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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)62 歩兵の髪切り

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:06:44  点击:  切换到繁體中文


     三

 その当時の半七は神田三河ちょうに住んでいたのであるから、小川まちから遠くない。お房に別れてひと先ず自分の家へ帰ると、亀吉と弥助が待っていた。
「屯所へ呼ばれたそうですね。髪切りの一件ですかえ」と、亀吉はすぐに訊いた。
「そうだ、猿や狐じゃあ無さそうだと云うのだ」
 半七からひと通りの話を聞かされて、二人はかんがえていた。
「しかし、その築山というのがおかしい。そこに何か巣食っているのじゃあありませんかね」と、弥助は云い出した。「去年の長州屋敷の一件もありますからね」
 蛤御門はまぐりごもんの事変から江戸にある長州藩邸はみな取り壊しになったが、去年の八月、麻布竜土町りゅうどちょうの中屋敷を取り壊した時には、俄かに大風が吹き出したとか、奥殿から大きい蝙蝠こうもりが飛び出して諸人をおどろかしたとか、種々の雑説が世間に伝えられた。古い大名屋敷には往々そんな怪談が付きまとうので、屋敷跡の屯所の築山にも古狐か古猫のたぐいが棲んでいないとは限らない。蠣殻町かきがらちょうの有馬の屋敷の火の見やぐらには、一種の怪物が棲んでいたのを火の番の者に生け捕られ、それが瓦版の読売の材料となって、結局は有馬の猫騒動などという飛んでもない怪談を作りあげてしまった。そんな例はほかにもある。したがって、亀吉や弥助はこの一件について、まだ幾分の疑いをいだいているらしかった。
「世間じゃあ豹だなぞと云うが、まさかに豹が町なかへまぐれ込みもしめえが……」と、亀吉も云った。「何かやっぱり狐か狸がいたずらをするのじゃありませんかね。現にその二人は、獣のようなものに出逢ったと云うじゃあありませんか」
「そんな事がねえとも云えねえが、小隊長の云う通り、どうも人間らしい匂いがするな」と、半七は笑った。
「だが、なぜそんないたずらをするのか、そのわけが判らねえので、どこから手を着けていいか見当が付かねえ。こうなると、なんでも手掛かりのある所から手繰たぐって行くよりほかはねえ。弥助、おめえは、天神下に行って、藤屋のお房という女をしらべてくれ。なるべく当人にさとられねえようにするがいいぜ。亀、おめえは鮎川という歩兵の出這入りに気をつけてくれ。きょうの様子じゃあ、お房と鮎川とは訳があるかも知れねえからな」
「茶袋め、しゃれた事をしやあがる」と、亀吉も笑った。「ようがす。よく気を付けましょう」
「お房には兄貴がある筈で、そいつは何か小博奕なんぞを打つ奴らしいですよ」と、弥助は云った。「ひょっとすると、その茶袋もやくざ者で、隊へはいらねえ前からお房を識っているのかも知れませんね」
「じゃあ、色の遺恨で誰かがちょん切ったかな」と、亀吉はすこし考えていた。「だが、切られたのは十一人だと云うから、まさかみんなが色の遺恨を受ける覚えもあるめえ。そんなに色男が揃っているなら、茶袋だって世間から可愛がられる筈だ。まあ、なにしろ行って来ます」
 二人は怱々に出て行った。髪切りが人間の仕業であるとすれば、普通のいたずらとしては余りに念入りである。何者がなんの為にそんないたずらをするのかと、半七は午飯ひるめしをくいながら考えた。そうして、おぼろげながら一つの推測をくだした時、子分の幸次郎が忙がしそうにはいって来た。
「親分。早速ですが、いい話を聴いて来ました」
「いい話……。金でも降ったというのか」
「まぜっ返しちゃあいけねえ。実はゆうべ、浅草の代地河岸だいちぎしのおそのという女のうちへ押込みがはいって、おふくろと女中の物には眼もくれず、お園の着物をいっさい担ぎ出してしまいました。それだけなら珍らしくもねえが、出ぎわにお園の髷を根元からふっつりと切って、持って行ったそうです」
「お園というのは何者だ」
「以前は深川で芸者をしていたのを、ある旦那に引かされて、おふくろと女中の三人暮らしで、代地に囲われているのです。年は二十三で、ちょいと蹈める女です。商売あがりの女だから、昔の色のいきさつで髷を切られる位のことはありそうですが、それにしちゃあ着物をみんな担ぎ出すのはあらっぽい。といって、唯の押込みなら髷まで持って行くにゃあ及ぶめえ。その押込みは二人連れだと云うことです」
「悪いはやり物だな」と、半七は舌打ちした。
「屯所の一件が評判になっているので、何が無しに髪切りの真似をしてみたのか、それとも何か仔細があるのか、どっちでしょうね」と、幸次郎も判断に迷っているらしかった。
 おそらく無意味の真似であろうと、半七は思った。それでも彼は念のために訊いた。
「お園の旦那は誰だ」
「内証にしているので判らねえが、なにしろ町人じゃあありません。近所の噂じゃあ、旗本の殿さまか、大名屋敷の留守居か、そんな人らしいと云うのですが……」
「旦那は屋敷者か」
「着物なんぞを取られたのは仕方もないが、髷を切られちゃあ旦那に申し訳がないと云って、お園は半気ちがいのように泣いて騒いで、あぶなく代地の河岸から飛び込みそうになったのを、おふくろと女中が泣いて留める。近所の者も留めに出る。いや、もう、大騒ぎだったそうですよ」
「旦那が屋敷者となると、この髪切りも人真似とばかり云っていられねえ。その旦那は何者だか、突き留める工夫くふうはねえか」
「そりゃあ訳はありません。おふくろや女中にカマを掛けて訊いても判ります。その旦那は近所の小岩という駕籠屋から乗って帰ることもあるそうですから、駕籠屋に訊いても、屋敷の見当は大抵付くというものです。すぐに調べて来ましょう」
「その旦那が歩兵隊に係り合いのある人間なら、この一件が又おもしろくなって来るからな」と、半七はまったく面白そうに云った。
 幸次郎が出て行ったあとで、半七は又しばらく眼をじて考えていた。この一件について、自分は最初から一つの推測を持っているのであるが、それが適中するかどうか。代地の髪切り事件も、解釈のしようによっては、いよいよ自信を強める材料とならないでも無い。半七は少なからざる興味をもって、子分らの報告を待っていた。
 この春はめずらしく火事沙汰が少なかったが、夕方から大南風おおみなみが吹き出して、陽気も俄かに暖くなった。歩兵屯所の八重桜も定めてさんざんに吹き散らされるであろうと、半七は想像した。行く春のならいで、花の散るのは、是非もないが、この大風で火事でも起こってくれなければいいと案じていると、やがて五ツ(午後八時)に近い頃に、弥助が眼をこすりながら帰って来た。
「ひどい風、ひどい砂、眼を明いちゃあ歩かれません」
「やあ、御苦労。ひどい風だな」
「御注文の一件は調べて来ました。藤屋のかみさんに訊いてみると、お房の云ったことは少し嘘がまじっています。成程この正月には歩兵の四人連れが来て、借りて行ったには相違ねえが、その勘定はもう済んでいるそうです。お房はやっぱり鮎川という歩兵と訳があって、なんとかとか名をつけて、屯所へ呼び出しに行くらしい。そこをお前さんに見付けられたので、いい加減のことを云って誤魔化したのです。お房はことし二十歳はたちですが、その兄貴の米吉というのは商売無しの遊び人で、大名屋敷や旗本屋敷の大部屋へはいり込んで日を暮らしている。勿論、妹のところへも無心に来る。お定まりの厄介兄貴だそうです」
「お房の相手の鮎川というのは、どんな奴だ」
「こりゃあ江戸者じゃあありません。武州大宮在の百姓の次男で、実家もまあ相当にやっている。本人は江戸へ出て若党奉公でもしたいと望んでいるところへ、江戸で歩兵を募集する事になったので、早速に願い出て、三番隊の第二小隊にはいることになったそうです。年は二十三で、色の白い、おとなしやかな男で、茶袋の仲間じゃあ花形だという評判です」
「江戸に親類はねえのか」
「さあ、そこまでは判りませんが……」
「そりゃあ亀の方の受持ちだから、なんとか判るだろう。今夜はまあこれで帰って、あした又早く来てくれ」
 弥助の帰る頃から、風には雨がまじって来てれ模様になった。雨と風と、その音を聞きながら半七は寝床のなかで又考えていると、表の戸を叩いて亀吉がぐしょ湿れの姿ではいって来た。風が強いので、傘は※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28) せないと云うのである。彼はびんのしずくをふきながら、親分の枕もとに坐った。
「歩兵の一件だけなら、あしたでもいいのですが、ほかに少し聞き込んだ事があるので、夜ふけに飛び込んで来ました」
「どんな聞き込みだ」と、半七は起き直った。
「この頃はどうも物騒でいけません。ゆうべ下谷金杉の高崎屋という小さい質屋へ押込みがはいりました」
 この頃の江戸はまったく物騒で、辻斬りや押込みの噂は絶えない。単にそれだけならば、さのみ珍らしいとも思えなかったが、亀吉の報告は確かに半七の注意を惹くものがあった。
「ゆうべの四ツ(午後十時)過ぎです。その高崎屋へ二人組の押込みがはいって、五十両ばかり取って行きました。番頭はなかなか落ち着いた男で、黙ってじっと見ていると、ゆうべも陽気がぽかぽかしたので、ひとりの奴が黒の覆面をぬいで、ひたいの汗を拭いたり、頭を掻いたりした。すると、そいつの頭には髷が無かったと、こう云うのです」
「髷がなかった……」
「自分で切ったか、人に切られたか知らねえが、ともかくも髷が無かったと云うのです。髪切りのはやる時期でも、髪を切った押込みはめずらしい。それを眼じるしに御詮議を願いますと、番頭は訴えたそうです」
「実はひる過ぎに幸次郎が来て、ゆうべ浅草の代地のお園という囲い者の家へ、二人組の押込みがはいって、そいつらはお園の髷を切って行ったというのだ」
「やっぱり二人組ですかえ」と、亀吉は眼をひからせた。
「そうだ」と、半七はうなずいた。「だが、代地の二人組は女の髪を切って行った。金杉の二人組は自分の髪を切っている。時刻から考えると、浅草の奴が下谷へ廻ったと思われねえこともねえが、代地で盗んだ代物しろものをどう始末したか。ほかにも同類があるのか、それとも別の奴らか。その鑑定はむずかしい」
「ちっとこんぐらかって来ましたね」
「そこで、おめえの受持ちはどうした」
「ひと通りは洗って来ました」
 亀吉が探索の結果も、弥助の報告とほぼ同様であった。第二小隊の鮎川丈次郎は武州大宮在の農家の次男で、年は二十三歳で、歩兵仲間にはめずらしい色白の柔和にゅうわな人間であるが、同じ隊中の者に誘われて此の頃は随分そこらを飲み歩くらしい。天神下の藤屋へもたびたび出かけて、お房になじんでいるのも事実である。深川海辺河岸の万華寺というのが遠縁の親類にあたるので、そこの住職が身許になって入隊したのであると云う。鮎川ばかりでなく、髪切りに出逢ったほかの十人も相変らず調練に出ている。そのほかには別に変ったことも無いらしいと、亀吉は云った。

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