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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)62 歩兵の髪切り

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:06:44  点击:  切换到繁體中文


     四

 明くれば三月二十六日である。ゆうべの雨かぜもけ方からからりと晴れて、きょうはぬぐったような青空を見せていた。
 このごろの騒がしい世の中では、葉ざくら見物という風流人も少ないと見えて、花の散ったあとの隅田堤はさびしかった。堤下どてしたの田圃では昼でも蛙がそうぞうしくきこえた。その堤下の小料理屋から二人づれの男が出て来た。
 ひとりは筒袖だん袋に韮山笠にらやまがさをかぶった歩兵である。他のひとりは羽織袴の侍風で、これも笠をかぶっていた。かれらは相当酔っているらしく、殊に往来の絶えているのを見て、かなりの声高で話しながら歩いて来たが、やがて堤へ上がって一軒の掛茶屋にはいった。茶屋も此の頃は休んでいるらしく、外囲いの葭簀よしずはゆうべの雨に濡れたままで、内には人の影もなかった。それが丁度仕合わせであるというように、ふたりは片寄せてある長床几を持ち出して、向かい合って腰をかけた。
「暑いな。すっかり夏になった」と、侍は扇を使いながら云った。
「もう日なかは夏です」と、歩兵も云った。「殊にゆうべの雨風から急に暑くなりました」
「では、今の一件を増田君にもよく話して下さい。このくらいでめては困る……」
「はあ」と、歩兵の返事はすこし渋っていた。
「きょうは増田君も一緒に来てくれると好かったのだが……」
「増田君は二、三人づれで吉原へ昼遊びに行ったようです」
「はは、みんな遊ぶのが好きだな」
 歩兵隊はドンタクと称して、一、六の日を休日と定め、その日は明け六ツから夕七ツまでの外出を許されている。この歩兵もきょうドンタクに外出したものと察せられた。二人はそれから二つ三つ話して床几をった。
「では、きっと頼みますぞ」と、侍は云った。
「はあ」と、歩兵の返事はやはり渋っていた。
「米吉が不安心なら、今度は手前から直々じきじきにお渡し申しても宜しい」
「はあ」
 かれらは一緒に連れ立って行くことを厭うらしく、侍はひと足さきに別れて出て、吾妻橋の方角へ真っ直ぐに立ち去った。歩兵は後に残って、暫くぼんやりと考えていたが、やがて立ち上がって表へ出た。桜の青葉を洩れて来る真昼の日のひかりを、彼はまぶしそうに仰ぎながら、堤のむこうへ下りて竹屋の渡しへむかった。
 侍も歩兵も笠を脱がなかった。知らない人が聴いたならば、これだけの対話にさしたる秘密を含んでいるとも思われなかったであろうが、その秘密をぬすみ聴く四つの耳があった。頬かむりをした二人の男が掛茶屋のうしろからそっと姿をあらわした。それは半七と亀吉であった。
「あの侍を知らねえか」と、半七は小声でいた。
「知りませんね」と、亀吉は答えた。「歩兵は確かに鮎川ですよ」
「米吉が不安心なら、直々に渡してもいいと云っていたな」
「米吉というのはお房の兄貴ですよ」
「そうだ」
「もう少し歩兵をけてみましょうか」
「まず昼間で工合ぐあいが悪いが、もう少し追ってみろ」
 渡しが出るよう、と呼ぶ声におどろかされて、亀吉は怱々に堤下へ駈けて行くと、半七はあき茶屋へはいって煙草を一服吸った。もうこっちの物だと云うような軽い心持になって、彼は堤のまんなかを飛んでゆくつばめの影を見送りながら、ひとりで涼しそうにほほえんだ。
 歩兵隊の髪切りは、猿でなく、狐でなく、豹でなく、人間の仕業であろうと、半七は推測した。もし人間であるとすれば、第一に疑うべきは鮎川丈次郎と増田太平の二人である。ほかの九人はなんにも心あたりが無いと云うにも拘らず、この二人は獣のようなものに襲われたと云っている、或いはこの二人がほかの九人の髪を切って、その疑いを避けるために自分自身の髪をも切って、まことしやかにいろいろのことを云い触らしているのかも知れないと、彼は思った。
 そこで鮎川や増田がなぜそんなことをしたか。それは単なるいたずらでない、自分たちの意趣遺恨でもない、恐らく何者にか頼まれたのであろう。彼等は何者にか買収されて、歩兵隊の威光と信用とを傷つけるために、こんな悪戯いたずらめいた事を続行したらしい。騒動があまり大きくなったので、この頃はしばらく中止しているが、あわ好くば小隊全部の髪を切ってしまうつもりかもしれない。
 藤屋のお房との関係から、半七は先ず鮎川に疑いをかけた。茶屋女などに関係すれば、金につまる。金につまれば何をするか判らない。その推測が適中して、きょうのドンタクに外出を許された彼は、この向島の小料理屋でどこかの侍と密会している。お房の兄の米吉もその間に立って、金銭取引の中継ぎをしているらしい。ここまで判れば、この一件の解決は時間の問題に過ぎないと、半七は多寡をくくってしまったのである。
 まだ残っているのは、代地と金杉の押込み一件で、髪を切られた者と、髪を切っている者と、それに何かの関係があるか無いか、その解決は幸次郎の報告を待つのほかはなかった。
 それからそれへと考えながら、半七はあき茶屋を出て吾妻橋の方角へ引っ返すと、日ざかりの暑さはいよいよ夏らしくなったので、彼は葉桜の下をって歩いた。水戸の屋敷の大きいしいの木がもう眼の前に近づいた頃に、堤下の田圃で泥鰌どじょうか小鮒をすくっている子供らの声がきこえた。
「やあ、ここに人が死んでいる」
「死んでいるんじゃあない。寝ているんだ」
 その声が耳にひびいて、半七は堤の上から覗いてみると、堤のすその切株にりかかって、一人の男が寝ているらしかった。
生酔なまよいだな」と、半七は思った。
 それでも念のために、彼は堤を降りて、その男の枕もとへ近よると、男は堅気かたぎの町人とも遊び人とも見分けの付かないような風体で、いが栗頭が蓬々ぼうぼうと伸びているように見えた。彼はたしかに酒に酔って倒れていたのである。
「もし、おまえさん。まっ昼間から何でこんな所に寝ているのだ」と、半七は近寄って揺りおこした。
 他愛なく眠っているようでも、どこか油断が無かったらしく、揺り起こされて男はすぐにはっと眼をあいた。彼は自分の前に立っている半七を見て、俄かに起き直って衣紋えもんをつくろった。そうして、無意識のように両方の袖口を引っ張った。それが法衣ころもの袖をあつかうような手つきであると、半七は思った。
「おまえさんは坊さんかえ」と、半七は訊いた。
「なに、そうじゃあねえ」と、彼は少し慌てたように答えた。「おらあ職人だ」
「めずらしい職人だな。そんな頭で出入り場の仕事に行くのか」
「喧嘩のもつれで、髷を切ったのだ。毛の伸びるまでは、仕事にも出られねえので、よんどころなしにぶらぶらしているのよ」
 彼は三十前後の蒼黒い男で、どうも破戒の還俗僧げんぞくそうらしいと半七は鑑定した。彼は半七の相手になるのを避けるようにわざとらしく欠伸あくびをして、眼をこすりながら歩き出そうとすると、ふところから重い財布がずしりと地に落ちた。彼はあわてて拾おうとすると、半七はその手をおさえた。
「おい、待ってくれ。落とし物はよっぽど重そうだな。おれに見せてくれ」
「見せてくれ……」と、男は眼をひからせて半七を睨んだ。「ひとの懐中物をあらためてどうするのだ。おめえは巾着切りか、追剥ぎか」
「追剥ぎはそっちかも知れねえ」と、半七は笑った。「まあ、見せろよ」
「てめえたちに見せるいわれはねえ」と、男は半七の手を振り切って、財布を自分のふところへ捻じ込んだ。
「ぬすびとの昼寝ということもある。そんなに重そうな財布をかかえながら、往来に寝込んでいるから調べるのだ。おれが調べるのじゃあねえ。この十手が調べるのだ」
 半七はふところから十手を出した。

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