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のろのろ砲弾の驚異(のろのろほうだんのきょうい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 15:55:05  点击:  切换到繁體中文



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 博士は、大の英国嫌いである。英国人と酒とは、大嫌いであった。
「ああ博士。ロッセ氏は日本人です」
「本当か、綿貫わたぬき君。氏は、日本人にしては色が黒すぎるではないか」
 綿貫とは、私の名前だ。
「氏は、帰化きか日本人です。その前は、印度インドせきがありました」
「どうぞよろしく」
 ロッセ氏は、流暢りゅうちょうな日本語で、金博士にいんぎんな挨拶あいさつをした。
 博士は、無言のままうなずいて、私たちに椅子を指すと、自分は再び椅子に腰をおろした。私たちの囲んだ机の上には、何をやっているのか分らないが、おびただしい紙片しへんが散らばっていた。そして紙片の上には、むずかしい数字の式が、まるでありの行列のように、丹念たんねんに書き込んであった。
「きょうお連れしたロッセ氏は、電気砲学の権威です」と、私は紹介の労をとって、「ロッセ氏は、三ヶ月程前に、初速しょそくが一万メートルを出す電気砲の設計を完成されたのですが、残念にも、今日本では、それを引受けて作ってくれるところがないために、すっかりくさってしまわれたんです。それでこの上海シャンハイへ、憂鬱ゆううつな胸を抱いて、なにか気分をほぐすものはないかと、遊びに来られたのですが、私は、博士を御紹介するのがよいと思ったので、実は、ロッセ氏には事前じぜんに何にも申さないで、とつぜんここへお連れしたわけですから、どうぞ話相手になってあげていただきたい」
 私が思いがけなくすっかり底を割ってしまったので、ロッセ氏は、私の話の途中、いくたびも仰天ぎょうてんして、私のそでをひいて、話をやめさせようとしたほどであった。
 博士は、かるくうなずいていたが、私の話を聞き終ると、
「それは、くさるのも無理ではない」
 と、同情の言葉をらし、
「わしは、あなたがロッセ氏であることは、今綿貫君の紹介で初めて知ったわけだが、しかしあなたのことは、電気砲の論文を読んで、前から知っていたよ」
 と、たいへんいい機嫌きげんの様子で、立ち上ってロッセ氏の黒い手を握った。
 ロッセ氏の面上めんじょうには、いたく感激の色が現れた。
「だが、ロッセ君。そんなに初速の早い電気砲をこしらえて、どうするつもりなんかね」
「これはしたり、そのような御たずねでは恐れ入ります。初速の大きいことは、すなわち射程しゃていが長いことである。しからば、われは敵の砲兵陣地ほうへいじんち乃至ないしは軍艦の射程外にあって、敵を砲撃することが出来るのです。こんなことは常識だと思いますが……」
 と、ロッセ氏は、はじらいながらこたえた。金博士からメンタルテストをされたように感じたからであろう。
「そういう考えじゃから、命中率はだんだん低下し、砲弾代などが、やたらにかかるのじゃ。射程には、おのずから限度がある。ただ砲弾を遠方へ飛ばすだけなら、射程をいくらでも伸ばし得られるが、砲門附近の風速ふうそくと、弾着地点だんちゃくちてん附近の風速とを考えてみても、かなりちがうのである。射程長ければ、命中率わろしである。そうではないか」
 金博士は、鉛筆を握って、紙のうえに、しきりに弾道曲線だんどうきょくせんを描きつつしゃべる。
「ですが、金博士。僕はぜひともいい大砲を作りたいと思って、そのような初速の大きい電気砲を設計したのです。一発撃ってみて、命中しなければ、二発目、三発目と、修整しゅうせいを加えていきます。十発のうち、二発でも一発でも命中すれば、しめたものです」
「そういう公算的こうさんてき射撃作戦は、どうも感心できないねえ。なぜ、そんなにせるのであるか。もっと落着いて、命中しやすい方針をとってはどうか。ロッセ君、あなたの話を聞いていると、聞いているわしまで、なんだかいらいらしてくる。それでは、戦闘に勝てない。ロッセ君、あなたは日本人だというけれども、あなたの電気砲設計の方針は、日本人的ではないですぞ。それとも、近代の日本人は、そんなにいらいらして来たのかな」
 色眼鏡いろめがねの底に、金博士の眼が光る。
 ロッセ氏は、次第しだい沈痛ちんつうな表情に移っていって、しきりに唇をんでいる。私は、それをとりなそうにも、いうべき言葉を知らなかった。――ロッセ氏が、或るごとを、ここで告白するのでなければ、どうにもならないのであった。
 しばらく、息づまるような沈黙が、金博士の書斎に続いたが、やがて博士は、やおら椅子から立ち上って、室内をこつこつと歩きだした。
「ねえ、ロッセ君」
「はあ」
「わしは君に、一つのヒントを与える。砲弾の速度を、うんと低下させたら、どんなことになるか」
「射程が短縮されます。技術の退歩たいほです。ナンセンスです」
「いや、わしのいっているのは、射程は、うんと長くとるのだ。ただ砲弾の速度を、きわめて遅くするのだ。そして命中率を、百パーセントに上げることが出来る。それについて、一つ考えてみたまえ。解答が出来たら、また訪ねてきなさい、わしは相談に乗ろうから」
「砲弾の速度を下げるのは、ナンセンスですが……とにかく折角せっかくのおすすめですから、一つ考えて来ましょう」
「そうだ。そうしたまえ。それが、うまくいくようなら、あなたの企図きとしている英国艦隊一挙撃滅戦えいこくかんたいいっきょげきめつせんも、うまくいくだろう」
「えっ、なんですって」
「いや、あなたの懐中かいちゅうからった財布さいふをお返しするよ。これは上から届けて来たものだが、いくら暗号あんごうで書いてあるにしても、英艦隊撃滅作戦の書類を中にはさんでおくなんて、不注意にも、程がある」

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