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一兵卒と銃(いっぺいそつとじゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-21 8:44:41  点击:  切换到繁體中文


中根なかねだ‥‥」と、わたし呶鳴どなつた。
 混亂こんらん隊伍たいごなかおこつた。寢呆ねぼけて反對はんたい兵士へいしもゐた。ポカンとそら見上みあ[#「見上みあげ」は底本では「見上みあけ」]てゐる兵士へいしもゐた。隊列たいれつ後尾こうびにゐた分隊長ぶんたいちやう高岡軍曹たかをかぐんそうぐにきしつた。
はやげてやれ‥‥」と、かれ呶鳴どなつた。
 中根なかねみづなかで二三よろけたが、ぐに起上おきあがつた。ふかさは胸程むねほどあつた。
「おいじうだよ、だれじうつてくれよ‥‥」と、中根なかねは一所懸命しよけんめい右手みぎてじうあたまうへげながら呶鳴どなつた。そして、右手みぎてでバチヤバチヤみづたたいた。わりながれのあるみづはともすればかれ横倒よこたふしにしさうになつた。
大丈夫だいぢやうぶだ、みづあさい‥‥」と、高岡軍曹たかをかぐんそうはまた呶鳴どなつた。「おい田中たなかはやじうつてやれ‥‥」
軍曹殿ぐんそうどの軍曹殿ぐんそうどのはやはやく、じうはやく‥‥」と、中根なかねきし近寄ちかよらうとしてあせりながらさけんだ。じうはまだ頭上づじやうにまつげられてゐた。
田中たなかなに愚圖々々ぐづぐづしとるかつ‥‥」と、軍曹ぐんそう躍氣やつきになつてあしをどたどたさせた。
「はつ‥‥」と、田中たなかはあわてて路上ろじやう[#「路上ろじやうを」は底本では「路上ろじやうは」]腹這はらばひになつてばした。が、はなかなかとどかなかつた。手先てさき銃身じうしんとが何度なんど空間くうかん交錯かうさくつた。
とまつとつちやいかん。ようのないものはずんずん前進ぜんしんする‥‥」と、さわぎの最中さいちう小隊長せうたいちやう大島少尉おほしませうゐががみがみしたこゑ呶鳴どなつた。
 岸邊きしべまるくかたまつてゐた兵士へいし集團しふだんはあわててした。わたしもそれにつづいた。そして、途切とぎれに小隊せうたいあとつてやうやくもとの隊伍たいごかへつた。はげしい息切いきぎれがした。
 もなく小隊せうたい隊形たいけいふくしてうごした。が、兵士達へいしたち姿すがたにはもうつかれのいろねむたさもなかつた。彼等かれら偶然ぐうぜん出來事できごとへんてこに興奮こうふんして、わらつたり呶鳴どなつたり、あがつたりしてはしやいでゐた。大地だいちあた靴音くつおときしてたかよる空氣くうき反響はんきやうした。
「とうとう『うまさん』やりやあがつた‥‥」と、一人ひとり兵士へいしがげらげらわらした。
りにつてやつちるなんてよつぽどうんわるいや‥‥」と、一人ひとりはまたそれが自分じぶんでなかつたこと祝福しゆくふくするやうにつた。
「またひげにうんとしぼられるぜ‥‥」
可哀想かはいさうになあ‥‥」
 中根熊吉なかねくまきちの「うまさん」は二年兵ねんへいの二等卒とうそつで、中隊ちうたいでもノロマとお人好ひとよしとで有名いうめいだつた。教練けうれん度毎たびごとにヘマをやつて小隊長せうたいちやう分隊長ぶんたいちやう小言こごとはれつづけだつた。戰友達せんいうたちにもすつかり馬鹿ばかにされてゐた。はなひくくてほそくて、何處どこけたかんじのするひらべつたいかほ――そのかほながいので「うまさん」と綽名あだながついた。が、中根なかね都會生とくわいうまれの兵士達へいしたちのやうにズルではなかつた。けつして不眞面目ふまじめではなかつた。かれ實際じつさいまつ正直しやうぢきに「天子樣てんしさま御奉公ごほうこうする」つもりで軍務ぐんむ勉強べんきやうしてゐたのである。が、かれうまれつきはどうすること出來できなかつた。で、かれはムキになればなるだけ教練けうれん武術ぶじゆつ失敗しつぱいし、上官達じやうくわんたちしかりつけられ、戰友達せんいうたちにはなぶりものにされるのだつた。――どくだな‥‥と、おもふことがわたし度々たび/\あつた。
しかし、ぼくもずゐぶんけちやあゐたんだぜ‥‥」と、わたしそば兵士へいしかへりみた。
「さうですか。でも、ありやあ眠氣覺ねむけざましですよ‥‥」と、かれ冷淡れいたんこたへた。
「ふふ、眠氣覺ねむけざましもぎらあ‥‥」
「はつはつはつ、みづなかで一生懸命しよけんめいじうげたところかつたね‥‥」
「とんだ五九らうだ‥‥」と、だれかがつぶやいた。はげしい笑聲せうせいがわつとおこつた。
 が、しばらくすると中根なかねはなしにもきがた。そして、三十ぷんたないうちにまた兵士達へいしたち歩調ほてうみだれてた。ゐねむりがはじまつた。みんなは下弦かげんつきひがしそらたのもかずにひどれのやうにあるいてゐた。
 Nはら行手ゆくてはまだとほかつた。わたしれしよびれた中根なかね姿すがた想像さうぞうして時時ときどき可笑をかしく[#「可笑をかしく」は底本では「可笑をかじく」]なつたり、どくになつたりした。が、何時いつわたしおそつてくる睡魔すゐまこらへきれなくなつてゐた。

 Nはら出張演習しゆつちやうえんしふは二週間程しうかんほどぎた。我我われわれ[#「我我」は底本では「我日」]日日にちにちはげしい演習えんしふつかれきつた。そして、六ぐわつ下旬げじゆんにまたT居住地きよぢうち歸營きえいした。中根なかねはなしはもうすつかりわすれられてゐた。中根なかね自身じしん相變あひかはらずひらぺつたいかほににやにやわらひをうかべながら勤務きんむしてゐた。
 歸營きえいしてから三日目かめあさだつた。中隊教練ちうたいけうれんんで一先ひとま解散かいさんすると、分隊長ぶんたいちやう高岡軍曹たかをかぐんそう我々われわれ銃器庫裏ぢうきこうらさくら樹蔭こかげれてつて、「やすめつ‥‥」と、命令めいれいした。わたしはまたなにかの小言こごとでもくのかとおもつて、軍曹ぐんそうはなしたにチヨツピリえた口髭くちひげながめてゐた。
なんでえ、なんでえ‥‥」と、小聲こごゑでいぶかる兵士へいしもあつた。
 高岡軍曹たかをかぐんそうしばらくみんなのかほてゐたが、やがて何時いつものやうにむねつて、上官じやうくわんらしい威嚴いげんせるやうに一聲ひとこゑたかせきをした。
今日けふ貴樣達きさまたち此處ここあつめたのはほかでもない。このあひだはら途中とちうおこつたひとつの出來事できごとたいするおれ所感しよかんはなしてかせたいのだ。それは其處そこにゐる中根なかね等卒とうそつのことだ。貴樣達きさまたちつとるとほ中根なかねはあの行軍かうぐん途中とちうあやまつてかはちた‥‥」と、軍曹ぐんそうはジロりと中根なかねた。「クスつ‥‥」と、だれかが同時どうじした。中根なかねはあわてて無格好ぶかくかう不動ふどう姿勢しせいをとつたが、そのかほには、それがくせけたニヤニヤわらひをうかべてゐた。――またやられるな‥‥とおもつて、わたし中根なかねのうしろ姿すがたた。
しかるに、あのかはけつしてあさくはなかつた。ながれもおもひのほかはやかつた。次第しだいつてはいのちうばはれんともかぎらなかつた。その危急ききふさい中根なかねはどうことをしたか。さあ、みんなけ、此處ここだ‥‥」と、軍曹ぐんそうことば途切とぎつてドタンと、軍隊靴ぐんたいぐつ大地だいちみつけた。「中根なかねはあのとき自分じぶん危急ききふわすれてぢうたかげて『ぢうつてくれ‥‥』と、おれむかつてつたのだ。すなはぢうあいまも立派りつぱ精神せいしんしめしたのだ‥‥」と、軍曹ぐんそうがいがいした。
そもそじう歩兵ほへいいのちである。軍人精神ぐんじんせいしん結晶けつしやうである。歩兵ほへいにとつてじうほど大事だいじものはない。場合ばあひつてはそのからだよりも大事だいじである。たとへば戰場せんぢやうおい我々われわれ負傷ふしやうする。負傷ふしやうなをる、しかし、精巧せいかうじうこはしたならば、それはなをらない。してあのとき中根なかねじうはなしてかへりみなかつたならば、じう水中すゐちうくなつたかもれない。すなは歩兵ほへいいのちうしなつたことになる。しかるに、中根なかね危急ききふわすれてじうはなさず、くまでじうまもらうとした。あの行爲かうゐ、あの精神せいしんまさ軍人精神ぐんじんせいしん立派りつぱ發揚はつやうしたもので、まこと軍人ぐんじんかがみである。一たい中根なかね平素へいそけつして成績佳良せいせきかりやうはうではなかつた。おれ度度たびたびきびしい小言こごとつた。が、人間にんげん[#「人間」は底本では「人聞」]眞面目しんめんもく危急ききふさいはじめてわかる。おれ中根なかね眞價しんか見誤みあやま[#ルビの「みあやま」は底本では「みあや」]つてゐた。じつ中根なかね歩兵ほへい模範的精神もはんてきせいしんおれ[#「せ」は底本では欠]てくれた。じつに‥‥」と、感情的かんじやうてき高岡軍曹たかをかぐんそう躍氣やつきとなつて中根なかね賞讃しやうさんした。そして、興奮こうふんしたなみだめてゐた。「貴樣達きさまたちはあのとき中根なかね行爲かうゐわらつたかもれん。しかし、中根なかねまさしく軍人ぐんじんの、歩兵ほへい本分ほんぶんまもつたものだ。えらい、えらい‥‥」
 かうつづけて、高岡軍曹たかをかぐんそうはやがてことば途切とぎつたが、それでもまだりなかつたのか、モシヤモシヤの髭面ひげづらをいきませて、かんあまつたやうに中根なかね等卒とうそつかほ見詰みつめた。分隊ぶんたい兵士達へいしたちはすべてのこと意外いぐわいさに呆氣あつけられて、けたやうにつてゐた。が、日頃ひごろいかつい軍曹ぐんそう感激かんげきなみださへかすかににぢんでゐるのをてとると、それになんとないあはれつぽさをかんじてつぎからつぎへと俯向うつむいてしまつた。
 が、中根なかね營庭えいていかがや眞晝まひる太陽たいやうまぶしさうに、相變あひかはらずひらべつたい、愚鈍ぐどんかほ軍曹ぐんそうはうけながらにやにやわらひをつづけてゐた。





底本:「新進傑作小説全集 第十四巻(南部修太郎集・石濱金作集)」平凡社
   1930(昭和5)年2月10日発行
初出:「文藝倶樂部」1919(大正8)年12月号
入力:小林徹
校正:松永正敏
2003年12月6日作成
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