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箕輪心中(みのわしんじゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:12:30  点击:  切换到繁體中文


     三

 あくる朝は四つ頃(十時)から雪になった。
 この四、五日は暖かい日和(ひより)がつづいたので、もう春が来たものと油断していると、きのうの夕方から急に東の風が吹き出して、それが又いつか北に変った。吉原は去年の四月丸焼けになった。橋場今戸の仮宅から元地へ帰ってまだ間もない廓(くるわ)の人びとは、去年のおそろしい夢におそわれながら怯(おび)えた心持ちで一夜を明かした。毎晩聞きなれた火の用心の鉄棒(かなぼう)の音も、今夜は枕にひびいてすさまじく聞えた。幸いに暁け方から風もやんだが、灰を流したような凍った雲が一面に低く垂れて来た。
「雪が降ればいいのう」と、禿どもは雪釣りを楽しみに空を眺めていた。
 こんな朝に外記は帰るはずはなかった。綾衣も帰すはずはなかった。「居続客不仕候」などと廊下にしかつめらしい貼札があっても、それはほんの形式に過ぎないことは言うまでもない。こういう朝にこそ居続けの楽しみはあるものを、外記は綾衣に送られて茶屋へ帰らなければならなかった。
 金龍山(きんりゅうざん)の明け六つが鳴るのを待ち兼ねていたように、藤枝の屋敷から中間(ちゅうげん)の角助が仲の町の駿河屋へ迎いに来た。ゆうべあいにく市ヶ谷の叔父さまがお屋敷へお越しなされて、また留守かときつい御立腹であった。お嬢さまも御用人もいろいろに取りつくろって其の場はどうにか納まったものの、明日もまだ帰らぬようであったらおれにもちっと考えがある、必ずおれの屋敷まで知らせに参れと、叔父さまがくれぐれも念を押して帰られた。就いてはきょうもお留守とあっては、どのような面倒が出来(しゅったい)いたさぬとも限られませねば、是非とも一度お帰り下さるようにと、お縫と三左衛門との口上を一緒に列べ立てた。
「叔父にも困ったものだ」
 外記はさも煩(うる)さそうに顔をしかめたが、ともかくもひとまず茶屋へ帰って角助に逢った。角助は渡り中間(ちゅうげん)で、道楽の味もひと通りは知っている男であった。主人のお伴をして廓へ入り込んで、自分は羅生門河岸(らしょうもんがし)で遊んで帰るくらいのことは、かねて心得ている男であった。その方からいうと、彼はむしろ外記の味方であったが、きょうばかりはお帰りになる方がよろしゅうござりますと、彼もしきりに勧めた。お嬢さまはゆうべお寝(やす)みにならないほど御心配の御様子でござりましたとも言った。
「お縫までが……。揃いもそろって困ったやつらだ。よし、よし、きょうは帰る」と、外記は叱るように言った。
 腹立ちまぎれに支度さして外記はすぐに駕籠に乗った。寝足らない眼に沁みる朝の空気は無数の針を含んでいるようで、店の前の打ち水も白い氷になっていた。
「お寒うござりましょう。お羽織の上にこれをお召しなされまし」と、女房は気を利かして、綿の厚い貸羽織を肩からふわりと着せかけてくれたが、焦(じ)れて、焦れ切っている外記には容易に手が袖へ通らないので、彼はますます焦れた。曲がったうしろ襟を直してくれようとする女房の手を払いのけるようにして、彼は思い切りよく駕籠にひらりと乗り移った。
「気をつけてお出でなんし」
 綾衣が駕籠の垂簾(たれ)を覗こうとする時に、白粉(おしろい)のはげた彼女の襟もとに鳥の胸毛のような軽い雪がふわりふわりと落ちて来た。

 けさのこうした別れのありさまを思いうかべながら、綾衣は十畳の座敷につづいた八畳の居間に唯ぼんやりと夢みるように坐っていた。大籬(おおまがき)に育てられた彼女は、浮世絵に描かれた遊女のようにしだら[#「しだら」に傍点]のない立て膝をしてはいなかったが、疲れたからだを少しく斜(はす)にして、桐の手あぶりの柔かいふちへ白い指さきを逆(さか)むきに突いたまま、見るともなしに向うの小さい床(とこ)の間(ま)を見入っていた。床には一面の琴が立ててあった。なまめかしい緋縮緬の胴抜きの部屋着は、その襟から抜け出した白い頸筋をひとしお白く見せて、ゆるく結んだ水色のしごきのはしは、崩れかかった膝の上にしどけなく流れていた。
 入り口の六畳には新造や禿(かむろ)が長火鉢を取り巻いて、竹邑(たけむら)の巻煎餅(まきせんべい)か何かをかじりながら、さっきまで他愛もなく笑ってしゃべっていたが、金龍山の四つの鐘が雪に沈んできこえる頃からそろそろ鎮まって、禿の声はもう寝息と変った。新造たちもうたた寝でもしているらしかった。
 入り口と座敷とに挟まれた綾衣の居間は、昼でも陰気で隅々は薄暗かった。一旦ちらちらと落ちて来てまた降りやんだと思った雪が、とうとう本降りになって来た。奥二階の夕雛(ゆうひな)の座敷には居続けの客があるらしく、夕雛が自慢の琴の音が静かな二階じゅうに冴えてきこえた。しかしその夕雛がほんとうに思っている人は、このごろ遠い上方(かみがた)へさすらいの身となっていることを考えると、その指さきから弾き出される優しい爪音にも、悲しいやるせない女の恨みが籠っているようで、じっと聴いている客は、馬鹿らしくもあり、また憎らしくも思われた。
 自分もいつか一度は夕雛さんと同じような悲しい目に逢うのではあるまいか。綾衣はそんなことも考えずにはいられなかった。
 六つの時に禿に売られて来て、十六の春から店へ出た。そうして、ことしも二十二の正月を廓で迎えた。苦海(くがい)十年の波を半分以上も泳ぎ越すうちに、あとにもさきにもたった一度の恋をした相手は立派な武士(さむらい)である。五百石の旗本である。どんなに両方が慕っても泣いてもこがれても、吉原の遊女が天下のお旗本の奥様になれないのは、誰が決めたか知らないが此の世のむごい掟(おきて)であった。旗本には限らない、そうじて遊女や芸妓(げいしゃ)と武士との間には、越えることのできない関が据えられていた。人は武士(ぶし)、なぜ傾城に忌(いや)がられるかというと、一つには末の目当てがないからであった。恋はもちろん打算的から成り立つものではないが、しょせん添われぬと決まっている人と真剣の恋をするほど盲目な女は廓にも少ない。遊女が恋の相手を武士に求めなかったのも自然の道理であった。綾衣もおととしの秋まではそう思っていた。
 それがどうしてこうなったか、自分にも夢のようでよく判らないが、その晩のありさまはきのうのことのようにまざまざ[#「まざまざ」に傍点]と眼に残っている。
 たなばた祭りの笹の葉をそよそよと吹きわたる夕暮れの風の色から、廓にも物悲しい秋のすがたが白じろと見えて、十日の四万六千日(しまんろくせんにち)に浅草から青ほおずきを買って帰る仲の町芸妓の袂にも、夜露がしっとりと沁みるのが知れて来る。十二日も十三日も盂蘭盆の草市(くさいち)で、廓も大門口から水道尻(すいどうじり)へかけて人の世の秋の哀れを一つに集めたような寂しい草の花や草の実を売りに出る。遊女もそぞろ歩きを許されて、今夜ばかりは武蔵野に変ったような廓の草の露を踏み分けながら、思い思いに連れ立ってゆく。禿の袂にきりぎりすの籠を忍ばせて帰るのもこの夜である。
 綾衣はおととしのこの夜に、初めて外記に逢った。
 その晩は星の多い夜であった。仲の町の両側に隙き間もなく積み重ねられた真菰(まこも)や蓮の葉には初秋の涼しい露が流れて、うるんだ鼠尾草(みそはぎ)のしょんぼりした花の上に、亡き魂(たま)の仮りの宿ともいいそうな小さい燈籠がうす暗い影を投げていた。綾衣は新造の綾鶴と禿の満野とを連れて、宵のうちに仲の町へ出た。その途中でかの夕雛に逢った。夕雛は起請(きしょう)を取りかわしている日本橋辺のあきんどの若い息子と、睦まじそうに手をひかれて歩いていた。綾衣も笑いながらその肩を叩いて行き違った。
 京町(きょうまち)の角は取り分けて賑わっていた。またその混雑を面白いことにして、わざと人を押して歩く浮かれた男たちも多かった。その中には喧嘩でも売りそうな生酔いもあった。生酔いの一人は綾衣の前に立ちふさがって、酒臭い息をふきながら穴の明くようにじっとその顔を覗き込んだ。こんな人も珍らしくない。綾衣も煩さそうに顔をそむけながら、角を右へ曲がろうとする出逢いがしらに、むこうから来た二人連れの侍に突き当らないばかりに摺れ合って行き違った。と思うと、彼女は不意に袖を掴(つか)まれてひと足よろけた。すれ違うはずみに綾衣の袖が一人の侍の刀の柄(つか)に引っかかって、中身は危うくするりと抜け出そうとしたのを、相手はあわてて押さえようとして、女の袖も一緒に掴んでしまったのであった。
 よろけた綾衣は顔と顔とが触れ合うほどに、侍の胸のあたりへ倒れかかった。相手は侍、しかも粗相(そそう)はこっちにある。それと気がついて綾鶴は平(ひら)にあやまった。綾衣もにっこり[#「にっこり」に傍点]笑って会釈した。侍も黙ってほほえんで行き過ぎた。人に押されて我知らずふた足三足あるき出してから、綾衣がふと見かえると、先きでもこっちを見返っているらしい、黒く動いている人ごみのあいだに、かの侍の白い顔が浮いて見えた。
「玉琴さんのお客ですよ」と、綾鶴がささやいた。綾衣はあんな侍客を見たことはないと思った。だんだん聞いてみると、刀を引っかけた侍ではない、もう一人の連れの侍がやはり大菱屋の客であるということが判った。
 その晩、駿河屋から二人の客が送られて来た。それはさっきの侍で、一人は果たして玉琴の客であった。一人は初会(しょかい)で綾衣を指して来た。
 不思議な御縁(ごえん)でおざんしたと、綾衣は笑って言った。今も昔も初会から苗字をあかす者はない。まして侍はお定まりの赤井御門守(あかいごもんのかみ)か何かで押し通すのが習いであったが、一方の連れが馴染みであるだけに、綾衣の客の素姓(すじょう)も容易に知れた。番町の旗本藤枝外記とすぐに判った。外記は同役に誘われて、今夜初めて吉原の草市を見物に入り込んだのであった。
 連れのひとりは此の時代の江戸の侍にありがちな粋(いき)な男であった。相方(あいかた)の玉琴にも面白がられていた。外記は初めてこの里の土を踏んだ初心(しょしん)の男であった。しかし、これも面白く遊ばしてもらって帰った。
「すっきりとしたお侍でおざんすね」と、番頭新造の綾浪も言った。
 綾衣はただ笑っていた。
 その後も外記は遊びに来た。二回(うら)にはやはり玉琴の客と一緒に来た。三回(なじみ)を過ぎてからは一人でたびたび来るようになった。
 玉琴の客はいつか遠ざかってしまったが、外記だけは相変らずかよって来た。綾衣の方でも呼ばずには置かなかった。しょせん添われぬときまっている人が、綾衣の恋の相手となってしまった。これも神のむごいいたずらであろう。もうこうなると、綾衣も盲目(もうもく)になった。末のことなどを見透している余裕(ゆとり)はなかった。その日送りに面白い逢う瀬を重ねているのが、若い二人の楽しい恋のいのちであった。
 夕雛の男というのは程を越えた道楽が両親や親類の眼にも余って、去年から勘当同様に大坂の縁者へ預けられてしまった。夕雛は西の空を見て毎日泣いている。それを気の毒とも可哀そうとも思うにつけて、足かけ三年越しもつづいて来た自分たちの恋仲も、やがてこうした破滅に近づくのではあるまいかと、綾衣も薄々おびやかされないでもなかった。
 いくら天下のお旗本でも、その年々の取米(とりまい)は決まっている。まして今の江戸の世界では武家よりも町人の方が富貴(ふっき)であることは、客商売の廓の者はよく知り抜いている。たとい遊びの上にぼろ[#「ぼろ」に傍点]を出さずとも、男の内証のだんだんに詰まって来るらしいのは、綾衣の眼にも見えていた。殊に去年の暮れには小普請入りとなった。男の影がいよいよ痩せて衰えてゆくのは明らかになった。それに連れて男の周囲からいろいろの叱責や意見や迫害が湧いて来ることも綾衣は知っていた。神か人か、何者かの強い手によって二人は無慈悲に引き裂かれねばならぬ情けない運命が、ひと足ずつに忍び寄って来ることも綾衣は覚悟していた。
 そうなったら仕方がないと、悲しく諦めてしまうことの出来るような綾衣ではなかった。彼女は自分が一度つかんだ男の手は、死んでも放すまいという根強い執着をもっていた。
 たとい世間晴れて藤枝家の奥様と呼ばれずとも、妾ならば子細はない。男の家さえ繁昌していれば、江戸のどこかの隅に囲われて、一生をあわれな日蔭者で過そうとも、暗いなかに生きている楽しみはある。綾衣もそのあきらめだけは余儀なくもっていた。しかし、男と永久に手を振り切るというのは、どうしても思い付かないことであった。男の方でも承知する筈がないと綾衣は信じ切っていた。
 その望みも危ういものになって来たではないか。考えると彼女も胸が痛んで来た。夕雛の男はいよいよ上方へ発つという前の晩にそっと逢いに来た。二人は泣きたいだけ泣いて別れた。自分も一緒に貰い泣きをしたものの、今夜別れたらもういつ逢われるか知れない男を、無事に見送って帰してやった夕雛の仕方が歯がゆいように思われてならなかった。女も女なら男も男だと、綾衣はひそかにその男の薄情を憎んだ。そうしてまた、ふたりの弱い心を憫(あわ)れんだ。実際、夕雛は気の弱いおとなしい女であった。その平生(へいぜい)の気質から考えると、大事の男をおめおめ手放してしまって、今更とらえようもない昔の夢にあこがれて、毎日泣いているのも無理はないとも思われた。いじらしい夕雛の泣き顔を見れば、綾衣も涙がこぼれた。
 しかしあの人と自分とは性根の据え方が違うと、彼女はいつも誇るように考えていた。
 どんなに性根を強く据えていても、さすがは人間の悲しさに、綾衣はだんだん薄れてゆく自分のさびしい影を、じっと見つめているのは苦しかった。この頃はこめかみ[#「こめかみ」に傍点]の痛む日が多かった。胸の痛む日が多かった。取り分けてきょうは雪冷えのせいか、脾腹(ひばら)から胸へかけて差し込みが来るように思われた。
「綾鶴さん、綾鶴さん」
 低い声で呼んだが、次の間で返事がなかった。二度も三度も呼ばれて、綾鶴はようように寝ぼけたような声を出した。
「花魁。なんざいますね」
「お湯を一杯おくんなんし」
「あい、あい」
 藤の比翼絞(ひよくもん)を染めた湯呑みを盆にのせて、綾鶴は腫(は)れぼったい眼をしてはいって来た。いつもの薬を煎じようかと言ったが、綾衣はいらないと言った。明けても暮れても薬ばかり飲んでいては生きている甲斐がないと、彼女はさびしく笑った。
「それでも、こうして起きていなんしては悪うおす。ちっと横におなりなんし」
 綾鶴は次の間の夜具棚から衾(よぎ)や蒲団を重そうに抱え出して来て敷いた。そうして、人形を扱うように綾衣を抱え、蒲団の上にちゃんと坐らせた。綾衣はおとなしくして湯を飲んでいた。
「花魁。いつの間にか積もりんしたね」
 座敷の櫺子窓(れんじまど)をあけて外を眺めていた綾鶴が、中の間(ま)の方へ向いて声をかけた。ちっとの間に雪がたくさん積もったから、ちょいと来て見ろと仰山(ぎょうさん)らしく言うので、綾衣はしずかに起って座敷へ行った。白い踵(かかと)にからむ部屋着の裾にも雪の日の寒さは沁みて、去年の暮れに入れ替えたばかりの新しい畳は、馴れた素足にも冷たかった。
 雪は綿と灰とをまぜたように、大きく細かく入りみだれて横に縦に飛んでいた。田町(たまち)から馬道(うまみち)につづいた家も土蔵ももう一面の白い刷毛(はけ)をなすられて、待乳(まつち)の森はいつもよりもひときわ浮きあがって白かった。傘のかげは一つも見えない浅草田圃の果てに、千束(せんぞく)の大池ばかりが薄墨色にどんよりとよどんで、まわりの竹藪は白い重荷の下にたわみかかっているらしかった。朝夕に見る五重の塔は薄い雲に隔てられたように、高い甍(いらか)が吹雪の白いかげに見えつ隠れつしていた。
 こんなに美しく降り積もっていても、あしたは果敢(はか)なく消えてしまうのかと思うと、春の雪のあわれさが今更のように綾衣の心をいたましめた。ことし初めて降る雪ではない。そうとは知っていながらも、物に感じ易くなった此の頃の彼女の眼には、きょうの雪が如何にも美しく、果敢なく悲しく映った。
 彼女はいつまでも櫺子にすがって、眼の痛むほどに白い雪を眺めていた。

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