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人外魔境(じんがいまきょう)01 有尾人

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:25:39  点击:  切换到繁體中文


Latah(ラター)”は、さいしょ軽微な発作が生理的異状期におこる。そのときは、じぶんがなにをしているかが明白(はっきり)と分っていながら、どうにも目のまえの人間の言葉を真似たくなり、またその人の動作をそのまま繰りかえす――つまり、反響言語(エヒョーラリー)、返響運動(エヒョーキネジー)というのがおこる。してみると、いつかのあの夜も、と――座間には次々へと浮んでくるのだ。
 あのとき……、ヤンが、あたしを愛してくれますか――と小声で言うと、ちょうど、それそっくりの言葉をマヌエラが繰りかえした。また、抱こうと腕をかけると彼女もおなじ動作をした。それから淑女らしくもない醜猥なひとり言も、思えば醜言症(コプロラリー)という症状の一つなのだ。ああ、マヌエラにはマレーの血があるのだ。おそらく、マレー人系統のマダガスカル人の血が、何代かまえに混入したのであろう。そしていま、それがいく代か経ってマヌエラにあらわれたのだ。
 血の禍(わざわ)い、やはりマヌエラも純粋の白人ではない。しかし、いま一人もものを言わないこの小屋のなかで、どうして知りもせぬドイツ語で喋ったのだろう。それが、反響言語(エヒョーラリー)のじつに奇怪なところである。遠くて、普通の耳には聴えぬような音も、異常に鋭くなった発作時の、聴覚には響いてくるのである。
 今しも、バイエルタールの部下二人が靴音(くつおと)立てて、小屋のまえを通り過ぎていったところを見ると、マヌエラは、彼らの会話を口真似したに違いない。それでは水牛小屋の地下道というのこそ、唯一のまぎれのない逃げ道だ。
 こうして、マヌエラをめぐるあらゆる疑惑が解けた。まるでハイド氏のような二重人格も、怪奇をおもわせたドドの魅魍(みもう)も、さらに、いま五人のものが浮びあがろうとすることも、畢竟(ひっきょう)マヌエラに可憐な狂気があるからだった。座間は、息をふきかえした愛情のはげしさに泣きながら、もう一刻も猶予(ゆうよ)できないことに気がついた。
「諸君、助かるかもしれん。とにかくすぐに水牛小屋へゆこう」
 まず、醜言症を聴かせぬためマヌエラには猿轡(さるぐつわ)をし、ドドを連れて、そっと一同が小屋を忍びでたのである。そこには、地下からうねうねと上へのびて東方の絶壁上へでる、やっと這ってゆけるほどの地下道があった。一同はこうして、猿酒郷(シュシャア・タール)を命からがら抜けでたのである。
 やがて樹海の線に暁がはじまったころ、おそらく追手のかかるマコンデとは反対に、いよいよ、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)へと近付く密林のなかへ、心ならずも逃げこんで行くのだった。

雪崩(なだ)れる大地

 密林はいよいよふかく暗くなって行った。大懶獣草(メガテリウム・グラス)の犢(こうし)ほどの葉や、スパイクのような棘(とげ)をつけた大蔦葛(つたかずら)の密生が、鬱蒼(うっそう)と天日をへだてる樹葉の辺りまで伸びている。また、その葉陰(はかげ)に倨然(きょぜん)とわだかまっている、大蛸(だこ)のような巨木の根。そのうえ、無数に垂れさがっている気根寄生木は、柵のようにからまり、瘤(こぶ)のように結ばれて、まさに自然界の驚異ともいう大障壁をなしているのだった。しかも、下はどろどろの沢地、脛(すね)までもぐるなかには角毒蛇(ホーンド・ヴァイパー)がいる。
 蜈蚣(むかで)の、腕ほどもあるのがバサリと落ちて来たり、絶えず傘(かさ)にあたる雨のような音をたてて山蛭(ひる)が血を吸おうと襲ってくる。まったくバイエルタールの魔手をのがれたのは一時だけのことで、またあらたな絶望が一同を苦しめはじめた。
「殺してよ、座間」
 マヌエラが、しまいにはそんなことを言いだした。そして、虚(うつ)ろな、笑いをげらげらとやってみたり、ときどき嫌いなヤンへにッと流眄(ながしめ)を送ったりする。彼女もだんだん、正気を失いはじめてきたのだ。
 さすがにカークだけは、絶えず斧(おの)をふるって道をひらいてゆく。しかし、蛮煙瘴雨(ばんえんしょうう)に馴れたこの自然児も、わずか十ヤードほどゆくのに二、三時間も死闘を続けるのでは、もうへとへとに疲れてしまった。一本の、馬蔓の根がとおい四、五町先にあって、切るとずうんずうんと密林がうめきだし、しばらくカサコソと何者かが追ってくるような無気味な音をたてている。カークも全精力がつき、ぐたりと樹にもたれた。
「どうする? なにか、こうしたらというような見込みでもあるかね」
「どうするって?! 一体どうなりゃいいんだ」ヤンが、ぎょろっと血ばしった目でふり向いた。
「われわれは、いっそバイエルタールに殺されちまやよかったんだ」
 とおく、一つ、鉛筆のような陽の縞(しま)が落ちている。そのほかは、闇にちかいこの密林のなかは、沢地の蒸気をうずめる塵雲(じんうん)のような昆虫だ。それを、蚊帳(かや)ヴェールで避ければ布目にたかってくる。もう、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)へはいくばくもないのだろう。
 ところが、そういう筆舌につくせぬ難行のなかで、一人ドドだけは非常に元気だった。マヌエラを背負い、ときどき樹にのぼっては木の実をとってくる。いま密林に抱かれ大自然に囁(ささや)かれ、野性が沸然(ふつぜん)と蘇(よみがえ)って来たのである。それをヤンが見て嘲(あざけ)るようにいった。
「こいつのためだ。こいつを、わざわざ故郷へ送りとどけるために、四人の人間がくたばろうとするんだ。おい獣、貴様、マヌエラさんというお嫁さんがいて嬉(うれ)しいだろうぜ」
 こうしてどこという当てもなく彷徨(さまよ)い続けるうちに、やがて日も暮れて第一夜を迎えた。カークは、危険な地上を避けて手頃な樹を選ぼうと思い、ひょいと頭上をみると、枝を結(ゆ)いつけたのが目に入った。ゴリラの巣だ。しかしゴリラは、一日いるだけでまたほかへ巣を作る習性がある。してみるとこのうえもない宿である。
 第二日――。
 一行全部ひどい下痢と不眠のなかで明けていった。湿林の瘴気(しょうき)がコレラのような症状を起させ、一夜の衰弱で目はくぼみ、四人はひょろひょろと抜け殻のように歩いてゆく。
 全身泥まみれで髭(ひげ)はのび、マヌエラまで噎(む)っとなるような異臭がする。そしてこの辺から、巨樹は死に絶え、寄生木(やどりぎ)だけの世界になってきた。これが、パナマ、スマトラと中央アフリカにしかない、ジャングルの大奇景なのである。
 つまり、寄生木や無花果(いちじく)属の匍匐(ほふく)性のものが、巨樹にまつわりついて枯らしてしまうのだ。そのあとは、みかけは天を摩(ま)す巨木でありながら、まるで綿でもつめた蛇籠(じゃかご)のように軽く、押せば他愛もなくぐらぐらっと揺れるのである。森が揺れる。一本のうごきが蔦蔓(つたかずら)につたわって、やがて数百の幹がざわめくところは、くらい海底の真昆布の林のようである。四人とも、それには幻を見るような気持だった。
 ちょうど正午ごろに、大きな野象らしい足跡にぶつかった。つぶれた棘茎(きょくけい)や葉が泥水に腐り、その池のような溜りが珈琲(コーヒー)色をしている。しかし、そこから先は倒木もあって、わずかながら道がひらけた。しかしそれは、ただ真西へと悪魔の尿溜のほうへ……まさに地獄への一本道である。
 疲労と絶望とで、男たちはだんだん野獣のようになってきた。ヤンがマヌエラ共有を主張してカークに殴(なぐ)られた。しかしカークでさえ、妙にせまった呼吸(いき)をし、血ばしった眼でマヌエラをみる、顔は醜い限りだった。
 第三日――。
 ヤンが、その日から肺炎のような症状になった。漂徨(ひょうこう)と泥と瘴気(しょうき)とおそろしい疲労が、まずこの男のうえに死の手をのべてきたのだ。ひどい熱に浮かされながら、幹にすがり、座間の肩をかりて蹌踉(そうろう)とゆくうちに、あたりの風物がまた一変してしまった。
 大きな哺乳類はまったく姿を消し、体重はあっても動きのしずかな、王蛇(ボア)や角喇蜴(イグアナ)などの爬虫(はちゅう)だけの世界になってきた。植物も樹相が全然ちがって、てんで見たこともない根を逆だてたような、気根が下へ垂れるのではなくて垂直に上へむかう、奇妙な巨木が多くなった。それに、絶えず微震でもあるのか足もとの地がゆれている。
 してみると、土の性質が軟弱になったのか、それとも、地辷(すべ)りの危険でもあるのだろうか? この辺をさかいに巨獣が消えたのと思い合わせて、これがたんなる杞憂(きゆう)ではなさそうに考えられて来た。いまにも足もとの土がざあっと崩(くず)れるのではないか――踏む一足一足にも力を抜くようになる。しかしここで、悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)の片影をとらえたようでも、森はいよいよ暗く涯(はて)もなく深いのだ。
 すると熱の高下の谷のようなところで、ヤンがマヌエラをそっと葉陰に連れこんだ。
「あなたは、モザンビイクに帰りたいとは思いませんか」
 突然のことに、マヌエラはきょとんと目をみはった。蚊帳ヴェールを透いて、なんでこの期になって思いださせようとするのかと、涙さえ恨めしげにひかっている。
「どうしました? なぜ、黙っているんです」
「疲れたんですわ。あたし、なにか言おうにも、言い表せないんです」
「いや、モザンビイクへ帰れる確実な方法が唯一つあるんです。それは、バイエルタールのところへまた引っ返すことだ。ねえ、あの男は白人の女を欲している」
 そういって、ヤンは蜥蜴(とかげ)のような目をよせてくる。足がふらついて、病苦に痩(や)せさらばえた顔は生きながらの骸骨だ。マヌエラはぞっと気味わるくなってきた。おまけに、座間とカークは泥亀を獲りにいっていない。
「僕とあなたがゆきァ、バイエルタールがなんで殺しましょう。そうして観念してあすこにいるうちにゃ、いつか抜けだす機会がきっとくると思うんです。ねえ、あなたの分別一つでモザンビイクへ帰れる。それとも、奴らに義理をたてて、ここで野垂死(のたれじ)にしますかね」
「でもあたし、あなたのいう意味がすこしも分りませんけど」
「それがいかん。あいつら二人は、僕が今夜のうちにきっと片付けてみせます。熱がさがったとき、不寝番になるはずですからね」
 と言いながら、ヤンはじりじりマヌエラにせまってくる。しかしそれは、どうせ死ぬものなら行きがけの駄賃と、まるで泥で煮つめたような絶望の底の、不逞不逞(ふてぶて)しさとしかマヌエラには思われなかった。熱くさい呼吸、それを避けようともがけばぐらぐらっと地がゆれる。とその瞬間……、意外にもヤンがわっと悲鳴をあげたのである。
 ドドだ。犬歯を牙のようにむきだして、もの凄い唸(うな)り声をたて、唇はヤンを噛(か)んだ血でまっ赤に染っている。憤怒のために、ドドは野性に立ち帰ったのである。切羽(せっぱ)つまったヤンが拳銃(ピストル)をだそうとすると、その手にまたパッと跳(と)びついた。それなり二人は、ひっ組んだまま地上を転がりはじめたのだ。
 大柄な獣さえこない禁断の地響きに、とつぜん、足もとがごうと地鳴りを始めた。
 と見る……ああ、なんという大凄観! とつぜん、目前一帯の地がずずっと陥(お)ちはじめたのである。マヌエラは足もとを掬(すく)われてずでんと倒れたが、夢中で蔦(つた)にすがりつきほっと上をみると、今しも森が沈んでゆくのだ。梢(こずえ)が、一分一寸とじりじりと下るあいだから、まるで夢のなかのような褪(あ)せた鈍(にぶ)い外光が、ながい縞目(しまめ)をなしてさっと差しこんできたのである。森がしずむ! マヌエラは二人の格闘もわすれ、呆然とながめていた。
 大地の亀裂が蜈蚣(むかで)のような罅(ひび)からだんだんに拡がるあいだから、吹きだした地下水がざあっと傾(かし)いだ方へながれてゆく。しかし、そうして崩(くず)れてゆく地層のうえにある樹々は、どうしたことか直立したままである。攀縁性の蔓(つる)植物の緊密なしばりで、おそらく倒れずにそのまま辷(すべ)るのだろう――と考えたが、それも瞬時に裏切られた。
 水の噴出がみるみる土をあらって幹根があらわれる。やがて、数尺下の支根が露(む)きでても……、まるで根ごと地上に浮きでて昇ってゆくような、奇怪な錯覚さえ感じてくるのだ。なんという樹か。その地底までも届くようなおそろしい根を、マヌエラは怪物のようにながめていた。この時耳もとで座間の声がした。
「おう、深井の根(プティ・ラディックス)!」
 それが、旧根樹(ニティルダ・アンティクス)という絶滅種ではないのか。根を二十身長も地下に張るというこのアフリカ種は、とうに黒奴(こくど)時代の初期に滅びつつあったはずである。
 と、見る見る視野がひらけた。
 思いがけぬ崩壊が風をおこして、地上の濛気(もうき)が裂けたのである。とたんに、三人がはっと息を窒(つ)めた。それまで、濛気に遮(さえぎ)られてずっと続いていると思われた密林が、ここで陥没地に切り折れている。
 悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)――。
 と三人は眩くような亢奮に我を忘れた。陥没と、大湿林の天険がいかなる探検隊もよせつけぬといわれる、この大秘境の墻(かき)の端まできたのだ。と思うと、眼下にひろがる大摺鉢地(クレーター)のなかを、なにか見えはせぬかと瞳を凝らしはじめる。
 しかしそこは依然として、濛気と昆虫霧が渦まく灰色の海で、絶壁の数かぎりない罅(ひび)も中途で消えてしまい、いったいどこが果でどこが底か――この大秘境を測ることさえ許されない。ただ枯れた幹をおとした旧根樹(ニティルダ・アンティクス)の、錯綜(さくそう)の根がゆらぐ間にみえるのだ。強靱(きょうじん)な、ピラミッド型の根が幹を支えているうちに、幹は枯れ、地上に落ちたその残骸は、まるで谿(たに)いっぱいにもつれた蜘蛛(くも)糸をみるようであった。やがてその枯色も、鎖ざしはじめた昆虫霧にうっすらと霞んでしまったのである。――大秘境「悪魔の尿溜(ムラムブウェジ)」はちらりと裾(すそ)をみせ、それなり千古の神秘を人にみせることをしなかった。
 三人はしばらく感慨ぶかげに立っていた。しかし気がつくと、その格闘のまま、ヤンとドドの姿が消えてしまっているのだ。たぶん、ひっ組んだまま陥没地に落ちたのだろうと、マヌエラは気もそぞろであったが、やがて紅い蔓花で花環を編んで、じぶんを救おうとして死んで故郷へもどったドドのために、接吻とともに底しれぬ墓へ投げこんだ。

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