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両国の秋(りょうごくのあき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:21:03  点击:  切换到繁體中文


     七

「まあ、誰から来たんだろうね」
 大きい鮓(すし)の皿を取りまいて、楽屋じゅうの者が眼を見あわせていた。お此が嚇されて帰ったあとへ、木戸番の又蔵(またぞう)が鮓屋の出前持ちと一緒に楽屋へはいって来て、お絹さんへといってその鮓の皿を置いて行った。
「誰が呉れたの」と、お花が訊いた。
「あとで判りやす」
 又蔵は笑いながら行ってしまった。お遣い物の主(ぬし)は結局判らなかった。しかし、こんなことはさのみ珍しくもないので、みんなは今まで駄菓子をさんざん噛(かじ)った口へ、さらに鮪(まぐろ)やこはだ[#「こはだ」に傍点]や海苔巻を遠慮なしに押し込んだ。お絹も無理に勧められて海苔巻を一つ食った。
「きょうは御馳走のある日だったね」と、地弾きのお辰は海苔の付いたくちびるを拭きながら、鉄漿(かね)の黒い歯をむき出して笑った。
「みんな姐さんのお蔭さ」と、お若も茶を飲みながら相槌(あいづち)を打った。
 飲み食いの時にばかり我れ勝ちに寄って来ても、まさかの時には本当の力になってくれる者は一人もあるまい。お絹はその軽薄を憎むよりも、そうした境遇に沈んでいる自分の今の身が悲しく果敢(はか)なまれた。小さいときに死に別れた両親(ふたおや)や妹が急に恋しくなった。
 それに付けても林之助がいよいよ恋しくなった。自分が取りすがってゆく人は林之助のほかにはない。もうこれからは決して無理も言うまい。我儘も言うまい。どこまでもおとなしくあの人の機嫌を取って、見捨てられないようにする工夫(くふう)が専一だと、いつにない、弱い心持ちにもなった。しかしお里のことを考え出すと、彼女はまた急に苛々(いらいら)して来た。林之助の見ている前で、お里の島田髷を邪慳(じゃけん)に引っつかんで、さっきお此を苦しめたようにその鼻づらへ青い蛇をこすりつけてやりたいとも思った。林之助への面(つら)あてに、新しい男を見つけ出して面白く遊んでみようかとも思った。
「又ちゃん。なに……」
 又蔵によび出されて、お花は楽屋口へ起(た)って行った。二人は何かしばらくささやき合っていたが、やがてお花はにこにこ[#「にこにこ」に傍点]しながら戻って来た。その時にはお絹はもう舞台に出ていた。
「お花さん。鮓(やすけ)の相手は知れたかね」と、楽屋番の豊吉が食いあらした鮓の皿を片付けながら訊いた。
 お花は黙ってうなずいた。
「当ててみようか。浅草の五二屋(ごにや)さん。どうだい、お手の筋だろう」
「楽屋番さんにして置くのは惜しいね」
売卜者(うらないしゃ)になっても見料(けんりょう)五十文は確かに取れる」と、豊吉はいつもの癖でそり返って笑った。
「浅草の大将、だんだんに欺(だま)を出して来るね。又公が今来てお前に耳打ちをしていた秘密の段々、これも真正面から図星を指してみようか。お花さんにまず幾らか握らせて、向島あたりへ姐さんをおびき出して、ちょうど浅草寺(せんそうじ)の入相(いりあい)がぼうん[#「ぼうん」に傍点]、向う河岸で紙砧(かみぎぬた)の音、裏田圃で秋の蛙(かわず)、この合方(あいかた)よろしくあって幕という寸法だろう。どうだ、どうだ」
「見料五十文は惜しくない」と、お花は澄まして笑っていた。
「だが、罪だな」と、豊吉は勿体らしく首をひねった。「なぜと言いねえ。取り巻きのおめえ達はそれでよかろうが、姐さんはいい人身御供(ひとみごくう)だ。そんなことが向柳原へひびいてみねえ。決して姐さんの為にゃなるめえぜ」
「姐さんもちっとは浮気をするがいいのさ」
「などと傍(そば)から水を向けるんだからおそろしい。悪党に逢っちゃあ敵(かな)わねえな」
「人聞きの悪いことをお言いでないよ」
 豊吉の推測はことごとく外(はず)れなかった。小屋が閉場(かぶ)ってから、お花はどう説き付けたかお絹を誘い出して向島へ駕籠で行った。豊吉のいった通り、浅草寺の入相の鐘が秋の雲に高くひびいて、紫という筑波山(つくば)の姿も、暮れかかった川上の遠い空に、薄黒く沈んでみえた。堤下(どてした)の田圃には秋の蛙が枯れがれに鳴いていた。
 二挺の駕籠が木母寺(もくぼじ)の近所におろされたときには、料理茶屋の軒行燈に新しい灯のかげが黄色く映っていた。風雅な屋根付きの門のなかには、芙蓉(ふよう)のほの白く咲いているのが夕闇の底から浮いているように見えた。お絹とお花はその茶屋の門をくぐって奥の小座敷へ通されると、林之助と丁度同い年ぐらいの町人ふうの若い男が、女中を相手に杯をとっていた。
「どうも遅くなりました」と、お花は丁寧に挨拶した。
 お絹は燭台の灯に顔をそむけて坐った。
 女中はなんにも言わずに二人をじろじろ[#「じろじろ」に傍点]見ながらつん[#「つん」に傍点]と立って行った。その素振りがなんだか自分たちを軽蔑(さげす)んでいるらしくも見えたので、お絹はまず勃然(むっ)とした。
「それでもよく出て来てくれたね」
 男がさした杯をお絹はだまって受取って、お花に酌をさせてひと口飲んだ。お花が取持ち顔に何かいろいろの話を仕向けると、男も軽い口で受けた。
 男は浅草の和泉屋という質屋の忰(せがれ)で、千次郎という道楽者であった。吉原や深川の酒の味ももう嘗(な)め飽きて、この頃は新しい歓楽の世界をどこにか見いだそうとあさっている彼の眼に、ふと映ったのは両国のお絹であった。彼は自分の物好きに自分で興味をもって、この美しい蛇つかいの女に接近しようと努(つと)めた。楽屋への遣い物、木戸番への鼻薬、それらもとどこおりなく行き渡って、今夜ここでお絹と膝を突きあわせるまで手順よく運んだのである。彼はかなりに飲める口とみえて、二人の女を向うへまわして頻りに杯をはやらせていた。
 男振りもまんざらではない、道楽者だけに容子(ようす)も野暮ではない。お花が頻りに褒めちぎっているのも、あながちに欲心からばかりでもないことをお絹も承知していた。彼女が今夜ここへ呼ばれて来たのも幾分か浮いた心も伴っていないでもなかった。どうで林之助とは添い通せる仲ではない。殊に男は不二屋のお里の方へとかく引き付けられるようになっている。自分だけが人知れずに苦労しているよりは、ちっとは面白く浮かれて見るもいいと、自棄(やけ)も手伝った気まぐれから、今夜すなおにお花に誘い出されたのであった。しかし来てみると、やはり面白くないことが多かった。
 第一には、この家(うち)の女中たちの素振りが面白くなかった。かれらは自分の素姓を薄々知っているらしく、口へ出してこそ何とも言わないが、蛇つかいの女をさげすむような、忌(い)み嫌うような気色をありありと見せていた。自分の商売の立派なものでないことは、お絹自身もむろん承知しているので、彼女も人にむかって、おのれの身分を誇ろうとは思っていなかった。しかし、かれらからさげすむような素振りを眼(ま)のあたりに見せつけられると、お絹は堪忍ができなかった。かれらとても大名高家(こうけ)のお姫さまではない。多寡が茶屋小屋の女中ではないか。その女中風情(ふぜい)に卑しめられるのは如何にも口惜しいと、彼女の癇癪はむらむら[#「むらむら」に傍点]と起った。
 それから更に面白くないのは千次郎の態度であった。なるほど道楽者だけに話も面白い。すべての取りまわしも野暮(やぼ)ではない。しかしその野暮でないのをひけらかすような処に、お絹には堪まらないほど不快の点が多かった。しょせん彼の胸には、色の恋のと名づけられるような可愛らしいものを持っているのではない。単に一種の変り物を賞翫(しょうがん)するような心持ちで自分をもてあそぼうというに過ぎないことも、お絹にはよく見透かされた。
 女中たちに対する不平と、千次郎に対する不快と、この二つがお絹を駆ってしたたかに酒を飲ませた。彼女は大蛇(おろち)のように息もつかずに飲んだ。そばに観ているお花は、だんだんに蒼ざめてゆく彼女の顔色に少しく不安を懐(いだ)いて来た。
「あの、お前さん。あんまり飲むと毒ですよ」
「いくら飲んだっていいよ。あたしが飲むんじゃないから」と、眼付きのいよいよ悽愴(ものすご)くなって来たお絹は、左の手には杯を持ちながら、右の手で袂をいじっていた。
 それを見てお花はいよいよ不安に思った。
 もしやさっきのお此の二の舞をここで演(や)るつもりではあるまいかと、彼女は少しいざり出てお絹の楯になった。よもやここまで蛇を連れて来る筈もあるまいと思いながら、彼女はそっとお絹の袂を探(さぐ)ろうとすると、お絹は眼をひからせてその手を強く叩きのけた。
「なにをするんだよ。人の袂へ手をやって……。おまえ巾着切(きんちゃっきり)かえ」
「なんだ、なんだ。袂に大事の一巻でも忍ばせてあるのか」と、千次郎は笑った。
「ええ、大事なものよ。おまえさんに見せて上げましょうか。あたしの袂に忍ばせてあるのは商売道具の青大将よ」
 そばにいた女中たちはきゃっ[#「きゃっ」に傍点]といって飛び上がった。まだその正体を見とどけないうちに、千次郎も顔色を変えて起ち上がった。お絹はあざ笑いながら両方の袂を軽く振ってみせた。
「ほら、ご覧なさい。大丈夫。だが、和泉屋の若旦那。おまえさんは随分たのもしくないのね。あたしの商売がなんだということを今初めて知ったんじゃありますまい。それを承知の上でここまで呼び出して置きながら、蛇と聞くと直ぐに悚毛(おぞけ)をふるって逃げ腰になるようじゃあ、とても末長くおつきあいは出来ませんね。ねえ、花ちゃん。それを思うと、向柳原はやっぱり可愛いところがあるね。なにしろ蛇とあたしと一緒に小(こ)一年も仲よく暮らしたんだからねえ」
 お絹はもう行儀よく坐っていられないほどに酔いくずれていた。彼女は片手を畳に突いて、ぐったりと疲れた人のように、痩せた肩で大きい息をついていた。
「ねえ、花ちゃん。向柳原はまったく頼もしいね。家を勘当されても、浪人しても、蛇とあたしと一緒に暮らしていたいと言うんだからね。あたしも今夜という今夜つくづく悟ったよ。女がほんとうに可愛いと思う男は、一生にたった一人しか見付からないもんだね。どう考えても浮気はできない。花ちゃん。お前、なんだってあたしをこんな所へ連れて来たんだえ。ええ、くやしい」
 彼女はお花の膝にしがみ付いたかと思うと、更にその胸倉(むなぐら)をつかんで無暗に小突(こづ)きまわした。相手が酔っているので、お花はどうすることも出来なかった。女中たちはおどろいて燭台を片寄せた。
「手に負えねえ女だ」と、千次郎は持てあましたように苦笑(にがわら)いをしていた。
「姐さん。あやまった、あやまった。堪忍、堪忍……」
 お花は小突かれながら頻りにあやまると、お絹は相手を突き放してすっくと起ちあがった。乱れた髪は黒い幕のように彼女の蒼い顔をとざして、そのあいだから物凄い二つの眼ばかりが草隠れの蛇のように光っていた。
「あたし、もう帰りますよ。誰がこんな所にいるもんか。駕籠を呼んでくださいよ」

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