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のろのろ砲弾の驚異(のろのろほうだんのきょうい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 15:55:05  点击:  切换到繁體中文

底本: 海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊
出版社: 三一書房
初版発行日: 1991(平成3)年5月31日
入力に使用: 1991(平成3)年5月31日第1版第1刷
校正に使用: 1991(平成3)年5月31日第1版第1刷

 

  1


 今私は、一人の客人をともなって、この上海シャンハイで有名な風変ふうがわりな学者、金博士きんはかせの許へ、案内していくところである。
 博士の住居すまいが、どこにあるか、知っている人は、ほんの僅かである。人はよく、博士が南京路ナンキンろ雑鬧ざっとうの中を、れ切った紫紺色しこんしょく繍子しゅうしの服に身体を包み、ひどい猫脊ねこぜを一層丸くして歩いているのを見かけるが、博士の住居を知っている者は、殆んどない。
 金博士の住居は、南京路でも一等値段がやすく、そして一等繁昌はんじょうしている馬環ばかんという下等な一膳飯屋いちぜんめしやの地下にあるのだ。
「さあ、ここがその馬環です。どうです、たいへんな繁昌でしょうが」と私は、客人をふりかえった。「足の踏み入れようもないというのがまさにこの店のことだが、第一このむーんとする異様な匂いには、慣れないものは大閉口だいへいこうで、とたんにむかむかしてくる。だが、とにかくこの中へ入っていかねば、博士に会えないのだから、一時鼻をつまんで、息をしないようにして、私についていらっしゃい。邪魔になるお客さんは、遠慮なく突きとばしてよろしいのである。お客さんは、突きとばされてどんぶりの中に顔を突込つっこもうと、誰も怒るものはいないであろう。遠慮していれば、いつまでたっても、奥へ通れない。さあ遠慮なく、こうして突きとばすですな。しかし懐中物かいちゅうものだけは要慎ようじんしたがいいですぞ。突きとばされるのをあらかじめ待っていて、突きとばされると、とたんにこっちの懐中物を失敬する油断のならぬ客がいるからね。あれっ、もうやられたって。ああ待った。もうさわいでも駄目です。一度やられると、たとえやった犯人の顔がわかっていても、二度とおたからは出て来ないのです。さわぎたてると、どうせろくなことにはならない。また何かられます。生命いのちなどは、盗られたくないでしょうから。
 さあ、ようやく奥へ来ました。ここには小房しょうぼうが、いくつか並んでいる。こっちへ来てください。ここへ入りましょう。はいったら入口のカーテンを引きます。さあ、椅子に腰をおかけなさい。そして、両手でこの大きな円卓子まるテーブルを、しっかりとおさえていてください。しっかりつかまっていないと、あとで舌をんだり、ひっくりかえって腰をうったりしますよ。はい、今うごきます。秘密のボタンを今押しましたから。そら床もろとも、りだしたでしょう。しっかり卓子につかまっていなさいといったのは、ここなんだ。そうです、この小室しょうしつ全体が、エレベーター仕掛じかけになっているのです。床も天井も壁も、一緒に落ちていくのです。もう今はたいへんなスピードで落ちていますよ。なにしろ、これがエレベーターなら、地階三十階ぐらいに相当する下まで下りるのです。なにしろ、地面から測って、二百メートルもあるそうですからね。
 爆撃ばくげきをさけるためですかって。もちろんそれもありましょうが、もう一つの理由は、金博士は宇宙線を極度きょくどけて生活していられるのです。あの宇宙線なるものは、二六時中、どんな人間の身体でも、つらぬいているので……」
 話の途中に、エレベーターはとまった。
 私は客人の手をとって、エレベーターを出ると、しばらくは真のやみの中の通路を、手さぐりで歩いていった。
 二百メートルばかり歩いたところで、通路は行き停りとなる。そこで私は、今切り取ったばかりのような土の壁を、ととんとんと叩いた。すると、ぎーいと音がして、私たちはまぶしい光の中に、放り出された。
 そういう段取だんどりになれば、私は間違まちがいなく、闇の迷路めいろをうまくり通ってきたことになるのである。下手をやれば、いつまでたっても、この光の壁にぶつからないで、しまいには、進むことも戻ることもならず、腹が減って、頭がふらふらになる。
 私は、はげしい目まいをおさえて、しばらく強い光の中に、うつしていた。土竜もぐらならずとも、この光線浴こうせんよくには参る。これも博士の警戒手段の一つである。
 私は、ようやく光になれて、顔をあげることが出来た。
「やあ金博士。とつぜんでしたが、ロッセ氏を案内して、お邪魔じゃままいりました」
「ほう、その人は、英国人えいこくじんじゃないだろうな。英国人なら、ここには無用だから、さっさと帰ってもらおう」
 と、金博士は、大きなウルトラマリン色の色眼鏡いろめがねを手でおさえながら、椅子のうえから立ち上ったのであった。

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