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もくねじ(もくねじ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 6:40:24  点击:  切换到繁體中文

底本: 海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊
出版社: 三一書房
初版発行日: 1991(平成3)年5月31日
入力に使用: 1991(平成3)年5月31日第1版第1刷
校正に使用: 1991(平成3)年5月31日第1版第1刷

 

 倉庫(そうこ)


 ぼくほど不幸なものが、またと世の中にあろうか。
 そんなことをいい出すと、ぜいたくなことをいうなと叱(しか)られそうである。しかし本当にぼくくらい不幸なものはないのである。
 ぼくをちょいと見た者は、どこを押せばそんな嘆(なげ)きの音(ね)が出るのかと怪(あや)しむだろう。身体はぴかぴか黄金色(おうごんいろ)に光って、たいへんうつくしい。小さい子供なら、ぼくを金(きん)だと思うだろう。ぼくをよく知っている工場の人たちなら、それがたいへん質のいい真鍮(しんちゅう)であることを一目でいいあてる。実際ぼくの身体はぴかぴか光ってうつくしいのである。
 ぼくは、或る工場に誕生すると、同じような形の仲間たちと一緒に、一つの函(はこ)の中に詰めこまれ、しばらく暗(くら)がりの生活をしなければならなかった。その間ぼくは、うとうとと睡(ねむ)りつづけた。まだ出来たばかりで、身体の方々が痛い。それがなおるまで、ぼくは睡りつづけたのである。
 それから数十日経(た)って、ぼくは久しぶりに明るみへ出た。
 そこは、倉庫の中であった。でっぷり肥(こ)えた中年の人間が――倉庫係のおじさんだ――ぼくたちのぎっしり詰(つ)まっているボール函(ばこ)を手にとって、蓋(ふた)を明けたのだ。
「お前のいうのはこれだろう。ほら、ちゃんとあるじゃないか」というと、別の若い男がぼくたちを覗(のぞ)きこんで、
「あれえ、本当だ。もう一函もないと思っていたがなあ。どこかまちがって棚(たな)の隅(すみ)へ突込んであったんだねえ。きっと、そうだよ。つまり売れ残り品だ」
 といいながら、指を函の中に突込(つっこ)んで、ぼくたちをかきまわした。ぼくはしばらく運動しなかったので、彼(か)の若い男の指でがらがらとかきまわされるのが、たいへんいい気持ちだった。
「売れ残り品じゃ、役に立たないのか」
 中年の男が、腹を立てたような声を出した。
「いやいや、そんなことはない。掘り出しものだよ。ありがたいありがたい。これで今度の分は間に合うからねえ。なにしろこのごろは納期がやかましいから、もくねじ一函が足りなくても大さわぎなんだ」
 若い男は、うれしそうに目を輝(かがや)かして、ボール函の蓋(ふた)をしめた。ぼくたちの部屋は再び暗くなった。
「それみろ。やっぱりありがたいだろうが。お前からよくもくねじさんにお礼をいっときな。売れ残りだなどというんじゃねえぞ」函の外には、倉庫係のおじさんが機嫌(きげん)をとり直して、ほがらかな声を出す。
「じゃ貰っていくよ。伝票(でんぴょう)はさっきそこに置いたよ」
「あいよ。ここにある」
 それからぼくたちは、若い男の手に鷲掴(わしづか)みにされ、そしてどこともなく連れていかれた。
 今から思えば、まだこのときのぼくは希望に燃えて気持は至極(しごく)明るかった。仲間同士、これからどんなところへいって、どんな機械の部分品となって働くのであろうかなどと、われわれの洋々たる前途について、さかんに談(だん)じ合(あ)ったものである。


   宿命(しゅくめい)


 函(はこ)の外からは、そのときどきに、いろいろな音響が入ってくる。また人間たちの話声がきこえる。それをじっと聞き分けるのは、たいへん興味のあることだった。
 ぼくたちの函が、どすんと台の上か何かに載せられたのを感じた。そこはたいへん沢山の大きな機械が廻っている部屋であった。
「はい、もくねじを貰ってきましたよ。これが最後の一函です」さっき聞き覚えた例の若い男の声だ。
「おい待ってくれ。ちょっと中身を調べるから」
 別の太い声がした。
「大丈夫ですよ。倉庫で受取ったときちゃんと調べてきましたから」
「待て待て。お前はこのごろふわふわしていて、よく間違いをやらかすから、あてにならんよ。それに間違っていれば、すぐ取替(とりか)えて来てもらわないと、折角(せっかく)ここまで急いだ仕事が、また後(おく)れるよ。急がば廻れ。念には念を入れということがある」
「ちぇっ。十分念を入れてきたのになあ」
「まあそう怒るな。どれ、そこへ明(あ)けてみよう」
 太い声の男が、ぼくたちを明るみへ出してくれた。ぼくたちは、ざらざらっと、冷い冷い鋼板(こうばん)の上にぶちまけられた。しばらく暗闇(くらやみ)にいたので、眩(まぶ)しくてたまらない。大きな手でぼくたちをなで廻す。
「ほう。これは優級品だ。まだこの手のがあったのか。おい、これでいいよ。ありがとう」
 ぼくたちは、ここでもまた褒(ほ)められた。褒めてくれたのは、仕上げの熟練工(じゅくれんこう)の木田(きだ)さんという産業戦士だった。
「それごらんなさい。私はこのごろふわふわなんかしていませんよ。木田さん、この次そんなことをいうと、私はあんたに銃剣術(じゅうけんじゅつ)の試合を申込みますよ」若い男は得意だ。
「あははは。銃剣術でお前が張切っている話は聞いたぞ。いつでも相手になってやるが、油を売るのはそのへんにして、早く向うへいけ」
「ちぇっ。木田さんはあんまり勝手だよ。油なんか一滴も売ってはいませんよ、だ」
 若い男は、口笛を吹きながら、向うへいってしまった。
 それから木田さんは、また暫(しばら)くぼくたちを更にほれぼれと撫(な)で廻していたが、やがてぼくたちを両手ですくいあげると、別の大きな機械台の上へ連れていった。その傍(そば)には、ぴかぴか光った大きな無電装置のパネルがたくさん並んでいた。これは国際放送用の機械であるらしい。
 木田さんは、そこにいた仲間に声をかけた。
「おい、もくねじが来たぞ。早いところ、残りの穴へ埋(う)めこんでくれ」
 木田さん自身も、ぼくたちを手に掴(つか)んでポケットに入れた。それから右手にドライバーを握り、ポケットからぼくたちを一つ摘(つま)みあげては、パネルの後側にあるターミナルの並んだアルミの小さい枠(わく)を、装置のフレームに取付けるため、両方の穴と穴とを合わせ、その中にぼくたちを植え込み、それからドライバーでくるっくるっとねじこんだ。
 ぼくたちの仲間は、どんどんポケットから出ていった。ポケットの中が空(から)になると、また木田さんはぼくたちを一掴(ひとつか)みポケットの中に入れた。その中にはぼくも交(まじ)っていた。
 ぼくは、番の来るのを今か今かと待っていた。
 そのうちに太い温い指が、ぼくの胴中(どうなか)をぎゅっと摘(つま)んだ。いよいよ番が来たのだ。ぼくは胸を躍らせた。国際放送機の部分品として、これからぼくは永久の配置につくのだ。その機械は、やがて送信所に据(す)えつけられ、全世界へ向って電波を出し始めるであろう。大東亜戦争(だいとうあせんそう)を闘(たたか)っている雄々(おお)しい日本の叫びが、世界中に撒(ま)き散(ち)らされるのだ。ああ国際宣伝戦の大花形! 木田さんは左手で、既(すで)にアルミの小さい枠の装置のフレームの穴とぴったり合わせていた。右手の指に摘みあげられたぼくが、その穴に今や挿(さ)しこまれようとした瞬間、
「おやァ」と、木田さんの異様な声がした。
「何だい、このもくねじは……。これは出来損(できそこな)いじゃないか。なぜこんなものが入っていたんだろう。誰かぼやぼやしてやがる」そういって木田さんは、ぼくを機械台の上に立てた。ぼくはどきんとした。
「何を怒っているんだい、木田さん」
 横合(よこあい)から、疳高(かんだか)い声が聞えた。
「いや、優級品のもくねじだから安心していたんだ。ところがこんな出来損いのが交っていやがる。見掛けは綺麗なんだけれど、螺旋(らせん)の切込み方が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だ。どうしてこんなものが出来たのかなあ」
「どれどれ」
 と、疳高(かんだか)い声の男が、ぼくを指先につまみあげて、眼のそばへ持っていった。熱い息が、下からぼくを吹きあげる。
「なるほど、これはふしぎなもくねじだね。たしかに出来損いだ。それにしても、よくまあこんなものが出来たもんだ。これはあれだよ。旋盤(せんばん)の中心が何かの拍子に狂ったのだ。だからこっちとこっちとが、よけいに深く削(けず)られている。これじゃねじ山は合っていても細いから、挿(さ)し込(こ)んでもやがてぬけてしまうよ。おお、それに頭がこんなに缺(か)けているじゃないか。ドライバーをあてがって、力をいれてねじ込もうとすれば、ドライバーがねじの頭から滑ってしまう。ひどいものを交(ま)ぜて寄越(よこ)したなあ。とにかくこれはだめだ」
 そういって、彼はぼくを元のとおり、機械台の上に、頭を下にして立てた。
 ぼくの不幸なる身の上は、この刹那(せつな)にはっきりしたのである。
 螺旋がよけいに深く切り込んである。それに頭の一部が缺けている。ああぼくは何という不幸な身体に生まれついたことであろうか。
 目の前が急に暗くなった。ぼくは台の上で身体をふるわせ、歎き悲しんだ。折角(せっかく)りっぱな国際放送機の部分品となって、大東亜戦争完遂(かんすい)に蔭ながら一役を勤めることが出来ると思ったのに。
 若(も)しぼくに、羽根があったら、この台の上からひらりと飛び出して、あの穴へとびこむのだが……。

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