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右門捕物帖(うもんとりものちょう)13 足のある幽霊

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:19:09  点击:  切换到繁體中文



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 ところが、ご番所へ行ってみると、果然伝六の言が的中いたしました。今度失敗すれば五へんめであり、かたがた相手はあばたの敬四郎という破廉恥漢なんだから、いかなむっつり右門でも、もう少し警戒したほうがよさそうにと思われたのに、少しおちついていすぎたものか、敬四郎の魔の手がすでに伸びていたあとでした。
 それも、根が敬四郎のことだから、普通の魔の手ではないので、右門のはいっていった姿を見ると、それに居合わした同僚のひとりが、きのどくそうにいいました。
「せっかくじゃが、ひと足おそうござったな。お奉行ぶぎょうさまがだいぶそなたをお待ちかねの様子じゃったが、お越しがなかったから敬四郎どのにご命令が下りましたぞ。もっとも、ああいうかただから、しきりと敬四郎どののほうからお頼みしていた様子じゃったがな」
「ではもう、てまえが手を下さなくともよろしいとのごじょうでござりまするな」
「そのような仰せでござりましたよ。敬四郎だけではちっと心もとないが、それほど本人が頼むなら、任してみるのもよろしかろうから、右門が参ったならば、いさぎよく手を引くよう申して、二、三日ゆっくり休養いたせと、このような仰せでござりましたよ」
 うまくことづてを横取りしたのをさいわい、お奉行職へ陰険な自薦運動を試みて、あきらかに右門の出馬を阻止した形跡が歴然としていましたものでしたから、さっそく鼻を高くしてがみがみときめつけだしたものは、いわずとしれた伝六でした。
「そら、ご覧なせえましな! 相手が人間の皮をかぶったやつならいいが、どぶねずみみたいなけだものだから、あんなにさっきせきたてたのに、雨がおつだの、柳がどうのと、隠居じみた寝言に夢中でいなすったから、こういうことになるんですよ。あっしゃもう知りませんぜ」
 水の出ばなの美丈夫右門を、とうとう隠居にこきおろしてしまって、しきりと口をとがらしていましたが、しかし右門は静かに微笑したきりでした。そこの訴状箱をかきまわしながら、指を切りとられたという訴えの、小石川台町と厩河岸の所番地を書き取って、そっとそれを懐中しながら、何かうそうそと皮肉そうに笑っていましたが、表へ出るとぽつり伝六にいいました。
「ではひとつ、どこかへ物見遊山ゆさんにでも行こうかな。二、三日ゆっくり休養しろとおっしゃったそうだから、久方ぶりに浅草の見せ物小屋でものぞきに行こうじゃねえか」
「いやですよ!」
「ほう、えらいけんまくだな。では、しかたがねえや。ひとりで出かけようぜ」
 伝六の雲行きがすばらしく険悪でしたので、右門は笑いわらいほりばたのほうへ曲がっていくと、そこに帳場を張っているご番所の町駕籠をあごでしゃくりながら、ゆったりうち乗りました。
 とみて、すねはすねたが、やっぱり伝六はかわいいやつで――
「行きますよ! 行きますよ! あっしのかんしゃくは親のせいなんだから、いまさらひとりぼっちにしなくったっていいじゃござんせんか! ――おうい、駕籠屋! 駕籠屋!」
 べそをかかんばかりに駆け寄りながら、あわてて駕籠を仕立てましたので、右門はくすくす笑いながら、絹雨にけむりたつ枝柳の濠ばたを、ずっと浅草めがけて走らせました。
 だが、いったように浅草へ行くには行ったが、その駕籠を乗りつけさせたところは不思議です。例の苦み走った折り紙つきの男まえに、それも前夜月代さかやきをあたらしたばかりなんだから、いっそう水々しくさえまさってみえる男まえに、おなじみの蝋色鞘ろいろざやをおとし差しで、
「許せよ」
 おうようにいいながら、そこの支倉屋はぜくらやと書かれた絵双紙屋の店先へずかずかとはいっていったようでしたが、店の奥にこごまっている主人らしい男をみかけると、とつぜん妙な品を尋ねました。
「江戸の絵図面をはんにおこして、売りさばいている店は、たしかにそのほうのところだったと存じて参ったが、違うかな」
「いいえ、てまえのところでございます。こればっかりはお許しがないと売り出せぬ品でございますゆえ、てまえの店の一枚看板にしておりますが、ご入用でございますか」
「さよう、あったら一枚売ってくれぬか」
 買いとってだいじそうに懐中すると、見せ物小屋のほうへ行くかと思うとそうではないので、待たしておいた駕籠をうたせながら、ずっと帰ってきたところは八丁堀はっちょうぼりの組屋敷です。それも帰ってくると、いまさら江戸の地図なぞを調べて、なんのたしになるかと思われるのに、あちらへこちらへと何本も赤い線を引きつつ、しきりにながめ入っていたものでしたから、またお株を始めたのは伝六でした。
「ちぇッ、がみがみいうまいと思っても、これじゃかんしゃくの起きるのがあたりまえじゃござんせんか。だましたり、すかしたり、うれしがらしたり、かついだり、さんざにおいだけをかがしておいて、奥山の見せ物小屋はいったいどこへひっこしたというんですか! ぽッと出のいなか与力じゃあるめえし、ちゃきちゃきの江戸のだんなが、いまさらおひざもとの絵図面に見とれるがところはねえじゃござんせんか。そうでなくとも、あば芋のやつにしてやられて腹がたっているのに、あんまり人をおなぶりなさると、今度こそは本気にすねますぜ!」
 しかし、右門は馬耳東風と聞き流しながら、しきりと丹念に町から町へ朱線を入れていましたが、と――、不意に莞爾かんじみをみせると、気味のわるいことをぽつりといいました。
「な、おい、伝六大将! 今夜は指切り幽霊、日本橋の本石町と神田の黒門町へ出没するぜ」
「えッ。不意に御嶽おんたけさまでも乗りうつったようなことをいいますが、支倉屋で売る絵図面の中には、そんなことまでが書いてあるんですかい」
「おれの目にゃそう書いてあるように見えるんだから、目玉一つでも安物は生みつけてもらいたくねえじゃねえか。まず、この絵図面のおれがいま引いた赤い線をたどってみろよ。てめえもさっき聞いたろうが、訴えてきたホシの野郎は、たしか、同一人といったろう。にもかかわらず、小石川の台町と浅草の厩河岸みたいな飛び離れたところへ、よくも町方の者に見とがめられねえで、二カ所もつづけて押し込みやがったなと思ったんで、不審に思って地図を調べてみたら、な、ほら、この赤い線をとっくりたどってみねえな。台町から厩橋へ行く道筋のうちにゃ、番太小屋も自身番も一つもねえぜ」
「いかさまね。おそろしい眼力だな。じゃ、なんでしょうかね、ホシの野郎はよっぽど江戸の地勢に明るいやつだろうかね」
「しかり。だから、今夜はきっと本石町と黒門町へ出没するにちげえねえよ。この二つの町をつなぐ道筋が、やっぱりゆうべ出没した町筋と同じように、一カ所だって番太小屋も自身番も見当たらねえんだからな」
「なるほどね。するてえと、野郎ちゃんとそれを心得ていて、恐れ多いまねをしやあがるんだね」
「あたりめえさ。どんな姿の野郎だか知らねえが、人が寝床へはいっているような寝しずまった夜ふけに、のそのそそこらを歩いていりゃ、どっかで番太小屋か自身番の寝ずの番に、ひっかからねえってはずあねえんだからな。野郎め、そいつを恐れやがって、番所のねえ町をたどりながら押し込みやがるんだよ」
「するてえと、敬公の野郎、そいつを気がついているでしょうかね」
「と申してあげたいが、あの下司げすの知恵じゃ、まず知るめえな。おおかた、今ごろは、まんまとおれに手を引かすることができたんで、のぼせかえりながら、せっせと被害者の身がらでも洗っているだろうよ」
「ちくしょう、くやしいな。お奉行さまもまたお奉行さまじゃござんせんか。なんだって、あんな野郎にお任せなすったんでしょうね。もし、今夜もだんなのおっしゃるように、指を盗まれる者があるとするなら、災難に会う者こそきのどくじゃござんせんか」
「だから、おれもさっきから、ちっとそれを悲しく思っているんだよ。おまえはおれのお番所へ行きようがおそかったんで、がみがみどなったようだが、断じておれのおそかったせいじゃねえよ。あばたの大将がことづてを横取りしやがったのが第一にいけねえんだ。第二には、身のほども知らずに、お奉行さまへ食いさがって、おれをのけ者にしたことがいけねえんだ。お奉行さまからいや、それほどあばたの敬公が意気込んでいるのに、おまえでは役にたたぬ、ぜひにも右門にさせろとやつの顔をつぶすようなことはできねえんだからな。それに、敬公といやなにしろ同心の上席で、ちったあ腕のきく仲間として待遇されてもいるんだからな。潔く手を引いていろとご命令があった以上は、それに服するよりしかたがねえさ」
 いうと、黙念としながら腕をくんで、ややしばしうち沈んでいたようでしたが、ふと見ると、右門のまなこの奥に、かすかなしずくの宿されているのが見えましたものでしたから、気早な伝六にはそれがくやし涙と思われたのでしょう。
「お察しします……お察しします。さぞおくやしいでござんしょうが、それもこれもみんなあばたの畜生がいけねえんだから、あんなげじげじ虫ゃ人間の数にへえれねえやつだと思って、おこらえなすってくだせえまし……おこらえなすってくだせえまし……」
 あわてて目がしらを手の甲でぬぐい去ると、くやしそうに歯ぎしりをかみました。伝六としてはまたそう解釈されたのも無理のないことでしたが、しかし名人右門のしずくを見せたのは、そんなせまいくやしさや、そんな狭い了見からではないので、苦痛げに声をくもらせると、しんみりとうち沈んでいいました。
「違うよ、違うよ、おめえの勘違いだよ。おれゃお奉行さまのしうちが恨めしかったり、あばたの敬公が憎かったりして、めめしい泣き顔なんぞするんじゃねえんだよ。敬公に任せろとのご命令ならばすなおに任せもするが、そのためにまた今夜も黒門町と本石町とで、たいせつな指を切りとられるかたがたがあるだろうと思うと、そのかたたちが、きのどくでならねえんだよ。おれが手がけていたらそんなことはさせまいものに、つまらねえ同僚のねたみ根性に犠牲となって、会わなくもいい災難にお会いなさるかたたちのことを思うと、おれゃきのどくで涙が出るよ」
 しみじみとつぶやくと、真実難に会う人たちがきのどくでならないといったように、うるんだ目を伏せました。まことに、聞くだに感激しないではおかれぬ心の清さというべきですが、しかしそのまに不快な一夜は明けて、からりと晴れた朝が参りました。


 

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