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過去世(かこぜ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 7:34:47  点击:  切换到繁體中文

底本: 日本幻想文学集成10  岡本かの子
出版社: 国書刊行会
初版発行日: 1992(平成4)年1月23日
入力に使用: 1992(平成4)年1月23日第1刷
校正に使用: 1992(平成4)年1月23日第1刷


底本の親本: 岡本かの子全集 第三巻
出版社: 冬樹社
初版発行日: 1974(昭和49)年4月

 

池は雨中の夕陽の加減で、水銀のやうに縁だけ盛り上つて光つた。池の胴を挟んでゐる杉木立と青あしとは、両脇からび込む腐蝕ふしょくのやうにくろずんで来た。
 窓外のかういふ風景を背景にして、室内の食卓の世話をしてゐる女主人の姿はあやしく美しかつた。格幅かっぷくのいゝ身体に豊かに着こなした明石あかしの着物、面高おもだかで眼の大きい智的な顔も一色に紫がゝつたくり色に見えた。古墳の中の空気をゼリーでこごらして身につけてゐるやうだつた。室内でたつた一人の客の私は、もうをともしてもいゝ時分なのを、さうしないのは、今宵私を招いた趣旨のほたる見物に何か関係があるのかも知れないと思ひ、すこしは薄気味悪くも我慢して、勧められるまゝ晩餐ばんさんのコースをはかどらせて行つた。だん/\募る夕闇の中に銀の食器と主客の装身具が、星座の星のやうにきらめいた。
 女主人久隅雪子は私と女学校の同級生で、学校を卒業するとしばらく下町の親の家に居たことだけは判つたが、直ぐ消息を断つた。それから十年あまりして私は既に結婚してゐて、良人おっとに連れられて外遊する船がナポリに着いた時、行き違ひに出て行かうとする船に乗り込むあわただしいかの女に、埠頭ふとうでぱつたり出遭であつて、わずかにおたがいに手を握つた。あとは私の帰朝後を待つてといひ残してわかれてしまつた。
 二人ともいはゆる箱入娘で、女学生にしてもすでに知らねばならない生理的の智識にうといところがあり、よく師友から笑ひ者にされた。その代り二人は競つて難しい詩や哲学の書物を読んだ。さういつた関係から、双方無口であり極度の含羞はにかみやでありながら、何か黙照し合ふものがあるつもりで頼母たのもしく思つてゐた。だが私が四年目に帰朝し、それから二三年もつたのに、かの女からは再び何の消息もなく、同窓の誰も知らなかつた。一度こちらから親の家へ尋ね合した手紙は、久しく前に移転して住所不明の附箋ふせんで返されて来た。
 ところが突然かの女は郊外の新居といふのから電話して来て、車を廻して寄越よこし、自宅で蛍見物をさすといふのに、のん気な昔の友人訪問の気持を取り戻して、私は来て見たのであつた。


 淡い甘さの澱粉でんぷん質の匂ひに、松脂まつやにらん花を混ぜたやうな熱帯的な芳香ほうこうが私の鼻をうつた。女主人は女中から温まつた皿を取次いで私の前へ置いた。
「アテチヨコですの?」
「お好き?」
「えゝ。でも、レストラントでなくて素人しろうとのおうちでかういふお料理珍しいと思ふわ」
「素人ぢやございませんわ。店の司厨長シェッフを呼び寄せて、みな下で作らして居ますのよ」
「わざ/\、まあ、恐れ入りました」
「私、最近に下町で瀟洒しょうしゃなレストラントを始めようと思つて、店や料理人を用意してありますのよ」
 女主人はレモンの汁を私の皿の手前に絞つてれ、程よく食塩と辛子からしを落して呉れた。私は大きな松の実のやうな菜果を手探りで皮を一枚づゝぎ、剥げ根にちよつぽりかたまつてついてゐる果肉に薬味の汁をつけて、その滋味を前歯でき取ることにこどものやうな興味をわかしながら、
「まあ、あなたがお料理屋を、どうして」
「――何かして紛らしてゐなければ――独身女はしじゆう焦々いらいらしますのよ」
 さう云つて友はちよつとまゆを寄せたが、友の内心には何処どこさとりめいたくつろいだ場所が出来、一脈の涼風が過不及かふきゅうなしの往来をしてゐるらしくも感じられる。下手な情感的な態度を見せては案外友をうるさがらさぬともかぎらない。
「それよりも、私、私が今度買ひ取つて落着くやうになつたこの家に就いて不思議な因縁話があるの、あなたに聴いて頂かうと思つて……さう陽気な話ぢやありませんの。をつけて話しますわ」
 夕顔の花のやうな照り色のシヤンデリヤがぽつとついた。室内の照明に負けて窓外の景色はたちまち幕を閉ぢて、雨の銀糸が黒い幕面にかすれた。一たん眼をつむつた友はまたぱつと開いて私の顔を真面まともに見た。これも昔見た友の癖である。


 かの女は女学校を卒業して親の家で結婚前の生活をしてゐる期間に、望まれて父親の知合ひで郊外に隠寮を持つ退職官吏Yの家へ客分として預けられることになつた。
 退職官吏Yの考へでは、自分の蒐集品しゅうしゅうひんことにこまかい細工ものゝ昔人形や、壊れものゝすえもの類は、骨董こっとう美術品商の娘であるかの女のれて丹念な指先が、手入れ保存に適当だと思つたからであつた。かの女の父はまたかの女がたとへ富んだ老舗しにせの長女でも、下町の娘であるからにはしつけに至らぬ我儘わがままなところがあらう。一度は上層智識階級の家へ入れて見習はしたいといふ昔風の考へがあつた。雪子の父はなまじなよその夫人よりY家の主人を非常に厳格な躾け正しい人と信じてゐたから……
 かの女はちよつとした嫁入支度ほどの調度を持つて、Yの隠寮へ寄寓した。


 あてがはれた庭向きの客座敷の隣の八畳へ調度を収めて、女らしい部屋にしてかの女は落着いた。家長のYは、かの女が落着くとすぐ部屋に兵児帯へこおびをちよつきり結びにした大兵だいひょうの体を唐突に運び入れて来て、衣桁いこうにかけた紅入りの着ものや、刺繍ししゅうをした鏡台の覆ひをまじ/\と見て、
「娘の子を一人持つたやうだ」
 これが精一杯のお世辞の挨拶あいさつだといふやうに、ぶつきら棒に云つた。そして直ぐえんから盆栽棚のたくさん並んでゐる庭へ下りて行つた。
 その後はYは一度も部屋に見舞つて来なかつた。そしてとても仕切れないほどの所蔵品の手入れを命じたり、観賞するためにあれこれと蔵から出し入れさせられてうるさかつた。彼は偏執症の蒐集慾以外に精力を使ふことを絶対に嫌つた。早く妻にわかれてからは、異性には全然関心を持たなかつた。それは彼の最も世の中で価値ありとする品とか気位とか悧巧りこうとかを誑惑きょうわくする魔性ましょうのものにほかならなかつた。たゞ彼は気短かになつて、しば/\癇癪かんしゃくを起した。それらの性癖の諸点がかえつて彼を厳格端正に表面化させたのだと雪子はYに就いての世評の裏を知つた。


 何にでも極度に好き嫌ひをつけるYは、自分の息子兄弟にもそれをした。弟息子の梅麿うめまろは父の唯一の寵児ちょうじだつた。彼はやゝ下膨しもぶくれの瓜実顔うりざねがおの、こんもり高い鼻の根に迫らぬやう切れ目正しくついてゐる両眼の黒い瞳に、長い睫毛まつげを煙らせて、地を見入つてゐるときには、何を考へてゐるか誰も察しがつかなかつた。きりの花のやうに典雅でつくねんとした美しさが匂つた。声も鋭さをなめして楽しい響きを持つてゐた。彼はいつでも不機嫌に近く黙つて孤独で、地へ向けて長い睫毛を煙らせてゐた。雪子は新しく家族の仲間に加はつた自分に対し、若い女性に対し、何の影響をも示さないこの少年に、焦立いらだたしさと、不満を含まないわけにはゆかなかつた。
 だが、その美しさには雪子も呆然ぼうぜんとして息を吐いた。父は梅麿を自分の蒐集物しゅうしゅうぶつ愛玩あいがん品の中に数へ、しかもその中で最も気に入つた一つのものゝやうに、書斎で、庭で、二人は大概一緒だつた。そして父はこの息子に下手したてからお世辞を使ふ態度を取つてゐた。梅麿は父がお世辞を使ふ気持を見抜いて、とぼけて悠々とお世辞を使はれてゐた。だが決して調子に乗らなかつた。そして、父が理由もなく癇癪かんしゃくを起しかけて来ると、少女よりやゝしつかりした綺麗きれいな唇を嬌然と笑みかけて、あどけないことを云つたり、親をおだてたり、他人の悪口を云つたり、およそ父の弱点が喜びさうなところをいて、素知そしらぬ顔で父の気分を持ち直させることに、気敏けざと幇間ほうかんのやうな妙を得てゐた。
 雪子はいやらしいと思ふ以上に、その技巧のえに驚嘆した。だが、梅麿は父以外にはその手は絶対に使はなかつた。
 父の気紛れが、面白くない仕辛しづらい仕事を望むときには、梅麿はすーつと脇へけた。夜中に急に風呂を沸かさせたり、えんの下の奥にしまつてある重いものを取出さしたり――さういふときには兄の鞆之助とものすけが、ぶつ/\いふ召使を困りながら指揮して、そのしょうに当つた。
 父はこのことを知つてゐて、
「梅はずるいやつだ」
といつて笑つたが、その狡さが気に入つてもゐた。
 兄の鞆之助は反対に調法のほか、何から何まで、父の気に入らなかつた。父は兄息子の顔を見るとむつと黙つて仕舞しまふか、癇癪を浴せかけた。命令通り出来上つた仕事も、その命令通りにした愚直なことが、そこに叱言こごと隙間すきまもないことで父を怒らせた。兄はしじゆうおど/\してゐて、眼鼻立ちに神経の疲労とうれひの湿りがあつた。濃い頭の捲毛まきげだけが兄弟似寄つてゐた。兄弟は父が現代教育の方針に不満といふ理由で、一人は中学を、一人は高等学校を、途中から退学させられて、通つて来る二三人の家庭教師にかされてゐるが、実は父が家庭に於ける享楽きょうらく生活に手不足をきたすのを、父は極力嫌つたためでもあつた。
 兄の鞆之助は雪子の部屋へよく遊びに来た。雪子が部屋の周囲に、蔵から出して来た、ほんものゝ植物以上に生々と浮き出てゐる草花が染付けられてゐる鉄辰砂しんしゃの水差や、てのひらの中に握り隠せるほどの大きさの中に、恋も、嘆きも、男女の媚態びたいも大まかに現はれてゐる芥子けし人形や、徳川三百年の風流の生粋きっすいが、毛筋で突いたやうな柳と白鷺しらさぎ池水ちすいきざみ込まれた後藤派の目貫めぬきのやうなものを並べて、自分の店から持つて来たいろ/\の専門の道具や薬品を使つて手入れしながら、面倒臭く思つて伸びをしたり、または芸術といふ不思議な幻術がき入れる物憎い恍惚こうこつひたつたりしてゐると兄はおづ/\入つて来る。
 彼はかの女の傍に立膝たてひざしてすわると、いくらか手入れを手伝ひながら、かの女の気配を計つた。かの女の丸い顔をいぢらしさうに見た。
「うちは、これでね、思つたほど豊かぢやないんですよ。何しろ父はあゝいふ風でせう。何でも見付け次第買つちまつて、とき/″\月末の生活費の払ひの現金にも困ることがあるんです」
 かの女は興味索然としながら話に釣り込まれた。
「あなた方ご兄弟は将来どうするお積り」
「父が生きてゐるうちは今の財産を使つちまつても、父の恩給で米代ぐらゐはありますが、父が死んだらこんな道具類でもぽつ/\売つて喰つて行くより手はありません。それにしても贋物にせものが多くて」
「持参金附きのお嫁さんでもおもらひになつたらいかゞ。ご兄弟とも美男子だしお家柄はよし」
 かの女は揶揄からかつた。鞆之助はに受けた。

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