您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 岡本 綺堂 >> 正文

両国の秋(りょうごくのあき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:21:03  点击:  切换到繁體中文


     四

「林さん。お前さん、お互いにこうしていては詰まらないとお思いでないかえ」
 お絹はしずかに煙管をはたきながら、またしても男のこころを探るような疑いぶかい眼をして訊いた。林之助もまともに向き直らないわけにいかなくなった。
「つまる、つまらないの論じゃない。いつも言う通り、今がお互いの辛抱どきだ。そりゃあこうして離れていれば、おれだって寂しいこともある。お前だってああ詰まらないと思うこともあるだろう。しかしそこが辛抱だよ。おれだっていつまでこうしちゃあいない。そのうちにはだんだん出世して給人(きゅうにん)か用人(ようにん)になれまいものでもない。そのあかつきにはお前を引き取るとも、又おまえが窮屈でいやだと言うならばそっと何処へか囲って置くとも、そりゃあ又どうにでも仕様があろうというものじゃあねえか」
 林之助の言うことは大道(だいどう)うらないの講釈のように嘘で固めていた。彼の奉公している杉浦中務の屋敷は六百五十石で、旗本のうちでもまず歴々の分に数えられているので、用人や給人はすべて譜代(ふだい)である。渡り奉公の中小姓などが並大抵のことでその後釜に据われる訳のものではない。林之助も無論それを知らない筈はなかったが、この場合、まずこんなことでも言って女の手前をつくろって置くよりほかはなかった。
 そうした気休めはもう幾たびか聞き慣れているので、お絹も身に沁みて聞こうとはしなかった。しかしそんな見え透いた嘘をついてまでも、自分の機嫌を取るように努めているらしい男の心は、やはり憎くなかった。
「だけど、お前さん。歴々のお旗本の御用人さまが両国の橋向うの蛇つかいを御新造(ごしんぞ)にする。そんなことが出来ると思っているの」
「表向きは無論できねえ理屈さ。だが、一旦綺麗に足を洗って置いて、それから担当の仮親(かりおや)を拵(こしら)えりゃあ又どうにか故事(こじ)つけられるというものだ。又それが小(こ)面倒だとすれば、今も言う通りどこへか囲っておく。つまり二人が末長く添い通せりゃあ、それで別に理屈はねえ筈だ」
 これも去年の冬から何度繰り返しているか判らない。お絹も何度聞いているか判らない。二人が顔を突きあわせれば、いつもこの同じような問題を中心にして、男は的(あて)になりそうもないことを言い、女も的にならないことを知りながら渋々納得(なっとく)している。その間には言い知れない悩みと寂しさとを感じていながらも、お絹は切るに切れない糸に引き摺られていた。
 今夜のお絹には、まだほかに言いたいことがあった。列び茶屋のお里のことが胸いっぱいにつかえていながらも、確かな手証(てしょう)を見とどけていない悲しさには、さすがに正面から切り出すのを差し控えていなければならなかった。それでも、何とかしてこの新しい問題を解決した上でなければ、男を今夜このままに帰したくないので、彼女はだまって俯向きながら、林之助を無理にひきとめる手だてをいろいろに工夫していた。
 男も立端(たちは)を失ったように、一度しまいかかった袂落(たもとおと)しの煙草入れを又あけて、細い銀煙管から薄いけむりを吹かせていたが、その吸い殻をぽん[#「ぽん」に傍点]と叩くのをきっかけに、今度は思い切って起ちあがった。
「まあ、からだを大事にするがいい。又近いうちに来るから」
「列び茶屋へばかり行かないでね、ちっとこっちへも来てくださいよ」
 思い余ったお絹の口から忌味(いやみ)らしいひと言がわれ知らずすべり出ると、林之助は少し顔をしかめて立ち停まった。
「列び茶屋へ行く……。誰が」
「お前さんがさ。みんな知っているよ」
 乗りかかった船で、お絹もこう言った。
「へん、つまらねえことを言うな」
 問題にならないというような顔をして、男はすたすた[#「すたすた」に傍点]出て行こうとした。
 そのうしろ姿をじっと見つめているうちに、お絹は物に憑(つ)かれたように俄かにむらむら[#「むらむら」に傍点]と気が昂(た)って来た。彼女は不意に起ちあがって長火鉢の角につまずきながら、よろけかかって男の肩にしがみついた。
「林さん。おまえさん、ずいぶん薄情だね」
 だしぬけに鋭いヒステリックの声を浴びせられて、気でも違いはしないかというように、林之助は呆気(あっけ)にとられた顔をしてお絹をみると、彼女のものすごい眼は上吊(うわづ)っていた。その声はもう嗄(か)れていた。
「お前さん、あたしというものをどうして呉れるつもりなの。おまえさんを屋敷へやった以上は、どうで二人のあいだに長い正月のないことはあたしも大抵あきらめていたけれども、目と鼻の広小路へ来て列び茶屋の娘とふざけ散らしている。そんなことをされて、おとなしく見物しているあたしだと思っているのかえ」と、お絹は早口に言った。「いつもいう通り、蛇は執念ぶかいんだから、そう思っておいでなさいよ」
「列び茶屋の娘……。そりゃあ思いもつかねえ濡衣(ぬれぎぬ)だ。なるほど友達のつきあいで、列び茶屋の不二屋へ此中(このじゅう)ちょいちょい遊びに行ったこともあるが、なにも乙に絡(から)んだことを言われるような覚えはねえ。こう見えてもおれは大川の水、あっさりと清いものだ」
「悪くお洒落でないよ」と、お絹は男の肩を一つ小突いた。「お前さんが不二屋のお里とトチ狂っていることは両国でみんな知っているんだよ。さあ、これからあたしと一緒に不二屋へ行って、あたしの眼の前でお里と手を切っておくれ」
 林之助はいよいよ煙(けむ)にまかれた。彼が友達と一緒にこのごろ列び茶屋へ入り込むことは事実であった。不二屋のお里とも馴染みであった。しかしどう考えてもお絹からこんな難題を持ち掛けられるような疚(やま)しい覚えはなかった。
「馬鹿だな。誰かにしゃく[#「しゃく」に傍点]られたと見える」と、林之助はなまじ言い訳をしない方が却って自分の潔白を証明するかのように、ただ軽く笑っていた。
 それでもお絹はどうしても肯(き)かなかった。彼女はまったく気でも違ったように男にむかって遮二無二(しゃにむに)食ってかかって、邪(じゃ)が非(ひ)でもこれから不二屋へ一緒に行けと言った。彼女の蛇のような眼はいよいよものすごくなって、眼尻には薄紅い血がにじんで来たように見えた。言い訳するよりも、なだめるよりも、林之助は一刻も早くこの怖ろしい眼から逃がれなければならなかった。彼は挨拶もそこそこにして、おびえた心をかかえながら格子の外へ逃げるように出て行ってしまった。
「あれ、姐さん」
 跣足(はだし)で追って出ようとするとお絹を、お君はころげるように駈けて来て抱き止めた。
「姐さん、お待ちなさいよ。林さんはもう遠くへ行ってしまったわ」
 お絹は燃えるような息をついて土間に突っ立っていた。
「姐さん、嘘よ、嘘よ。お花さんの言うことはみんな嘘よ。林さんはなんにも知りゃあしないのよ。列び茶屋の娘なんて皆んな嘘よ。きっと嘘に相違ないのよ」
 嘘という字を幾つも列べて、お君はおどおど[#「おどおど」に傍点]しながらも一生懸命にお絹をなだめようとすると、お絹は解けかかった水色の細紐(しごき)を長く曳きながら、上がり框(がまち)へくずれるように腰をおとした。
寝衣(ねまき)のまんまでこんなところにいると悪いわ。早く内へおはいんなさいよ」
 台所から雑巾(ぞうきん)を持って来て、お君はお絹の足を綺麗に拭いてやって、六畳の寝所(ねどこ)の方へいたわりながら連れ込んだ。お絹は枕を抱えるようにして蒲団の上に俯伏したが、その痩せた肩に大きい波を打っているのを、お君は不安らしく眺めていた。
「さっきのお薬をあげましょうか」
「いいよ、いいよ。あたしに構わずに寝ておしまいよ」と、お絹はうるさそうに俯向きながら言った。
 お君は起って格子を閉めに行ったが、やがて引っ返して来てお絹の枕もとに坐った。縁の下でじいじい[#「じいじい」に傍点]と刻んでゆくような虫の声が又もや耳についた。どこかの隙き間から忍び込んで来る夜の冷たい風に、行燈のうす紅い灯が微かにちろちろ[#「ちろちろ」に傍点]と揺らめいて、痩せおとろえた秋の蚊がその火影に迷っていた。
「もうお前、お寝よ。あしたの朝、眠いから」
「あたし、今夜は起きていますわ」
「あたしはもういいんだよ」
「でも、こんなに癇がたっていて、どんなことがあるかも知れませんもの。姐さん、ほんとうにからだを大事にしてくださいよ」
「いいよ、判っているよ」と、お絹は邪慳(じゃけん)に叱りつけた。
 叱られてもお君はまだそこにしょんぼりと坐っていた。露地のなかで犬の声がきこえたので、もしや林之助がまた引っ返して来たのではないかと、お君はそっと起って行って雨戸の外に耳を澄ましたが、犬の声はしだいに遠くなって、溝板(どぶいた)の上には誰も忍んでいるような気配もきこえなかった。
「誰か来たの」と、お絹は急に顔をあげた。
「いいえ」と、お君は枕もとへそろそろとまた戻って来た。
「お前、いい加減にしてお寝よ」
「ええ」と、お君はまだ渋っていた。
「言うことを聞かないと承知しないよ」
 枕をつかんで叩き付けそうな権幕をみせても、お君はまだ強情に動かなかった。黙って坐っている彼女の小さい眼からは白いしずくがほろほろ[#「ほろほろ」に傍点]と流れていた。それを見ると、お絹は急に堪まらなくなったように、蒲団の上から滑り出してお君のからだを横抱きにしっかりと抱えた。
「君ちゃん、堪忍しておくれよ。あたし、この頃は時どきに癇が起るんだからね。もうなんにも叱りゃあしないよ。ね、ね、いいだろう。これからはいつまでも仲よくしようね」
 お君の濡れた顔をじっと見つめながら、お絹は自分も子供のようにしくしくと泣き出した。なんとも言い知れない悲しさが胸の底から滲(にじ)み出して、お君も抱かれながらに啜(すす)り泣きをやめなかった。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]  ... 下一页  >>  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告