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道化の華(どうけのはな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-22 8:58:22  点击:  切换到繁體中文


「大失敗。知つてゐたのか。」
 小菅は口を大きくあけて、葉藏へ目くばせした。三人は、思ひきり聲をたてて笑ひ崩れた。彼等は、しばしばこのやうな道化を演ずる。トランプしないか、と小菅が言ひ出すと、もはや葉藏も飛騨もそのかくされたもくろみをのみこむのだ。幕切れまでのあらすぢをちやんと心得てゐるのである。彼等は天然の美しい舞臺裝置を見つけると、なぜか芝居をしたがるのだ。それは、紀念の意味かも知れない。この場合、舞臺の背景は、朝の海である。けれども、このときの笑ひ聲は、彼等にさへ思ひ及ばなかつたほどの大事件を生んだ。眞野がその療養院の看護婦長に叱られたのである。笑ひ聲が起つて五分も經たぬうちに眞野が看護婦長の部屋に呼ばれ、お靜かになさいとずゐぶんひどく叱られた。泣きだしさうにしてその部屋から飛び出し、トランプよして病室でごろごろしてゐる三人へ、このことを知らせた。
 三人は、痛いほどしたたかにしよげて、しばらくただ顏を見合せてゐた。彼等の有頂天な狂言を、現實の呼びごゑが、よせやいとせせら笑つてぶちこはしたのだ。これは、ほとんど致命的でさへあり得る。
「いいえ、なんでもないんです。」眞野は、かへつてはげますやうにして言つた。「この病棟には、重症患者がひとりもゐないのですし、それにきのふも、ろ號室のお母さまが私と廊下で逢つたとき、賑やかでいいとおつしやつて、喜んで居られましたのよ。毎日、私たちはあなたがたのお話を聞いて笑はされてばかりゐるつて、さうおつしやつたわ。いいんですのよ。かまひません。」
「いや、」小菅はソフアから立ちあがつた。「よくないよ。僕たちのおかげで君が恥かいたんだ。婦長のやつ、なぜ僕たちに直接言はないのだ。ここへ連れて來いよ。僕たちをそんなにきらひなら、いますぐにでも退院させればいい。いつでも退院してやる。」
 三人とも、このとつさの間に、本氣で退院の腹をきめた。殊にも葉藏は、自動車に乘つて海濱づたひに遁走して行くはればれしき四人のすがたをはるかに思つた。
 飛騨もソフアから立ちあがつて、笑ひながら言つた。「やらうか。みんなで婦長のところへ押しかけて行かうか。僕たちを叱るなんて、馬鹿だ。」
「退院しようよ。」小菅はドアをそつと蹴つた。「こんなけちな病院は、面白くないや。叱るのは構はないよ。しかし、叱る以前の心持ちがいやなんだ。僕たちをなにか不良少年みたいに考へてゐたにちがひないのさ。頭がわるくてブルジヨア臭いぺらぺらしたふつうのモダンボーイだと思つてゐるんだ。」
 言ひ終へて、またドアをまへよりすこし強く蹴つてやつた。それから、堪へかねたやうにして噴きだした。
 葉藏はベツドへどしんと音たてて寢ころがつた。「それぢや、僕なんかは、さしづめ色白な戀愛至上主義者といふやうなところだ。もう、いかん。」
 彼等は、この野蠻人の侮辱に、尚もはらわたの煮えくりかへる思ひをしてゐるのだが、さびしく思ひ直して、それをよい加減に茶化さうと試みる。彼等はいつもさうなのだ。
 けれども眞野は率直だつた。ドアのわきの壁に、兩腕をうしろへまはしてよりかかり、めくれあがつた上唇をことさらにきゆつと尖らせて言ふのであつた。
「さうなんでございますのよ。ずゐぶんですわ。ゆうべだつて、婦長室へ看護婦をおほぜいあつめて、歌留多なんかして大さわぎだつたくせに。」
「さうだ。十二時すぎまできやつきやつ言つてゐたよ。ちよつと馬鹿だな。」
 葉藏はさう呟きつつ、枕元に散らばつてある木炭紙をいちまい拾ひあげ、仰向に寢たままでそれへ落書をはじめた。
「ご自分がよくないことをしてゐるから、ひとのよいところがわからないんだわ。噂ですけれど、婦長さんは院長さんのおめかけなんですつて。」
「さうか。いいところがある。」小菅は大喜びであつた。彼等はひとの醜聞を美徳のやうに考へる。たのもしいと思ふのである。「勳章がめかけを持つたか。いいところがあるよ。」
「ほんたうに、みなさん、罪のないことをおつしやつては、お笑ひになつていらつしやるのに、判らないのかしら。お氣になさらず、うんとおさわぎになつたはうが、ようございますわ。かまひませんとも。けふ一日ですものねえ。ほんたうに誰にだつてお叱られになつたことのない、よい育ちのかたばかりなのに。」片手を顏へあてて急にひくく泣き出した。泣きながらドアをあけた。
 飛騨はひきとめて囁いた。「婦長のとこへ行つたつて駄目だよ。よし給へ。なんでもないぢやないか。」
 顏を兩手で覆つたまま、二三度つづけさまにうなづいて廊下へ出た。
「正義派だ。」眞野が去つてから、小菅はにやにや笑つてソフアへ坐つた。「泣き出しちやつた。自分の言葉に醉つてしまつたんだよ。ふだんは大人くさいことを言つてゐても、やつぱり女だな。」
「變つてるよ。」飛騨は、せまい病室をのしのし歩きまはつた。「はじめから僕、變つてると思つてゐたんだよ。をかしいなあ。泣いて飛び出さうとするんだから、おどろいたよ。まさか婦長のとこへ行つたんぢやないだらうな。」
「そんなことはないよ。」葉藏は平氣なおももちを裝つてさう答へ、落書した木炭紙を小菅のはうへ投げてやつた。
「婦長の肖像畫か。」小菅はげらげら笑ひこけた。
「どれどれ。」飛騨も立つたままで木炭紙を覗きこんだ。「女怪だね。けつさくだよ。これあ。似てゐるのか。」
「そつくりだ。いちど院長について、この病室へも來たことがあるんだ。うまいもんだなあ。鉛筆を貸せよ。」小菅は、葉藏から鉛筆を借りて、木炭紙へ書き加へた。「これへかう角を生やすのだ。いよいよ似て來たな。婦長室のドアへ貼つてやらうか。」
「そとへ散歩に出てみようよ。」葉藏はベツドから降りて脊のびした。脊のびしながら、こつそり呟いてみた。「ポンチ畫の大家。」

 ポンチ畫の大家。そろそろ僕も厭きて來た。これは通俗小説でなからうか。ともすれば硬直したがる僕の神經に對しても、また、おそらくはおなじやうな諸君の神經に對しても、いささか毒消しの意義あれかし、と取りかかつた一齣であつたが、どうやら、これは甘すぎた。僕の小説が古典になれば、――ああ、僕は氣が狂つたのかしら、――諸君は、かへつて僕のこんな註釋を邪魔にするだらう。作家の思ひも及ばなかつたところにまで、勝手な推察をしてあげて、その傑作である所以を大聲で叫ぶだらう。ああ、死んだ大作家は仕合せだ。生きながらへてゐる愚作者は、おのれの作品をひとりでも多くのひとに愛されようと、汗を流して見當はづれの註釋ばかりつけてゐる。そして、まづまづ註釋だらけのうるさい駄作をつくるのだ。勝手にしろ、とつつぱなす、そんな剛毅な精神が僕にはないのだ。よい作家になれないな。やつぱり甘ちやんだ。さうだ。大發見をしたわい。しん底からの甘ちやんだ。甘さのなかでこそ、僕は暫時の憩ひをしてゐる。ああ、もうどうでもよい。ほつて置いて呉れ。道化の華とやらも、どうやらここでしぼんだやうだ。しかも、さもしく醜くきたなくしぼんだ。完璧へのあこがれ。傑作へのさそひ。「もう澤山だ。奇蹟の創造主つくりぬし。おのれ!」
 眞野は洗面所へ忍びこんだ。心ゆくまで泣かうと思つた。しかし、そんなにも泣けなかつたのである。洗面所の鏡を覗いて、涙を拭き、髮をなほしてから、食堂へおそい朝食をとりに出掛けた。
 食堂の入口ちかくのテエブルにへ號室の大學生が、からになつたスウプの皿をまへに置き、ひとりくつたくげに坐つてゐた。
 眞野を見て微笑みかけた。「患者さんは、お元氣のやうですね。」
 眞野は立ちどまつて、そのテエブルの端を固くつかまへながら答へた。
「ええ、もう罪のないことばかりおつしやつて、私たちを笑はせていらつしやいます。」
「そんならいい。畫家ですつて?」
「ええ。立派な畫をかきたいつて、しよつちゆうおつしやつて居られますの。」言ひかけて耳まで赤くした。「眞面目なんですのよ。眞面目でございますから、眞面目でございますからお苦しいこともおこるわけね。」
「さうです。さうです。」大學生も顏をあからめつつ、心から同意した。
 大學生はちかく退院できることにきまつたので、いよいよ寛大になつてゐたのである。
 この甘さはどうだ。諸君は、このやうな女をきらひであらうか。畜生! 古めかしいと笑ひ給へ。ああ、もはや憩ひも、僕にはてれくさくなつてゐる。僕は、ひとりの女をさへ、註釋なしには愛することができぬのだ。おろかな男は、やすむのにさへ、へまをする。

「あそこだよ。あの岩だよ。」
 葉藏は梨の木の枯枝のあひだからちらちら見える大きなひらたい岩を指さした。岩のくぼみにはところどころ、きのふの雪がのこつてゐた。
「あそこから、はねたのだ。」葉藏は、おどけものらしく眼をくるくると丸くして言ふのである。
 小菅は、だまつてゐた。ほんたうに平氣で言つてゐるのかしら、と葉藏のこころを忖度してゐた。葉藏も平氣で言つてゐるのではなかつたが、しかしそれを不自然でなく言へるほどの伎倆をもつてゐたのである。
「かへらうか。」飛騨は、着物の裾を兩手でぱつとはしよつた。
 三人は、砂濱をひつかへしてあるきだした。海は凪いでゐた。まひるの日を受けて、白く光つてゐた。
 葉藏は、海へ石をひとつ抛つた。
「ほつとするよ。いま飛びこめば、もうなにもかも問題でない。借金も、アカデミイも、故郷も、後悔も、傑作も、恥も、マルキシズムも、それから友だちも、森も花も、もうどうだつていいのだ。それに氣がついたときは、僕はあの岩のうへで笑つたな。ほつとするよ。」
 小菅は、昂奮をかくさうとして、やたらに貝を拾ひはじめた。
「誘惑するなよ。」飛騨はむりに笑ひだした。「わるい趣味だ。」
 葉藏も笑ひだした。三人の足音がさくさくと氣持ちよく皆の耳へひびく。
「怒るなよ。いまのはちよつと誇張があつたな。」葉藏は飛騨と肩をふれ合せながらあるいた。「けれども、これだけは、ほんたうだ。女がねえ、飛び込むまへにどんなことを囁いたか。」
 小菅は好奇心に燃えた眼をずるさうに細め、わざと二人から離れて歩いてゐた。
「まだ耳についてゐる。田舍の言葉で話がしたいな、と言ふのだ。女の國は南のはづれだよ。」
「いけない! 僕にはよすぎる。」
「ほんと。君、ほんたうだよ。ははん。それだけの女だ。」
 大きい漁船が砂濱にあげられてやすんでゐた。その傍に直徑七八尺もあるやうな美事な魚籃が二つころがつてゐた。小菅は、その船のくろい横腹へ、拾つた貝を、力いつぱいに投げつけた。
 三人は、窒息するほど氣まづい思ひをしてゐた。もし、この沈默が、もう一分間つづいたなら、彼等はいつそ氣輕げに海へ身を躍らせたかも知れぬ。
 小菅がだしぬけに叫んだ。
「見ろ、見ろ。」前方の渚を指さしたのである。「い號室とろ號室だ!」
 季節はづれの白いパラソルをさして、二人の娘がこつちへそろそろ歩いて來た。
「發見だな。」葉藏も蘇生の思ひであつた。
「話かけようか。」小菅は、片足あげて靴の砂をふり落し、葉藏の顏を覗きこんだ。命令一下、駈けださうといふのである。
「よせ、よせ。」飛騨は、きびしい顏をして小菅の肩をおさへた。
 パラソルは立ちどまつた。しばらく何か話合つてゐたが、それからくるつとこつちへ背をむけて、またしづかに歩きだした。
「追ひかけようか。」こんどは葉藏がはしやぎだした。飛騨のうつむいてゐる顏をちらと見た。「よさう。」
 飛騨はわびしくてならぬ。この二人の友だちからだんだん遠のいて行くおのれのしなびた血を、いまはつきりと感じたのだ。生活からであらうか、と考へた。飛騨の生活はややまづしかつたのである。
「だけど、いいなあ。」小菅は西洋ふうに肩をすくめた。なんとかしてこの場をうまく取りつくろつてやらうと努めるのである。「僕たちの散歩してゐるのを見て、そそられたんだよ。若いんだものな。可愛さうだなあ。へんな心地になつちやつた。おや、貝をひろつてるよ。僕の眞似をしてゐやがる。」
 飛騨は思ひ直して微笑んだ。葉藏のわびるやうな瞳とぶつかつた。二人ながら頬をあからめた。判つてゐる。お互ひがいたはりたい心でいつぱいなんだ。彼等は弱きをいつくしむ。
 三人は、ほの温い海風に吹かれ、遠くのパラソルを眺めつつあるいた。
 はるか療養院の白い建物のしたには、眞野が彼等の歸りを待つて立つてゐる。ひくい門柱によりかかり、まぶしさうに右手を額へかざしてゐる。

 最後の夜に、眞野は浮かれてゐた。寢てからも、おのれのつつましい家族のことや、立派な祖先のことをながながとしやべつた。葉藏は夜のふけるとともに、むつつりして來た。やはり、眞野のはうへ背をむけて、氣のない返事をしながらほかのことを思つてゐた。
 眞野は、やがておのれの眼のうへの傷について話だしたのである。
「私が三つのとき、」なにげなく語らうとしたらしかつたが、しくじつた。聲が喉へひつからまる。「ランプをひつくりかへして、やけどしたんですつて。ずゐぶん、ひがんだものでございますのよ。小學校へあがつてゐたじぶんには、この傷、もつともつと大きかつたんですの。學校のお友だちは私を、ほたる、ほたる。」すこしとぎれた。「さう呼ぶんです。私、そのたんびに、きつとかたきを討たうと思ひましたわ。ええ、ほんたうにさう思つたわ。えらくならうと思ひましたの。」ひとりで笑ひだした。「をかしいですのねえ。えらくなれるもんですか。眼鏡かけませうかしら。眼鏡かけたら、この傷がすこしかくれるんぢやないかしら。」
「よせよ。かへつてをかしい。」葉藏は怒つてでもゐるやうに、だしぬけに口を挾んだ。女に愛情を感じたとき、わざとじやけんにしてやる古風さを、彼もやはり持つてゐるのであらう。「そのままでいいのだ。目立ちはしないよ。もう眠つたらどうだらう。あしたは早いのだよ。」
 眞野は、だまつた。あした別れてしまふのだ。おや、他人だつたのだ。恥を知れ。恥を知れ。私は私なりに誇りを持たう。せきをしたり溜息ついたり、それからばたんばたんと亂暴に寢返りをうつたりした。

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