大懸賞の見世物
その小屋がけは、六さんの顔がすこしはきく、ある盛り場にたてられた。
「現代世界のふしぎ、透明猫あらわる」
「これを見ないで、世界のふしぎを語るなかれ」
「シー・エッチ・プルボンドンケン博士曰く、“透明猫は一万年間に一ぴきあらわれるものであるんである”と」
「インチキにあらず。ちゃんと生きています。インチキを発見された方には、即金で金十万円也を贈呈します。透明猫普及研究協会総裁村越六麿敬白」 六さんはえらい名前までこしらえて、でかでかと、とびらにはり出した。
こいつは、はたして大あたりだった。二十円をはらって入場者がはいること、はいること。
「大入満員につきしばらく客どめ。そのあいだ、ここに出してある透明猫いけどりの大冒険の図をごらんなさい。こっちにあるのは、透明猫のいつわりなき写真でござい。今見おとせば、末代までも話ができん。さあ、いらっしゃいいらっしゃい。いや今しばらく大入満員の客どめだ」
六さんは、ものものしいかっこうで、さかんに小屋の前にあつまる群衆をあおりつける。
場内では、青二が、これまた太夫の服を着、顔と手足とのどはかくし、きれいにかざりたてた小宮殿のような透明猫のはいった箱のそばに立って、つめかける客の一人一人に、箱の上の穴から手を入れさせ、透明猫をなでさせるのであった。
猫はねむいところを、たくさんの人々になでられ、毛をひっぱられ、つかまれるので大むくれ。箱の中をあばれまわって、ふーっ、きゃあーっ、と、うなる。
それがまた客の人気にかなった。まだ順番のこない客たちは、箱をのぞきこんで、猫の声はすれど、その姿がさっぱり見えないのに興味をつのらせる。
これは魔術ではないかと、箱の中を隅から隅までさぐるお客も多かった。そういう人は、透明猫のために手をひっかかれたり、ごていねいに指の先をかみつかれたりして、おどろいたり、感心したりで引きさがるのであった。
初日の入場料のあがり高は、四十五万円もあって、六さんの胸算用をはるかにとびこした。
「まあ一万円とっときねえ、おれも一万円とる。これは今夜のうちに小づかいに使っちまっていいんだ。のこりの四十三万は、銀行に積立てておこう。毎日こんなにはいるんじゃあ、さつで持っていては、強盗にしてやられるからねえ。そして貯金が一千万円ぐらいになったら、ここへすごい常設館をたてて、大魔術とサーカスと透明猫と、三つをよびものにして、ここへ遊びに来る人の金をみんなさらってしまうんだ」
六さんは、えらい鼻息であった。そしてその夜、青二をつれて、近所の奥まった家へつれこんで、すごいごちそうを注文し、酒をもってこさせて、大宴会をやった。
六さんの体に酒が入ると、急にことばがからんで来た。
「やいやい、坊や。なんだってお前は、まだ帽子をとらねえんだ。おれを甘くみてやがるとしょうちしねえぞ。こら、帽子をとれ。手前はこの総裁六さん――じゃあねえ、何とか六麿のアソンを何と思ってやがるんだ」
そばにいた女たちが、六さんをとめたけれど、六さんはとうとう青二におどりかかって、その帽子をひったくってしまった。
「ああっ――」「きゃあ――」えらいさわぎが起った。
六さんは一ぺんに酒のよいがさめてしまうし、女たちは悲鳴の声をひきながらその座敷からにげだした。
なぜ。青二の帽子の下には、なんにもなかった。首のない青二が、そこにめいわくそうに動いているだけだった。
六さんは、腰をぬかしてしまって、口をぱくぱく開くがひとこともいえなかった。
さて、その夜のさわぎもどうやら片づいて、六さんと青二は、そこを引きあげた。そのとき六さんは、口どめ料として、そのうちへ五万円を出した。
二人はホテルへとまった。
六さんはベッドの上で、青二に相談をかけた。どうだ青二も透明なものなら、透明猫の見世物よりも「透明人間あらわる」の方が、人がたくさん集まるから、青二が思い切って見世物になるようにすすめた。
「いやです。ぼくはいやです」
「ばかだねえ、お前さんは。こんなすばらしい儲け口は又とないよ。どうやすく見つもっても億円のけたのもうけ仕事だ。それをにがす法はない。さあ、透明人間でやってください」
下からおがまんばかりに、六さんはくどいた。しかし青二は、しょうちしなかった。
その夜はそのままとなり、次の日の朝が来た。青二はベッドから下りて背のびをしたが、ふと、となりのベッドを見ておどろいた。
なんということだろう。たしかに六さんと思われる人物が、そのベッドの上にねむっていたのであるが、顔も手足ももうろうとしていた。そして大きな二つの眼の玉だけが光っていた。六さんも透明人間になりつつあるらしい。
さわぎはその日に全市へひろがった。
それはあっちでもこっちでも、人間がかげがうすくなる事件、だんだんからだが消えて見えなくなってゆく事件が発生して、大さわぎとなった。
そういう人たちは、しらべてみると、みんな前の日に、「透明猫」の見世物を見て、そのあやしい猫にさわった者ばかりであったが、そういうことがはっきりするには、それから五日もかかった。
その間に、全市の透明人間は、ますますかずがふえていった。透明になった者が誰かのからだにさわると、かならずその人のからだがやがてもうろうとなって透明化することが分った。つまり伝染性があるのだ。
大きな恐怖がひろがっていった。だが、このさわぎは、事件発生後七日目に急に解決することとなった。
というのは、はじめの「透明猫」をつくった羽根木博士という学者が、その筋へ名乗り出たからである。
博士の研究は、肉体の透明化にあった。からだを、空気と同じ反射率、屈折率をもたせることにあった。博士は、かびの一種が、そういうことに強い働きのあることを発見し、自分の研究室でそのかびを培養しては、いろいろな虫やモルモットや猫に植えていたのである。
例の猫も、前足と後足とをそれぞれしばり、かびを植えた直後だったが、その後足のひもがとけたので、研究室から外へにげだし、崖の下へおちた。そのとき青二が通りかかって猫を拾ったわけだ。
しかし青二は猫にさわったので、青二もまた透明になった。見世物小屋でこの猫にさわった連中も、みな同じことだった。博士は、そのかびを殺す薬を用意していたので、それを注射することによって、透明人間たちはみんなもとの不透明にもどることが出来た。
青二も今はうれしく自分の家へもどることができた。六さんも心を改め、もうけをほんとうに山わけにした。青二のお母さんも、青二がもどってきたので大よろこびであった。のこる問題は、羽根木博士の研究のことであるが、博士は今まで発見していなかったこの研究の結果を、どういう方面に活かして使おうかと、今、考え中だそうである。
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