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月世界探険記(つきのせかいたんけんき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 12:45:56  点击:  切换到繁體中文



   宇宙旅行


 わずか五秒しかたたないのに、新宇宙艇は富士山の高さまで昇った。
 スピードはいよいよ殖えて、それから十秒のちには、成層圏せいそうけんに達していた。窓外そうがいの空は月は見えながらも、だんだん暗さを増していった。
 そこで新宇宙艇の進路が変った。大空の丁度ちょうどま上に見える琴座ことざの一等星ベガ一名いちめい織女星しょくじょせいを目がけて、グングン高くのぼり始めた。
 地球から月世界までの距離は、三十八万四千四百キロメートルという長いもの、それをこの新宇宙艇は、わずか十日間で飛び越そうという計算であった。
 進路がベガに向けられて、早や三日目になった。もうあたりは黒白あやめも分らぬ闇黒くらやみの世界で、ただ美しい星がギラギラとまたたくのと、はるかにふりかえると、後にして来た地球がいま丁度夜明けと見えて、大きな円屋根まるやねのような球体きゅうたいはしが、太陽の光をうけて半月形みかづきがた金色こんじきに美しくかがやきだしたところだった。
 蜂谷艇長は、観測台のところに立って、しきりにオリオン星座のあたりを六分儀ろくぶぎはかっていたが、やがて器械を下に置くと、手すりのところへ近づいて、下にいるミドリの名を呼んだ。
「ねえ、ミドリさん……」
「アラ、どうかなすって?」
 ミドリは星座図の上に三角定規じょうぎをパタリと置いて、艇長の顔を見上げた。
「どうも可笑おかしいんですよ。もう丸三日になるので、十二万キロは来ていなきゃならないのに、たいへん遅れているんです。始め試験をしたときのような全速度が出ないのです。よもや貴方あなたの計算に間違いはないでしょうネ」
「いえ、計算は三つの方法ともチャンと合っていますわ。間違いなしよ」
「間違いなし。……するとこれは、何か別に重大なるわけがなければならんですなア」
 そういって蜂谷艇長は腕をこまねいて考えに沈んだ。
「私の運転の下手へたくそ加減かげんによるというんでしょう、ねえ艇長!」
 猿田飛行士が、底の方からいやみらしい言葉を投げかけた。
「そうは思わないよ。黙っていたまえ君は……。おう、進君、やがて水をくばる時間だ。第四の樽を開けて置いてれたまえ」
 進少年は、通信機のそばを離れて、下に降りていった。ゆかにポッカリといた穴に身体を入れて見えなくなったと思うと、それから間もなく、ワッという悲鳴と共に、一同をぶ声が聞えてきた。
 艇長は残りの二人を手で制して、ピストル片手に単身たんしん底穴そこあなに降りていったが、やがて激しいののしりの声と共に、見慣れない一人の青年のえりがみをとって上へ上って来た。
「密航者だ。……この男がいるせいで、この艇が一向計算どおり進行しなかったんだ。なぜ君はわれわれの邪魔をするんだ。君は一体誰だい」
「まあそうおこらないで、連れていって下さいよ、僕は新聞記者の佐々砲弾さっさほうだんてぇんです。僕一人ぐらい、なんでもないじゃないですか」
 この不慮ふりょの密航者をどうするかについて、艇では大議論が起った。もう地球から十二万キロも離れては、彼を落下傘パラシュートで下ろすわけにも行かなかった。そんなことをすれば死んでしまうに決っている。艇長は云った。
「このまま連れてゆくか、それとも引返すかどっちかだ。連れてゆくのなら、食料品が足りないから、今日から皆の食物の分量を四分の一ずつへらすよりほかない」
 真先まっさきに反対したのは、猿田飛行士だった。
「密航するなんて太い奴だ。かまうことはない。すぐに外へ放り出して下さい。たった一つの楽しみの食物が減るなんて、思っただけでもおれは不賛成だ」
 といって、頬をふくらませた。ミドリは引返すことに反対した。艇長はついに云った。気の毒ながら、この向う見ずの記者に下艇げていして貰うより外はないと。すると先刻さっきからジッと考えこんでいた進少年が大声でさけんだ。
「艇長さん、それは可哀想かあいそうだなア。……じゃいいから、僕の食物を、この佐々さっさのおじさんと半分ずつ食べるということにするから、このままにしてあげてよね、いいでしょう」
「おれの食物の分量さえ減らなきゃ、あとはどうでも構わないよ」
 と猿田は云った。
 艇長はようやく佐々記者を艇内に置くことを承認した。――佐々はどうなることかとビクビクしていたが、進少年の温い心づかいのため救われたので、少年の手をグッと握りしめ、心から礼を云った。
「あなたは僕の命の恩人だ。……いまにきっと、この御恩ごおんはかえしますよ」といった後で、誰にいうともなく「いや世の中には、えらそうな顔をしていて、実は鬼よりもひどいことをする人間がるのでねえ……」
 と、意味ありげな言葉をらした。

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