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殺生石(せっしょうせき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 12:16:54  点击:  切换到繁體中文


     二

 そのうちわたしはまたシナの国(くに)に渡(わた)って、殷(いん)の紂王(ちゅうおう)というもののお妃(きさき)になりました。あの紂王(ちゅうおう)にすすめて、百姓(ひゃくしょう)から重(おも)いみつぎものを取(と)り立(た)てさせ、非道(ひどう)の奢(おご)りにふけったり、罪(つみ)もない民(たみ)をつかまえて、むごたらしいしおきを行(おこな)ったりした妲妃(だっき)というのは、わたしのことでした。紂王(ちゅうおう)がほろぼされると、わたしはまた山の中にかくれて、何(なん)百年(ねん)か暮(く)らしました。
 おしまいに日本(にっぽん)の国(くに)に来(き)て、院(いん)さまのお召(め)し使(つか)いの女になって、玉藻前(たまものまえ)と名(な)のりました。わたしをおそばへお近(ちか)づけになってから、院(いん)さまは始終(しじゅう)重(おも)いお病(やまい)におなやみになるようになりました。院(いん)さまのお命(いのち)をとって、日本(にっぽん)の国(くに)をほろぼそうとしたわたしのたくらみは、だんだん成就(じょうじゅ)しかけました。それを見破(みやぶ)ったのは陰陽師(おんみょうじ)の安倍(あべ)の泰成(やすなり)でした。わたしはとうとう泰成(やすなり)のために祈(いの)り伏(ふ)せられて、正体(しょうたい)を現(あらわ)してしまいました。そしてこの那須野(なすの)の原(はら)に逃(に)げ込(こ)んだのです。けれども日本(にっぽん)は弓矢(ゆみや)の国(くに)でした。天竺(てんじく)でも、シナでも、一度(ど)山か野(の)にかくれればもうだれも追(お)いかけて来(く)る者(もの)はなかったのですが、こんどはそういきませんでした。間(ま)もなく院(いん)さまは三浦(みうら)の介(すけ)と千葉(ちば)の介(すけ)と二人(ふたり)の武士(ぶし)においいつけになって、何(なん)百騎(き)の侍(さむらい)で那須野(なすの)の原(はら)を狩(か)り立(た)ててわたしを射(い)させました。わたしはもう逃(に)げ道(みち)がなくなって、とうとう二人(ふたり)の武士(ぶし)の矢先(やさき)にかかって倒(たお)れました。けれども体(からだ)だけはほろびても、魂(たましい)はほろびずに、この石になって残(のこ)りました。わたしの根(ね)ぶかい悪念(あくねん)は石になってもほろびません。石のそばに寄(よ)るものは、人でも獣(けもの)でも毒(どく)にあたって倒(たお)れました。みんなは殺生石(せっしょうせき)といって、おそれてそばへ寄(よ)るものはありませんでした。それが今夜(こんや)あなたに限(かぎ)って、殺生石(せっしょうせき)のそばに夜(よ)を明(あ)かしながら、何(なん)にも災(わざわ)いのかからないのはふしぎです。これはきっと仏(ほとけ)さまの道(みち)を深(ふか)く信(しん)じていらっしゃる功徳(くどく)に違(ちが)いありません。あなたのような尊(とうと)いお上人(しょうにん)さまにお目(め)にかかったのは、わたしのしあわせでした。どうかあなたのあらたかな法力(ほうりき)で、わたしをお救(すく)いなすって下(くだ)さいませんか。わたしはもう自分(じぶん)ながら自分(じぶん)の深(ふか)い罪(つみ)と迷(まよ)いのために、このとおり石になってもなお苦(くる)しんでいるのでございます。」
 こういって、女はほっとため息(いき)をつきました。
 玄翁(げんのう)はだまって、じっと目をつぶったまま、女の話(はなし)を聴(き)いていました。やがて女の長(なが)い話(はなし)がおしまいになりますと、静(しず)かに目をあいて、やさしく女の姿(すがた)を見(み)ながら、
「うん、うん、分(わ)かった。わたしの力(ちから)の及(およ)ぶだけはやってみよう。安心(あんしん)して帰(かえ)るがいい。」
 といいました。
 女はにっこり笑(わら)って、すっとかき消(け)すように見(み)えなくなりました。
 そうこうするうちに、いつか夜(よ)がしらしら明(あ)けはなれてきました。玄翁(げんのう)ははじめてそこらを見回(みまわ)しますと、石はゆうべのままに白(しろ)く立(た)っていました。見(み)ると石のまわりには、二三町(ちょう)の間(あいだ)ろくろく草(くさ)も生(は)えてはいませんでした。そして小鳥(ことり)や虫(むし)が何(なん)千となく重(かさ)なり合(あ)って死(し)んでいました。
 玄翁(げんのう)は今更(いまさら)殺生石(せっしょうせき)におそろしい毒(どく)のあることを知(し)って、ぞっとしました。
 もうすっかり明(あか)るくなって、日が昇(のぼ)りかけました。草(くさ)の上の露(つゆ)がきらきら輝(かがや)き出(だ)しました。
 玄翁(げんのう)は殺生石(せっしょうせき)の前(まえ)に座(すわ)って、熱心(ねっしん)にお経(きょう)を読(よ)みました。そして殺生石(せっしょうせき)の霊(れい)をまつってやりました。殺生石(せっしょうせき)がかすかに動(うご)いたようでした。
 やがてお経(きょう)がすむと、玄翁(げんのう)は立(た)ち上(あ)がって、呪文(じゅもん)を唱(とな)えながら、持(も)っていたつえで三度(ど)石をうちました。すると静(しず)かに石は真(ま)ん中(なか)から二つにわれて、やがて霜柱(しもばしら)がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました。
 その後(のち)旅(たび)の人が殺生石(せっしょうせき)のそばを通(とお)っても、もう災(わざわ)いはおこらなかったそうです。





底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月2日作成
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