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巴里の秋(パリのあき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 8:05:41  点击:  切换到繁體中文

底本: 愛よ、愛
出版社: メタローグ
初版発行日: 1999(平成11)年5月8日
入力に使用: 1999(平成11)年5月8日第1刷
校正に使用: 1999(平成11)年5月8日第1刷


底本の親本: 岡本かの子全集
出版社: 冬樹社
初版発行日: 1976(昭和51)年

 

セーヌの河波かわなみの上かわが、しらちゃけて来る。風が、うすら冷たくそのうえを上走り始める。中の島の岸杭がちょっとむしばんだようにくさったところへ渡り鳥のふんらしいまだらがぽっつり光る。やなぎが、気ぜわしそうにそのくせさみしくれる。橋が、夏とは違ってもっとよそよそしく乾くと、くつより、日本のひより下駄げたをはいて歩く音の方がふさわしい感じである。巴里に秋が来たのだ。いつ来たのだろう、夏との袂別べいべつをいつしたとも見えないのに秋をひそかに巴里は迎えいれて、むしろ人達をまどわせる。そうなると、街路樹がいろじゅの葉が枯葉かれはとなって女や男の冬着のぼうや服の肩へ落ち重なるのも間のない事だ。
 ハンチングを横っちょにかむり、何か腹掛はらがけのようなものを胸に当てたアイスクリーム屋のイタリー人が、いつか焼栗やきぐり売りにかわっている。とある街角まちかどなどでばたばたと火をあおぎながら、
 ――は、いらはい、いらはい、早いこと! 早いこと! アイスクリームの寒帯から早く焼栗屋の熱帯へ……は、いらはい、いらはい。
 空には今日も浮雲うきぐも四抹しまつ、五抹。そして流行着のマネキンを乗せたロンドンがよいの飛行機が悠長ゆうちょうに飛んで行く。
 ――いよいよね。今月いっぱいで店をたたんで、はあ、ツール在の土となるまでの巣を見つけて買い取りましたよ。巴里にも三十年、まあ三十年もまめに働けばもう、楽に穴にもぐって行く時節じせつが来たというものですよ。
 パッシー通りで夫婦そろって食料品店で働き抜いた五十五、六の男の自然にれた声も秋風のなかにふさわしい。男は小金こがねめた。多くの巴里人のならわし通りこの男も老後を七、八十巴里から離れた田舎いなか恰好かっこうな家を見付けて買取かいとり、コックに一人の女中ぐらい置いて夫婦の後年を閑居かんきょしようという人達だ。
 ――店のあとゆずった人も素性すじょうはよし(もちろん売り渡したのだが)安心して引込ひっこめますよ。この秋はやしきのまわりの栗の樹からうんと実もとれますし、来秋から邸についた葡萄ぶどう畑で素敵な新酒を造りますよ。どうぞおひまを見てお訪ね下さい。
 相手になっているのは、これも勤勉な隣街となりまちの大きな靴店のおやじだ。
 ひるひとときはひっそりとする巴里パリ。ひるのひとときが夜のひそけさになる巴里。秋はことさらひそかになる昼だ。
 何処どこ寂然せきぜんとして、瓢逸ひょういつな街路便所や古塀こべいの壁面にいつ誰がって行ったともしれないフラテリニ兄弟の喜劇座のビラなどが、少しめくれたビラじりを風に動かしていたりする。
 ブーロウニュの森の一処ひとところをそっくり運んで来たようなショーウインドウを見る。枯れてまでどこまでもデリカを失わないの葉のなかへ、スマートな男女散策さんさくの人形を置いたりしている。オペラ通りなどで、そんなデリカなショーウインドウとは似てもつかないけばけばしいアメリカの金持ち女などがどまってのぞいているのなどたまたま眼につく。キャフェのテラスに並んでうそ寒く肩をしぼめながらあつらえたコーヒの色はひときわきめこまかに濃く色が沈んで、くちびるあたるグラスの親しみも余計よけいしみじみと感ぜられる。店頭に出始めたぬれたカキのからのなかに弾力のある身が灯火あかりに光って並んでいる。路傍みちばたの犬がだんだんおとなしくしおらしく見え出す。西洋の犬は日本の犬のように人を見てもえたりおどしたりしない、その犬たちが秋から冬はよけいにおとなしく人なつこくなる。
 公園で子を遊ばしている子守こもり達の会話がふと耳に入る。
 十八、九なのが二つ三つ年上の編物あみもののぞき込みながら、
 ――あんた、まだそれっぽっち。
 ――だってあのおいたさんを遊ばせながらだもの。
 なるほど、そばで砂いじりしている子はおいたさんと呼ばれるほどの一くせありげないたずらっ子の男児おとこのこだ。
 ――だけど、その帽子の色いね、ほんとに。あんた毛糸の色の見立てがうまいよ。
 ――うん。
 ――あら、やに無愛想ぶあいそうだね。またあのんちゃんのことでも考えてるんだろ。
 ――からかうにもさ、リヨンなまりじゃり切れないよ、このひと、いいかげんにパリジェンヌにおなりよ。
 十八、九のは少しあかくなりながら、
 ――大きなお世話さ。
 ――だってさ、お前さんのあの人だって、いつまでもリヨン訛じゃやり切れまいさ。
 ――大きなお世話さ。
 十八、九のはてれかくしに自分ののかぼそい女の児を抱き上げて、
 ――芝居季節セーゾンが近づいたんでこの子のお母さん巴里パリへ帰って来るってさ。
 ――あのスウィツルの女優かえ、また違ったお父さんの子でも連れて帰るんだろ。
 夕ぐれ、めっきり水の細った秋の公園の噴水がきりのように淡い水量をき出しているそば子守ナース達は子を乗せた乳母車うばぐるまを押しながら家路いえじに帰って行く。





底本:「愛よ、愛」メタローグ
   1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1976(昭和51)年発行
※「瓢逸ひょういつ」の表記について、底本は、原文を尊重したとしています。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2004年3月30日作成
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