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竜(りゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 6:12:08  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集3
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年12月1日
入力に使用: 1996(平成8)年4月1日第8刷
校正に使用: 1997(平成9)年4月15日第9刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

    一

 宇治(うじ)の大納言隆国(だいなごんたかくに)「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あの松(まつ)ヶ枝(え)の藤(ふじ)の花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。いつもは涼しゅう聞える泉の音も、どうやら油蝉の声にまぎれて、反(かえ)って暑苦しゅうなってしもうた。どれ、また童部(わらんべ)たちに煽(あお)いででも貰おうか。
「何、往来のものどもが集った? ではそちらへ参ると致そう。童部(わらんべ)たちもその大団扇(おおうちわ)を忘れずに後からかついで参れ。
「やあ、皆のもの、予が隆国(たかくに)じゃ。大肌ぬぎの無礼は赦(ゆる)してくれい。
「さて今日はその方どもにちと頼みたい事があって、わざと、この宇治の亭へ足を止めて貰うたのじゃ。と申すはこの頃ふとここへ参って、予も人並に双紙(そうし)を一つ綴ろうと思い立ったが、つらつら独り考えて見れば、生憎(あいにく)予はこれと云うて、筆にするほどの話も知らぬ。さりながらあだ面倒な趣向などを凝らすのも、予のような怠けものには、何より億劫千万(おっくうせんばん)じゃ。ついては今日から往来のその方どもに、今は昔の物語を一つずつ聞かせて貰うて、それを双紙に編みなそうと思う。さすれば内裡(だいり)の内外(うちそと)ばかりうろついて居(お)る予などには、思いもよらぬ逸事(いつじ)奇聞が、舟にも載せ車にも積むほど、四方から集って参るに相違あるまい。何と、皆のもの、迷惑ながらこの所望を叶(かな)えてくれる訳には行くまいか。
「何、叶えてくれる? それは重畳(ちょうじょう)、では早速一同の話を順々にこれで聞くと致そう。
「こりゃ童部(わらんべ)たち、一座へ風が通うように、その大団扇で煽(あお)いでくれい。それで少しは涼しくもなろうと申すものじゃ。鋳物師(いもじ)も陶器造(すえものつくり)も遠慮は入らぬ。二人ともずっとこの机のほとりへ参れ。鮓売(すしうり)の女も日が近くば、桶はその縁(えん)の隅へ置いたが好(よ)いぞ。わ法師も金鼓(ごんく)を外(はず)したらどうじゃ。そこな侍も山伏も簟(たかむしろ)を敷いたろうな。
「よいか、支度が整うたら、まず第一に年かさな陶器造(すえものつくり)の翁(おきな)から、何なりとも話してくれい。」

        二

 翁(おきな)「これは、これは、御叮嚀な御挨拶(ごあいさつ)で、下賤(げせん)な私(わたくし)どもの申し上げます話を、一々双紙へ書いてやろうと仰有(おっしゃ)います――そればかりでも、私の身にとりまして、どのくらい恐多いかわかりません。が、御辞退申しましては反(かえ)って御意(ぎょい)に逆(さから)う道理でございますから、御免を蒙って、一通り多曖(たわい)もない昔話を申し上げると致しましょう。どうか御退屈でもしばらくの間、御耳を御借し下さいまし。
「私どものまだ年若な時分、奈良に蔵人得業(くろうどとくごう)恵印(えいん)と申しまして、途方(とほう)もなく鼻の大きい法師(ほうし)が一人居りました。しかもその鼻の先が、まるで蜂にでも刺されたかと思うくらい、年が年中恐しくまっ赤なのでございます。そこで奈良の町のものが、これに諢名(あだな)をつけまして、鼻蔵(はなくら)――と申しますのは、元来大鼻の蔵人得業(くろうどとくごう)と呼ばれたのでございますが、それではちと長すぎると申しますので、やがて誰云うとなく鼻蔵人(はなくろうど)と申し囃(はや)しました。が、しばらく致しますと、それでもまだ長いと申しますので、さてこそ鼻蔵鼻蔵と、謡(うた)われるようになったのでございます。現に私も一両度、その頃奈良の興福寺(こうふくじ)の寺内で見かけた事がございますが、いかさま鼻蔵とでも譏(そし)られそうな、世にも見事な赤鼻の天狗鼻(てんぐばな)でございました。その鼻蔵の、鼻蔵人の、大鼻の蔵人得業の恵印法師(えいんほうし)が、ある夜の事、弟子もつれずにただ一人そっと猿沢(さるさわ)の池のほとりへ参りまして、あの采女柳(うねめやなぎ)の前の堤(つつみ)へ、『三月三日この池より竜昇らんずるなり』と筆太に書いた建札を、高々と一本打ちました。けれども恵印(えいん)は実の所、猿沢の池に竜などがほんとうに住んでいたかどうか、心得ていた訳ではございません。ましてその竜が三月三日に天上(てんじょう)すると申す事は、全く口から出まかせの法螺(ほら)なのでございます。いや、どちらかと申しましたら、天上しないと申す方がまだ確かだったのでございましょう。ではどうしてそんな入らざる真似を致したかと申しますと、恵印は日頃から奈良の僧俗が何かにつけて自分の鼻を笑いものにするのが不平なので、今度こそこの鼻蔵人がうまく一番かついだ挙句(あげく)、さんざん笑い返してやろうと、こう云う魂胆(こんたん)で悪戯(いたずら)にとりかかったのでございます。御前(ごぜん)などが御聞きになりましたら、さぞ笑止(しょうし)な事と思召しましょうが、何分今は昔の御話で、その頃はかような悪戯を致しますものが、とかくどこにもあり勝ちでございました。
「さてあくる日、第一にこの建札を見つけましたのは、毎朝興福寺の如来様(にょらいさま)を拝みに参ります婆さんで、これが珠数(じゅず)をかけた手に竹杖をせっせとつき立てながら、まだ靄(もや)のかかっている池のほとりへ来かかりますと、昨日(きのう)までなかった建札が、采女柳の下に立って居ります。はて法会(ほうえ)の建札にしては妙な所に立っているなと不審には思ったのでございますが、何分文字が読めませんので、そのまま通りすぎようと致しました時、折よく向うから偏衫(へんさん)を着た法師が一人、通りかかったものでございますから、頼んで読んで貰いますと、何しろ『三月三日この池より竜昇らんずるなり』で、――誰でもこれには驚いたでございましょう。その婆さんも呆気(あっけ)にとられて、曲った腰をのしながら、『この池に竜などが居りましょうかいな。』と、とぼんと法師の顔を見上げますと、法師は反って落ち着き払って、『昔、唐(から)のある学者が眉(まゆ)の上に瘤(こぶ)が出来て、痒(かゆ)うてたまらなんだ事があるが、ある日一天俄(にわか)に掻き曇って、雷雨車軸を流すがごとく降り注(そそ)いだと見てあれば、たちまちその瘤がふっつと裂けて、中から一匹の黒竜が雲を捲いて一文字に昇天したと云う話もござる。瘤の中にさえ竜が居たなら、ましてこれほどの池の底には、何十匹となく蛟竜(こうりゅう)毒蛇が蟠(わだかま)って居ようも知れぬ道理(ことわり)じゃ。』と、説法したそうでございます。何しろ出家に妄語(もうご)はないと日頃から思いこんだ婆さんの事でございますから、これを聞いて肝(きも)を消しますまい事か、『成程そう承りますれば、どうやらあの辺の水の色が怪しいように見えますわいな。』で、まだ三月三日にもなりませんのに、法師を独り後に残して、喘(あえ)ぎ喘ぎ念仏を申しながら、竹杖をつく間(ま)もまだるこしそうに急いで逃げてしまいました。後で人目がございませんでしたら、腹を抱えたかったのはこの法師で――これはそうでございましょう。実はあの発頭人(ほっとうにん)の得業(とくごう)恵印(えいん)、諢名(あだな)は鼻蔵(はなくら)が、もう昨夜(ゆうべ)建てた高札(こうさつ)にひっかかった鳥がありそうだくらいな、はなはだ怪しからん量見で、容子(ようす)を見ながら、池のほとりを、歩いて居ったのでございますから。が、婆さんの行った後には、もう早立ちの旅人と見えて、伴(とも)の下人(げにん)に荷を負わせた虫の垂衣(たれぎぬ)の女が一人、市女笠(いちめがさ)の下から建札を読んで居るのでございます。そこで恵印は大事をとって、一生懸命笑を噛み殺しながら、自分も建札の前に立って一応読むようなふりをすると、あの大鼻の赤鼻をさも不思議そうに鳴らして見せて、それからのそのそ興福寺(こうふくじ)の方へ引返して参りました。
「すると興福寺の南大門(なんだいもん)の前で、思いがけなく顔を合せましたのは、同じ坊に住んで居った恵門(えもん)と申す法師でございます。それが恵印(えいん)に出会いますと、ふだんから片意地なげじげじ眉をちょいとひそめて、『御坊(ごぼう)には珍しい早起きでござるな。これは天気が変るかも知れませぬぞ。』と申しますから、こちらは得たり賢しと鼻を一ぱいににやつきながら、『いかにも天気ぐらいは変るかも知れませぬて。聞けばあの猿沢の池から三月三日には、竜が天上するとか申すではござらぬか。』と、したり顔に答えました。これを聞いた恵門は疑わしそうに、じろりと恵印の顔を睨(ね)めましたが、すぐに喉を鳴らしながらせせら笑って、『御坊は善い夢を見られたな。いやさ、竜の天上するなどと申す夢は吉兆じゃとか聞いた事がござる。』と、鉢(はち)の開(ひら)いた頭を聳(そびや)かせたまま、行きすぎようと致しましたが、恵印はまるで独り言のように、『はてさて、縁無き衆生(しゅじょう)は度(ど)し難しじゃ。』と、呟(つぶや)いた声でも聞えたのでございましょう。麻緒(あさお)の足駄(あしだ)の歯を※(「てへん+丑」、第4水準2-12-93)(よじ)って、憎々(にくにく)しげにふり返りますと、まるで法論でもしかけそうな勢いで、『それとも竜が天上すると申す、しかとした証拠がござるかな。』と問い詰(つめ)るのでございます。そこで恵印はわざと悠々と、もう朝日の光がさし始めた池の方を指さしまして、『愚僧の申す事が疑わしければ、あの采女柳(うねめやなぎ)の前にある高札(こうさつ)を読まれたがよろしゅうござろう。』と、見下(みくだ)すように答えました。これにはさすがに片意地な恵門も、少しは鋒(ほこさき)を挫かれたのか、眩(まぶ)しそうな瞬(またた)きを一つすると、『ははあ、そのような高札(こうさつ)が建ちましたか。』と気のない声で云い捨てながら、またてくてくと歩き出しましたが、今度は鉢の開いた頭を傾けて、何やら考えて行くらしいのでございます。その後姿を見送った鼻蔵人(はなくろうど)の可笑(おか)しさは、大抵御推察が参りましょう。恵印(えいん)はどうやら赤鼻の奥がむず痒(がゆ)いような心もちがして、しかつめらしく南大門(なんだいもん)の石段を上って行く中にも、思わず吹き出さずには居られませんでした。
「その朝でさえ『三月三日この池より竜昇らんずるなり』の建札は、これほどの利(き)き目がございましたから、まして一日二日と経って見ますと、奈良の町中どこへ行っても、この猿沢(さるさわ)の池の竜の噂(うわさ)が出ない所はございません。元より中には『あの建札も誰かの悪戯(いたずら)であろう。』など申すものもございましたが、折から京では神泉苑(しんせんえん)の竜が天上致したなどと申す評判もございましたので、そう云うものさえ内心では半信半疑と申しましょうか、事によるとそんな大変があるかも知れないぐらいな気にはなって居ったのでございます。するとここにまた思いもよらない不思議が起ったと申しますのは、春日(かすが)の御社(おやしろ)に仕えて居りますある禰宜(ねぎ)の一人娘で、とって九つになりますのが、その後(のち)十日と経たない中に、ある夜母の膝を枕にしてうとうとと致して居りますと、天から一匹の黒竜が雲のように降って来て、『わしはいよいよ三月三日に天上する事になったが、決してお前たち町のものに迷惑はかけない心算(つもり)だから、どうか安心していてくれい。』と人語を放って申しました。そこで娘は目がさめるとすぐにこれこれこうこうと母親に話しましたので、さては猿沢の池の竜が夢枕(ゆめまくら)に立ったのだと、たちまちまたそれが町中の大(おお)評判になったではございませんか。こうなると話にも尾鰭(おひれ)がついて、やれあすこの稚児(ちご)にも竜が憑(つ)いて歌を詠んだの、やれここの巫女(かんなぎ)にも竜が現れて託宣(たくせん)をしたのと、まるでその猿沢の池の竜が今にもあの水の上へ、首でも出しそうな騒ぎでございます。いや、首までは出しも致しますまいが、その中に竜の正体を、目(ま)のあたりにしかと見とどけたと申す男さえ出て参りました。これは毎朝川魚を市(いち)へ売りに出ます老爺(おやじ)で、その日もまだうす暗いのに猿沢の池へかかりますと、あの采女柳(うねめやなぎ)の枝垂(しだ)れたあたり、建札のある堤(つつみ)の下に漫々と湛えた夜明け前の水が、そこだけほんのりとうす明(あかる)く見えたそうでございます。何分にも竜の噂がやかましい時分でございますから、『さては竜神(りゅうじん)の御出ましか。』と、嬉しいともつかず、恐しいともつかず、ただぶるぶる胴震(どうぶる)いをしながら、川魚の荷をそこへ置くなり、ぬき足にそっと忍び寄ると、采女柳につかまって、透(す)かすように、池を窺いました。するとそのほの明(あかる)い水の底に、黒金(くろがね)の鎖を巻いたような何とも知れない怪しい物が、じっと蟠(わだかま)って居りましたが、たちまち人音(ひとおと)に驚いたのか、ずるりとそのとぐろをほどきますと、見る見る池の面(おもて)に水脈(みお)が立って、怪しい物の姿はどことも知れず消え失せてしまったそうでございます。が、これを見ました老爺(おやじ)は、やがて総身(そうしん)に汗をかいて、荷を下した所へ来て見ますと、いつの間にか鯉鮒(こいふな)合せて二十尾(び)もいた商売物(あきないもの)がなくなっていたそうでございますから、『大方(おおかた)劫(こう)を経た獺(かわおそ)にでも欺(だま)されたのであろう。』などと哂(わら)うものもございました。けれども中には『竜王が鎮護遊ばすあの池に獺の棲(す)もう筈もないから、それはきっと竜王が魚鱗(うろくず)の命を御憫(おあわれ)みになって、御自分のいらっしゃる池の中へ御召し寄せなすったのに相違ない。』と申すものも、思いのほか多かったようでございます。

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