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人外魔境(じんがいまきょう)01 有尾人

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:25:39  点击:  切换到繁體中文


       *

 その一夜は寝床のなかで転々としながら、ついにまんじりともしなかった。マヌエラと、ドドの奇怪な行動を考えあぐめばあぐむほど、ますます頭が冴(さ)えて眠れるどころではなかった。
 マヌエラのあれは、「ジキル博士とハイド氏」のように二重人格なのか――と、ますます糸のもつれが深まるなかで、座間は追及の鬼のようになっていた。それとも、ドドに同情を深めすぎた結果か? といって淑女を涜(けが)すような想像はしなかったが、もしやあるかも知れないドドの魔性が、恋情とともにマヌエラに絡(から)みついたのではなかろうか。
 あのときドドは羽目を隔てていたが、それを透して、なかのマヌエラを遠くから動かす――そんなことは、土人の魔法医者(ウィッチ・ドクター)なら朝飯まえの仕事だ。まして、飛行機をみても驚かぬようなドドには、なにか底しれぬものがある。
 マヌエラ自身の素質か、ドドの魔性かと、廻り燈籠のような疑問が考え疲れたあげくふと消えて、座間は思いがけもしなかった大きな穴が、じぶんの足下に口を開いているのに気がついた。ああ、二重人格でもなければ、ドドの魔性でもない。たんなるマヌエラの裏切りなのだ。ヤンがきてその純白の肌を見、振返って座間の黒々とした皮膚をみたとき、マヌエラは一途に座間が嫌いになったのだ。売女(ばいた)、売女め! とかきむしるような言葉を、寝床のなかで座間は咆(ほ)えたてていた。やがて夜があけた。雨が暁の微光に油のように光りはじめてきた。
 その翌夜、カークを書斎に呼びいれて、座間は気負ったように話しはじめた。
「君、僕は旅行しようと思う」
「よかろう、君はきのうの晩ちょっと変だったが、きっと、過労のせいだと思う。どこへゆくね? スイスかウィーンかね」
「いや、この大陸のずうっと内核(なか)へゆきたいんだ。コンゴのイツーリからずうっと北へ――僕は、未踏地帯(テラ・インコグニタ)にゆく」
「え?」
「ぼくは『悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)』へゆくんだ!」

ナイルの水源閉塞者

 カークは唖然(あぜん)として座間を見詰めていたが、やがて、
「よし、聴こう。しかし、命がけの観光なんてないからね。むろん、目的もあり見込みもあってのことだろう」
「そうだ。ときにカーク、君はコンゴへいり込んで禁獣を狩る。それで、いちばん金になったときはどのくらいなもんだ」
「マア、五万ドルかね。オカピを獲ったときは、そのくらいになったが」
「ゴリラは?」
「あれは獲れん。あいつは、遅鈍(のそ)ついているようだがそりゃ狡猾(こうかつ)で、おまけに残忍ときてるんだから始末がわるいよ。いっそ、猩々(オラン・ウータン)のような教授(プロフェッサー)然としたやつか、黒猩々(チンパンジー)みたいな社交家ならいいがね、どうも、厭世主義者(ペシミスト)とか懐疑主義者というやつは、猟師にはいちばん扱いにくいんだよ。しかし、射殺しただけでも二、三万にはなるだろう」
「じゃ、そのゴリラが……、無数と、死体をならべている渓谷があったとしたら……。ざっと、世界の大学を六百とみて、それに、骨格一つずつ売ったにしても、千万長者にはなれる。だが、それは君の仕事だ。僕の目的は別のほうにある」
「冗談いうな」カークはからからと嗤(わら)いはじめた。
「本気で聴いてりゃいい気になって、そんなとこが、もしあるなら俺が逃すもんか」
「あるとも」座間は自信気たっぷりにいう。
「僕は、友情にかけ君の勇気を信じていう。ところで、君は、ヘロドトスという歴史家を知っているかね」
「むろん、みたことはないが名だけは知っている。ギリシアに、昔いたという博識(ものしり)だろう」
「そうだ。ところが、そのヘロドトスが書いたなかに、ナイル河の水源についてこういうことがある」
 ヘロドトスが、ナイルの水源について次のような話を、エジプトサイスの長官からミネルバで聴いたことがある。
 ナイルの水源(カブト・ニリ)は、クロフィス及びメンフィスという、シェーネとエレファンティス間にある二つの山巓――呼んで半月の山脈(モンス・ルーヌラ)という渓谷の奥にある。その半月の山脈には“Colc(コルク)”という湖があり、バメティクス王が、綱を数千“ogye(オギエ)”も垂れたが底に届かずとある。つまり、ナイルの水源は、その奥にあるというのだ。
 さらにそこには、「盤根の沼(パルス・ラディコスス)」「知られざる森の墓場(セブルクルム・ルクジ)」があり、矮人(ピクミエン)が棲み有尾人(ホモ・コウダッス)がいる。そしてそれが、場所というのが悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)で、棲んでいる矮小有尾人がすなわちドドとなる――座間がこう結論したのである。
「なるほど、しかしその、むずかしいラテン語を説明してもらおうじゃないか」
「それはね、『盤根の沼(パルス・ラディコスス)』というのは、錯綜(さくそう)たる根の沼だ。沼が盤根錯綜たる、叢林のしたにあるという意味だ。それから『知られざる森の墓場(セブルクルム・ルクジ)』というのは、巨獣の終焉地(しゅうえんち)だ。死体をみせぬ象や類人猿がそこにきて眠るという。ねえカーク、どっちにしても、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)じゃないか。しかも、有尾人ドドの故郷だ」
 そういえば、カークもそれに似たような土人の伝説を聴いたことがある。ヌグンベという、ドド発見地の近傍の部落だが、そこから悪魔の尿溜の方向にあたる北西かたの山腹に、“Leo(レオ)”という奥しれぬ洞窟があるのだ。――そこが、人類発祥の地だという。つまり、太古のとき動物とともに、彼らの祖先がその洞から出てきたというのだ。
 まったく、そういえば数えきれぬほどあるではないか。こういう、無稽な伝説が探検によって裏書きされ、また、そういうものがしばしば因となって、探検欲をうごかし大発見をさせたことが!
 ここに……、いまその洞窟のかなたには悪魔の尿溜がある。しかもそこが、半獣児ドドの発生地に目されている。
「どうだ君、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)なら何億年も処女でいられるよ。そこでは、動物も、植物も原始地球のままだ。獣交も、殺戮(さつりく)も自然律にすぎない。そこで僕は、アッコルティ先生の説をもう一歩すすめるよ。つまり……ドドは、そこにいる原始人と親和的な、黒猩々との雑交児だろうということだ。第一、親を有尾人とするのには、尾がある。それ以外は、外見、智能といいそっくりの黒猩々(チンパンジー)だ」
 カークは、すっかり圧倒されてしょんぼりと瞬いている。座間の、ちがった人のような不思議な情熱を、どこに、こんな静かな男にこんなものがあったのだろうと……、相手の唇を呆然とながめていたのである。
「それから」と座間はすべるように続けてゆく。
「なぜドドが郷愁を感じないかということが、僕にはやっと分ったような気がするよ。それはね、苺果痘(フラムベジア)をわずらって死期を知ったのだ。そして、死ぬために森の墓場へいった。そうなると、もうじぶんは帰れない……、これから、知らない世界へゆかねばならぬということが、彼らには本能的にわかる。そこへ、ドドは道をちがえたのだ。そして、森の墓場へはゆけず、君の手に落ちた……。だから君にも抵抗をしない……。こんな人里へきても郷愁を感じない……。ねえカーク、僕はその墓場へ、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)へゆきたいんだよ」
 原人、類人猿、象もそうだろう? 彼らが、死期をさとって森の墓場へゆこうとするときは、まったく本能的に帰郷の意志がなくなるという――座間の明快な推測であった。
 しかし、そういう座間が、淋(さび)しそうに微笑んでいる。恋の空骸(むくろ)が、死をもとめるかわりに未踏地をえらんだのだろう。やがて、カークとのあいだにかたい盟約が成りたった。
 ところが、そのことをマヌエラに話すと、意外にも彼女が一緒にゆこうと言いだしたのだ。犠牲が、ねがう幸福のほうに、マヌエラを向けようとするとき、意外にも、それを蹴って敢然とゆくという。座間はすっかり分らなくなってしまった。
 間もなく、マヌエラのあとを蛇のように追う、ヤンを加えドドを連れて、まずさいしょの根拠地となるコンデロガへ発ったのである。
「ちかごろ、七郎はどうしちまったのよ」
 話があると、マスカの実が地上に垂れさがっている陰へ、マヌエラが座間を呼びこんだ。雨期あけの灼(い)りつけるような直射のしたは、影はすべてうす紫に、日向(ひなた)の赭土は絵具のように生々しい。それがコンデロガを発つ探検第一日の前日だった。
 マヌエラは、胸に飛びこみたい衝動を抑えているように、ぱちぱちと伏目で瞬いている。
「どうもしませんよ。僕は、相変らずの僕ですが」
「いいえ、ちがっています。まえは、そんな冷ややかな七郎ではありませんでした。女は、そんな点にはいちばん敏感ですのよ。ねえ、なにか、お気に障(さわ)るようなことがあって?」
 すると、座間がまた迷うのである。それまでは、ヤンとあの夜の狂態はなんだと、彼はマヌエラに瞋恚(しんい)の念を燃やしていた。それが、こうして見ている、初々しさ……たどたどしさ。なんだかじぶんのほうが思い過しのような、座間にはそんな感じさえしてくる。
 あれ以後、ヤンとマヌエラのあいだは非常に外々(よそよそ)しいものだった。少なくとも、ああしたことは一度だけらしく、翌日は、ヤンが根城にしようとした総合病院化を、父にすがって一蹴してしまったのである。これにはヤンも座間と同様おどろいたことだろう。しかし、彼は一夜の甘味をけっして忘れるような男ではない。どんなに白眼視され相手にされなくても、またのチャンスを狙いながら探検隊をはなれなかったのである。
 まったくマヌエラには、座間もヤンもおなじ考えにちがいない。不思議な女だ、二重人格かドドの所業かと……、ヤンが、鉄面皮を発揮して探検隊に加われば、座間はあれこれと非常に迷いながらも頑固な壁をマヌエラに立てつづけているのだった。
 ところで、この探検の費用はマヌエラの父がだし、それも座間が疲労を癒(いや)す物見遊山としか考えていない。
 カークも、大湿林の咆吼(ほうこう)をよぶ狂風を感じはするが……、死を賭(と)して、不侵地悪魔の尿溜をきわめようなどとは、夢にもさらさら思わないことだった。そしてまた、マヌエラも、おなじように考えていた。ただ、しばらく仕事から離れればと……、ちかごろ座間の様子がじつに変であるだけに、どうかこの旅行で静養してくれと、じっさい悪魔の尿溜のことなど最初から頭になかった。しかも、座間とてもおなじように変ってきている。
 それは、さいしょカークと二人だけと思ったところへ、意外にもマヌエラが加わるし、ヤンが追ってくる。そうして、絶えずマヌエラの美しさをみていると、この探検は、じつに悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)攻撃にあるのではなく、ヤンを除く、天与のまたとない機会のように思われてきた。密林、鰐(わに)のいる河、野獣、毒蛇。ここでは、下手人に代ってくれるあらゆるものが豊富だ。
 と、その考えが、やはりヤンにもあるらしい。そうして、二人は胸に敵意をひめながら、どうやらさいしょの意図とはちがってしまった探検隊が、数日後はコンデロガを発ったのである。
 ところで、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)攻撃の進路であるが、それは、西方、南方の境界部はコンゴの「類人猿棲息地帯(ゴリラスツォーネ)」、北は、危険な流沙地域である大絶壁にかこまれ、わずか東のほうに密林帯が横たわっている。ところが、これまでの数回の探検隊とも、そこへはいると同時に消息を絶ってしまうのだ。まったく、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊というあの言葉のように、あとからあとからと続いても一人の生還者もない。しかし一同は、ともかくその道をゆくことにした。
 二百の荷担ぎ――それに、車や家畜をふくめた長蛇の列が、イギリス駐屯軍の軍用電線にそうて、蟻塚(ありづか)がならぶ広漠たる原野を横ぎってゆく。土の反射と、直射で灼(い)りつくような熱気には、騾(らば)の幌車(ほろぐるま)にいてもマヌエラは眠ってしまう。やがてゆくと、白蟻が草を噛(か)みきったあとがある。兵隊蟻の、襲撃を避けるため不毛の地にしてしまう。白蟻がちかければ沢がちかいのだ。気のせいか、草の丈がだんだんに伸びてゆく。間もなく、第一日の夜営地になる、うつくしい沢地があらわれたのだった。
 水際には、蜀葵(たてあおい)やひるがお[#「ひるがお」に傍点]のあいだにアカシヤがたっている。水は、一面に瑠璃(るり)色の百合をうかべ肉色のペリカンが喧(やか)ましい声で群れている。マヌエラは、こんな楽園が荒野のなかにあるのかと、いそいそと水際を飛びあるきはじめた。そこへ、カークが記憶があるといいだした。
「その沢から、あの藪地(ブッシュ)を越えて、ほぼ十マイルもいったところが、ドドの発見地なんだ。おいドド久しぶりで故郷(くに)へかえろうぜ」
 しかしドドは、マヌエラのうごきを貪るように追っている。まっ白な脛(すね)、花を摘んで伸びたときのうつくしい均斉。
 それを追いもとめる目には通じない意志に、悶(もだ)えるようなかなしそうな色がうかんでいる。
 またドドは、ここへ来てから何ものかの呼び声をうけている。ときどき、段状にかさなってゆく中央山脈の、一染の、樹海と思われるあたりをおそろしい目でながめていたり、なにより、葉摺(ず)れの音にもびくっとなるし、あらゆる野性のものが呼び醒(さ)まされようとしている。それには、座間もカークもとっくから気がついていたのだ。
「ドドは、森の墓場へゆき損って人の手に落ちた。しかし今に、そのとき失った野性が強くなるか、それともマヌエラに惹かれて人の世にとどまるか――いずれはどちらかになると思うよ。しかし、注意は充分しなきァならんね」
 探検隊がドドを連れてきたには目的があったのである。それは、さいしょカークと逢ったその場所へゆけば、おそらく故郷を思いだして先頭にたつのではないか。そうして隊が、その跡に続けば人にはわからない、悪魔の尿溜への極秘の道をゆけるのではないか――と。しかし、その試みは失敗に終ってしまった。ドドは、はじめて覚えたマヌエラの魅力に、帰郷の意志などはとっくに失ってしまっている。
 その夜、はじめて夜明けまえにライオンの咆吼(ほうこう)を聴いた。藪地のなかで、豹にやられるらしい小野豚(センズ)の声もした。やがて、危険な角蛇(ホーンド・ヴァイパー)のいる藪地を越えたとき、はや隊のうえにおそろしい不幸が舞い落ちてきた。
 それは、抵抗のつよい騾(らば)をのぞくほか、いそいで河中に追いこんだ水牛六頭以外は、野牛も駱駝(らくだ)も馬も羊も、みな毒蠅のツェツェに斃(たお)されたのだ。それからが、文字どおりの難行であった。荷担ぎ(バガジス)は、荷が嵩(かさ)んだので値増しを騒ぎだし、土はあかく焼けて亀裂が這(は)い、まさに地の果か地獄のような気がする。灌木(かんぼく)も、その荒野にはところどころにしかない。たまに、喬木(きょうぼく)があっても枯れていて、わずか数発の弾でぼろりと倒れてしまうのである。
 しかし、もうそこは山地にちかい。左には、連嶺をぬいて雪冠をいただいている、コンゴのルウェンゾリがみえる。そのしたの、風化した花崗石(グラナイト)のまっ赭(か)な絶壁。そこから、白雲と山陰に刻まれはるばるとひろがっているのが、悪魔の尿溜につづく大樹海なのである。
 翌暁、赭(あか)い泥河(でいが)のそばで河馬(かば)の声を聴いた。その、楽器にあるテューバのような音に、マヌエラは里が恋しくなってしまった。
 しかしまだ、ここは暗黒アフリカの戸端口(とばくち)にすぎない。きのう見た、藪地のおそろしい棘草(きょくそう)、その密生の間を縫う大毒蜘蛛(タランツラ・マグヌス)――。しかし今日は、いよいよ草は巨(おお)きく樹間はせまり、奥熱地の相が一歩ごとに濃くなってゆくのだ。そして、この三日の行程が四十マイル弱。最後の根拠地となるマコンデ部落にはいったのが、翌日の午(ひる)過ぎだった。
 ここから、想定距離二十マイルの山陰に、悪魔の尿溜の東端をみるはずなのである。そしていよいよ、これまで経てきた平穏な旅はおわり、百年の道にも匹敵するその二十マイルへ、悪魔の尿溜攻撃がはじまるのだった。
「とんでもねえ。荷担ぎ(バガジス)にゆきァ、死にに往(ゆ)くようなものさァ」
 酋長がぐいぐい棕櫚酒(ポムピ)をあおったり印度大麻(ムトクワーネ)を喫ったり、すこぶる上機嫌のなかでもこれだけは聴かなかった。
「マア、論より証拠というだで、ちょっと見てもらいますべえ」
 外にでると、連嶺のしたは一面の樹海だ。樹海のはての遠いかなたに、ゆらゆら煙霧のようなものが揺ぎあがっているのがみえる。すると、そばの土人がおそろしそうな声でさけんだ。

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