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太平洋魔城(たいへいようまじょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 6:28:03  点击:  切换到繁體中文



   おお大海魔


 サウス・クリパー艇は、この時、海面からわずか三、四百メートルのところを飛んでいた。
「ダン艇長、あれが見えませんか」
 さすがの太刀川も、色をうしない、そういうのも、舌がこわばって、やっとだった。艇長も教えられるまでもなく、怪物の姿に気づいていたのだが、あまりの恐しさに、声が出なかった。半分気がとおくなって、ふらふらと窓にたおれかかった。
「艇長、あの怪物はどうやらこっちを向いているようですぜ。あ、うごいています。すぐ艇員に命令して、武器をもたせるように――」
「武器――」と艇長はうめくようにいったが、首をふり、
「いや、とてもだめだろう。あれを見たまえ。まるで、煙突が鎧をきたみたいじゃないか。あんなにかたそうでは、小銃の弾なんか通らないよ。そのため、かえって怪物を怒らせるようなことがあっては……」
 煙突が鎧をきたようじゃないか!
 へんないい方ではあるが、なるほど、海魔の姿をよくいいあらわした言葉である。
 海面からにょきっと出た首らしいものは、およそ百メートルはあろうと思われる。
 それは、くねくねと曲って、ゆらゆらうごいているが、そのぶきみさといったらない。この首の一ばん上に、頭らしいものがついている。首も頭も緑色をしていて、ぬらぬらとしたいやらしいつやをもっている。とつぜん、ぱっぱっぱっと、頭のところから、目もくらむような光が出た。
「あ、光った!」
 窓のところへよって、ふるえあがっていた艇員たちは、それを見て、一せいに叫声さけびごえをあげた。
 乗客たちは、もう生きた心地もなく、床の上をはいまわったり、頭をかかえてうめいたり、座席にかじりついて、神の名をよんだりするのであった。
 むりもない。海面から出た首と頭とだけで百メートルにちかいのである。すると海面の下にかくれている胴体や尻尾は、と思うと、この世のこととは思えないのである。
(おれたちは、夢を見ているのじゃないかな)
 しかしそれは、けっして夢ではなかった。
 大海魔は、しずかに頭をうごかして、ふしぎそうに、まい下りてくる飛行艇を見あげ、照空灯のような目を、ぴかぴかと光らせるのであった。
 操縦室では、海魔から少しでも遠ざかろうと必死の操縦をつづけているのだが、エンジンがとまっているので、思うようにいかない。高度は三百メートル、二百メートル、百メートルと、見る見るうちに下って行った。
 あらしの名残の雲がきれぎれにとぶ。
 西を向いても東を向いても果しのない大海原、もうどうすることもできない。艇内百余の人命をあずかっているダン艇長は、心を痛めながら、着水後の用意のため、艇内を見まわっている時であった。
「あ、あれあれ」
 と、とんきょうな叫声がおこった。
 何事かと窓によってみると、海上に大海魔の姿はなく、ごーっという、すさまじい海鳴とともに、今まで大海魔ののぞいていた海面は、ごぼんごぼんと大きな泡をたて、渦をまいてわきたっているではないか。


   約束の無電


 ダン艇長が、大海魔の消えた海面に目をみはっているそばで、太刀川時夫は、しきりにステッキの頭をひねくっていた。ステッキというが、これはただのステッキではない。日本を出発するとき、原大佐から、「万一の時には、この中に仕掛けてある短波無線機で知らせよ。よびだし符合はX二〇三――」だといっておくられた、あのステッキだ。
 それを使う時がいよいよ来たのだ。まさかと思った大海魔が、目の前にあらわれたのである。今だ今だ。今この報告をしなければ、ステッキを使う時が、永久に来ないかもしれない。そして、おそらくこれが、最初にして最後の報告になるかもしれない。――太刀川青年は、そんなことを考えながら、ステッキの頭についている蓋をはずすと、内部につめこまれた精巧な超小型の無電機をのぞいた。くわしいことは、軍機の秘密だから、のべられないけれど、機械のどの部分も、ゴムに似たある特別の弾力のあるかたい物でかためてある。なげとばそうと、海水につかろうと、また少しぐらい熱しようと、中にある機械の働きは、少しもくるわないというすばらしいものだ。
 太刀川青年は、ステッキの中から、紐のついた南京豆ほどの奇妙な受話器をひっぱりだし、耳の穴に入れた。そして右の指先で、小さな無電の電鍵キイを、こつこつとたたいた。
「X二〇三、X二〇三」
 それは、例のよびだし符合であった。
 太刀川は、そのよびだし符合を、十四ほど、つづけざまにうった。
 それがすむと、電鍵キイのそばについているスイッチをきりかえた。それは、機械が、以後電話ではたらくように、なおしたのだった。
 じ、じっと雑音が、受話器をならした。するとそれにつづいて、日本語がはいってきた。
「太刀川君かね。こちらは原大佐だ」
「ああ原大佐!」
 太刀川は、おどろいた。こうもうまく、連絡ができるものとは、考えていなかった。大佐の声はすこしはずんでいるが、その声の大きさは、市内電話と同じくらいだった。
「待っていたぞ、太刀川君。僕は今、君もよく知っている、役所の例の机の前にすわっているよ。さあ聞こう。話したまえ」
「ああ」
 と太刀川は我にかえった。大佐の声を聞いていると、大佐も、この飛行艇内のどこかにいて、そこから電話をかけているような気がするのだ。大佐にさいそくされて彼は、はじめて話しだした。
「私は今フィリピンの、はるかはるか北の沖に不時着しようとしているサウス・クリパー艇の中にいます。つい今しがた例の大海魔が海面からあらわれ、そしてすぐひっこんでしまうところを見ました」
「そうか、やはり本当にそのような怪物がいたのか。よし、じゃ、くわしく話したまえ」
「まず、形は――」
 と、語りかけたとき、艇内の高声器から、とつぜん、警報がなりひびいた。
「皆さん、すぐさま座席の下にある救命具をつけてください。本艇は、あと二、三分のうちに、不時着します。その時は、すぐさま窓から海へとびこんで下さい。本艇は、さきほど暴風雨中を無理な飛行をしましたため、胴体の下部数箇所にさけ目ができました。修理が間にあわず、波があらいので、沈没はまぬかれません。救命具は、しっかり体についているかどうか、たしかめて下さい。すべて行動は、おちついてやること。窓から出るときは、婦人を先にして、男子は後にして下さい。お互に人間としての本分をつくし、どんなことがあっても最後まで気をおとさず、助けあって下さい。無電監視所から、いまに助けに来てくれることと思います。艇員の命令を守らないものは、やむを得ません。銃殺します。ただ、皆さんを、かような運命におとしいれたことにたいしては、艇長以下一同、何とも申しわけなく思っております」
 悲壮な声であった。おお、いよいよ着水かと思った時、
「そうだったか、太刀川君、今のを聞いたぞ」
 原大佐は、口をこわばらせて、そういい、「うーむ」とうなる声がきこえた。


   艇の最後


 だが、太刀川時夫は、おちついて、はきはきとした声でいった。
「もう時間がありませんから、この飛行艇が沈むまでに、できるだけのことを、報告しておきます。お書きとり下さい」
「よし、こっちの準備はできている。さっきから、君の話は、すべて録音されているのだ。では、はじめたまえ」
 太刀川時夫は、早口に語りはじめた。海面は、すぐ目の下に見える。あと百メートル足らずだ。波は白く泡をかんで、ただ一箇所、例の大海魔がもぐったあたりが、灰色ににごっているだけである。あわてさわぐ客をしり目に、太刀川青年は、海魔について自分の見たところを、できるだけくわしく報告した。そして彼は最後に、共産党太平洋委員長ケレンコと、潜水将校リーロフのことを、つけ加えることを忘れなかった。
「おおケレンコにリーロフか。二人とも○○国には、もったいないほどの優秀な人物だ」
 と、原大佐は思わず、おどろきの声をあげた。
「僕は会ったことがある。二人とも、我々が注意していた人物だ。太平洋上へ落ちたとすれば、たぶん命は助るまいが、けっして油断はならない。太刀川君、飛行艇の寿命はあと数分のようだね。だが早まってくれるな。祖国のため、どんな苦しいことがあっても命を大事にしてくれ。そして、ケレンコとリーロフの消息には、これからも、気をつけていてくれ。その中こっちからも、誰かを……」
 その時、人気のなくなったこの廊下へ、あわただしくかけこんで来た者がある。石少年であった。
「太刀川先生、早く……ほら、もうすぐ海におちる」
「おお、石福海か、ちょ、ちょっと待て」
 しかし石少年は、ぐずぐずしていたら死ぬじゃないかという顔色で、太刀川青年の腕をぐんぐんひっぱる。
「よし、わかった。太刀川君、あとは君の天佑をいのるばかりじゃ」
 事情を察した原大佐の声が聞えた。
 太刀川も、ついにあきらめた。
「では大佐、さようなら。ごきげんよう……」
 とたんに、飛行艇は海面にたたきつけられた。太刀川青年は、はずみをくらってあやうく、頭を天井にぶっつけそうになった。
 出入口におしあっていた乗客たちは、いいようのない叫声をあげて、われがちに外へ出ようと争っている。海水はあけた扉から、どどどーっとながれこんで、みるみるうちに艇内は水びたしになる。
「ああ、だめだ、先生!」
「心配するな、しっかり僕の手につかまっておれ!」
 太刀川青年は、そういって、すばやくステッキの蓋をすると、それを腰にさし、救命具をつけて、一つの窓をたたき破り、石少年とともにするりと艇外へ、くぐりぬけた。がぶりと、大きな波が二人をのみこんだ。


   波とたたかう


 太刀川青年は、石少年の手をとったまま、水をけって、水面へ浮かび出た。
 飛行艇は、その時、背中を半分ほど海面にあらわし、プロペラを夕空に高く、つき出していたが、ずぶずぶと、大きな姿を没して行く。
 艇員や乗客たちが、たがいに呼び合う声が、波の音、風の音にまじって聞える。
「ダン艇長は?」と、あたりを見まわしたが、いくつもの頭が、波のまにまに見えるだけで、誰がどこにいるのかわからなかった。
「ぷーっ」
 石少年が、のんでいた水をふきだした。
 それを見て、
「おお、石福海、おまえは、どのくらい泳げるか」
 太刀川はきいた。
「泳ぎ? 泳ぎなら、百里は、大丈夫ある。わたし生れ香港、五つの時から泳ぎおぼえた」
 石少年は、立泳ぎをしながら、こんなのんきな返事をした。
「なに、百里? あきれた奴じゃ」
 太刀川は、思わず笑って、石少年の顔を見た。
 波はまだ大きい。
 西の水平線に、しずみかかった太陽が、海面を金色にそめているのが、かえってものすごかった。
 クリパー号は、もう波間にのまれてしまって、そのあととおぼしいあたりに、乗客たちの持ち物が、ただよっている。
 耳をすますと、遭難者たちの声が、相変らず、もの悲しく聞えていた。


   おそろしい渦


 波は、いくらか小さくなったようだが、急に黒っぽさをました。
 闇が身近にせまって来ると、石少年は、心細くなったのか、
「先生、わたし一晩中、泳ぎつづけても、大丈夫あるが、夜、何だかこわいよ」
 といいだした。
「だまって[#「だまって」はママ]、おまえは目がわるくて、二メートル先も、よく見えないのだろう。じゃ、夜だって昼だって同じことじゃないか」
「それ、ちがう、さっきの海魔、わたしの足くわえ、海の底、ひっぱりこむような気がする」
「はっはっはっは……何のことかと思ったら、それか。ところが僕は、あの海魔に、もう一度会いたいと思っているんだよ」
 二人が、波にもまれながらこんな話をしている時であった。又も遠い海鳴のような音が、ごーっと聞えだしたかと思うと、とつぜん、闇の彼方から、
「あっ」
「あれ、あれ」
「きゃっ」
 という悲鳴。
「先生、あの声は?」
「うん、みんなの声だ。いよいよ出たか」
「え、何がです」
「心配するな、何でもないよ」
 そういってる間に、おびえきった声が、右の方からも左の方からも聞えだし、それが、だんだんひろがっていくような気がした。
「あ、先生。わたしの体、ながされる。おお、大きな渦、先生、あぶない」
「なに、渦だ。うーむ。いよいよやってきたか」
 太刀川が、そうつぶやいた時、石少年の体が、まるで船にでものっているように、すーっと、目の前を流れた。
「せ、先生。渦がわたしをひっぱるよ。た、助けて!」
 石少年の細い腕が、高くあがったのを見た。
 しかしそれと同時に、太刀川の体も渦にのって流されはじめた。
「おお、石、しっかりしろ!」
 もう石少年の返事はない。そのうちに、ぴちぴちという生木をさくような、ぶきみな音が、渦のまん中と思われるあたりから聞えだし、彼の体は、くるくるとまわりだした。
「む、無念だ」
 と思った時、急に足が下にひっぱられるような気がした。必死にもがいたが、むだであった。太刀川の体は、いよいよはげしく、まるでこまのように早くまわりだした。
「もう、だめか」
 彼は観念の眼をとじた、瞬間、頭の中をかすめるものがあった。
 原大佐の顔、
 重大使命は?
 海魔は?
 ケレンコ、リーロフは?
 やがて彼の気は、だんだん遠くなっていった。
       ×   ×   ×
 太刀川時夫と石福海を、のみこんだ大きな黒い渦は、ゆらりゆらりと所をかえて行く、その底のあたりに、何か、ぴかりぴかりと光るものがあったが、ごーっという海鳴が一だんと高くなり、あたり一面が、ものすごく波立って来たかと思うと、やがて、まっくろい海面を、つきやぶって、ざざー、ざざーと、泡立てながら、ぬーっと姿をあらわした恐しくでかいものがある。
 大海魔であった。
 夜目にもそれとわかる、あのものすごい大海魔の頭であった。

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