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人外魔境(じんがいまきょう)05 水棲人

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:28:56  点击:  切换到繁體中文


   亡霊か、水棲人か

 「承知しました」と、目をその女性の顔へ焼きつけるように据(す)えたまま、ちょっと上体をかがめてカムポスが挨拶(あいさつ)した。
 「では、勝負の方法はなんに致しましょう。ですがこれは、三本勝負となるようなことは、あくまで避けねばなりません。一本勝負――それにご異存はないと思いますが」
 「でも、こういう場所でやりますカードの遊び方を、私は、あまり知っていないのです」
 その女性も、声が心持ちふるえ、上気した頬はまた別種の美しさ。言葉にも物腰にも深窓(しんそう)育ちが窺(うかが)われ、いまも躊躇(ためら)ったような初心初心(うぶうぶ)しい言いかたをする。まったくこんな、ナイトクラブあたりにはけっして見られぬような女性が、どうして途方もない大勝負をカムポスに挑むのだろう。また、一方カムポスもどうしてしまったのか、急に、それを境いに溌剌さが消えてしまった。目も、熱を帯びたようにどろんとなり、快活、豪放、皮肉の超凡(ちょうぼん)たるところが、どうした! カムポスと、喰らわしたくなるほど薄れている。
 「では、“Escada de mao(エスカーダ・デ・モン)[#「mao」の「a」に長音記号]”はいかがで」
 「梯子(エスカーダ・デ・モン)」とは、いわゆる相対(さし)の遊び方である。しかしそれは、賭博場(キヤジノ)などでやるものではなく、もちろんその婦人なども知っているものであった。とたんに、どこからともなく笑いが始まって、娘っ子がやるようなことで五十万ミルが争われるなんて、こりゃ千年に一度もないようなことだ。と、がやがやそんな声が聴えてくるなかで、その女性が小切手を書いた。ナショナル・シティ銀行リオ・デ・ジャネイロ支店。してみると、この婦人は米人であろう。そして署名が、ロイス・ウェンライト。
 と、その時――その署名をちらっと見たカムポスが、まるで一時にあらゆる思念が飛びさったような顔で、ぽかんと放心の態になったのだ。なんの衝撃(ショック)か?![#「?!」は一文字、第3水準1-8-77、224-13] しばらく窓際(まどぎわ)に出て風を浴びせていたほど、カムポスには異常なものだったに違いない。
 「カムポスめ、どうしやがったんだろう。こんなようじゃ、奴め負けるかもしれないぞ」と、カムポスの様子が急に変ったのに気がつくと、なんだか勝負の結果が危ぶまれるような気に、折竹もだんだんになってきた。やがて、満座の注視を一点にあつめて、五十万ミルの「梯子(エスカーダ)」がはじまった。
 作者として、勝負の成行きを詳述するのは避けるが、ついに、カムポスの勝利動かぬという局面になった。手札が二枚、ハートの一に、ダイヤの十。これは誰しも、ダイヤの十で切ってハートの一を残す。人々は、緊張が去ってざわめきはじめ、やれやれ、気紛(きまぐ)れにもせよ五十万ミルは高価(たか)いと、ようやく、方々で扇の音が高まってきた。
 「なるほど、こいつの一番違いの、易(うらな)いは当った。五十万ミルがそもそもの始めで、これから奴は鰻(うなぎ)のぼりになるか?![#「?!」は一文字、第3水準1-8-77、225-6] 代議士になり、将軍になり、大統領になり――。まだまだラテン・アメリカにはそんな余地があるからな」
 とカムポスの背後にいてこんなことを考えていた瞬後、アッと、折竹が思わず叫ぶようなことが、カムポスの指に起ってしまった。いわゆる手拍子が好勢にゆるんだのか、子供でさえ最後にとって置くハートの一を、彼がパッと場へ投げだしてしまったのである。逆転! あれよあれよと満座が騒ぐなかで、勝負は一瞬に決してしまった。
 カムポスが負け、ロイスが勝った。
 「どうも、変だ変だと思ってたんだが、惚(ほ)れやがって?![#「?!」は一文字、第3水準1-8-77、225-13]」
 と折竹は呆れかえるような思い。いまの、カムポスの失策が明らかに故意であることは、別に、本人に問いただすまでもない。一目惚れというかなんて早いやつだと、暫(しばら)く二人を見くらべながら呻(うな)っていたのだ。しかし、その翌日すべてが明らかになった。
 約束どおり、翌日ロイスがカムポスを訪ねてきた。彼女が、五十万ミルの大勝負を引きうけたというのも、事情を聴いてみれば成程(なるほど)とうなずける。きょうは、瀟洒(しょうしゃ)な外出着であるせいか、白いロイスがいっそう純なものにみえる。
 「折竹さん、あなたは三上重四郎というお国の医学者を、ご存知(ぞんじ)でいらっしゃいますね? パタゴニア人に保護区政策(リザーヴェーション)をとれと、アルゼンチン政府と喧嘩をした……」
 「知ってますとも。去年パタゴニアで行方不明になった……」
 「いいえ、それがパタゴニアではなかったのです。それからあのう、三上が学生時代に発表した『Petrin 堆積説(ペトリン・セオリー)』も、折竹さんはご存知でございましょう」
 三上重四郎は、いわゆる二世中の錚々(そうそう)たるもの。在学中、はやくも化石素(ペトリン)堆積説なるものを発表した。
 化石素とは元来植物にあるもので、一つの種類が、絶滅に近づくと組織中にあらわれてくる。たとえば、松は枯れればそのまま腐敗するが、杉は、神代杉という埋れ木になることが出来る。いわば、これは化石になる成分で、それが現われたものは絶滅に近いというのだ。で三上は、人間の血のなかにもそういったものがある。なかには現にもう現われている種族があるといって……、アルゼンチン人の大部分である雑種児の血と、いま同国の南部、パタゴニア地方で、絶滅に瀕(ひん)しつつあるパタゴニア人の血とを比べたのだ。
 すると、アルゼンチン人にはある化石素(ペトリン)が、パタゴニア人にはない。つまり、まさに滅びようとするパタゴニア人のほうが、かえって種族的には若いということになったのだ。そこで三上は、それをアルゼンチン政府攻撃に利用して、パタゴニア人の減少は自然的な原因ではなく、冷酷なアルゼンチン政府が保護区をつくらずに、むしろ滅んでしまうのを願わしく思っているのだろう。俺は、世界の輿論(よろん)に訴えてもパタゴニア人を救うと、三上は単身パタゴニアに赴(おもむ)いたのだ。
 そこは、氷雪の沙漠、不毛の原野、陰惨な空をかける狂暴な西風、土人は、食に乏しく結核となって斃(たお)れてゆく。これでは、百の薬を投じようと到底救い得ぬ、結局保護区をもうけ氷の沙漠(さばく)から移さねば……と。
 三上の日本人の熱血と人道愛とが、ここに合衆国全土に呼びかける大運動になろうとした。その矢先、彼の姿がふいに、消えてしまったのだ。それ以来、一年にもなるが依然三上の行方は、杳(よう)として謎のように分らない、という、ロイスの話を一通り聴きおわると、折竹がやさしく上目使いをして、
 「お嬢さんは、では三上君をお愛しになってる……」
 「はあ、二人ともおなじ大学でしたし……」
 とロイスも燃えるような目になってくる。
 「そんな訳で、三上はアルゼンチン政府にたいへん憎まれておりました。それで、たぶんアルゼンチンのどこかに秘密囚となっているのだろう――と、私はそう考えて南米へまいりまして、これでも、手を尽してどんなに探しましたでしょう」
 額を支えた手で、卓子がかすかに揺れている。愛するものの不幸を訴えるように、ロイスはなおも続けた。
 「でも、結局は断念(あきら)めねばなりませんでした。随分、金を惜しまずあらゆる手段を尽しましたが、三上の行方はどうしても分らないのです。私は、半分自棄(やけ)でリオへ来て、話に聴いたナイトクラブとはどんなところだろうと、なんだか覗(のぞ)くような気持で『恋鳩』へゆきました」
 「では、どうして、カムポスと一勝負という気になりましたね。貴女(あなた)に、五十万ミルぐらいの金は何でもないでしょうが」
 「それは」とロイスの顔がきゅうに火照(ほて)ってきて、「カムポスさんが、ご覧になった水棲人の話。あれを聴いて、私がなんでそのままに出来るでしょう。水棲人の胸にあった拳形(こぶしがた)の痣(あざ)と、ちょうど同じものが三上にもあるのです」とこみあげてくる激情の嵐に、ロイスはもう、吹きくだかれたよう。
 「ですから、カムポスさんは三上をみたんでしょう。あの水棲人とは、三上ですわ」
 とたんに、室内がしいんとなった。三上が、魔境「蕨の切り株」にいて、水棲人とは?![#「?!」は一文字、第3水準1-8-77、228-9] 沼土の底にいて、なおかつ生きられるとすれば、三上という男はさいしょからの化物だ。すると、そこへカムポスがううんと嘆声を発して、
 「では、ロイスさん、こっちの話をしますからね。私が、なぜあなたに対して勝とうとはしなかったか、勝てば、勝てたのをなぜ負けたかというと……、ロイス・ウェンライトという夢にも出る名の婦人が、貴女だと始めて知ったからです。
 水棲人が、私に投げてよこした葉っぱの化石みたいなものには、じつをいうと一面の文字が書かれてあった。しかし、それを私が掻(か)き寄せたために、その文字がほとんど擦(す)れてしまった。ただ、残ったのがあなたの名の、ロイス・ウェンライトというだけ……」
 「ああ、そんなことを聴くと、泣きたくなりますわ。三上は、きっとダイヤを報酬にするからこれを私に届けてくれと、あなたにお願いしたのでは……?」
 奇縁とは、じつにこうした事をいうのだろう。三上が、生きてか、それとも死んでの亡霊かはしらぬが、とにかく、愛するロイスへ通信を頼んだ。それが、この話のなかのたった一つの現実。他は、すべて怪体(けったい)にも分らなすぎることばかりだが、ロイスの身になってみれば……。
 事実、ロイスの熱情はこれなりではすまなかった。よしんば空しかろうとも「蕨の切り株」へ往ってと、熱心に一日中折竹を説いて、ついにグラン・チャコ行きを承知させてしまったのである。そうして、カムポスを加えた三人の者が、「蕨の切り株(トッコ・ダ・フェート)」へとリオ・デ・ジャネイロを発(た)っていった。

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