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元禄十三年(げんろくじゅうさんねん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-23 9:38:35  点击:  切换到繁體中文

  問題を入れた扇箱

      一

「いや、勤まらぬことはありますまい。」
 土屋相模守は、じろりと二人を見た。
「勤まらぬといってしまえば、だれにもつとまらぬ。一生に一度のお役であるから、万事承知しておる者は、誰もないのです。みな同じく不慣れである。で、不慣れのゆえをもってこの勅使饗応役ちょくしきょうおうやくを御辞退なされるということは、なんら口実こうじつにならんのです。御再考ありたい。」
 しかし、一、二度押し返したうえで引き受ける習慣になっていた。
 浅野事件の前年だった。
 元禄十三年三月三日に、岡部美濃守と立花出雲守が、城中の一室で土屋相模守の前に呼び出されていた。土屋相模守は老中だった。
 年に一回京都の宮廷から、公卿くげが江戸に下って、将軍家に政治上の勅旨ちょくしを伝える例になっていた。その天奏衆てんそうしゅうの江戸滞在中、色いろ取持ちするのが、この饗応役だった。毎年きまったことなのに、関東では一年ごとに、諸大名が代って勤めることになっていた。
 初めてつとめるのだし、大役だしするから、天奏饗応役に当てられた諸侯は、迷惑だった。心配だった。形式的にも、一応は辞退したかった。
 饗応役には、正副二人立つのだった。この元禄十三年度の饗応役に、本役には岡部美濃守、添役そえやくには立花出雲守が振りあてられた、と、土屋相模守にいい渡されたとき、出雲守は顔いろを変えた。
「おそれいりますが、私は、堂上どうじょう方の扱いをよく存じません。それに、家来には田舎侍多く、この大切なお役をお受けして万一不都合がありましては、上へ対して申訳ありませんから、勝手ながら余人へ――。」
 これは、毎年のように、誰もが一度饗応役を辞退する時の定り文句になっていた。相模守は、聞き飽きていた。
 そして、これも、この場合、毎年繰りかえしてきた言葉だが、
「御再考ありたい。上野こうずけがすべて心得おるから、あれに尋ねたなら勤まらぬことはあるまいと思われるが――。」
 と、眼を苦笑させて、ちらと岡部美濃守を見た。
 そういわれると、それでもつとまらないとはいえないのだった。
「さようならば――。」
 無理往生だった。出雲守は、仕方なしに、引き受けないわけにはいかなかった。
「身に余る栄誉――。」
 と小さな声だった。が、相模守の眼を受けた岡部美濃守は、口を歪めて、微笑していた。
「お受けいたします。なに吉良殿などにくことはありません。私は、私一個の平常の心掛けだけでやりとおす考えです。」
 どさり、と、重く、畳に両手をついて、横を向くようなおじぎをした。

      二

 上野介こうずけのすけは、無意識に、冷えた茶をふくんだのに気がついた。吐き出したかったが、吐き出すかわりに、ごくりと飲み下して眉根を寄せた。
「何だ、これは――何だと訊いておるに、なぜ返事をせんか。」
 すこし離れて、公用人の左右田そうだ孫三郎が、くびすじを撫でながら、主人を見上げた。
「御覧のとおり、扇箱おうぎばこでございます。」
「扇箱は、見てわかっておる。その扇箱がどうしたというのだ。」
 鍛冶橋かじばし内の吉良きらの邸で、不機嫌な顔を据えた上野介の前に、扇箱が一つ、ちょこなんと置いてあった。
 年玉などに使う、八丈を貼った一本入れの、粗末なものだった。空箱で、竹串がはいっていて振るとがらがら音がした。高価たかく踏んで、四十五文か、精ぜい五十文の物だった。
「立花出雲は、添役じゃぞ。」吉良は、うるしのように黒く光る眼を、いそがしくまたたいた。「孫三、出雲から、何がまいったとやらいうたのう――。」
「は。天瓜冬の砂糖漬、鯛一折、その他国産色いろ――。」
「砂糖漬には――これだけとか申したな?」
 ちょっと逡巡ためらったのち、上野は、人さし指を一本立てて見せた。百両ひとつの意味だった。
 珍奇な、天瓜冬の砂糖菓子に小判を潜めて、賄賂まいないを贈る風習だった。天瓜冬の砂糖漬といえば、やるほうにも貰うほうにも、菓子のあいだに相当の現金ものはさめてある、無言の了解があった。
 孫三郎も閃めくように指一本出してうなずいた。
 扇箱を顎でさして、吉良が、うめいていた。
「気の毒だな。添役が、そんなにせんでもええに。本役の岡部殿からは、この扇箱ひとつ――ふふふ、二重底であろう。見い。」
 孫三郎は、箱を手に取って、いじくりまわした。
「ただの扇箱で――。」
「使いの者は?」
「何とか申す用人でございました。逃ぐるように引き取りましたが――。」
「口上をきいておるのだ、口上を。」
「口上は、その、このたび、岡部美濃守様が天奏饗応役を仰せつけられましたについて、殿中よろしくお引廻しのほどを、という――。」
 骨張った吉良の額に、太い青筋がはってきて、
「よい。嘲弄ちょうろうする気であろう、この上野を。」
 と、口びるを白くした時、襖をあけて、平手で頭を叩いた者があった。
「へっ、殿様、御機嫌伺い。」
 お錠口御免の出入りの小間物屋だった。平野屋茂吉が、ずかずかはいってきていた。
「一大事出来しゅったい平茂ひらも、御注進に。じつぁね、例の女の子、行火あんかがわりの、へへへ、めてやっていただきやしょう。見ただけで、ぶるるとくるようなやつが、殿様、みつかりやしたんで。」
 平茂に、新しい妾の周旋せわを頼んであったことを思い出しながら、吉良は、不愉快な感情のやり場がなくて、孫三郎をきめつけていた。
「扇箱一つで、殿中引廻し、か。虫のいい! これ、進物のたかをいうのではない。が、ものには順があるぞ、順が。」
 蒼ざめた吉良の顔に、無礼を愛嬌にしている、幇間のような平茂も飽気あっけに取られた。

      三

「相手が悪いから、心配するのだ。」
 辰馬たつまは、江戸ふうの青年だけに、めっきり浪人めいて来ていた。
 大きな胡坐あぐらをかいて、御用部屋の壁によりかかった。
 吉良へ扇箱を届けて帰邸かえってきた久野彦七も納戸なんど役人の北鏡蔵きょうぞうも金奉行の十寸見ますみ兵九郎も黙っていた。
 岡部辰馬は、岡部美濃守の弟だった。分家してぶらぶらしていたが、兄が勅使取持役を受けてからは、ほとんどこの屋敷に詰めきりだった。
「まずかったかな。」と、口をへの字にして、もう一度老人たちを見まわした。「誰が扇箱などを持って行けといったのだ。まるで、からかうようなものじゃないか。いい年寄りが多勢揃っていて――。」
 久野彦七は、汗をかいていた。
「いやはや、子供の使いでしたよ。あの扇箱を置いて、すたこら逃げて来ましたわい。まったく、あとが怖い。憎いたかには餌をやれで、例の天瓜冬の三百か五百――先方さきもあてにしているんですなあ。」
「それだけ知っていて、なぜやらぬ。」
「殿様の御気性ごきしょうを御存じでしょう――。」
 納戸役の北が、腕組みをして溜息を吐いた。
 十寸見が、乗り出した。
「立花様のほうへ、それとなく伺ってみました。添役だから、内輪うちわにして百両――だいたいそんなところだったらしい。」
「そうだろう。添役で百両いっそくなら、本役の当家は、やっぱり、五百という見当だ。そこを、扇箱一個ひとつなんて、間抜けめ! 吉良のやつ、今ごろかんかんだぞ。」
 三人は無言だった。
「訊いてくる。」
 辰馬が、膝に手を突っ張って、起き上りかけた。
「ちょっと、お待ちを――。」
「停めるな。泉州岸和田五万三千石と、一時のくだらぬ強情ごうじょうと、どっちが大切か、兄貴にきいてくるのだ。」
 歩き出すと、久野が、追いすがった。
「しかし、殿様はもう、吉良殿と一喧嘩なさるおつもりで、気が立っておられますから――。」
「その前に、おれが兄貴と喧嘩する。金でまるくすむのに、家のことも思わずに、何だ。おれにも考えがある。離せ!」
 振りきって、跫音が、美濃守の居間のほうへ、廊下を鳴らして曲った。


   夜の客

      一

「平茂か。進むがよい。」
 吉良の声をしおに助かったように孫三郎が座をすべると、入れ違いに、平野屋茂吉が吉良の前にすわった。
「驚きました。達磨だるま面壁めんぺき、殿様肝癖かんぺき――。」
 つるりと顔を撫でて、平伏しながら、
「何ごとかは存じませんが、平に御容赦。ほどよい女子を探しあてましたる手前の手柄に免じて、ここは一つ、お笑い下さいまし。お笑い下さいまし。」
 吉良は、穿き古した草鞋わらじのような感じの、細長い顔をまっすぐ立てたまま、平茂のことばは、聞こえていて聞こえていなかった。
「美濃めが――。」
 と、口の隅から、つぶやいた。
 ――高家筆頭こうけひっとうとして、公卿堂上の取次ぎ、神仏の代参、天奏衆上下の古礼、その他有職故実ゆうそくこじつに通じている吉良だった。勅使饗応を命じられた大名は、吉良の手引きがなくては、手も足も出ないのだった。自然、この役を勤める諸侯から吉良へ賄賂わいろを贈ることが、毎年の例になっていて、吉良のほうでも、いつのまにか、今度は誰それがつとめるのだから、およそいくらぐらいは持って来るであろう、と、心待ちするようになっていた。吉良は、その、天瓜冬の砂糖漬に隠された現金の進物を、賄賂とは解釈していなかった。自分に教えを受けるについての、当然の謝礼――挨拶、と周囲から思わせられてきていた。
 添役立花出雲守は、奥州下手渡三万石で、それが百両もはずんだのだから、本役で五万三千石の岡部家からは、まず、五百両は動かないところ、と踏んでいた矢さきに、この扇箱ひとつだった。
侮辱ぶじょくだ。立派な挑戦じゃ――。」
 また独言ひとりごとが出た。
「うむ。おれに訊かんでも、饗応方が勤まるという意じゃろう。面白い。勤めてみるがよい。物のたかではないぞ。この無礼な仕打ち――はじめてじゃ。」
「殿様。」平茂が、前の扇箱に眼をつけて、手を伸ばした。「酔興すいきょうなお品がこれに。松飾まつがとれますと、扇箱のお払いものはございませんか、って、裏ぐちから顔を出しますな。あれは、買いあつめて、箱屋へ返して、来新春らいはるまた――。」
 吉良は、黙って起った。扇箱を、うしろの違い棚へ置いて、しとねへ返った。
「よいのがあるとか申したのう。」
「現れました。」
 いつもの吉良を見て、平茂は、羽織の裾をひろげながら、膝を進め出した。
「あちこち口を掛けておきましたところが、これも縁でございますな。いや、逸物いちもつ尤物ゆうぶつ――なんぼ人形食いの殿様でも、これがお気に召しませんようでは、今後こういう御相談は、平茂、まっぴら御免、なんて、前置きが大変。」
「ううむ、どうしてくれよう。」
 急に吉良は、両手を握りしめてうつ向いたが、すぐ蒼白く笑って、
「美濃か。美濃か。はっはっは――そうさのう、れてまいれ、その女を。」

      二

 弊風へいふう、という字を、美濃守は、宙に書いては消していた。
 上野介が、三州吉良大浜で四千二百石をみ、従四位少将の位にあるのは、殿中諸礼式の第一人者だからだった。そして、役目のなかには、もっぱらこの天奏饗応などに際して、慣れない役に当たった大名の面倒を見、万端手落ちのないように勤めさせることが、含まれていていいはずだった。
 それなのに、近年――贈るほうもおくるほうだが、うけとるほうも受け取るほうだ、と美濃守は、弛緩しかんしかけた幕政のあらわれの一つのように思えて、憂憤ゆうふんを禁じえなかった。
 個人的にも美濃守はあの吉良という人間に普段から、何かしら許しておけないものを感じてきていた。
 手違い、不便、吉良の手によって続けさまに、それらの障害が投げられるであろうことは承知の上で――と、美濃守は、ふたたび、弊風、それに、打破の二字を加えて、自分を鞭撻べんたつするように、こころに大書した。
「兄者、お在室いでかな。」
 大声がして、縁の障子が開いた。辰馬が、荒あらしく踏みこんで来た。
 立ったままで、
「兄者、聞こう! 公卿相手の茶坊主ごときやつにさからって、先祖代々の家をつぶして何が面白い――。」
 振りあおいだ美濃守の片面に、燭台の火が、辰馬の持って来た廊下からの風にあおられて、黄色く息づいた。
「賢才ぶったことをいうな。」
 といった兄には、やはり、ちょっと兄らしい重みがあった。その偉躯いくとともに、武芸家として、また、世事に通じた大名らしくない大名として、平常辰馬の尊敬している兄でもあった。
 それだけに、今度の、事を好むような態度が、いっそう不思議でならなかった。
「やるものをやらんと、意地悪をしますぞ、兄者。」
 どかりと、坐った。
「わざとうそを教えて役儀に不都合をきたさしめ、それとなく賄賂を催促するということです――。」
「賄賂の督促など、おれには馬の耳に念仏だよ。何もやらんのではない。久野に命じて、四十五文の扇箱をやった。」
「師匠番ですぞ。いくらか風にならって――。」
 美濃守は、大きな声を出した。
「吉良には、頼まん。」
「兄者は、殿上の扱いをすべて御存じか。」
「自慢じゃないが、何も知らんよ。しかし、先例というものがある。」
「先例はあっても、時に応じて変ることもあります。」
「そんなら、そのときのことだ。」
「万一、粗忽そこつがあったらどうなさる。」
「おれ一人が、責任を持ったらいいだろう。」
「お一人ではすみません。お家を、お郷藩くにを――。」
「なんじゃ、さかしらな! 肩をそびやかして詰め寄って――。」
 美濃守が、いつものようにぬうっとしているので、辰馬は、焦立いらだってきた。
「兄者は、吉良に怒らせられて、きっと殿中で刀を抜く。刃傷にんじょう――。」
「おれが吉良を斬る――。」馬のように笑って「馬鹿な!」
「いや、必ずそんなことになる。そうすると岸和田五万三千――。」
「斬りなどせんよ、大丈夫――ただ、逆を往くのだ。ははは、は、万事、吉良のいう逆を、な。」
 歯を食いしばって、辰馬は、考えに落ちた。
 美濃守は、他人ひとごとのようにけろりとして、その、沈痛な弟の顔を、珍しそうに見ていた。

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