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赤格子九郎右衛門(あかごうしくろうえもん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 6:03:32  点击:  切换到繁體中文


     五

 這入って見ますると、店の中は、諸国の水夫かこや楫取で、一杯になって居りました。支那の言葉、呂宋の言葉、西班牙イスパニアの言葉、ポルトガルの言葉――色々様々の国々の言葉で、四辺は騒々しく活気に充ち、何か今にも面白い事件でも、起こって来そうに思われました。
 私と東六は室の隅の丸い卓子テーブルを前にして、所の名物柘榴ざくろ酒を飲みながら、四辺の様子を見て居りましたが、不意に其時、私達の横で、
「あ、来たぞ! 黒仮面が!」と、小声で叫んだのを聞きました。
 それと同時に室の中が急に静かになりました。と、見ると、遙か室の向うの、戸外へ向いた戸口から、其形恰も蝙蝠のような畸形な真黒の人影が、室の中へひらひらと這入って参りました。
「成程、噂に聞いた通りの不思議な様子をして居る哩」と、私は胸で呟いたものです。
 漆黒の服で全身を包み、同じ色の覆面をし、翼のような黒母衣を背負った、国籍不明の水夫かこ達に依って、繰られている大型の船が、南海や支那海を横行し、海上を通る総船を、理由いわれ無しに引き止めて、その船内へ踊り込み、人間の数を調べたり掠奪を為るということは、以前から聞いて居りましたので、其時、室へ這入って来た、蝙蝠のような人間を見ると、それだと直ぐに感付いたのでした。
 ところで「黒仮面船」の水夫達は、そうやって室へ這入って来ましたけれど、別に乱暴をするでも無く、室の片隅に佇んだまま只じっと四辺を見てるのでした。ところが夫れが店の客達に執っては、却って気味悪く思われるのかして、一人去り二人去り何時の間にか、皆立ち去って了いました。そうして私と東六とだけが後へ残されて了いました。
 そのうち東六も恐ろしくなったか私に帰船を進め出しました。併し私は帰りませんでした。「何者か正体を見届けてやろう」――斯ういう思惑がありましたからです。
 そこで私は平然と柘榴酒を傾けて居りました。すると、彼等は私を眺め乍ら、暫く囁いて居りましたが、俄に近寄って参りました。そうして、私達を取り囲みましたが、年長らしい一人の男が、明瞭はっきりした正確ただしい柬埔寨語で、斯う私に話し掛けました。
「貴郎達は私達をご存知無いと見える。それとも私達を承知の上で、尚此処に残って居られるのなら、貴郎方は非常な勇士で厶る」と、
「申す迄も無く承知の上でござる!」私は此様に云ってやりました。「方々は近頃噂の高い、黒仮面船の水夫衆でござろう。拙者は日本ひのもとの武士でござれば、如何なる者をも恐れは致さぬ!」
「天晴れお言葉! 如何様勇士じゃ!」彼等は急に態度を改め、極わめて慇懃になりましたが「そのお言葉にお縋り申し、是非共お願い致し度き儀ござれば、我等とご同行下さるまいか!」――「日本の武士は死をだに辞せず、ましてお頼みとあるからは喜んでお供致しましょうぞ」――「それは千万忝のうござる。然らばご案内……」――「心得申した」
 こんな具合に、この私は、引き止める東六を船へ追い返えし、彼等の後に従って、酒場から出たのでございます。彼等は暗い方へ暗い方へと私を導いて行きました。そして浜の方へ行きました。ものの半刻も経った頃、私達は海岸へ参りましたが、見渡す限り海上は墨のように真黒です。背後は嶮山左右は巉岩ざんがん、そうして前は大海です。空には月も星も無く、嵐に追われる黒雲ばかりが海の方へ海の方へと走って行くばかり、真に物凄い場所でした。
 と、一人の黒仮面の男が、手に持っていた松火を高く頭上に差しかざし、海に向かって振りました。すると、眼前の海の底から、ゴーゴーという音が響き渡り、巨大な岩とばかり思っていた海の面の物象が、見る間に上へ持ち上がり、忽ち居然たる大船が海上へ浮んだではございませんか。是ぞ黒仮面船でございます。それにしても自由に波に沈み又浪間から浮き上がって来るとは! 何んという不思議な恐ろしい船が此世の中にあるのだろうと初めて此時心から私は恐ろしく思いました。

     六

 それから私は何うしたか? 別に何うも致しません! 覆面した水夫達に導かれて、浮沈自由の怪船に乗り込んだのでございます。乗り込んで夫れから何うしたか? 別に何うも致しません! 階段を下って其怪船の胴の間へ這入ったのでござります。
 すると其時、船底に当たってコトコトコトコトコトコトという、不思議な物音が聞えました。夫れと一緒に乗っている船が、恐らく水の底へ沈むのでしょう、グラグラ揺れるではござりませぬか。
「船は今水の中にいるのだな」斯う思うと私は復心[#「復心」はママ]からぞっとしたのでござります。それで私は無言のまま四辺をグルグル見廻わしました。室は狭くはありましたけれど柬埔寨風に飾られてあって大変綺麗でござりました。
 と、年長の覆面の水夫が、片手を上げて振りました。何かの合図なのでござりましょう、それと同時に他の水夫共は隣室へ立ち去って了いました。後には私と年長の水夫ばかりが室に残ったのでござります。
「いざ先ず夫れへお掛け下されい」年長の水夫は斯う云い乍ら一つの椅子を進めましたので、私は黙って腰掛けました。
 すると、覆面のその水夫は、私の腰間の両刀へ、きっと両眼を注ぎましたが、
「失礼ながら其両刀、天晴業物でござりましょうな?」と、意外な事を訊いたものです。
「双方共彦四郎貞宗の作、日本刀での名刀でござる」
「如何でござろう、その名刀を、お揮い下さることはなりますまいかな?」――「是は又異なお頼み……なれども夫れだけの仔細ござらば、お頼みに応ぜぬものでもござらぬ。……そも、相手は何者でござるな?」――「国を奪い、人民を虐げる大悪人でござります」――「ウム、そのような悪人なりや、討ち果たすに異存はござらぬが……して其大虐無道の相手は、今、何処に居られまするな?」――「船底に閉じ込めてござります」――「何、此船の底にとな? これはこれは思いも依らぬ。然らば拙者の手をらずとも、諸君方多数の手に依って討ち果たすこと出来ましょうに……」――「いやいや彼は悪人ながら剣にかけては無双の達人。それに多人数一度にかかり、討ち取ることはなりませぬ」――「それは又何故でござるかな?」――「私共が主君と奉める、やんごとなきお方様ご夫婦に執りまして、生命にかけても知り度いと願う、或重大の秘密事を、彼一人存じて居るが為、それを武器として彼の申すには「十人だけ勇士を選べ、そして一人一人室へよこせ。そうして俺と立合わせろ。掠傷でも負わすものあらば、運命と諦めて生命を呉れる。呉れる前に秘密も明せてやろう。併し十人の勇士共を一人残らず討ち取ったなら、其方の不覚と諦らめて、此俺を船から遁がすがよい」と。でその申し入れに従いまして、是迄に九人の勇士を選んで彼の室へ送ったのでございますが、室へ這入ると殆ど同時に、只一刀に切殺されて助かった者とてはござりませぬ……」
「成程」と私は頷きました「そこで最後の十人目にこの拙者を選んだのでござるな――心得申した。承知致してござる。如何にも仰せに従って此彦四郎揮いましょうぞ?」――私は深い決心を以て引受けて了ったのでござります。
「それでは愈々いよいよご承引か?」
「その無道人を只一刀に息の根止めてご覧に入れる!」
「あいや、息の根止められましては、却って困難致しますゆえ‥…」
「左様であったの、では深手を、死なぬぐらいに付けると致そう」
 それから私は彼の後に従いて、狭い険しい階段を船底へ下りて行ったのでした。下り切った所にかんぬきを掛けた厳重な扉がございましたが、その中にこそ目指す相手が籠って居るのでござりました。
 私を此処まで導いて来た覆面をした年長の水夫が燈火を持って立ち去った後は、一点の燈火も無い真の闇で、扉も閂も見えはしません。その中で私は暫くの間、深い呼吸をして心気を沈め、やおら手探りに閂を外し、その瞬間に身を躍らせて、真直ぐに室の中へ突き入りました。果して私の背を掠めて、正しく扉口の左側から切り込んで来た太刀風が、鋭く横顔に感じましたが、既に其時は機先を制して私は室の中に居たのでした。そして私は思いました。恐らく是迄の九人の勇士は、この一刹那の機を誤って、あの鋭い一太刀の為めに空しく生命を失ったのであろうと。
 私は室の真中に呼吸を封じて立っていました。是ぞ忍術しのびの奥儀の一つ、生身を変じて死身にする「封息」の一手でございます。少くとも左様やって呼吸を封じて、突立っている瞬間だけは、人間を変じて木石とも為し、又、鼠とも大蛇おろちとも蛛蜘とも為ることが出来るのです。――封じた気息は遂には洩れる! その洩れる時が大切です。私は徐々そろそろと足を運んで扉の方へ参りました。そこに相手の居ないことは余りに明らかの事実です。ハッと切込んだ一転瞬に、ヒラリと体を変化させて、居所を眩すのが常道で、その常道の隙を狙って、逆に其方へ飛び込んで行くのが、忍術の奇道なのでございます。果して戸口には居ませんでした。そこで私は次の術――即ち、木遁の一手であって身を木の形に順応させそうしてその木と同化させる所の所謂「木荒隠形もくこういんぎょう」の秘法。それを使ったのでございます。易い言葉で申しますと、木目と同じような姿勢を作り、樹木と同じ心持ちとなる。――要するに是なのでございます。

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