きんむく)の煙管なら、それでも、ちょいとのめようと云うものさ。」
「ふんまた煙管か。」と繰返して、「そんなに金無垢が有難けりゃ何故お煙管拝領と出かけねえんだ。」
「お煙管拝領?」
「そうよ。」
 さすがに、了哲も相手の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)なのにあきれたらしい。
「いくらお前、わしが欲ばりでも、……せめて、銀ででもあれば、格別さ。……とにかく、金無垢だぜ。あの煙管は。」
「知れた事よ。金無垢ならばこそ、貰うんだ。真鍮(しんちゅう)の駄六(だろく)を拝領に出る奴がどこにある。」
「だが、そいつは少し恐れだて。」
了哲はきれいに剃(そ)った頭を一つたたいて恐縮したような身ぶりをした。
「手前が貰わざ、己(おれ)が貰う。いいか、あとで羨(うらやま)しがるなよ。」
 河内山はこう云って、煙管をはたきながら肩をゆすって、せせら笑った。

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