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太郎坊(たろうぼう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 10:01:34  点击:  切换到繁體中文


と笑い出した。その面上にははや不快の雲は名残なごり無く吹きはらわれて、そのまなこは晴やかにんで見えた。この僅少わずかの間に主人はその心のかたむきを一転したと見えた。
「ハハハハ、云うてしまおう、云うてしまおう。一人で物をおもう事はないのだ、話して笑ってしまえばそれで済むのだ。」
と何か一人で合点がてんした主人は、言葉さえおのずと活気を帯びて来た。
「ハハハハハ、お前を前に置いてはちと言いにくい話だがナ。実はあの猪口は、むかしおれが若かった時分、アア、今思えば古い、古い、アアもう二十年も前のことだ。おれが思っていた女があったが、ハハハハ、どうもちッと馬鹿ばからしいようで真面目まじめでは話せないが。」
と主人は一口飲んで、
「まあいいわ。これもマア、酒に酔ったこの場だけの坐興で、半分位も虚言うそぜてはなすことだと思って聞いていてくれ。ハハハハハ。まだ考のさっぱり足りない、年のゆかない時分のことだ。今思えば真実ほんとゆめのようなことでまるで茫然ぼんやりとした事だが、まあその頃はおれの頭髪あたまもこんなに禿げてはいなかったろうというものだし、また色も少しは白かったろうというものだ。何といっても年が年だから今よりはまあしだったろうさ、いや何もそう見っともなく無かったからという訳ばかりでも無かったろうが、とにかくある娘に思われたのだ。思えば思うという道理で、しょうが合ったとでもいう事だったが、先方さきでも深切にしてくれる、こっちでもやさしくする。いやらしい事なぞはちっとも口にしなかったが、胸と胸との談話はなしは通って、どうかして一緒いっしょになりたい位の事はたがいに思い思っていたのだ。ところがその娘の父にばれて遊びに行った一日あるひの事だった、この盃で酒を出された。まだその時分は陶工やきものしの名なんぞ一ツだって知っていた訳では無かったが、ただ何となく気に入ったのでしきりとこの猪口を面白おもしろがると、その娘の父がおれにむかって、こう申しては失礼ですが此盃これがおもしろいとはお若いに似ずお目が高い、これは佳いものではないが了全りょうぜんの作で、ざっとした中にもまんざらの下手へたが造ったものとはちがうところもあるように思っていました、とよろこんで話した。そうするとそばに居た娘が口を添えて、大層お気に入ったご様子ですが、お気に召しましたのは其盃それの仕合せというものでございます、よろしゅうございますからお持帰下さいまし、失礼でございますけれど差上げとうございます、ねえお父様、進上げたっていいでしょう、と取りなしてくれた。もとより惜むほどの貴いものではなし、差当っての愛想あいそにはなる事だし、また可愛かわいがっている娘の言葉を他人ひとの前でくじきたくもなかったからであろう、おやただちに娘の言葉に同意して、自分の膳にあった小いのをもあわせておくってくれた。その時老人の言葉に、すみれのことをば太郎坊次郎坊といいまするから、この同じような菫の絵の大小二ツの猪口の、大きい方を太郎坊、小さい方を次郎坊などと呼んでおりましたが、一ツはなしてげるのも異なものですから二つともに進じましょう、というのでついに二つともれた。その一つが今こわれた太郎坊なのだ。そこでおれは時々自分の家で飲む時には必らず今の太郎坊と、太郎坊よりは小さかった次郎坊とを二ツならべて、その娘と相酌あいじゃくでもして飲むような心持で内々ないない人知らぬ楽みをしていた。またたまにはその娘にった時、太郎坊があなたにお眼にかかりたいと申しておりました、などと云ってたわむれたり、あの次郎坊が小生わたくしに対って、早く元のご主人様のお嬢様じょうさまにお逢い申したいのですが、いつになれば朝夕お傍に居られるような運びになりましょうかなぞと責め立てて困りまする、と云ってあかい顔をさせたりして、真実ほんとうに罪のない楽しい日を送っていた。」
いにしえのしず苧環おだまきり返して、さすがに今更今昔こんじゃくの感にえざるもののごとくれと我が額に手を加えたが、すぐにその手を伸して更に一盃を傾けた。
「そうこうするうち次郎坊の方をふとした過失そそうで毀してしまった。アア、二箇ふたつ揃っていたものをいかに過失とは云いながら一箇ひとつにしてしまったが、ああ情無いことをしたものだ、もしやこれが前表ぜんぴょうとなって二人が離ればなれになるような悲しい目を見るのではあるまいかと、いたくその時は心をなやました。しかし年はわかいし勢いは強い時分だったからすぐにまた思い返して、なんのなんの、心さえたしかなら決してそんなことがあろうはずはないと、ひそかにみずから慰めていた。」
と云いかけて再び言葉をよどました。妻は興有りげに一心になって聞いている。庭には梧桐を動かしてそよそよとわたる風が、ごくごく静穏せいおんな合の手をいている。
「頭がそろそろ禿げかかってこんなになってはおれもかなわない。過般こないだ宴会えんかいの席で頓狂とんきょう雛妓おしゃくめが、あなたのお頭顱つむりとかけてお恰好かっこう紅絹もみきますよ、というから、その心はと聞いたら、地がいて赤く見えますと云って笑いころげたが、そう云われたッてはらも立てないような年になって、こんなことを云い出しちゃあ可笑いが、難儀なんぎをした旅行たびはなしと同じことで、今のことじゃあ無いからなにもかも笑ってむというものだ。で、マア、その娘もおれの所へ来るという覚悟かくご、おれも行末はその女と同棲いっしょになろうというつもりだった。ところが世の中のお定まりで、思うようにはならぬ骰子さいという習いだから仕方が無い、どうしてもこうしてもその女と別れなければならない、強いて情を張ればその娘のためにもなるまいという仕誼しぎ差懸さしかかった。今考えてもひやりとするような突き詰めた考えもおこさないでは無かったが、待てよ、あわてるところで無い、と思案に思案して生きは生きたが、女とはとうとう別れてしまった。ああ、いつか次郎坊が毀れた時もしやと取越苦労とりこしぐろうをしたっけが、その通りになったのは情け無いと、太郎坊を見るにつけては幾度いくたびとなく人には見せぬなみだをこぼした。が、おれは男だ、おれは男だ、一婦人いっぷじんのために心を労していつまで泣こうかと思い返して、女々めめしい心を捨ててしきりに男児おとこがって諦めてしまった。しかしとしっても月が経っても、どういうものか忘れられない。別れた頃の苦しさは次第次第に忘れたが、ゆかしさはやはり太郎坊や次郎坊の言伝ことづてをして戯れていたその時とちっとも変らず心に浮ぶ。気に入らなかったことはみな忘れても、いいところは一つ残らず思い出す、未練とはさとりながらも思い出す、どうしても忘れきってしまうことは出来ない。そうかと云ってその後はどういう人に縁付いて、どこにその娘がどう生活くらしているかということも知らないばかりか、知ろうとおもうこころも無いのだから、無論その女をどうこうしようというような心はゆめにも持たぬ。無かった縁にまよいはかぬつもりで、今日に満足して平穏へいおんに日を送っている。ただ往時むかし感情おもいのこした余影かげが太郎坊のたたえる酒の上に時々浮ぶというばかりだ。で、おれはその後その娘を思っているというのではないが、何年後になっても折節は思い出すことがあるにつけて、その往昔むかし娘を思っていたおもいの深さを初めて知って、ああこんなにまで思い込んでいたものがよくあの時に無分別をもしなかったことだとよろこんでみたり、また、これほどに思い込んでいたものでも、無い縁は是非が無いで今に至ったが、天のこころというものはさて測られないものではあると、なんとなく神さまにでもたよりたいような幽微かすかな感じを起したりするばかりだった。お前が家へ来てからももうかれこれ十五六年になるが、おれが酒さえ飲むといえばどんな時でも必らずあの猪口で飲むでいたが、はなすにはおよばないことだからこの仔細しさいは談しもしなかった。このはなしおまえさえ知らないのだものだれが知っていよう、ただ太郎坊ばかりが、太郎坊の伝言ことづてをした時分のおれをよく知っているものだった。ところでこの太郎坊も今宵こよいを限りにこの世に無いものになってしまった。その娘はもう二十年も昔から、存命ながらえていることやら死んでしもうたことやらも知れぬものになってしまう、わずかに残っていたこの太郎坊も土に帰ってしまう。花やかで美しかった、暖かで燃え立つようだった若い時のすべての物の紀念かたみといえば、ただこの薄禿頭、お恰好の紅絹もみのようなもの一つとなってしもうたかとおもえば、ははははは、月日というものの働きの今更ながら強いのに感心する。人の一代というものは、思えば不思議のものじゃあ無いか。頭が禿げるまで忘れぬほどに思い込んだことも、一ツ二ツとくさびけたりれたりして車がくなって行くように、だんだん消ゆるに近づくというは、はて恐ろしい月日の力だ。身にもえまいとまでにしたったり、浮世をいとまでに迷ったり、無い縁は是非もないと悟ったりしたが、まだどこともなく心が惹かされていたその古い友達の太郎坊も今宵はくだけて亡くなれば、こいも起らぬ往時むかしに返った。今の今まで太郎坊を手放さずおったのも思えば可笑しい、その猪口を落して摧いてそれから種々いろいろ昔時むかしのことを繰返して考え出したのもいよいよ可笑しい。ハハハハ、氷をもてあそべば水を得るのみ、花のにおい虚空そらに留まらぬと聞いていたが、ほんとにそうだ。ハハハハ。どれどれめしにしようか、長話しをした。」
と語りおわって、また高く笑った。今は全く顔付も冴えざえとした平生つねの主人であった。細君は笑いながら聞き了りて、一種の感に打たれたかのごとく首を傾けた。
「それほどまでに思っていらしったものが、一体まあどうして別れなければならない機会はめになったのでしょう、何かそれには深い仔細があったのでしょうが。」
とは思わず口頭くちさきはしった質問で、もちろん細君が一方ひとかたならず同情を主人の身の上に寄せたからである。しかし主人はその質問には答えなかった。
「それを今更話したところで仕方がない。天下は広い、年月つきひ際涯無はてしない。しかし誰一人おれが今ここで談す話を虚言うそだとも真実ほんとだとも云い得る者があるものか、そうしてまたおれが苦しい思いをした事を善いとも悪いとも判断してくれるものが有るものか。ただ一人遺っていた太郎坊は二人の間の秘密をもくわしく知っていたが、それも今むなしくなってしまった。水を指さしてむかしの氷の形を語ったり、空を望んで花の行衛ゆくえを説いたところで、役にも立たぬ詮議せんぎというものだ。昔時むかしを繰返して新しく言葉をついやしたって何になろうか、ハハハハ、笑ってしまうに越したことは無い。云わば恋の創痕きずあとかさぶたが時節到来してはがれたのだ。ハハハハ、大分いい工合ぐあいに酒もまわった。いい、いい、酒はもうたくさんだ。」
と云い終って主人は庭を見た。一陣いちじんの風はさっとおこって籠洋燈かごランプの火をまたたきさせた。夜の涼しさは座敷に満ちた。

(明治三十三年七月)




 



底本:「ちくま日本文学全集 幸田露伴」筑摩書房
   1992(平成4)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「現代日本文学全集4」筑摩書房
入力:林 幸雄
校正:門田裕志
2002年12月5日作成
2003年7月20日修正
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