您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 谷 譲次 >> 正文

踊る地平線(おどるちへいせん)02テムズに聴く

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-27 6:36:53  点击:  切换到繁體中文


『いや、おどろいてはいたさ。が、あれあ慣れてる驚きだった――こんなことをされちゃあこっちが困る。迷惑しごくだといったような。』
『すると、誰がしたんだか、おかみさんには判ってるわけね。』
『そうさ。だからちっとも不思議には思わないで、そのかわり、ただ平謝りにあやまって行った。本人になりかわって――というところがあったね。レムにきまってる。』
『そうよ。レムにきまってるわ。』
 これで私たちとしては、おかみさんを通してレムを懲戒する目的を充分以上に達したわけだから、夕食のときも、私たちは靴については何も言わなかった。おかみさんも、気のせいか悄気しょげて見えるだけで、べつにまたその問題へ触れようともしなかった。が、私たちがちょっと不審に思ったのは、うんと叱られたはずのレムがいっこう平気で、相変らずナイフとフォウクをもって思うさま暴威をたくましうしていることだった。
『あれだから駄目さ。』
『なぜもっとちゃんと言い聞かせないんでしょう。』
 部屋へ帰ってから私たちはいささか不平だった。靴は、おかみさんが乾かして綺麗にして持ってきた。で、この事件はこれなりに、いつともなく忘れてしまった。
 が、四、五日たった或る日、朝から外出して帰ってみると、こんどはほかのだったが、やはり私の靴の片っぽに私たちは靴いっぱいの水を発見しなければならなかった。
 しかし、その時も、私たちの怒りは、おかみさんの不得要領な哀訴嘆願で誤魔化ごまかされて、しまった。おかみさんは、前とおなじにやたらに手を振り頭を下げて、早速靴を掃除して返しにきただけだった。決して一言も、どうしてこの部屋の靴の一つへしきりに水がはいるのか、その点を説明しようとはしなかった。真昼、無人のへやにおいてある靴がいつの間にか水をたたえる。その、水の満ちた靴を窓からの白い光線のなかにじいっ凝視みつめていると、一種異様な莫迦げた、そしてグロテスクな恐怖が私に襲いかかるのを意識する。私たちは、すくなからず気味がわるくなった。
 そんなことがもう一度あった。
 怪異は飽くまで怪異としても、そうたびたび水漬けにされたんでは、第一靴がたまらない。それに、この神秘の底を掘り下げなければならない責任も、私は私の常識に対して感じ出した。と言ったところで、下手人はレムにきまっているんだから、そこには何らのミステリイもないようなものの、私はレムが、私の靴へ水を入れるところを押さえつけて、次第によっては一つぐらいこつんとやってやろうと決心したのである。
 三度目のつぎの日から、私たちは朝、大きな音を立てて外出し、おかみさんが掃除をすますのを待って、すぐに、私だけひとりこっそり帰って寝台の下にひそんだ。そして、靴がひとりでに水を吹くかも知れない奇蹟を、根気よく待ちかまえたのだが――そう長く待つ必要はなかった。
 この冒険をはじめて二日めの正午近くだった。私は、寝台の下に腹這はらんばいに隠れて、ただぼんやりしてるわけにも往かないから、自分のこの使命と立場をときどき思い出しながら本を読んでいるのだが、ふと室内にきぬずれの音がしたような気がして、頁から眼を離した。そうしてすこし首をまげると、寝台の脚をすかして向うの大鏡が見える。何気なくその鏡にうつっているものが眼にはいった私は、声を立てるところだった。
 レムではない。女なのだ。
 どこから来たのか、下宿のおかみさんより二つ三つ年上で、小ざっぱりしたなりの、ふとった女である。そとから這入って来たものでないことだけは一目でわかった。部屋着らしいドレスに上穿スリッパをはいていたからだ。それが、すぐそばで私が見てるとも知らず、じつに世にも生真面目な顔で、提げてきた水入ジャグの水を非常に注意ぶかく、そこにわざと招待的にぬぎすててある私の靴のひとつへあけ出したものだ。何か荘厳な宗教上の儀礼をいとなんでいる時の高僧のような女の顔と、しずかに水を飲んでいる私の靴とを鏡のなかに見ていると、その妖異さはわけもなく私から呼吸を奪って、そうそうたる水音が部屋を占めるなかで、私は冷たい床板に一そうぴったりと身を貼りつけた。
 ひたひたに水をつぎおわると、すっかり安心したらしい女は、かすかな足音とともに部屋を出て行った。あとには私の靴が口きりに水を張って、それに窓ごしの青葉の影がこまかく揺れていた。
 狂人だった。おかみさんの姉で、戦争で良人おっとをなくしてから気がへんになっているのだった。二階の一室に監禁同様にして、しじゅうおかみさんが気をつけて私たちにはひた隠しにしていたのだが、そっと抜け出て来ては、靴に水をそそぐことにのみ、狂える女は異常な興味を感じていたものらしい。じつはこの姉なる人が原因で、下宿人もいつかなかったのだ。私たちはすこしも知らずにいたが、近処ではとうから評判の家だった。
 私は、妻の神経と私の靴を保護するために、その日のうちに引越した。出がけに振りかえってみると、私たちのいた二階の窓から、小さな蒼いレムのしかめつらが私たちをめがけて突き出ていた。





底本:「踊る地平線(上)」岩波文庫、岩波書店
   1999(平成11)年10月15日第1刷発行
底本の親本:「一人三人全集 第十五巻」新潮社
   1934(昭和9)年発行
※底本には、「新潮社刊の一人三人全集第十五巻『踊る地平線』を用いた。初出誌および他の版本も参照した。」とある。
入力:tatsuki
校正:米田進
2002年12月9日作成
2003年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告