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金魚撩乱(きんぎょりょうらん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 7:41:45  点击:  切换到繁體中文

底本: ちくま日本文学全集 岡本かの子
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1992(平成4)年2月20日
入力に使用: 1992(平成4)年2月20日第1刷


底本の親本: 岡本かの子全集
出版社: 冬樹社

 

今日も復一はようやく変色し始めた仔魚しぎょを一ぴきひきさらすくい上げ、熱心に拡大鏡でながめていたが、今年もまた失敗か――今年もまた望み通りの金魚はついに出来そうもない。そうつぶやいて復一は皿と拡大鏡とを縁側えんがわほうり出し、無表情のまま仰向あおむけにどたりとねた。
 縁から見るこの谷窪たにくぼの新緑は今がさかりだった。木の葉ともいえないはなやかさで、こずえは新緑を基調とした紅茶系統からややむらさきがかった若葉の五色の染め分けをさばいている。それが風にらぐと、反射でなめらかながけの赤土の表面が金屏風きんびょうぶのようにひらめく。五六じょうも高い崖の傾斜けいしゃのところどころに霧島きりしまつつじがいている。
 崖の根を固めている一帯の竹藪たけやぶかげから、じめじめした草叢くさむらがあって、晩咲おそざきの桜草さくらそうや、早咲きの金蓮花きんれんかが、小さい流れの岸まで、まだらに咲き続いている。小流れは谷窪からく自然の水で、復一のような金魚飼育商しいくしょうにとっては、第一に稼業かぎょうりどころにもなるものだった。その水をえだにひいて、七つ八つの金魚池があった。池は葭簾よしずおおったのもあり、露出ろしゅつしたのもあった。たくましい水音を立てて、崖とは反対の道路の石垣いしがきの下を大溝おおどぶが流れている。これは市中の汚水おすいを集めてにごっている。
 復一が六年前地方の水産試験所を去って、この金魚屋の跡取あととりとして再び育ての親達にむかえられて来たときも、まだこの谷窪に晩春の花々が咲き残っていたころだった。
 復一は生れて地方の水産学校へ出る青年期までここに育ちながら、今更いまさらのように、「東京は山の手にこんな桃仙境とうせんきょうがあるのだった」と気がついた。そしてこの谷窪をめる金魚屋の主人になるのをよろこんだ。だが、それから六年後の今、このやわらかい景色けしきや水音を聞いても、かれはかえって彼のかたくなになったこころを一層枯燥こそうさせる反対の働きを受けるようになった。彼は無表情のを挙げて、崖の上を見た。
 芝生しばふはしさがっている崖の上の広壮な邸園ていえん一端いったんにロマネスクの半円祠堂しどうがあって、一本一本の円柱は六月のを受けてあざやかに紫薔薇色ばらいろかげをくっきりつけ、その一本一本の間から高い蒼空あおぞらかしていた。白雲がはるか下界のこの円柱をけたにして、ゆったり空をわたるのが見えた。
 今日も半円祠堂のまんなかの腰掛こしかけには崖邸の夫人真佐子まさこが豊かな身体からだつきをそびやかして、日光を胸で受止めていた。ひざの上には遠目にも何か編みかけらしい糸の乱れが乗っていて、それへななめにうっとりとした女の子がもたれかかっていた。それはおよそ復一の気持とは縁のない幸福そのものの図だった。真佐子はかなりの近視で、こちらの姿は眼に入らなかろうが、こちらからはあまりに毎日見馴みなれて、復一にはことさら心を刺戟しげきされる図でもなかったが、嫉妬しっと羨望せんぼうか未練か、とにかくこの図に何かの感情を寄せて、こころを掻き立たさなければ、心が動きも止りもしないような男に復一はなっていた。
「ああ今日もまたあの図を見なくってはならないのか。自分とは全く無関係に生きほこって行く女。自分には運命的に思い切れない女――。」
 復一はむっくり起き上って、煙草たばこに火をつけた。

 その頃、崖邸のおじょうさんと呼ばれていた真佐子は、あまり目立たない少女だった。無口で俯向うつむがちで、くせにはよく片唇かたくちびるんでいた。母親は早くからなくして父親育ての一人娘ひとりむすめなので、はたがかえってさびしい娘に見るのかも知れない。当の真佐子は別にじくじく一つ事を考えているらしくもなくて、それでいて外界の刺戟に対して、極めておそい反応を示した。復一の家へ小さいバケツを提げて一人で金魚を買いに来た帰りに、犬の子にでもいかけられるような場合には、あわてる割にはかのゆかない体の動作をして、だが、げ出すとなると必要以上の安全な距離きょりまでも逃げて行って、そこで落付いてから、また今更のように恐怖きょうふの感情を眼の色にほとばしらした。その無技巧むぎこうの丸い眼と、特殊とくしゅの動作とから、復一の養い親の宗十郎は、大事なお得意の令嬢だから大きな声ではいえないがと断って、
「まるで、金魚の蘭鋳らんちゅうだ」
 と笑った。
 漠然ばくぜんとした階級意識から崖邸の人間に反感を持っている崖下の金魚屋の一家は、復一が小学校の行きかえりなどに近所同志の子供仲間として真佐子を目のかたきいじめるのを、あまりたしなめもしなかった。たまたま崖邸から女中が来て、苦情を申立てて行くと、その場はあやまって受容うけいれる様子を見せ、女中が帰ると親達は他所事よそごとのように、復一に小言はおろか復一の方を振り返っても見なかった。
 それをよいことにして復一の変態的な苛め方はだんだんはげしくなった。子供にしてはませた、女の貞操ていそうを非難するようないいがかりをつけて真佐子にからまった。
「おまえは、今日体操の時間に、男の先生にわきの下から手を入れてもらってお腰巻のずったのを上へ上げてもらったろう。男の先生にさ――けがらわしいやつだ」
「おまえは、今日鼻血を出した男の子にけてって紙を二枚もやったろう。あやしいぞ」
 そして、しまいに必ず、「おまえは、もう、だめだ。およめに行けない女だ」
 そうわれる度に真佐子は、取り返しのつかない絶望におちいった、蒼ざめた顔をして、復一をじっと見た。深く蒼味がかった真佐子の尻下しりさがりの大きい眼に当惑とうわく以外の敵意も反抗はんこうも、少しも見えなかった。なみだの出るまで真佐子はまれる言葉の棘尖とげさきの苦痛をたましいましているというひとみえ方だった。やがて真佐子の顔の痙攣けいれんはげしくなって月の出のように真珠色しんじゅいろの涙が下瞼したまぶたから湧いた。真佐子はたもとを顔へ当てて、くるりとうしろを向く。としにしては大柄おおがらな背中が声もなく波打った。復一は身体中に熱くこもっている少年期の性の不如意ふにょいが一度に吸い散らされた感じがした。代って舌鼓したつづみうちたいほどのあま哀愁あいしゅうが復一の胸をみたした。復一はそれ以上の意志もないのに大人おとな真似まねをして、
「ちっと女らしくなれ。お転婆てんば!」
 と怒鳴どなった。
 それでも、真佐子はよほど金魚が好きと見えて、復一にいじめられることはじきにけろりと忘れたように金魚買いには続けて来た。両親のいる家へ真佐子が来たときは復一は真佐子をいじめなかった。代りに素気そっけなく横を向いて口笛くちぶえいている。
 ある夕方。春であった。真佐子の方から手ぶらでめずらしく復一の家の外を散歩しに来ていた。復一は素早く見付けて、いつもの通り真佐子を苛めつけた。そして甘い哀愁にたされながらいつもの通り、「ちっと女らしくなれ」を真佐子の背中に向ってきかけた。すると、真佐子は思いがけなく、くるりと向き直って、再び復一とにらみ合った。少女の泣顔の中からるそうな笑顔えがお無花果いちじくさきのように肉色に笑み破れた。
「女らしくなれってどうすればいいのよ」
 復一が、おやと思うとたんに少女の袂の中から出たこぶしがぱっと開いて、復一はたちまち桜の花びらの狼藉ろうぜきを満面にかぶった。少し飛び退すさって、「こうすればいいの!」少女はきくきく笑いながら逃げ去った。
 復一は急いで眼口を閉じたつもりだったが、牡丹ぼたん桜の花びらのうすら冷い幾片いくへんかは口の中へ入ってしまった。けっけとつばしぼって吐き出したが、最後の一ひらだけは上顎うわあごおくりついて顎裏のぴよぴよするやわらかいところと一重になってしまって、舌尖でしごいても指先きをき込んでも除かれなかった。復一はあわてるほど、咽喉のどに貼りついて死ぬのではないかと思って、わあわあ泣き出しながら家の井戸端いどばたまで駆けて帰った。そこでうがいをして、花片はやっと吐き出したが、しかし、どことも知れない手の届きかねる心の中に貼りついた苦しい花片はいつまでも取り除くことは出来なくなった。
 そのあくる日から復一は真佐子に会うと一そう肩肘かたひじを張って威容いようを示すが、内心は卑屈ひくつな気持で充たされた。もう口は利けなかった。真佐子はずっと大人振ってわざと丁寧ていねい会釈えしゃくした。そして金魚は女中に買わせに来た。
 真佐子は崖の上のやしきから、復一は谷窪の金魚の家からおのおの中等教育の学校へ通うようになった。二人はめいめい異った友だちを持ち異った興味にかれて、めったに顔を合すこともなくなった。だが珍らしく映画館の中などで会うと、復一は内心に敵意をおさえ切れないほど真佐子は美しくなっていた。型の整った切れ目のしっかりした下膨しもぶくれの顔に、やや尻下りの大きい目が漆黒しっこくけむっていた。両唇の角をちょっと上へ反らせるとひとらすような唇が生き生きとついていた。胸から肩へ女になりかけの豊麗ほうれいな肉付きがり上り手足は引締ひきしまってのびのびとびていた。真佐子は淑女しゅくじょらしく胸を反らしたまま軽く目礼した。復一はたじろいで思わず真佐子の正面をけて横を向いたが、注意は耳いっぱいに集められた。真佐子は同伴どうはんの友達にたずねられてるようだ。真佐子はそれに対して、「うちの下の金魚屋さんとこの人。とても学校はよくできるのよ、」と云った。その、「学校はよくできる」という調子に全く平たい説明だけの意味しかひびくものがないのを聞いて復一は恥辱ちじょくで顔を充血じゅうけつさした。
 世界大戦後、経済界の恐怖に捲込まきこまれて真佐子の崖邸も、手痛い財政上の打撃だげきを受けたという評判は崖下の復一の家まで伝わった。しかし邸を見上げると反対に洋館を増築したり、庭を造り直したりした。復一の家から買い上げて行く金魚の量も多くなった。金魚のえさもらいに来た女中は、「職人の手間賃がやすくなったので普請ふしんは今のうちだと旦那だんな様はおっしゃるんだそうです」といった。崖端のロマネスクの半円祠堂型の休み場もついでにそのとき建った。

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