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南蛮秘話森右近丸(なんばんひわもりうこんまる)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-3 7:34:51  点击:  切换到繁體中文


24[#「24」は縦中横]

 一人は上品な老女であった。すなわち他ならぬ浮木うきぎであった。
 後の四人は武士であった。が風俗は庭師である。その一人は銅兵衛どうべえであり、もう一人は三郎太であった。その他の武士は部下らしい。
 そうしてこれ等は云う迄もなく、処女造庭境を支配している唐姫からひめという女の家来なのであった。
「民弥という娘を捕らまえて、唐姫様のお言葉を、是非ともお伝えしなければならない」
 こう云ったのは浮木である。
「しかしくれぐれも云って置くが、決して手荒くあつかってはいけない。丁寧に親切にあつかわなければならない」
「かしこまりましてございます」
 こう云ったのは三郎太である。「丁寧にあつかうでございましょう」
「南蛮寺の裏の貧しい家に、住居すまいをしているということだ」
 またも浮木は云い出した。
「で慇懃に訪れて、事情を詳しく話すがいい」
「承知いたしましてございます」こう答えたのは銅兵衛である。
「唐姫様が仰せられた、お前達ばかりをやった日には、人相が悪く荒くれてもいる、恐らく民弥という若い娘は怯えて云うことを聞かないだろうと。でわたしも行くことになったが、憎い信長の管理している、京都の町を見ることは、この妾としては好まないのだよ」
「ご尤も千万に存じます」頷いたのは三郎太で「しかし我々が長い年月、心掛けていました南蛮寺の謎が、解かれることでございますから……」
「そうともそうともその通りだよ。だから妾も厭々ながら、京都の町へ行くというものさ。……が民弥という娘ごが、この私達の云うことを、順直すなおに聞いてくれないことには、その謎も解くことは出来ないだろう」
「もし民弥という娘ごが、不在でありましたら如何いかがしたもので」不安そうに聞いたのは銅兵衛であった。
「さあそれが心配でね」浮木の声は心配そうである。
「だが大概は大丈夫だろう。若い娘のことであり、父に死なれたということではあり。それにもう今日も夜になった、町など歩いてはいないだろう、大方は家にいるだろう」
 で一同は歩いて行く。
 どうやら話の様子によれば娘の民弥に用があって、民弥の家へ行くのらしい。
 しかし肝心のその民弥が、家にいないことは確かである。桐兵衛という人買の家に、捕らえられている事は確かである。
 一同は山を下って行く。ズンズンズンズン歩いて行く。
 誰が民弥を手に入れるだろう?
 うまく猿若が助け出すかしら?
 遠国廻りの人買共が、それより先に買い取るだろうか?
 それとも浮木の一団が、民弥の居場所を探し出すかしら?
 とにかく一人の民弥を挿んで、三方から三通の人達が、競争をしているのであった。
 ところで肝心のその民弥であるが、この頃どうしていただろう。
 恐ろしい人買の桐兵衛の家の、真暗な二階の一室に厳重に監禁されていた。
 雨戸がビッシリと閉ざされている。出入口も厳重に閉ざされている。逃げ出すことは絶対に出来ない。その上両手は縛られている。開けようとしても開けることが出来ない。
 彼女は格闘したのであった。しかし一人に大勢であった。ず懐刀を奪い取られ、続いて足を攫われた。悲鳴を上げたが駄目であった。
 縛られてこの部屋へ入れられたのである。
「ああどうしたらいいだろう?」
 民弥はじっと考え込んだ。
 人買共の話声が、階下から遠々しく聞こえてくる。
 隣部屋から泣声がする。やはり民弥と同じように捕らえられた不幸な娘たちが、監禁されているのだろう。
「ああどうしたらいいだろう」
 またも民弥は呟いた。
 と、にわかに笑声が、階下の座敷から聞こえてきた。続いて人買の親方の桐兵衛の喋舌しゃべり声が聞こえてきた。
「ヨーこいつはいい所へ来た、遠国廻りのお仲間か。さあ上るがいい上るがいい。ちょうど上玉が一人ある。早速売り渡すことにしよう」
 ――どうやら鴨川から上陸した、遠国廻りの人買が、桐兵衛の家へ着いたらしい。
 だがその時一枚の雨戸が音もなく戸外からスルスルと開けられ、顔を覗かせた子供があった。
 誰なのか、猿若である。
 しかしその時階段を上る、人の足音が聞こえてきた。桐兵衛の手下の人買が、民弥を連れに来たのらしい。

25[#「25」は縦中横]

 最初に部屋へ入り込んだは、幸いにも猿若少年であったが、こう民弥たみやへ囁いた。
「声を立てちゃあいけませんよ。俺らは怪しい者ではない。お前さんを助けに来たものだ。さあさあ逃げたり、お逃げお逃げ! オッとそうそう縛られていたっけ。これでは逃げるにも逃げられめえ。よしきた俺らがいてやろう。……いやいやそれでは間に合わない。切ってしまおう切ってしまおう!」
 常時いつも懐中ふところに用意している小刀を引き抜くと、バラバラと縄を切り払ったが、「さあさあこっちだ、裏から逃げよう、まごまごしていると取っ捉まる。……お聞きよお聞きよ、足音がする! 人買共の足音だ! 入って来られたら大変だ! 目つけられたら大事になる! ……俺らの身分は後から云う! ……心配はいらない心配はいらない! ……黙って付いて来るがいい」
 こうして民弥を裏口から下ろし、自分も裏庭へ飛び下りたとたん、人買共がドヤドヤと、戸口から部屋の中へ入って来た。
「おっ、どうした、居ないではないか!」こう呶鳴どなったのは例の一ツ目。
「やっ、裏口が開いていらあ」続いて叫んだのは勘八であったが、直ぐに裏口へ飛んで行った。
「大変だ大変だ。逃げて行く! ……おっ、一人は小僧ッ子だ!」
「どれどれ」と一ツ目も覗いたが、「一人は民弥だ! 一人は猿若!」
「それじゃア猿若が裏から忍んで、助け出したに違いない! とんでもない小僧だ、うっちゃっては置けない」
 バタバタと駈け下りた人買共は階下へ下りると叫び立てた。
「親方、やられた、攫われた!」こう云ったのは勘八である。
「何を!」と立ち上ったは柏野の里の桐兵衛、「何だ何だどうしたんだ?」
「何だじゃない、大変だ、あの小僧ッ子の猿若めが、民弥を攫って行ったんだよ!」
「え、ほんとうか、途方もねえ話だ! あんな素晴らしい上玉を、あんな小倅に横取られた日にゃア、俺らの商売は成り立たない! さあさあ皆な追っかけろ!」
「それ!」と云うと人買共は親方の桐兵衛を真先に、裏口から一散に走り出したが、もうこの頃には民弥と猿若は、数町のあなたを走っていた。
「さあさあ民弥さん、お走りお走り! ぐずぐずしていると取っ捉まる。取っ捉まったらもういけない。それこそ酷い目に逢わされる。売られるだろう売られるだろう。それも遠くへ売られるのだ。二度と都へは帰れない。……おやいけない。足音がする。あッいけない追っかけて来る。力一杯逃げたり逃げたり!」
 で、二人は走って行く。
 この辺りは郊外で人家に乏しく、林や藪が立っている。すなわち小北山の山脈で、道らしい道も出来ていない。たとえ助けを呼んだところで、助けにやって来る人はない。でどうしてもひた走って、町の方へ出なければならないのである。
 おりから月夜で物の影が見え、逃げて走るには不便であった。隠れることもむずかしく、横へ反れることもむずかしい。でどこ迄も逃げなければならない。
 南へ走れば町へ出られる。東へ走っても町へ出られる。だがもし北の方へ走ろうものなら、南鷹ヶ峰の山地となり、そうして西の方へ走ろうものなら、小北山から衣笠山となり、同じく町へは出られない。

26[#「26」は縦中横]

 ところが人買の追手達は、東の方から走って来る。だから東へは逃げられない。どうでも南へ逃げなければならない。ところがそっちへも逃げられなかった。と云うのは人買の追手共が、にわかに同勢を二つに分け、一手が南へ廻ったからである。で二人は残念ながら、西へ西へと逃げることになった。
 一人は子供で一人は娘、足の弱いのは知れている。とはいえ命がけの場合である。いつもの二倍も走ることが出来る。
 一所懸命走って行く。走りながら猿若は喋舌しゃべるのである。
「ねえ民弥さん民弥さん、俺らを疑っちゃアいけないよ。安心して俺らにまかせるがいい。もっとも俺らも悪いことをした。人形を盗もうとしたんだからなあ。もっともそいつは失敗したが。……ええとそれからもう一つ、もっとよくないこともした。と云うのは民弥さんのおとうさんを……どうもこいつだけは云えないなあ。あんまり酷いことをしたんだからなあ。……だってそれだって本心からじゃアない。みんな親方に云い付けられたんだ。そりゃア悪事には相違ないが、だって親方の云い付けなら、厭だと云うことは出来ないからなあ。……オヤオヤ足音が近くなったぞ! どれどれこの辺りで振り返ってみよう……あッいけない追い逼って来た。ナーニ大丈夫だ、逃げ通してみせる。一町とは逼っていないんだからなア。……そりゃア俺らは善人ではない。が、今では善人だよ。悪戯いたずら小僧には相違ないが、だって今ではいい子供だ。だからよ民弥さん堪忍しておくれよ。ね、ね、ね、昔の罪はね! ……そりゃアそうとどうもいけない。だんだん足音が近くなって来る」
 民弥は無言で走って行く。民弥には全く不思議であった。
 何が何だかわからなかった。猿若というこの小供が、何故自分を助けたのか? そうしてどうしてこの小供が、自分の名などを知っているのか? いやいや決してそればかりではない、逝くなった父の弁才坊のことや、そうして人形のことなどを、どうして口へ出すのだろう? ――何も彼も民弥には解らなかった。だがただ一つ解っていることがあった。それは自分のあぶない所を、助けてくれたということである。で民弥は心から、有難く思ってはいるのであったが、口へ出しては云わなかった。と云うのはうっかり声を出して、そのため呼吸いきでも乱れたら、そのまま倒れてしまうだろうと――こういう不安があったからである。
 で、黙ったままひた走る。
 だが精力には限りがある。だんだん二人は疲労つかれてきた。足の運びも遅くなり、胸が苦しく呼吸がはずむ。
「ああもうわたしは走れない」
 民弥がこう云って足を止めた時、人買の追手が追い逼った。
 すぐに民弥と猿若とを、グルグルと包囲したのである。
「これ」とわめいて進み出たのは、人買の頭の桐兵衛であった。
「民弥、猿若、もう駄目だ! おとなしく従いて来るがいい。アッハッハハ飛んでもない奴等だ、そんな小供や小娘に、裏掻かれるような俺達なら、とうの昔に縛られている……さあさあ帰れ従いて来い。……民弥にはおりよく買手が付いた。売るからそのつもりでいるがいい、……ところでチビの猿若だが、呆れた真似をしおったなあ。香具師と人買とは仲間のようなものだ。その仲間を裏切ってよ、仕事の邪魔をやるなんて、交際つきあいを知らねえにも程がある。そういう悪い小倅には、それだけの仕置をしなけりゃアならねえ。佐渡か沖の島か遠い所へ、こいつも小僕こものとして売ってやる。……さあお前達!」と云いながら、手下の人買を見廻したが、「こいつら二人を引っ担いで行け!」
「さあ来やアがれ!」と五六人の人買が民弥と猿若とへ飛びかかった。
「何だい何だい悪者め!」こう呶鳴どなったのは猿若である。
「来やがれ来やがれ、叩っ切って見せる」
 そこで懐刀を振り廻したが、疲労てはいるし敵は大勢、到底勝目はなさそうであった。
 民弥に至っては尚更である。立っているさえ苦しい程に、心も休も疲労切っていた。
何人どなたかお助け下さいまし!」
 救いの声を立てながら、ヒョロヒョロ逃げ廻るばかりである。
 こうして民弥と猿若とは、せっかくここ迄は逃げて来たが、またもや人買の手にかかり、連れ戻されなければならなかった。
 だがその時松火たいまつが、手近の森陰から現われて、五人の人影が足を早め、近づいて来たのは何者であろう?
 見て取ったのは民弥である。追い廻す人買を突きのけて、一散にそっちへ走り出した。
「民弥めが逃げるぞ、追っかけろ!」
 人買が後を追っかける。

27[#「27」は縦中横]

 しかしその時には娘の民弥は、松火をかかげた一団の中へ、身を躍らせて飛び込んでいた。
「これは娘ごどうなされた」
 こう云いながら見守ったのは、一人の立派な老女であった。他でもない浮木うきぎである。そうして現われたこの一団こそ、例の庭師の一群であった。
「はい」と云うと娘の民弥は、クタクタと土へ崩折れたが、「わたしは京の片隅かたほとりに住む民弥と申す者にござります。人買の手にかかりまして……」
「なに、民弥? ほほう左様か、これは幸、よい所で逢った。実はな、お前さまに逢おうと思うて、わざわざ山から下ったものでござるよ、……と云うのは他でもない、南蛮寺の謎につきましてな、おたずねしたいことがあるからでござるよ。……がそれは後でお訊ねするとして、大丈夫でござるお助けいたす」
 ここで浮木は庭師達を見たが、「あいや方々お聞きの通り、人買共が民弥殿を、誘拐かどわかそうと致したそうな。そうでなくてさえ世を乱す悪者、用捨はいらない討って取りなされ!」
「心得てござる」と答えたのは、庭師の一人の銅兵衛どうべえである。
「さあ方々」とその銅兵衛は味方の三人を見廻したが、「一度に抜き連れ、叩っ切りましょうぞ!」
 声に応じて四本の大刀[#「大刀」はママ]がキラキラと松火に反射した。四人腰の物を抜いたのである。
 庭師の扮装はしているが、決して尋常な庭師ではなく、いずれも名ある武夫もののふが何か世を忍ぶ理由わけがあって、そんな姿にやつしているのであろう。構え込んだ態度に隙がなく、素晴らしい手練を示している。
 だが人買の連中には、どうやらそんなことはわからないらしい。民弥の後を追っかけて、十人余り走って来たが、「これおのれら何者だ、娘を返せ、さあ渡せ!」呶鳴ったは親方の桐兵衛である。
 嘲笑ったは銅兵衛で、「黙れ! 鼠賊! 何を云うか! 民弥殿は我らが守護いたす、金輪際こんりんざい汝らに渡すことではない、取りたくば腕ずくで取って見ろ! 見れば人買、浮世の毒虫! 根絶やししてくれよう、観念しろ」
 ヌッと踏み出した気塊というものは、凄じい迄に高かった。
 ギョッとはしたが人買の桐兵衛、こいつも甲斐撫での悪党ではなかった。後へ退がると引き抜いた。「やあ手前達邪魔が入った、邪魔な奴から退治やっつけて、民弥をこっちへ取り返せ! 多少の腕はあるらしいが、人数は四人だ、知れたものだ、おっ取り囲んで鏖殺みなごろしにしろ!」
 手下に向かって声をかけた。
「云うにゃ及ぶだ」と人買共は一斉に抜き連れ飛びかかった。
「命知らずめ!」と一喝くれ、真っ先立って飛び込んで来た、人買の一人を大袈裟に、一刀にぶっ放した庭師の銅兵衛、「幾人でも来い、さあさあ来い! 一度にかかれ! さあさあかかれ!」
 血刀を揮って切込んだ。続いて三人が躍り込む。それを人買がおっ取り巻く。キラキラ! 太刀だ! 月光に映じ、十数本の太刀が閃めいたのである。悲鳴! つづいて仆れる音! 人買が切られて仆れたのであろう。
 むこうに一群、こっちに一群、庭師と人買とが切り合っている。バラバラと逃げる一群がある。それを追って行く一群もある。
 と、一方では猿若少年が、二三人の人買を相手にして、懐刀を縦横に揮っている。
「しめたぞしめたぞ味方が出た! 敗けっこはない敗けっこはない! さあさあこいつらめ鏖殺だ! まるかって来い、まるかって来い!」
 庭師の群が現われて、助太刀をすると見て取ったので、疲労つかれも忘れ勇気も加わり、軽快敏捷に立ち廻るのである。
 月光が上から照らしている。地上に捨てられた松火が、焔を上げて照らしている。四辺あたりは荒野! 点々と木立! そういう中での乱闘である。
 と、その時意外の事件が、忽然勃発することになった。
 浮木の姥の傍に立って、乱闘を見ていた娘の民弥が、何と思ったか身を飜すと、町の方を目掛けて一散に、野草を蹴散らして走り出したのである。
 一体どうしたというのだろう? 乱闘に驚いて逃げたのであろうか? それとも何かそれ以外に、逃げて行かなければならないような、大事な理由があるのだろうか?
 大事な理由わけがあったのである。
「山から下って来た庭師風の人達、南蛮寺の謎を解こうとして、わたしを尋ねて来たという、ではやっぱり敵なのだ。うかうかしてはいられない。危難を救われた恩はあるが、いつ迄も縋っていようものなら、難題を出されないものでもない。逃げよう逃げよう逃げて行こう!」
 で、民弥は逃げ出したのである。
 仰天したのは浮木の姥で、「民弥殿、民弥殿、逃げてはいけない。何も恐ろしいことはない。戦いは我らの勝でござる。そうして我らは悪者ではござらぬ。お帰りなされ、お帰りなされ」――で後を追っかけた。
 何で民弥が帰るものか。民弥は懸命に走って行く。
 木間をくぐり、坂道をまろび、月光を蹴散らし、町へ町へ! 町の方へと走って行く。
 しかし民弥は逃げられなかった。
 行手に盛り上った森があり、そこの前まで駈けて行った時、五六十人の同勢に、グルグルと取り囲まれてしまったのである。

28[#「28」は縦中横]

 まことに異風な人達であった。
 大方の者は赤裸で、あかねの下帯をしめている。小玉裏の裏帯を、幾重にも廻して腰に纏い、そこへ両刀を差している。
 つかみ乱した頭の髪、それを荒縄で巻いている。黒波くろはの脚絆で脛を鎧い、武者草鞋わらじをしっかりと穿いている。そうして或者は熊手を持ち、そうして或者はまさかりかつぎ、そうして或者はかけやをひっさげ、更に或者は槍を掻い込み、更に或者は斧をたずさえ、龕燈がんどうを持っている。
「あっ」と仰天した娘の民弥は、ベッタリ地上へ坐り込んでしまった。
 極度に胆を潰したのである。
 胆の潰れたのは当然といえよう、一難が去れば一難が来る。そうして新しい災難は、以前の災難よりより以上、恐ろしいものであるのだから。
 気丈の民弥も顫え上り、茫然として見守った。
 が、それにしてもこの連中は、どういう身分の者だろう?
 浮木の姥が走って来て、その連中とぶつかった時、大体身分の見当が付いた。
「おっ、おのれらは茨組いばらぐみか!」こう云ったのは浮木である。
「珍らしいの、浮木の姥か」
 こう云って進み出た壮漢は、この一党の頭と見え、荒々しい顎鬚を顎にたくわえ、手に鉄棒をひっさげている。年の頃は四十五六、腹巻で胴を鎧っている。星影左門ほしかげさもんという人物である。
唐姫からひめ殿はご無事かの?」嘲笑うように訊き返した。
「うむ」と云ったが浮木の姥は、かなり周章あわてた様子であった。「いつ其方そち達は上洛したぞ?」
「ご覧の通りさ、たった今さ」
「で、何のために上洛したな?」
京師みやこを掠めようその為さ」
「が、そいつはよくあるまい」浮木はその眼をひそめたが、
「あの信長めが京師を管理し、威令行なわれているからの」
「そんなことには驚かないよ」星影左門は笑ったが「何の検断所の役人どもに、指一本でもささせるものか」
「が、それにして何のために、五六十人ばかりの同勢で、いまごろ上洛して来たな?」
「唐姫殿が欲しいからよ」
「ふふん」と浮木は嘲笑った。「お前のような人間は、唐姫様にはお気に召さぬそうな」
「それは昔からわかって居るよ」星影左門も負けてはいない。
「が、腕ずくでも手に入れて見せる」
 浮木の姥はまた笑ったが、「我等の勢力を知らぬと見える」
 すると左門も笑ったが、「そういうことを云うお姥こそ、我々の勢力を知らぬと見える。……と云うのはここにいる人数こそ、六十人にも不足だが、なお後から続々と、大勢の者が上洛のぼるのだ、のみならず土右衛門つちえもん槌之介つちのすけも、衆をひきいて上洛るのだ。いやいやその上に筑右衛門ちくえもんまでが、衆をひきいて来るのだよ」
「ふふん」と云ったものの浮木の姥はいささか胆を奪われたらしい。「よかろうよかろう幾百人でも来い。しかし我等が固めている、処女造庭の境地へは、一歩たりとも入れぬからの」
「入れぬと云っても入ってみせる。がそれは後日の問題だ。今夜はこれで別れよう」
「これ」と浮木は声を強めた。「娘をこちらへ引き渡せ」
 すると左門は民弥を見たが「随分美しい娘だの。酌などさせたら面白かろう。……お気の毒だが渡されぬよ」
「是非とも渡せ! 大事な娘だ!」
「ほほうそんなにも大事かな?」
「大事な娘だ、さあさあ渡せ!」
「では」と云うと星影左門は一層意地の悪い顔をしたが、「では尚更渡されぬよ。と云うのはこいつを囮にして、我等の望みを遂げたいからさ」
 ここでグルリと手下を見たが、
「さあさあおのれらこの娘をつれて、目的の地へ行くがよい」
 もうこうなっては仕方がない、浮木はたった一人である、左門の一党は多勢である。
「娘を渡せ! 娘を渡せ!」
 浮木の叫ぶのを意にも介せず、
「どうぞお許し下さいまし、家へ帰らして下さいまし」
 こう云う民弥の言葉も聞かず、大盗茨組の一党は、民弥を数人で宙につるし、悠々として山路を下り、京都の町へ入ったが、そのまま行方ゆくえをくらませてしまった。

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