您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 佐々木 味津三 >> 正文

右門捕物帖(うもんとりものちょう)12 毒色のくちびる

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:17:46  点击:  切换到繁體中文


     5

 いつもながら所捜しは伝六が得意で、目ざした番町の内でこそはありませんでしたが、ほり一つ向こうへ越した市ガ谷本村町のかど地面に、それなる不逞漢ふていかん弥三郎が、今、旗本真柄まがら弥三郎に成りすまして、そしらぬ顔に高禄こうろくの五百石を私しているということがわかりましたものでしたから、右門はゆうぜんとして駕籠をおりると、おどろき怪しんでいる門番のおやじをしりめにかけながら、ずっと玄関にかかりました。
 ――と、はいるや同時に、ちらりと右門の目を射たものは、そこの玄関先に不行儀そのもののごとく脱ぎすてられている三足の雪駄せったと、それからまだ土のつかない一足のわらじでありました。人が出はいりするために設けられた玄関ですから、雪駄があろうと、わらじがあろうと、べつに不思議も不審もなさそうに思われましたが、右門の観察眼はしばしばいうごとく、少しばかりできが違いますので、早くもそれと見ると、微笑しながら伝六にささやきました。
「あぶねえあぶねえ、いまひと足おくれたら、おれたちもこの寒空に旅へ出かけなきゃならなかったかもしれねえぜ」
「えッ。じゃ、野郎め、事のバレたのをかぎつけやがって、逐電の用意をしているとでもいうんですかい」
「そうさ、この不行儀な雪駄の脱ぎぐあいをまずよく見ねえな。三足が三足ともに、あっちへ一方、こっちへ一方飛び飛びになっているところをみると、どうやらはき主があわてて駆けつけて、あわてて駆け上がったらしい様子だよ。しかも、見りゃどれもこれも印伝鼻緒で、金めらしい二枚裏だからな。おそらく、このはき主ゃ、道楽仲間の悪旗本連だよ。そのうえに、土のちっともつかねえ真新しいわらじが、はくのを待つばっかりでこちらむきにそろえてあるとすりゃ、野郎が逐電の覚悟をつくりゃがって、大急ぎに道楽仲間を呼び寄せたとしきゃ読めねえじゃねえか」
「いかさまね。じゃ、ここで待ち伏せしててやりましょうか」
「ああ。しだいによると、野郎たちダンビラ抜くかもしれんから、十手の用意をしておくがいいぜ」
 うまいぐあいに寒竹笹かんちくささの浅い繁みが玄関わきの左手にあったものでしたから、伝六は十手、右門はゆうぜんとふところ手をしたままで姿をかくしながら、様子やいかにと耳をそばだてていると、果然どやどやとあわただしい足音をさせて一刻をも争い顔にそこへ姿をみせた者は、右門のにらんだとおり、ひと目にそれと察しられる三人の旗本と、それから旅装束の一人でありました。念を押してみるまでもなく、旅装束のその小がらのやつが、目ざした不逞漢弥三郎とわかりましたものでしたから、右門はのっそりと両手を懐中にしたままで姿を見せると、満面に莞爾かんじとしたみをのせながら、黙ってぬうッとその面前に立ちふさがりました。
 ぎょッとなったのは、むろんのことに四人の者で、それも立ちふさがった相手が不敵なことに、両手を懐中にしたままでにこやかにうち笑ってさえいたものでしたから、ややしばしぼうぜんと気をのまれたもののようでしたが、ようやくそれと気がついたのでありましょう――、
「さては、きさまが右門じゃなッ。まんまと鼻をあかしてやろうと存じていたが、もうこうなりゃあ水のあわじゃ。それッ、おのおの、ぬかりたもうなッ」
 いうや、三人の旗本がいっせいにけしきばむと、期したるごとくにその強刀へ手をかけて、必死に弥三郎をうしろにかばいました。とみるや、右門は期したることではありましたが、できうべくんばけがもさせず、事も荒だてずにとり押えたいと思いましたので、いたってしずかに威嚇いたしました。
「抜くはよろしいが、ちとおん身たちでは手にあまる相手でござるぞ。それでも刃向かいだていたされるか」
 しかるに、向こう見ずなやつがあればあるものでした。
「ほざくなッ。義によってせっかく逐電させようと思いたったわれわれ三人じゃ。きさまこそ、たかが不浄役人の分際で、直参旗本を見くびると命がないぞッ」
 おろかなところへ旗本風を吹かして、いっせいに抜き放ちながら刃ぶすまをこしらえましたので、右門はゆうぜんとふところ手をしたまま、微笑しいしい三人の太刀たちの構えをうち見守っていましたが、と……弥三郎はけっきょく笑止千万な鍍金めっき旗本でありました。右門のぶきみなくらいにゆうぜんとしたおちつきぶりを見て、とうてい三人の悪友だけではわが身の安全がおぼつかないと思ったものか、いきなり家の内めがけて逃げ出しましたものですから、もう事ここにいたらば、右門に待たれるものはおなじみのあの草香流のみです。どこか別の出口をたよって遠くへ逐電したらあとがめんどうと思いましたので、おもむろにふところから両手を出すと、ぽきぽきと小気味よげに節鳴りをさせていましたが、もうそれが鳴れば、草香流の物をいうのは実に一瞬のうちのことでありました。
「ちょっくら地獄までいって涼んできなせえよッ」
 叫ぶや、刃先の下をかいくぐって、右、左、まんなかと、疾風迅雷しっぷうじんらいの早さであっさり三人をのけぞらしておくと、さあ伝六ッとばかりに、弥三郎のあとを追って屋内深く駆け入りました。
 ところが、どうもこれが奇態です。先に駆け込んでいったとはいうものの、たった七足か十足ぐらいの相違でしたから、まだどこかに弥三郎がまごまごしていなければならないはずでしたが、天にもぐったか地にもぐったか、不思議とその姿が見えませんでしたから、例のごとくに伝六がまず音をあげてしまいました。
「まるでのみみてえな野郎だね。どこの廊下口も雨戸はちゃんと締まっているんだから、表へ逃げ出したはずあねえと思うんだが、野郎め畳のめどへでももぐったんでしょうかね」
 またそう思われるのも無理がないので、出口出口の雨戸は厳重にかぎがかけられたままでしたから、とするならばいきおいまだ屋敷内に潜伏していなければならないはずでしたのに、へやべやを捜してみても、押し入れご不浄までのぞいてみても、どうしたことかようとしてその行くえがわからなかったものでしたから、とうとう弥三郎をのみにしてしまいました。
 その言い方がいかにも伝六らしい比喩ひゆでしたから、右門もほほえむともなくほほえみながら、しきりにあごのまばらひげをまさぐっていましたが、そのときはしなくも捕物名人の耳に伝ってきたものは、ざアざアという水の流れる音です。それもどうやら一時にあふれ出るような水音で、あまつさえその方角がまだのぞいてみなかった召し使いどもの用いる湯殿のほうでしたから、右門は時を移さずにやって行くと、この世におれの目の届かないところはないはずだといわぬばかりに、ぎろり中をのぞきました。
 と――、果然水音の出どころはそれなる湯殿の中で、不思議なことに丸い湯ぶねはちゃんとふたがきせられてあるにかかわらず、その周囲には今おけからあふれ出たばかりらしい暖かそうなお湯がもうもうと湯気をたてながら流れていたものでしたから、右門はそれを認めるや、くすり大きく笑っていたようでしたが、いきなり歩みよって、しっかり湯おけのふたを上から押えつけると、笑いわらい、伝六へ命じました。
「長生きはしてえもんじゃねえか。今日さまが毎日東から出るこたあ知っているが、まだこんな珍しい湯おけを見たことがねえよ。ついでのことに、伝馬町までみやげにしてやろうから、どこかその辺へ駆けていって、力のありそうな駕籠屋どもを三、四人ひっぱってきなよ」
「なるほどね、こいつあいかにも珍品にちげえねえや。じゃ、ひとっ走りいってきますから、しっかりふたを押えていなせえよ」
 魯鈍ろどんなること伝六ごときものをもってしても、ふたはふさったままでいるのに、外には今なかからあふれ出でもしたような、お湯の流れ伝わっているそんな化けぶろおけは、めったにお目もじのできない品物でしたから、早くもそれと知ったか、丸くなって表へ飛び出していったようでしたが、まもなく命じたとおりの屈強な裸人足どもを四人引き連れまして、珍しくも気のきいたことには、がんじょうな麻なわすらも携えてまいりましたので、右門はただちに人足どもに命じて、じゅうぶんに湯おけをふたごとくくらしました。
 といっしょに、ばちゃばちゃと中でもがきながら、案の定言い叫んだ弥三郎の声がありました。
「恐れ入りましてござります。もうけっしてむだなお手数はおかけいたしませぬによって、どうかふただけお取りくださいまし。とても湯気がこもって生きた心持ちはござりませぬゆえ、ふただけはお取りのけくださいまし」
 しかし、右門は厳としていいました。
「うすみっともねえ泣きごとをいうな。加賀百万石のお殿さまだっても、お湯に浸ったままで江戸の町を道中するなんておぜいたくはなさらねえじゃねえか。それに、きさまひとりのために命を失ったものがふたりもあるんだから、熱いくらいはがまんしろ」
 きびしくしかりつけておくと、いかさま加賀百万石をうちしのぐ珍道中ぶりで、人足どもにそれをかつがせながら、草香流におまじないをされたままで玄関先にのけぞっている悪旗本どもをしり目にかけつつ、さっさと伝馬町へ急がせました。
 いうまでもなく、伝馬町にはあばたの敬四郎が例のあの悪い癖を出して、見当違いなホシとも知らずに、きっと今も無実の美男相撲ずもう、江戸錦四郎太夫を痛み吟味にかけているだろうと思ったからでありますが、案の定乗りつけてみると、ありとありたけの責め道具をそこに並べて、いたけだかになりながら必死と痛めつづけていましたものでしたから、右門はやにわに敬四郎の目前へどかりふろおけをうちすえさせると、微笑を含みながら、やや皮肉にいいました。
「やぶにらみもいいかげんにしなせえよ。さっきの死骸の駕籠のお礼に、人間の湯づけを一匹おみやげに持ってまいりましたから、じっくりとこの中の野郎をご覧なせえな」
 いうや、ぷつりとなわを切って、ふたを取りはずしてやったものでしたから、ゆでだこのようなまっかな顔でへとへとになりながら飛び出した者は、旅装束をつけたままで湯づけの道中をしてきた不逞漢ふていかん弥三郎でした。
 といっしょで、感謝あまったものか、江戸錦が、うしろ手にいましめられたままの大きなからだをがばとそこへ折り曲げると、右門のほうを伏し拝むようにしながら、白州の砂礫されきにしみるほどな大粒の涙をぼろぼろとはふり落としました。
 しかし、右門はいつもながらの右門でした。いたたまらないもののごとくこそこそと逃げていったあばたの敬四郎のうしろ姿を笑止げに見送りながら、そのいましめをぷっきりほどいてやると、物静かにいいました。
「もうこうなりゃ、右門というあっしがお味方だから、お血筋の真柄家を再興するなり、おすきならば関取り修業を励むなり、お気ままにしなせえよ。――では、伝六、そっちの湯づけのほうは揚がり屋敷へおっぽり込んでおいてな、江戸錦どんとあとからゆっくりやって来なよ。豪気に寒いようだから、お近づきのしるしにお関取りといっしょで寄せなべでもつつこうじゃねえか」
 言いおくと、ふところ手の中からあごをなでなで、ゆうぜんと歩み去りました。
 ――これは余談ですが、人はやはり身に備わった芸技と、その命運の示すところに左右されるものとみえて、りっぱなお直参にもなれる身分でありながら、断然江戸錦は関取修業をつづけ、のち三年にして関脇せきわけの栄位を修め、恰幅かっぷく貫禄かんろくならびにその美貌びぼうから、一世の人気をほしいままにしたということでした。





底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年2月16日公開
2005年7月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告