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四次元漂流(よじげんひょうりゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 6:43:37  点击:  切换到繁體中文


   大胆な賭事かけごと

「やあ、課長さん」
 きちんとした身なりの長身の紳士が、のっそりと田山課長の机の前に立った。
 課長は何か書類を見ていたが、呼びかけられて顔をあげると、見る見る顔が朱盆しゅぼんのようにまっ赤になった。
「こんなところへ君が入ってきては困るね。おい本郷ほんごう松倉まつくら、いったい何のために戸口をかためているのか」
 課長は部下をしかりつけた。
「いや、僕は総監室からこっちへきたものですからね、貴官の部下には失策はないのですよ」
「総監だって誰だって、君をのこのこ、この部屋へ入らせることはできない。さあ、あっちの応接室へきたまえ」
 雲行くもゆきは、はじめっから険悪だったが、応接室へ入ると同時にいっそう険悪さを加えた。
「なぜ君は、早く出頭しなかったのかね。その間に都下の新聞はこぞって、あのとおり幽霊の説、幽霊の研究、幽霊の事件の欄までできて騒いでいる。それにあおられて都民たちがすっかり幽霊病患者になっちまった。それについての都民からの投書が毎日机の上に山をなしている。みんな君のおかげだよ。なぜもっと早く出頭しない」
 課長はかんかんになって探偵蜂矢十六をにらみすえた。
「あいにく東京にいなかったもんで、失礼しました」
 蜂矢は煙草に火をつけて、こわれた椅子の一つにやんわりと腰を下ろした。
「連絡はすぐとるようにと、注意をしおいたのに、なぜ君の族行先へ連絡しなかったのか」
「留守の者には、僕の行先を知らせておかなかったものですからね。もっとも短波放送で貴官が僕に御用のあることは了解したのですが、何分にも遠いところにいたものですから、ちょっくらかんたんに帰ってこられなくて」
「どこに居たのかね、君は」
「ロンドンですよ」
「なに、ロンドン? イギリスのロンドンのことかね」
「そうです」
「何用あって……」
「幽霊の研究のために……」
「よさんか。わしを馬鹿にする気か」
「そうお思いになれば仕方がありませんから、そういうことにして置きましょう。しかしですな、御参考のために申上げますと、幽霊の研究はイギリスが本場なんです。ことにケンブリッジ大学のオリバー・ロッジ研究室が大したものですね。それからこれは法人ですがコーナン・ドイル財団の心霊研究所もなかなかやっていますがね」
「もうたくさんだ。君のかんちがいで見当ちがいを調べるのは勝手だが、わしの担任している木見、川北事件は幽霊なんかに関係はありゃしない。純粋の刑事事件だ」
「それは失礼ながら違うですぞ。もっとも幽霊がでる刑事事件もないではないでしょうが」
「わしは断言する。この事件に幽霊なんてものは関係なしだ。幽霊をかつぎだすのは世間をさわがせて、何かをたくらんでいる者の仕業だ。わしは確証をつかんでいる」
「困りましたね。僕の考えは課長さんのお考えと正反対です。この事件において、幽霊の真相を解かないかぎり、事件は解決しません」
「君はずいぶん強情だね。ここのところはたしかなのかい」
 課長は指をだして、蜂矢の頭をついた。蜂矢は怒りもしないで笑っている。
「ねえ、課長さん。貴官はまだ幽霊をごらんになったことがないからそうおっしゃるのでしょう。だから一度ごらんになったら、そんな風にはおっしゃらないでしょう」
「とんだことをいう、君は……」
「いや、ほんとうですよ。では貴官に幽霊を見せる機会をつくりやしょう」
「なんて馬鹿げたことを君はいうのか」
「よろしい。そのことは引受けやした。多分成功するでしょう。しかしかなり忍耐もしていただきたくそれに僕のいう条件をまもっていただかねばなりません。そして幽霊は、さしあたりこの警視庁の中へだすことにしましょう。それも貴官の課の部屋へでてもらいましょう」
「君は冗談をいってるんだ。もう帰ってもらおう」
「いや、僕はまちがいなく本気です」
「阿呆は、きっとそういうものだ、自分は阿呆じゃないとね」
 あまり蜂矢がまじめくさって幽霊の話をし、しかも所もあろうに捜査課の中へ幽霊をだそうと確信あり気にいうので課長はあまりのばかばかしさに、さきほどの怒りも消えてしまい、蜂矢をもてあまし気味となった。蜂矢はそんなことにはかまわずしばらく考えていた末に、こういった。
「魚を釣るにはえさが要るように、幽霊をつりだすにも、やはりえさが必要なのです。僕は今日の午後そのえさを持ってきて貴官の机の上に置きます。但しこのえさは絶対に貴官たちの手によって没収しないようにねがいます。たとえそれがどんなに貴官たちをほしがらせても。約束して下さいますか」
「約束はいくらでもするがね、だが……」
「幽霊のでる時刻は夕方になってあたりが薄暗くなりかけてから始まり翌日の夜明けまでの間です。こんなことは御存じでしょうが……」
「そんな講義はもうたくさんだよ」
「うまくいけば今夜のうちにもでるでしょう、うまくいかなくても二三日中にはきっとでます」
「もしでなかったときは、どうする」
「そのときは僕を逮捕なさるもいいでしょう。木見雪子学士殺害の容疑者としてでも何でもいいですがね」
「よし、その言葉を忘れるな」
「忘れるものですか」
 蜂矢は自信にみちた声とともに椅子から立上って、課長に別れをつげたが、ふと思いだしたように課長にいった。
「道夫君をかわいそうな母親のところへすぐ帰してやって下さい。あんなに病気にまでさせては人道問題ですよ」
 蜂矢の眼に涙が光っていた。

   奇妙な実験の準備

 なんという大胆な賭事であろう。
 蜂矢探偵は、かならず捜査課の室に雪子学士の幽霊を出現させてみせると、田山課長に約束したのであったが、蜂矢探偵は果して正気であろうか。課長を始め、課員の多くは、蜂矢探偵が一時かっとなって、そんな無茶な放言をしたのだろうと見ていた。だからその翌日になったら、探偵から取消と謝罪の電話があるだろうと予想していた。
 だがその予想に反して、その翌朝、捜査課の扉を押して、蜂矢探偵が大きなつつみを小脇にかかえて入ってきたのには、課長以下眼を丸くしておどろいた。
「やあお早うござんす。幽霊を釣りだすえさをもってきましたよ」
 蜂矢探偵は血色のいい顔を課長の方へ向けて笑うと、包をぽんぽんとたたいてみせた。
「朝から人をかつぐのかね。いい加減にして貰おう。これでも気は弱い方だから……」
 田山課長は、挨拶あいさつに困ったらしくて、こんなことをいった。
「今日は大変な御謙遜ごけんそんで。……ところでこの幽霊の餌を、課長の机の上におく事にしたいですね。まちがうといけないから、他の書類は引出ひきだしへでもしまって頂いて、机の上はこの餌だけをおくことにしたいですね」
 と、蜂矢はどしどしと説明をすすめた。
「仕事を妨害しては困るね」
 課長はにがにがしく顔をしかめた。
「仕事を妨害? とんでもない。木見雪子事件を解くことは、あなたがたにとって最も重要な仕事じゃありませんか。少くとも都民はこの事件の解決ぶりを非常に熱心に注目しているのですからね。なんなら今朝の新聞をごらんにいれましょうか、そこには都民の声として……」
「それは知っているよ。しかしこの部屋へ幽霊を招く?そんな非科学的なばかばかしい興行に関係している暇はないからね」
「その問題はすでに昨日解決している。今日になって改めてむしかえすのは面白くない。僕はちゃんとけているのですからね。賭けている限り僕はこの試合場に準備を施す権利がある。そうでしょう。――もっとも幽霊学士を迎えるのは夕刻から早暁までの暗い時刻に限るわけだから、僕の註文ちゅうもんする仕度は、今日の夕刻までに完成して頂けばいいのです。窓のカーテンは皆おろしてもらいましょう。電灯はつけないこと。諸官はこの部屋にいてもよろしいが、なるべく静粛にしていて、さわがないこと。いいですね、覚えていて下さい」
「おい古島刑事、お前に幽霊係を命ずるから、蜂矢君のいうだんどりをよく覚えていて、まちがいなく舞台装置の手配をたのむよ」
 課長はついにそういって、老人の刑事に目くばせをした。
「はっ。だけど課長さん。これは一つ、誰か他へ命じて貰いたいですね。わしは昔からなめくじと幽霊は鬼門なんで……」
「笑わせるなよ、古島君。お前の年齢としで幽霊がこわいもなにもあるものかね」
「いえ。それが駄目なんです。はっきり駄目なんで。……課長が無理やりにわしにおしつけるのはいいが、さあ幽霊が花道へ現われたら、とたんに幽霊接待係のわしが白眼をむいてひっくりかえったじゃ、ごめいわくはわしよりも課長さんの方に大きく響きますぜ。願い下げです。全くの話が、こればかりは……」
 古島老刑事はひどく尻込しりごみをする。蜂矢探偵はにやにや笑ってみている。田山課長の顔がだんだんにがにがしさを増してきた。
「私が命令した以上、ぜいたくをいうことは許されない。ひっくりかえろうと何をしようと幽霊係を命ずる」
「わしの職掌しょくしょうは犯人と取組とっくみあいをすることで、幽霊の世話をすることは職掌にないですぞ」
「あってもなくても幽霊係をつとめるんだ。もっとももう一人補助者として金庫番の山形やまがた君をつけてやろう」
「課長。よろこんで引受けます」
 柔道四段の猛者もさの山形巡査が、奥の方から手をあげてよろこぶ。古島老刑事は、
「おい山形君。そんなことをいうが、大丈夫かい」
 とそっちを睨んだが、係が二人にふえたのにやや気をとりなおしたか、ほっと軽い吐息を一つ。
「じゃあ、これで手筈てはずはきまったですね」
 と蜂矢探偵は椅子から立上った。
「それではよろしく用意をととのえておいて頂くとして、僕はいったん引揚げ、夕刻にまたやってきます。それから課長さん。僕がここに持ってきた『幽霊の餌』は大切な品物ですから、盗難にかからないように保管しておいて下さい」
「盗難にかからないようにだって? 冗談じゃないよ、ここは捜査課長室だよ、君……」
 課長が眼をむいて破顔した。
「あ、これは失言しました。あははは、とんだ失礼を……」
 そういって蜂矢探偵は軽く会釈えしゃくすると、部屋をでていった。

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