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右門捕物帖(うもんとりものちょう)36 子持ちすずり

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:56:22  点击:  切换到繁體中文


     3

「腹がたつね。どこへ行くんですかよ! どこへ! 鐘楼はどうするんです! 矢はどうするんです!」
 型のごとくに、たちまちお株を始めたのは、伝六屋の鳴り男です。
「ものをおっしゃい! ものを……! くやしいね。いまさらお長屋なんぞへいったって、むだぼねおりなんだ。矢が来たんですよ! 矢が! 質屋の吹き矢の矢とは矢が違うんだ。ぷつりと刺さって血が出たからには、どやつかあの鐘楼の上からねらって射かけたにちげえねえんですよ。はええところあっちを詮議したほうが近道じゃねえですかよ」
「うるせえな。黙ってろい」
 やかましくいったのを、がんと一発みごとでした。
「いちいちと世話のやけるやつだ。むっつり右門がむだ石を打つかよ。これが桂馬けいまがかりのからめ手詮議、おいらが十八番のさし手じゃねえか。考えてみろい。おこよどのとかいうご新造がいたというのに雲がくれしたんだ。しめたと思って捜していたら、ぷつりと天から矢が降ってきたんじゃねえかよ。字もうめえが、ねらい矢も人にひけをとらねえとんだ巴板額ともえはんがくもいねえとはかぎらねえんだ。右が臭いと思わば左を洗うべし――むっつり右門きわめつきの奥の手だよ」
「ちげえねえ。うれしいことになりゃがったね。事がそうおいでなさると、伝六屋の鳴り方も音いろが違ってくるんだ。蟹穴かにあな狸穴まみあな狐穴きつねあな、穴さがしとくるとあっしがまた自慢なんだからね。ぱんぱんとたちまちかぎつけてめえりますから、お待ちなさいよ……」
 いったかと思うと、伝六自慢の一つ芸、能書きにうそはない。またたくひまに、あの奥祐筆おくゆうひつ松坂甚吾じんごのお小屋を見つけたとみえて、左並びの三軒めの前から、しきりと手を振りました。
「おりそうか」
「いるんですよ。年もちょうど二十三、四、まさにまさしくべっぴんの女ですよ。ほらほら、あの障子に写っている影がそうです」
 なるほど、玄関わきから小庭をすかしてみると、日あたりの縁側の障子に、なまめいた女の影法師が見えるのです。
 しかし、それにしては屋のうちの静まりすぎているのが少し変でした。とにもかくにも、この家のあるじが変死を遂げたというのに、声一つ、話し声一つきこえないばかりか、人の足音、物の音もひっそり絶えて、さながらに死人の家のようでした。
「少々おかしいな。こいつ、ちっと難物かもしれねえぞ……」
 庭先からはいっていくと、静かに上がって、するすると音もなく障子をあけました。
 同時です。たたずんでいた影法師が、ぎょっとなってふり返りました。
 しかも、その顔、その色、――血のけは一つもないのです。まるで死人のように青いのです。ばかりか、全身に恐怖のいろを現わしながら、ぶるぶると震えているのです。
 じろり、じろりと、しばらく女の姿を見ながめていましたが、意外な眼です、ずばりと思いもよらぬ声が、名人の口から放たれました。
「そなた、女中だな!」
「…………」
「返事をせい! 返事を! 口はないのか!」
 だが、黙ってぶるぶると震えているばかりでした。
おしか!」
「…………」
「唖かといってきいているんだ。耳が遠いのか!」
 いいえ、というように首をふると、不思議です。恐ろしいものをでも教えるように、黙って女がそこの小机の上を指さしました。
 歩みよってのぞいてみると、なぞのように紙片が一枚ぽつねんとのせてあるのです。
 しかも、それには容易ならぬ文字が見えました。
「いまさらとやかく愚痴は申すまじくそうろう。夫を恥ずかしめ候罪、思えばそらおそろしく、おわびのいたしようもこれなく候あいだ、せめてもの罪ほろぼしに、わたくしことも今より夫のおあとを追いまいらすべくそろ。万事はあの世へ参り、なき甚吾様にじきじきおわびいたすべく候まま、このうえわが罪の折檻せっかんは無用にござ候。あとあとのことはよろしく。取り急ぎ候ため、乱筆の儀はおんゆるしくだされたく候。――こよ」
 あて名はない。
 しかし、まさしく遺書です。
 わたくしことも今より夫のおあとを追いまいらすべく候としてあるのです。万事はあの世へ参り、じきじきにおわびいたすべく候ともしてあるのです。そのうえ、わが罪の折檻は無用にござ候という文字さえ見えました。
 どう考えても、妻女のおこよが、なんの罪か自分の罪を恐れ恥じて、みずからいのちをちぢめた書き置きとしか思えぬ紙片なのです。
「なるほど、そうか」
 ふりかえると、いまだに青ざめながらうち震えている女中に問いかけました。
「そなた、この書き置きにおどろいて、ものもいえなかったんだな。え? そうだろう。違うかい」
「そ、そ、そうでござります……」
「これを見ると、もうとうに死んでおるはずじゃが、この家のどこかに死体があるか」
「いいえ、うちには影も形も見えませぬ。この書き置きを残して、どこかへ家出なさいましたゆえ、びっくりしていたところなのでござります」
「そうか。死出の旅に家出したというか、出かけたはいつごろだ」
「ほんのいましがたでござります」
「出かけるところを見ておったか」
「いいえ、それが不思議でござります。こんなことになりましたら、もう申しあげてもさしつかえないでありましょうが、うちのだんなさまが、あの表で気味のわるい死に方をなさいましたゆえ、びっくりいたしまして、わたくしも騒ぎだしましたら、騒いではならぬ、出てきてもならぬ、いいというまで女中べやにはいっておれと申されまして、たいへんおしかりになったのでござりました。それゆえ、おことばどおり、あちらのへやに閉じこもって震えておりましたところ、どこかへお出ましなさったご様子でござりましたが、しばらくたってまたお帰りになりましたかと思うと、急に家の中がしいんとなりましたゆえ、不審に思いまして、こわごわ今のぞきにまいりましたら、このお書き置き一枚があるきりで、いつのまにどこへお出かけなさいましたものやら、もうお姿がなくなっていたのでござります」
 じつに不思議なことばかりでした。
 何一つなぞの底が割れぬうちに、次から次へと絶えまなく奇怪事が重なったのです。詮議の手づるもまた、これならばと思ってたぐろうとした一方から、ぷつりぷつりと切れてしまったのでした。
 矢を受けて死んだあの若侍もそうです。洗っていったら、せめてその糸口ぐらいなりとも、雪で変死を遂げたあの松坂甚吾の秘密がわかるだろうと思ったのに、ぷつりと矢が降ってきて、すべてをやみからやみへ葬ってしまったのです。それならば妻女のおこよをと思って洗いに来たら、その女もまたこの始末でした。しかも、書き置きを信ずるならば、すでにもうこの世の人ではなくなっているのです。
 名人は、黙々とあごをなでなで、じいっと考え込みました。
 手のつけどころがない、かかりどころがない。まるで糸口がないのです。手づるの端もないのです。しかも、残っている事実は、ことごとくが疑問、ことごとくがなぞばかりなのでした。
 考えようによっては、同役だというあの矢を受けた若侍が、松坂甚吾を雪で焼いた下手人とも考えられるのです。下手人なればこそ、あんなに目いろを変えて、力こぶを入れたとも思われるのでした。
 しかし、それにしては矢を射かけられたのが不思議です。矢でねらわれたという事実だけを中心にして考えていくと、生かしておいてはならぬために、口を割られてはふつごうなために、思いもよらぬほんとうの下手人が、事のあばかれぬさきに、いちはやく鐘楼の上から、射止めたとも考えられるのです。射とめたその下手人はだれであるか、疑っていったら、死を急いだ妻女のおこよとも思われるのでした。ことに、紙片に見える罪ほろぼしうんぬんという文字が疑わしいのです。夫を恥ずかしめ候ことそらおそろしく、とあるところを見ると、あるいはおこよと、矢を射かけられたあの同役の若侍とが、夫の目を忍ぶ仲にでもなっておって、その不義を押し隠すために、夫を同役のあの若侍にあやめさせ、あやめたその若侍をまたおこよが射殺し、すべてをやみからやみへ葬っておいて、すべての秘密を包みながら、この遺書どおり、死を急いだとも考えられるのでした。
「参ったね。桂馬けいまはあるが、打ちどころがねえというやつだ。え? だんな、ちがいますかい」
 そろそろと始めたのは鳴り男です。
「正月そうそう、だんなをバカにしたくはねえんだが、あんまりいばった口をきくもんじゃねえんですよ。さっきなんとかおっしゃいましたね。からめ手詮議がどうのこうの、桂馬がかりが十八番のと、たいそうもなくいばったお口をおききのようでしたが、自慢なら自慢で、早く王手をすりゃいいんだ、王手をね」
「…………」
「くやしいね。恥ずかしいなら恥ずかしいと、はっきりおっしゃりゃいいんだ。てれかくしに黙らなくともいいんですよ。だいいち、将棋が桂馬ばかりでさせると思っていらっしゃるのがもののまちがいなんだ。金銀飛車角、きょう、あっしなんぞはただの歩かもしれねえが、歩だってけっこう王手はできるんですよ。りっぱな王手がねえ。え? だんな! 聞かねえんですかよ!」
 やかましくいうのを聞き流しながら、なにか手がかりはないかと、机の上の書き置きをいま一度見しらべました。
 しかし、書き手はまさしく女、手跡もまたみごとな文字というだけで、なにも手づるとなるものはないのです。机のまわり、床の間、違いだな、残らず見まわしたが、その違いだなにそれを使って書いたらしい半紙とすずりがあるきりで、なにひとつ不審と思われる品はないのでした。
「あやまったね。しかたがねえや。おまえさんをお持ちだというから、代わって王手をしてもらうかね……」
 つぶやきながら、じろりじろりと、なお丹念にあちらこちらを見ていたが、ふとそのとき気がつくと、いまだにうち震えながらへやのすみにたたずんでいた女中の右手の指先に、墨がついているのです。腕の腹にも、着物のたもとにも、まさしく墨のしみが見えるのです。
 不意でした。
 何思ったか、とつぜん、にやりと笑いながら違いだなの上のすずりと紙を持ち出すと、不思議なことを女中に命じました。
「これへ名を書け」
「…………」
「なにを震えているんだ。急にそんなにまっさおにならんでもいい。書けといったら、早く名を書け」
「か、か、書きます。書けとおっしゃれば書きますが、名と申しますと……?」
「あんたの名まえさ。それから、生まれたところ、いつ当家へ奉公に来たか、それまではどこで何をしていたか。詳しく書きな」
「…………」
「なぜ書かねえんだよ! 八丁堀のむっつり右門がいいつけだ。書けといったら、早く書きな」
 じろりと鋭くにらみすえた名人の目を、恐れさけるようにしながらそこへすわると、震えふるえ筆をとりあげました。


 

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