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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)59 蟹のお角

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:02:52  点击:  切换到繁體中文


     三

 あくる朝、半七は八丁堀同心の屋敷へ行って、丹沢五郎治をたずねた。丹沢は去年の団子坂一件に立ち会った関係があるので、その異人夫婦の死を聞かされて眉をよせた。
「よくよく運の悪い連中だな。そういう訳なら行って見てやれ」
 彼も多吉とおなじように、こんな事がいつまでも捗取はかどらないと、外国人に対してかみの御威光が自然に薄らぐ道理であるから、せいぜい働いて早く埓を明けろと云った。
 半七は承知して神田の家へ帰ると、松吉は朝から待っていた。やがて三五郎も来た。三人が午飯ひるめしを食いながら相談の末に、あしたを待つまでもなく、これからすぐに発足ほっそくすることになった。秋といっても七月の日はまだ長い。途中で駕籠を雇って、暮れないうちに六郷の渡しを越えてしまえば、今夜は神奈川に泊まることが出来るというので、三人は急いで出た。
 見送りに来た多吉と幸次郎に品川で別れて、半七らは鮫洲さめずから駕籠に乗った。予定の通りに神奈川の宿しゅくに泊まって、あくる十五日に横浜にはいると、きょうは朝から晴れて残暑が強かった。戸部の奉行所へ行って、係りの役人らにも逢って、諸事の打ち合わせをした上で、半七らは三五郎に案内されて、居留地の異人館を一応見とどけに行った。ハリソンの自宅には錠がおろしてあるので、三五郎はその隣りに住む同国人のヘンリーをたずねた。ヘンリーは団子坂の道連れで、ハリソンの空家の監理人となっているのである。
 かの事件以来、ヘンリーは奉行所へも再三出頭して、三五郎の顔を見識っているので、すぐに鍵を持って出た。彼は三人を案内して、ハリソンの家内を見せてくれたので、半七と松吉はめずらしそうに見てあるいた。ヘンリーは片言かたことながらも日本語を話すので、半七は参考のためにいろいろの質問を提出したが、双方の言葉がよく通じないので、要領を得ないことが多かった。
「奉行所から通辞つうじを頼んで来ればよかったな」と、半七は自分の不注意を悔んだ。
 ハリソンの部屋で、半七は三脚のある機械を見つけた。彼はそれを指さして訊いた。
「これ、何ですか」
「それ、フォト……。おお、シャシンあります」と、ヘンリーは答えた。
「ははあ、写真か」と、半七はうなずいた。
 わが国における写真の歴史を今ここに詳しく説いている暇はないが、安政元年の春頃から我が国にも写真術の伝わっていた事をことわって置きたい。アメリカの船員が我が役人らを撮影し、あわせてその技術を教えたのが嚆矢こうしであると云う。その以来、写真術は横浜に広まって、江戸から修業にゆく者もあった。ことし文久二年は、それから八年の後であるから、横浜は勿論、江戸にも写真術をこころ得ている者が相当にあったことを知らなければならない。但しその時代の写真師は、特別の依頼に応じて撮影するか、或いは風景の写真を販売するかに留まって、明治以後の写真店のように一般の来客を相手に開業する者はなかったらしい。しかも世に写真というものがあり、江戸にも横浜にも写真師という者があることを、半七はかねて知っていたので、一種の好奇心を以って、その三脚の機械をしばらく眺めていると、ヘンリーは更に説明した。
「ハリソンさん、シャシン上手ありました。日本人、習いに来ました」
「その日本人はなんといいますか」と、半七は訊いた。
「シマダさん……。長崎の人あります」
「年は幾つですか」
「年、知りません。わかい人です。二十七……二十八……三十……」
 だんだん訊いてみると、そのシマダという男は長崎から横浜へ来て、写真術を研究しているが、日本人に習ったのでは十分の練習が出来ないというので、何かの伝手つてを求めてハリソンの家へ出入りするようになった。ハリソンは商人で、もとより専門家ではないが、写真道楽の腕自慢から、喜んでシマダにいろいろの技術を教えた。シマダも器用でよくおぼえた。その以上のことは、ヘンリーの日本語が不完全のために詳しく判らなかった。
 シマダは横浜に住んでいたが、去年の十一月の火事に焼けて、ひと月あまりはハリソンの家の厄介になっていたことがある。それから神奈川に引き移って、今もそこに住んでいる筈であるが、ヘンリーはその居どころを知らないと云った。
「ハリソンが死んでから、シマダという人はここへ来ましたか」と、半七は訊いた。
「ハリソンさん、八日の晩に死にました。その後、シマダさん一度もまいりません。知らせてやりたいと思いますが、シマダさんのうち、知りません」
「犬はどうしました」と、半七はまたいた。
「犬……犬……」と、ヘンリーは顔をしかめながら云った。「死にました、殺されました。犬の死骸、川に沈んでいました」
 彼はその事実を完全に云い現わせないらしく、しきりに手真似をして説明するところによると、ハリソンの飼い犬はよほど残虐な殺され方をしたらしい。眼玉をくり抜き、舌を切り、喉を刺し、腹を裂き、あらん限りの残虐な手段を用いた上で、その死体を川へ投げ捨てたらしく、きのうの朝、即ち三五郎が江戸へ出ている留守中に発見されたのである。なぜそんな残酷な殺し方をしたのか、ヘンリーにも想像が付かないと云うのであった。
「あなた、シマダという人の写真、持っていませんか」と、半七は重ねて訊いた。
「わたくし、ありません」と、ヘンリーは答えた。
 しかしハリソンはシマダを撮影したことがあるに相違ないから、何かの必要があるならば調べてみようと云うので、ヘンリーはハリソンの机のひき出しや手文庫などを捜索して、四五十枚の写真を見つけ出して来た。さすがは写真道楽だけあって、人物や風景や、みな鮮明に写し出されているのを、半七らは感心しながら覗いていると、ヘンリーはやがて一枚の写真をとりあげた。
「ありました、ありました。これシマダさんあります」
 半七はその写真を受け取って眺めると、成程それは二十七八から三十ぐらいの細おもての男で、その人品も卑しくなかった。
「おめえはこれを知らねえか」と、半七はその写真を三五郎に見せた。
「知りませんね」
「多吉を連れて来ればよかったな」
 云ううちに、ヘンリーは更に他の写真をテーブルの上にならべた。それは本牧ほんもくあたりの風景の写真であった。次に列べられた一枚の写真――それをひと目見ると、半七も松吉も思わず身を動かした。それは女の裸体写真であった。女は肌に一糸を着けない赤裸で、その右ひだりの胸と右ひだりの腕に蟹を彫っていた。
「おい、松。不思議なところで不思議な人に逢ったな」と、半七は小声で云った。
「むむう」と、松吉はうなるように溜め息をついていた。
 四五十枚の写真全部をあらためたなかで、獲物えものはシマダの写真と、女の裸体写真の二枚に過ぎなかったが、これは意外な獲物であると半七は思った。彼はヘンリーに頼んで、その二枚の写真を借りて来ることにした。
「その女、シマダさんの親類あります」と、ヘンリーは教えた。「わたくし、この人、ドロボウと間違えました。わたくし、悪いことしました」
「団子坂でこの女に逢いましたか」と、半七は訊いた。
「そうです、そうです。ダンゴ坂……。わたくし、その女、ドロボウと間違えました。日本の人、みな怒りました。ハリソンさん、アグネスさん、わたくし……みな殺されそうになりました」
 ヘンリーの説明によれば、その女はシマダの紹介で、ハリソン方へ出入りすることになったのである。女のからだに珍らしい彫り物があるので、ハリソンは無理に頼んで撮影させて貰って、その報酬としてたくさんの金を彼女にあたえた。彼女もシマダと同じく神奈川に住んでいるとのことであるが、やはり其の居どころを知らないとヘンリーは云った。
 もうこの上に探索の仕様もないので、半七はヘンリーに別れてここを出た。出るとき庭を一巡すると、アグネスの死体はここに横たわっていたとヘンリーが指さして教えた。そこは庭の片隅で、大きい椿が緑の蔭を作っていた。半七はそこらを隈なく見まわしたが、別に眼につくような物もなかった。
「親分、妙な写真を見つけましたね」と、三五郎はあるきながら云った。
「これは蟹のお角という女だ」と、半七はふところから写真を出して見せた。「こいつがハリソンのうちへ出入りしていようとは思わなかった。こんな奴が出這入りをして、素っ裸の写真なんぞをらせるようじゃあ、まだほかに何をしているか判らねえ。この一件にはお角が係り合っているらしい。それからシマダという奴……。多分、島に田を書くのだろう。こいつも何かの係り合いがありそうだ。おれは死骸を見ねえから、確かなことは云えねえが、ひたいに犬という字を書かれて大川へほうり込まれたのは、この島田という奴かも知れねえ」
「ハリソンの犬をむごく殺した奴は誰でしょうね」
「相手は犬だ、何もそんなにむごたらしく殺すにゃ当らねえ。何かその犬によっぽどの恨みがあると見える」と、半七は云った。「犬をなぶり殺しにした上に、島田の額には犬と書く……。この一件には犬がからんでいるに相違ねえが……」
「去年の団子坂は狐使いでしたが、今度は犬ですね」と、松吉は口を出した。「四国にゃあ犬神使いというのがあるそうだが、そんな者が横浜まで出て来やあしますめえ」
「まあ、黙って、少し考えさせてくれ」
 もう午後に近い初秋の暑い日に照りつけられながら、半七は港の町をぶらぶらと歩いて帰った。

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