海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴 |
三一書房 |
1989(平成元)年7月15日 |
1989(平成元)年7月15日第1版第1刷 |
1989(平成元)年7月15日第1版第1刷 |
あやしい鳩
高一とミドリのきょうだいは、伝書鳩をかっていました。
もともとこれは、お父さまがかっていらっしゃる鳩なのですが、お父さまがある大切なご用で、とおいところへお出かけになってからは、二人のきょうだいが世話をしているのです。
鳩はみんなで十羽いました。半分は金あみをはり、半分は板をうちつけて作ってある鳩舎のなかに、かってあるのです。鳩舎は、お家のうらの丘のうえにおいてありました。鳩は、とてもよくきょうだいになついていました。
そのなごやかな鳩のむれが、どうしたことか、ちかごろなんとなくおちつかないようすです。きょうだいが気をつけていますと、たしかにへんです。ふだんならば、鳩たちは一日中鳩舎のまわりに、なかよく、くうくうとないているのですが、それがときどき、にわかに羽ばたきもあらあらしく、いっせいに空にまいあがってさわぎます。はては、お家の屋根につばさをおさめて、おちつかないようすで、あっちへいったりこっちへきたり、きょろきょろと、下をうかがっているのです。鳩たちはどうしておちつかなくなったのでしょう。
その日もゆうがたのことでしたが、鳩たちは空にいりみだれて大さわぎをはじめました。高一とミドリは、いそいで鳩舎にかけつけました。すると、鳩舎の上には一羽の鳩がのこっていました。
「オヤ、へんな鳩がいるぞ」
「うちの鳩じゃないわ。どこのでしょう」
それは、みなれない鳩でした。
ふつうの伝書鳩なら、ぜんしんは石板色で、首のところに金みどりのぶちがあるのですが、いま鳩舎の上にのこっている鳩は、からだの色が、紺青で、そしてつばさのさきには、ふとい金のすじが二本とおっていて、よくみればみるほど、かわった鳩でした。その上その鳩は、まるでつくりもののあしでもつけているように、みょうに両足をひきずって歩くくせがありました。
「もっとよく見てやろう」
と、高一は鳩舎の方にちかづきました。
そして青い鳩に、ぐっと手をのばしたところ、思いがけなくもゆびさきが、電気にふれたときのようにぴりぴりとしびれました。
「あっ――」
と、高一はおどろいて手をひっこめました。そのとき鳩は羽をふるわせて、急にくるりとむきをかえると、きみのわるい羽ばたきをして、さっと空にまいあがりました。が、そのとびかたのすばやいことといったら、まるで戦闘機が地上から、おおぞらへむかって、棒上りにのぼるのとかわりません。あまりのものすごさに、高一もミドリもあっけにとられて、あやしい鳩の行方をみおくっていました。
ちょうどそのころ、この村のうんと上空を一だいの大きな飛行機が、あとに三だいのグライダーをひいてとんでいました。それは、こんどあらたにつくられた三百人のりのすごい飛行列車です。あやしい鳩はおそれげもなく、その飛行列車にずんずんちかづいてゆきました。おどろいたのは飛行列車の三人の試験操縦士です。
「おや、あの鳩は、ちっともにげないぜ」
「かわいそうに、いまにはねとばされるぞ」
そういっているうちに、あやしい鳩は弾丸のように、その翼にぶつかりました。
「あっ、たいへん!」
たちまち翼はそこのところから、まっぷたつにわれ、飛行列車は黒いけむりをあげて、とんぼのようにもつれあいながら、地上についらくしました。五キロもさきの山の中に。
しかし、このできごとが、あやしい鳩のためにおこったとは、だれも気がつきません。
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