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恐竜島(きょうりゅうとう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:33:17  点击:  切换到繁體中文



   冒険の計画


 悪運がつよいということがある。
 モレロと二人の水夫の場合が、それであった。この三人は恐竜を怒らせてしまって、四頭からのはげしい襲撃をうけたが、あやうい瀬戸際をどうにか防ぎまもって、やっとのことで生命をひろった。すきを見て、三人は死にものぐるいのすばやさでもってロープをよじのぼり、むがむちゅうで地下道をかけぬけ、密林をかきわけ、ようやく海岸の基地きちへたどりついた。そのとき三人が三人とも、熱砂ねっさの上に、おっとせいがたたきつけられたようなかっこうで人事不省じんじふせいにおちいり、三十分ばかり死んだようになっていた。
 先へ逃げかえった実業家マルタンとツルガ博士親子の熱心な看護によって、やがて三人は息をふきかえしたのだった。
 その当座とうざは、彼らも気まりがわるいと見えて、おとなしく神妙にしていたが、時間がたつに従って、元にもどっていったん悪運に乗るモレロは、翌朝になると早くも次のもくろみに手をつけた。
 彼は二人の水夫をつれて、海岸づたいに右の方へ歩きだした。
 それに気がついて、マルタンは天幕からとび出すと、大声で彼らを呼びとめた。そして彼らがどこへ行くのか知らないが、それよりも今日はすぐに恐竜洞へはいって、昨夜はついにかえらなかった玉太郎たちの安否あんぴをたしかめ、必要なら救助作業をしてもらいたいものだと申入れた。
「まあ、それはあとでいいよ。もっとも、君が早くそれをやりたいというのなら、われわれにかまわず、先へやってくれてさしつかえなしだ」
 モレロは、そういうと、再びマルタンの方へふりむこうとせず、二人の水夫をうしろにしたがえ、砂をざくざくと踏んでいってしまった。
 三人は、いったい何をするつもりであろうか。
 そこをどんどんいくと、読者諸君もご存じのように、石垣式いしがきしき小桟橋こさんばしがある。それを越えたところに、カヌーがひっくりかえったままになっている。
 そこを右手へまがる。やや切りひらいた土地があるが、今は雑草が人間の背よりも高くしげっていて、ちょっと見たところでは、足のふみ入れようもない。三人は、雑草を分けて、奥へ奥へとはいっていった。左右にならぶ椰子の木の列を目当てに、両者の中間をずんずんと奥へ行くのであった。
 その道は、わざとそうしたものらしく、曲りこんでいた。外海そとうみから発見されることをさけるためであろうと思われたが、その道の行きあたりに、この原始林の世界にはにあわぬ洋風の小屋があった。
 それは造船所であった。いや、おそまつなものだから、造船小屋といった方がいいであろう。
 戸は、あけはなしになっていた。
 三人が中へはいると、小屋の中も、雑草がおいしげって、足のふみ入れ場所もなかったが、その中から造船道具や船台やそれから造船材料などがちゃんとそなえられているのを見た。
「大いによろしいだ。じゃあ早速さっそく今日から、おれたちは船大工ふなだいくになるてえわけだ。吃水きっすいの浅いボートを一隻、できるだけ早く作りあげるんだ。いいかね、しっかりやってくれ」
 モレロはひとりじょうきげんで、二人の水夫にそういった。
「えッ、船大工ですって。わたしたちには、そんな経験はありませんよ」
「なくってもいい。たかがボート一隻こしらえるだけの仕事だ。ボートなら、お前たちは今までいやになるほど扱っているじゃないか」
「いったい、ボートをこしらえて、どうするんですか」
「あのぴかぴかの宝をよ、おれたちが洞窟の外からボートにのってはいって、すっかりちょうだいしようというんだ。えへへ、どうだ、世界一の名案だろうが」
 モレロは、すごい顔に笑みをたたえて、胸をたたいた。


   希望のつな


 洞穴の水は、だんだん水位をあげてきた。
「おい、もう胸のへんだよ」
 ケンがいった。その声が洞穴ほらあなの天井にこだまして、ガンガンとひびいた。
「明日の朝、眼がさめたら、僕たちは土佐どざもんと名前がかわっているだろうな」
 ダビットはおどけた口ぶりでいった。みんなを元気づけるためのじょうだんも、それが本当になる恐れが十分あると思うと、誰も笑う者はいなかった。
 死は刻々こくこくと四人の身体に、音もなくしのびよってくるのだ。
「もうすぐ首だ」
 空気が逃げてゆくので、水はぐんぐんましてゆく。このままでいったら、もうしばらくで、この洞穴は水びたしになる。
 入口はすでに水の扉でふさがれている。
 洞穴の中はもうまっくらだ。
「ダビット、大丈夫かい」
「ケン、元気だよ」
「玉太郎君は」
「僕も元気です」
「張さん、あなたは」
「私は故郷の山々を思っていたところです」
「みんな元気なんだね」
 ケンはこんな時にも落ちついている。四人が順々に声を出したので、誰がどのへんにいるかがわかった。
「ねえケン」
「なんだ、ダビット」
「僕のお尻がむずむずするんだよ」
「どうしたんだ」
「あ、魚だ、魚にくいつかれた」
 ダビットがとんきょうな声をあげた。
「あ、いててっ、痛い」
「つかまえればいいじゃないか」
「そうはいかんよ、片方の手でカメラを差しあげているんだからね、左手一本じゃつかまらないよ」
「そうか、それゃ残念だね、こっちへ来たらつかまえてやろう、おい、こっちへ追い出してくれよ」
「そうはいかない」
「ダビットの小父おじさん。大きい、お魚ですか」
「うん。ポケットの中のパンくずをとりにきた奴なんだ。大きさは一センチ位かな」
「なあーんだ。じゃあ、食べられる心配はありませんね」
「ないとも、明日のおかずにとってやりたいところだよ」
 ダビットは元気がいい。
「あ、なんだこれは」
「どうしたい、玉太郎君」
 今度は玉太郎だ。
「ちょっと、あ、これ、なんだろう」
「たこでもとったかい」
 ダビットだ。
「いや、ちがう、ケン小父さん、ちょっと、これなんでしょう」
「これじゃ僕にもわからないよ、どうしたんだい」
「今、手にあたったものがあるんです」
「だから何がさわったんだよ、じれったいなあ」
 ダビットが近づいて来た。ケンも近づいてきた。
「あ、痛い、あケンか」
 二人は暗闇くらやみの中でおでこをぶっつけあった。
「もう少し強くぶつかると、眼から火が出るところだった」
「その火で見とどけようという寸法だったのかね」
「小父さん、これです。僕の手にさわって、ええ、それ、ね、なんでしょう」
「ぬるぬるしているね」
「長いものですよ」
「まてよ」
 ケンは両手で、玉太郎のにぎっているものをおさえた。
「うん、こりゃ、むずかしいぞ」
「ね、なんでしょう」
「うん。綱だ。綱にこけがついてぬらぬらしているが、たしかに綱だ」
「綱ですって」
「綱が、どうしてこんなところにあるのだろうね、ケン」
「そりゃ、これから考えるんだ」
 不安な中にも、みんなの心の中には希望の光がともった。
「太いのですか」
 張がたずねる
「太い」
「何をつないでおいたのかな」
「何がつながれているのかと今考えているんだ。まてよ。この太さは、あっ」
「どうしたのです」
「船で使うロープに似ている」
「船がつないであるのかな」
「まさか」
「ケン小父さん、一つひっぱってみましょう」
「うん、ひっぱってみよう」
 玉太郎とケンがひっぱった。あとからダビットも張も手伝った。
 なにしろ、長い間水につかっていたらしい、ぬるぬるしてなかなか力が入らない。
「よいしょ」
 玉太郎が気合をかけた。
「よいしょ」
 みんなが、それにした。
 そのうち水はいよいよ増してくる。けれど四人は水の恐ろしさよりも、この綱をひっぱれば、そこに何か表われるものがあるように感ぜられたので、一心に力を合せて引いた。
「おい、ちょっと待て」
 ケンが一同のかけ声をとめた。
「あれを聞け、音がする」
 みんなは、いきをのんだ。
 ゴボ、ゴボ、ゴボ、ゴボ。
 かすかだけれど水の流れる音だ。
「綱を引いたので、どこかに穴でもあいたにちがいないな、ケン」
 ダビットの声はうれしそうだ。
「もう一ふんばりひっぱりましょう」
 玉太郎も喜びにふるえている。
「そうだ、さ、力を合せて」
 希望の光はいよいよ明るくなった。もう一息だぞ。
「よいしょ、よいしょ」
 疲れもどこかに吹きとばせとばかり、四人は力をいれた。
 綱は少しずつではあるが、うごくようだ。
 五分、十分、二十分。
 水は胸から首へひたひたとせまってきた。
 ともすると疲れのために手の力がぬける。身体中が冷さのためにしびれる。力を入れたはずの腕の力もいつかぬけてくる。
 どの位だろう。
「や、うごいたぞ」
 それからはわけはなかった。
 綱はずるずるずるずるとのびてきた。
 瞬間、どうっという小音が一同の鼓膜こまくをうった。
「水が流れた。助かったぞ」
 今まで四人の周囲をひたひたと包んでいた水が、一つの流れとなって、勢よく四人の前を通りすぎていった。
「綱を引いたので、岩がゆるんだのだな」
「岩がゆるんだんじゃない、もっと深い穴がこの先にあったんだぞ、その口をふさいでいた岩を、われわれがどけたのだよ」
「それも綱をひっぱったためなのにちがいない」
 四人はともするとおしながされそうな水勢すいせいの中に、かたくだきあっていた。
「おいそうだ。僕らはこうしちゃいられないよ。いつかその深い穴にも水がたまるだろう、するとこの流れもその時には止ってしまうにちがいない」
「すると、前と同じになるわけだな」
「喜ぶのは少し早いぞ」
「そうとも、じゃあどうするんだ、ケン」
「一つ希望がある」
「なんです、ケンの小父さん」
「今の岩の変化によって、他にも変化が出来はしないかということだ。たとえば、僕らの頭の上に別の穴があいて、そこから僕らは逃げだせるのではないかという見方さ」
「そんなうまいぐあいにゆくかな。ゆけばよいが、神様どうぞ、そうなりますように」
「待っていたまえ」
 ケンはそろりそろりと岩につたわりながら、歩き出していった。
「ケン、神様は我々に幸せを、およせ下さったかい」
 しばらくしてダビットがたずねた。
「まだだ」
 闇の中で返事がかえってきた。
 ケンはそろり、そろりと岩肌いわはだをつたわって穴をさがしているに違いない。
「あった。あったぞ」
「助かったね」
「アーメン」
 一同はほっとした。
「どこだ」
「ここだ。君らのいるところから五六歩のところだ」
 三人はお互いに手をしっかりとにぎりあいながら水の中を歩き出した。


   怪船かいせん怪人かいじん


 穴は人一人がやっとぬけられるような小さい穴だった。一人ずつ、身体を横にしてはって行かねばならない。まずケンがとびこんだ。つづいて玉太郎、それにダビット、しんがりは張だ。
 前の人の足を左手でおさえながら、右手ですすむのだから、大へんな骨折りだった。
 しかし、この努力の彼方には救われるという希望があったので、これ位の苦しみは、四人にはなんでもなかった。
 しばらくすると、四人のほおに冷い風がふいて来る。風というよりも空気の流れだ。その流れの中に、かすかではあるが、例の恐竜のなまぐさい香りがまじっているのだ。したがって、この穴の出口に恐竜がいるのかも知れない。あるいは恐竜の巣につながっているのであろう。そうした危険はたぶんにあるのだ。しかしそんなことを心配してはいられない。出たとこ勝負でぶつかってゆくより今の四人には手のほどこしようがないのだった。
 水中に張ってある綱は生命の綱ともいうべきであった。綱を引く事によって水からの恐怖がまずさり、次にこうした脱出穴だっしゅつあなをさがし出せたのだ。しかし、それよりももっと大きな幸福が、四人ばかりでなく、探検隊員全部の上にかがやくようになったことは、誰も知らなかった。それがどんな幸福だかは、この書の最後まで読まれた読者にはおわかりになることである。
 それは後の物語として、洞穴をぬける四人の身の上にもどろう。
「ケン小父さん。何か人声が聞えませんか」
 玉太郎が、ケンの足にサインした。
「うむ、君の耳にもきこえたか、僕は耳のせいかと思っていたが……」
「おい、ストップ」
 ダビットが言った。
 みんなは息をころして、じっと耳をそばだてた。水にぬれた衣服を通して冷い岩肌の冷気がきゅうっと五体を緊張させた。
 ほんのかすかな音である。どこからきこえるのかも見当がつかない。
 四人はどっと、八つの耳をそばだてた。
 きこえるよ、たしかにきこえる。
「フランス語だ」
「いや英語らしい」
 声は空気の流れにのって聞えてくるのではなかった。ダビットが頭の上の岩肌に耳をつけると、声はよけいにはっきりした。つまり声は岩を伝わってひびいてくる振動音なのである。
 読者が二階にいる時、階下の話声を聞こうと思えば、窓をあけて聞くよりゆかに耳をつけた方がよい。階下の声の音は二階の床を振動させて、直接読者の耳に伝えてくれるのだ。
 こんなことをしてはもちろん危険だが、遠くを走って来る汽車は、姿が見えない遠方でも、線路には車輪のひびきがのってきている。今四人が耳にしたのはそのひびきの声だ。
「とすると、この近くに誰かがいるのだな」
「そうだよダビット、あんがいその洞穴の上は道路になっていて、そこに誰かが来ているのかも知れない」
「あ、ラツールさんの声だ」
 玉太郎がとつぜんにさけんだ。
「え、ラツール、じゃ、あのフランスの新聞記者のあのラツール君かい」
「そうです。僕信号をしてみます」
 玉太郎が岩のかけらをとりあげて、頭の上の岩肌をコツコツとたたきはじめた。モールス信号だ。
 返事はない。
 コツコツコツコツ、玉太郎は信号を送る。
 まだ返事はない。しかし今度は話し声がきれた。こっちの信号がわかったらしい。
 玉太郎は信号を送った。
「ラツールさんですか。こちらは玉太郎です」
 今度は返報へんぽうがきた。
「玉ちゃんかい。どこにいる」
「どこだかわかりません。海に出るらしい洞穴の中です」
「どこから入ったの」
 そこで玉太郎は今までの道すじを長い時間かかって説明した。
「ちょっとまってね」
 信号がそれで切れた。
「やっぱりラツールさんだった。早く会いたいな、どうしているんだろう」
「さっきは、僕らがラツール記者を助けた。今度はラツール記者に僕らが助けられるという事になるらしい」
「おいダビット、神様はまだ我々を見捨てにはならないからね」
「そうだケン、天国行きのバスのガソリンが切れたのだよ、きっと」
 ダビットはもう元気になった。もちまえの冗談じょうだんが口をついて出る。
 トントン、ツーツー、トンツー。
 と信号がひびいて来た。
「君らのいる横穴をさらに十メートルすすむ、すると大きな洞穴に出る。日の光もさしているだろう。階段も見えるにちがいない。僕はこの島の住人じゅうにんをつれて出むかえに行く」
 ラツールの信号は、こうつたえて来た。
「ありがたい。ところでその島の住人とはなにものだろうね」
 玉太郎が信号をといてみんなに話すと、ケンがこうたずねた。
「島の住人とは何者なるか」
 玉太郎がすぐに信号を送った。
「会えばわかる。ふしぎな人物なり、僕は恐竜の口から彼によって救われたのだ。いずれ大洞窟だいどうくつでお目にかかろう」
「O・K!」
 そろり、そろりとまた行進がはじまった。
「もう何米ぐらいはいったかな」
「まだ三米ぐらいだよ」
「あと七米だね、元気を出すぜ」
 ダビットは足をばたばたさせた。
「クロールじゃないから、足を動かしても進みませんよ、お静かに、お静かに……」
 張さんも笑っている。みんな元気だ。おもえば昨日から何も食べていない。腹はへっている。疲れは極度に五体をしびらせている。
 しかし救われるという希望が眼の前にかがやいているのだ。だから四人は元気一杯なのだ。
「あ、あれだ、明るいぞ」
 先頭のケン。
「もう一いきです」
 玉太郎がふりかえった。
 かすかではあるが、明るい。
 頭をぶつけたり、肩をうったり、細い洞穴の旅行は大へんな難行苦業なんぎょうくぎょうだったが、それももうすぐ終りだ。
「さて、このへんの様子もカメラにおさめておこうか」
 もうダビットは商売をはじめた。明るい出口をめざして、そろり、そろりとはいでるケン監督のようすを、後からダビットはカメラにおさめた。
「ああ、ついに救われた」
 ケン、玉太郎、ダビット、張の順序で穴から出る。そこは大きな洞窟になっていて、上からは岩と岩の間を通して明るい光が流れこんでいた。
「おや、あれはなんだろう」
 今四人が出て来た横穴の下、二米には水があった。その水の上には大きな船が浮んでいた。
 船といっても汽船ではない。蒸気船でもない。帆船はんせんだ。もう二三百年もの昔、いやそれ以前の船にちがいない。
 ヨーロッパの港々を荒した海賊船を読者は想像してほしい。その黒い影が四人の眼の前に、にょっきりたっているのだ。
 洞穴はこの帆船の格納庫かくのうこの役目をしている。どこからこの船がここに入ったのかは、いずれわかることだが、四人が完全にびっくりしたことはまぎれもない事実だった。
「コロンブス時代の船だろ」
「アメリカ大陸発見以前の遺物いぶつだ」
船側せんそくはもうこけむしている。船底はおそらくかきのいい住家になっているにちがいない。帆はまきおろされているが、すでにぼろぼろになって、使いものにはならないだろう」
 船は小波の中にしずかに、ゆったりとゆれていた。潮がずんずん引いてゆくので、その力にのってか、いくらかずつむこうの方に進んでゆくらしい。
 この洞窟は先に行って、右か左に大きくまがり、やがて外の大海につながっているのだろう。
 かくされた神秘しんぴの大洞窟にねむる怪船である。
「あ、ポチだ!」
 犬のほえ声が、ガンガンとひびいた。
「ケン小父さん、ダビットさん、張さん、あそこだ」
 玉太郎が右手をあげた。
 今四人が出て来た横穴の前は、はば五十センチ位の道になっている。それが自然の階段をつくって、洞窟の天井にのぼっているのだ。その天井から、まずポチがおりて来た。
「おお、あすこだ」
 四人は歩きだした。
「あ、ラツールさんだ」
 ポチからおくれて、ラツールの姿が見えた。
 そのラツールのあとから、これは、この世の者とも思われない怪奇な、すさまじい姿をした怪人があらわれた。
「何だあれは?」
 ケンも、ダビットもそれから張も、もちろん玉太郎も冷水をあびせかけられたように、ぞっとして立ちすくんだ。
 島には恐竜の外に、別の恐怖があったのだ。
 スペイン時代の遺物としか思われない帆船と、怪人!
「あれがラツールの云っていた島の住人なのか」
 張が落ちついた静かな声で云った。


   ブラック・キッドのたから


 まず飛んで来たのはポチだった。
 ポチは玉太郎の腰にとびついた。玉太郎が腰をかがめると、うれしくてたまらぬとばかり、鼻の頭をなめ、ほおをペロペロやり、ちぎれるばかりに尾をふった。
「やあ、ポチ、元気がいいなあ、御主人に会えてうれしそうだね」
 ダビットはそういいながら、玉太郎とポチのようすをカメラにおさめた
 撮影用のレンズは玉太郎から移動して、例の怪巨船かいきょせんにうつり、さらに岩道をこちらにやってきたラツールと怪人にむけられた。
「ラツールさん」
「おお玉ちゃん、よかったねえ」
 ラツールは玉太郎の頭をなで、ついでケンやダビット、張の手をにぎった。
「よく生きていましたね」
 とケン。
「ええ、このラウダ君、いやまだ、みなさんに紹介していないが、ラウダ君です」
 ラツールは後に立っている怪人の方をふりむいた。
 ラウダ君と紹介されたその人は、ボロボロの服をまとい、髭もぼうぼうとはやした人間ばなれのしたようすをしている。
「前の探検隊員の生き残り勇士ですよ」
「数年ぶりで英語が話せて、こんなうれしいことはありません」
 ラウダはケンやダビットと握手した。
「僕はこのラウダ君に助けられたのです。皆さんが僕を崖の上において、ふたたび崖をおりていった後で、恐竜がやって来ました。それまで僕を看護していた方は、あまりの恐竜のおそろしさに、僕をかかえこむと夢中で逃げだされたのです」
「マルタンさんですね」
「そうだ。ピストルがなった時だ」
「僕らもおどろいて、洞穴どうくつの中へ逃げこんでいた時だ」
「ふとったマルタンさんは僕を背負っている事が大へん苦痛だったんです。いくどかころびました。その都度、恐竜の長いおそろしい首がわれわれの方へのしかかって来るのです」
 そうだろう。
 一人はえと疲れに、半分死んでいる人間だ。いかにマルタンが力があったとしても、それを背負って行くということは、大へん困難だったに違いない。ましてマルタンはふとっている。ただでさえかけ出すのに、心臓がドキドキする方だ。マルタンのこまりぬいたようすがよくわかる。
「最後にころんだ時は、生あたたかい恐竜の息が私の体をつつみました。マルタンは私とはなれて、草むらの中をころがって行きました。僕は気を失ったのです。そして気がついた時は、このラウダ君に助けられていたという寸法なのです」
「恐竜は弱いものいじめはしない。また動物はにしません。象のようなものです。草と小さな魚を食事にしているのです。けれどその力は強く、いちど怒ったら巨船きょせんでもうち沈めるだけの事をやります。おとなしい割に兇暴きょうぼうな一面をもっています」
 ラウダが説明してくれた。
「さあ、僕の洞穴に来るか、この船のキャビンへ御案内しましょうか」
 玉太郎たちは疲れている。安全なところで一眠りしたいのが一番ののぞみだ。
「では少し歩きますが、私の洞穴にいらっしゃい。食事もあります。火もあります」
 ラウダにつれられて、一同は洞窟の湖の方をめぐりながら、例の洞穴にむかった。
 洞穴は四メートル四方の部屋が二つつながっている。まわりは腰をおろすに具合よく岩がけずられていた。そこは寝台にもなる。奥の部屋の中央には、小さいが切ってあり、枯木がチロチロ燃えていた。から缶がかけてあって、白い湯気ゆげを上らせながら湯がわいていた。
 天井に具合のよい窓明りがあって、そこから光が太い帯をなして流れこんでいた。
 ラウダは小さい缶に湯をうつし、一同にふるまった。
「ここは僕の住宅です。恐竜の心配もないし、雷雨らいうの危険もありません」
 ケンは二枚着ていたシャツの一枚をラウダにあたえた。ダビットはポケットからはさみを出してラウダの髪をかった。
「こうすると、いささか人間らしくなる」
 ラウダは大喜びだった。
「ラウダ君、君はどうしてここに住んでいるんです」
 みんなが落着いてからケンが質問の第一をはなった。
「ラツール記者からもきかれたことですが、お話しましょう」
 ラウダは奥からいもだとか、椰子やしの実をかかえてきた。それをきったり、焼いたりして食べるのだ。
「ゆっくり食事をしながら聞いて下さい」
 ラウダは、みんなの眼が、自分に集中されているのを感じながら、ゆっくり話しはじめた。
「私はロンドン博物館に勤めていた者です。五年前、そうです、ちょうど五年前です。セキストンという人が探検隊を組織いたしました。彼は別に目的があったのですが、当時のその探検団の企画きかくは南の孤島ことうに住む生物を研究するということでした。私は理学も動物の方を研究していた者ですから、喜んで参加いたしました。そしてこの島にやって来たのです」
「セキストン伯のねらっていたのは、生物ではなく、この島にかくされている海賊の宝だったのではないのかな」
 ラウダの話のとちゅうにケンが口を入れた。
「そうです。約八百八十年の昔、スペインの海賊船、ブラック・キッドがこの島にその財宝をかくしたという、しっかりした証拠があったのです。セキストン伯はそれを知っていました。そしてこの島に来たのです」
「それで、宝はさがせたのですか」
「さがせませんでした。二三枚の金貨をひろったようです。又波にくだけた宝箱の破片も得ました。ですから賊宝ぞくほうがこの島にあったということは証明されたのです。ですがそれを手に入れぬうちに引揚げざるを得なかったのでした」
「それは何が原因だったのです」
「恐竜です。恐竜がいる事で、探検団の連中はすっかり肚胆どぎもをぬかれてしまったのです」
「わかった。探検団は引きあげた。その船は恐竜におそわれて、乗組員はほとんど死んでしまった。残ったのはセキストン伯がたった一人だけだった。ということを伯が僕らに話していたっけ。けれど、もう一人生き残った者がいたのだ。彼はどんな方法かによって島にたどりついた。そしてこの孤島で救いを待ちながら一人生活していたんだ。その男はラウダ君、君だ」
「そうです。その通りです」
 ダビットの説明をラウダは深く、大きくうなずいた。
 そして、言葉を続けて、「いい落した処をおぎなうならば……」
「うん」
 ケンがひざをのり出した。
「僕、ラウダはあれから五年間の間に恐竜の性質を研究した事、キッドの船をこの洞窟の中の湖に発見したこと。船の中には宝らしいものはなかったが、その宝は島の洞穴の一部にかくされていること。そしてそこへ行くには恐竜の巣をこえてゆかねばならぬこと。それを発見したのだ」
「さっき見た船、あれがキッドの船なの」
 玉太郎は眼をかがやかせた。
「そうだ」
 ラウダは湯を一杯のむと、
「ブラック・キッドは、自分の死期しきが近づいてきたのを知ると、かねてさがしておいたこの島にやってきた。この島の入江の洞穴の中に船を入れるだけの広さがあることを知っていた。しかも一度入れた船は岩をくずすことによって永久に出られぬ仕掛けになることも考えてあった。キッドは船をここに入れて、入口を岩でふさいだ」
「その時には、恐竜はいなかったの」
「さあ、そいつはわからん。恐らくいなかったのだろう、いても島の別の方面に住んでいたかも知れない」
「うん、それで、キッドはどうしたの」
「キッドは宝を乾分共こぶんどもにはこばせると、乾分達を一人残らず殺してしまった。だから世界中キッドの宝がどこにかくされたかを知っている者はないのだ」
「でも、セキストン伯はそれを知っていたのでしょう」
「そうだ。キッドは宝のかくし場所の秘密を自分の子孫にひそかにつたえたに違いない。セキストン伯は彼の子孫からこの秘密を買いとったか、又はぐうぜんの機会から知ったに違いない」
「それで探検隊を組織したんだね」
「そうなのだ。僕らは彼にだまされて、安い賃銀でやとわれてここにやって来たのさ。そのあげくが君らに会えたんだ」
「うん、よかったね」
「よかったとも、僕は助かったんだ。英国えいこくに帰れるんだ。文明社会にもどれるんだ」
「その宝はどこにあるか、君は知っているのですか、ラウダ君」
 今までだまっていた張が、後から声をかけた。
「知っていますよ。けれど恐竜がそれをまもっている。僕らにはとれないのです」
 張はがっかりしたような顔をした。
「君は少し喜びすぎているよ、ラウダ君」
 ケンが口をぎゅうっとむすんだ。
「君は僕らに会って帰れると喜んだが、僕らの乗ってきた船は、第一回のセキストンの探検隊と同じ運命をたどったんだ」
「え、じゃ、また恐竜にやられたんですか」
「そうだ。僕らはこの島に取りのこされてしまったんだよ。君の兄弟になったまでさ」
「……」
 ラウダは手にしていた湯呑みの缶をカラリと落した。その缶はカラコロリンと音をたて、ラツール記者の方にころがってきた。誰もそれをひろう者はいなかった。又誰も言葉なくだまり続けるばかりだった。


   ポチよ大手柄おおてがら


 一同はラウダの洞穴ほらあなで十分に休養をとった。海岸にのこっている連中に、自分たちがぶじでいることを知らせて安心させてやりたいと思ったが、まず体の疲れをとることが第一だった。
「おい、ポチ、お前は伝令でんれいが出来るね」
 玉太郎がポチに言った。ポチの首輪に手紙をつけて、みんなのところへ使いにやれば、みんなも安心するだろう。
「玉ちゃん、そいつは無理だよ。いかにポチが名犬だといっても、伝令の役は出来ないよ」
「でもラツールさん。ポチはとっても利口なんです」
「それだったら、すぐに君の危険なことを知って、僕に伝えてくれるはずだ」
 玉太郎はなんとも返事のしようがなかった。けれど、やらぬよりはいいだろう。無駄むだになったら無駄になっただけの事だ。
「おいポチ、お前は僕らの手紙をもって、使いに行っておくれ」
 ポチはいいとも悪いとも感じないらしく、さかんに尾をふっていた。
「ラウダさん、手紙を書きたいんですが、紙と鉛筆はありませんか」
「紙と鉛筆なら、僕がもっている」
 ダビットが、胸のポケットから手帳を出した。それにペンシルがついている。
 ケンが手帳の紙を一枚ぬいて、それに玉太郎たちのぶじなことを書いた。これを玉太郎のぬいだ靴下に入れると、玉太郎はポチの首にゆわえつけた。
「ポチ、いってくれ」
 ポチはワンとえた。玉太郎の気持がわかったらしい。
「ゆけ」
 玉太郎は命令した。
 ポチは悲しそうな眼を玉太郎にむけたが、玉太郎のいうことがわかったらしく、洞穴の中から出ていった。
「さ、僕らは一睡ひとねむりしよう」
 ケンの言葉に一同は、洞穴のぐるりをとりまいている岩の床に足をのばすことにした。
 疲れがぐっすりとねむらせてくれた。
 どの位眠ったか。
 ワンワンとけたたましく吠えるポチの声に玉太郎がまず眼覚めた。
「ポチ、どうした」
 ポチは尾をふっている。ぶじに任務をはたしたといったほこり顔である。
 玉太郎はポチの靴下をほどいた。
 やっ、別の手紙が入っている。
「一同の無事なることを知って喜びにたえない。こちらでツルガ博士とネリ親子と自分は諸君の帰りをまっている。セキストン伯の連絡はない。モレロと二人の水夫フランソアとラルサンは行方不明だ。ともかく諸君の帰ることを我々は待っている。上陸地点から動かぬことを約束する。おそらくこの便りは仕事を十二倍もする愛すべき小さい犬によってケン及びその友達のもとに到着すると確信している。ゆえに二十四時間の間、我々はここにまっていることにしよう。マルタン」
 玉太郎はこの手紙を読んでおどり上った。
「ラツールさん。ケン小父さん、ダビットさん、張さん、それからラウダさん。みんな起きた、起きた、大事件だいじけんだ」
 そうさけびながら玉太郎は空缶あきかんをガンガンと打ちならした。
「おい玉太郎の玉ちゃん、どうしたんだい」
 ラツール記者が第一に眼をさました。
「恐竜がやって来たのかい」
 そういってとびおきたのはダビットだった。
「落ちついて、落ちついて……」
 とケンはシャツのボタンをはめながら落着いていた。
 張と、ラウダも起きてきた。
「返事が来たのです。ポチがもって来たのです。ごらんなさい、ケン小父さん、これです」
「うん、ポチはなかなかやるね、どれどれ」
 玉太郎の手渡したマルタンからの手紙を、ケンはみんなに聞えるように、大きな声でよみあげた。
「ばんざい」
 ダビットが両手をあげた。
「どうする」
 ケンがみんなを見まわした。
「すぐ出発するか、それとも」
「それともなんですか」
「あの帆船はんせんを調べるんだ」
 一同の頭の中には、うまくすれば、あの帆船にのって、この島から脱出出来るかも知れないという希望がちらりとかすめた。
「調べても無駄です」
 ラウダが頭をふりながらひくい声でいった。
「僕は十分調べてあるんです」
「その調べた結果をうかがおう」
 ケンは議長格で発言した。
「まず船は痛んではいません」
「大洋の航海に出ても大丈夫かしら」
「部分的にはくさっているとこもあるが、大丈夫でしょう」
「それはありがたい」
「船は大丈夫でも、あの洞穴から出ることは出来ない」
「出来ないというと」
「なぜだかわかりませんが、船は少しも動かないのです。しおの満ち引きにおうじて、多少なりとも動くべき筈のところ、船底をコンクリートで固定でもさせられたように、動かない。だからだめでしょう」
 ラウダは下をむいた。
「よし、動くとしても、あの湖からどうしで船を海に出すことが出来るだろうか、僕はよく調べました。五年もの間、調べに調べた結果なのです」
 半ばひとり言のように、深いあきらめの顔色が、ひが消えるような溜息ためいきと一しょに、みんなの胸を悲しくさせた。
「でも、一度調べてみようじゃないか」
 長い沈黙の後で、ケンが元気よく云った。
「ラウダ君の見落した処もあろうし、また僕たちの新しい発見に期待してよいだろう」
「ケン、いいところへ気がついた。さあ怪船探検へ出発しよう。ラウダ君が先に立つんだ。それからケン、玉太郎、ラツール君の順で行きたまえ、張君はややおくれてあとから……」
「ダビット、何をいっているんだ」
「映画の話だ。僕はここにカメラをすえる。君はそのままの位置でとまってくれ給え、今度は、僕は船の上から、とる。なにしろカメラが一台だから、カメラマンは忙しいんだ」
「ダビットさんは相変らず仕事熱心だなあ」
「そんなに苦労してとったフィルムが、いつ世界の人の眼にとまるのだ。永久にこの宝島にほうむりさられるとも限らないのだよ」
 張が重々おもおもしい声で死の予告をした。
「それは僕らが死ぬということにきめているからだよ。僕らは助かる。そして文明社会に帰れる。帰った翌日にこの映画はもう封切られるのだ。ニューヨーク劇場にしようか。それとも、ワシントン劇場にしようか。僕はそれまで考えているんだ」
「夢のような話だ。奇蹟のむこう側の物語だよ、君のいうことは」
「いや違う。明日の事を、僕はいっているんだ。大統領をはじめ朝野ちょうやの名士を多数招待して封切ふうぎる場合はとてもすばらしいぞ。僕はケンと一しょに舞台にのぼる。嵐のような拍手だ。ケンが恐竜島の探検談を一席やる、僕がつづいて島の生活について語る。そして映画についての説明をする。人々はただ驚嘆きょうたんのうちに僕らの行動をたたえるだろう。リンドバーグのように、ベーブ・ルースのように、僕らは世紀の英雄になるのだ」
「やめてくれ、ダビット。その話は帰りの船の中で聞こうじゃないか」
 ダビットは不平そうだった。だがこんなみじめな場合においても、明るい、ほがらかな性格だ。希望をすてない態度に、玉太郎はアメリカ人のよさを見せつけられたように感じたのだった。
「さ、諸君、出発だ」
 ダビットはカメラのレンズのおおいをとった。
 不平をいいながらも、誰もがこの演出通り歩きだした。
 一歩、一歩すべる岩道を湖の方にくだってゆく。そのゴロゴロした岩道の向うに、大きい帆船が、御殿ごてんのようにそそりたっていた。

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